
〜 悪 夢 再 び 〜
この広いAXYZを探さなければならない。とりあえず行くべき場所の候補に上がったのは――情報企業ピボット・オセアニア・データバンク、地元の歓楽街Flash◎ut(フラッシュアウト)にあるBAR《オートマータ》、そしてオセアニアの探偵支援協会IDEA(イデア)だ。
オーストラリア観光ガイドのチップを買っていたわたしは、ジークリンデのスロットに差し込むと探してみた。Flash◎utはコーキー・タウンの真ん中、レッドエリアに分類される危ない場所だけど、そのBARはその中で何故か一件だけ周りと雰囲気が違うらしい。
ほかに当てがあるわけでもないので、わたしたちはまずそこへ向かうことにした。
そして、世界中を網羅するF.E.I.R.のデータベースの力を借り、まったく同じことを考えた成嶋なるもその店に向かっていた。
退廃したストリートの匂い漂うFlash◎utの大通りはけばけばしく彩られていた。ホロアートにパブ、街頭で品定めをしているマネキンたち‥‥錦のような若者も多くたむろしている。
一見すると育ちの良いご令嬢に見える笠置綾乃はその中ではかなり目を引く。だが、彼女を今夜の目標に定めた男たちは、全員が肘鉄の痛撃を受けて退場していった。
水晶から切り出したが如き銀糸の髪を持ったリリー・クローデットもまた、かなり目を引く。だが、彼女を今夜の目標に定めた若者達は、全員が侍従のキルステンによってその侵攻を阻まれた。
外の喧燥とは打って変わって、BAR《オートマータ》の店内は静まり返っていた。壁際に並ぶアンティーク人形が、無言で一行を出迎える。
そして若き店主の“マダム・セルロイド”ローラ・ジーンもまた、人形たちと同じように静かに一行を出迎えた。
様々な酒が並ぶメニューをリリーが面白そうに眺め、綾乃が100年物の最高級ワインを頼み、話を聞いた。
AXYZの様々な裏事情に詳しいローラは、神秘の世界にも通じていた。災厄を予言して黒魔術師ゲルハルト・ランガーが死んだ後、M∵C∵Aは世界に散らばり、各地で多くの派に分かれて勝手に活動している。
今暗躍しているのはMCA八魔将の下に属するMCA十六衆たちだ。怪しいのは“疾風の”ブリューゲル、“姿なき”チェルノコフというの二人だ。
キャンベラAXYZは治安も良い。強奪されたウォーカーが隠されているとしたら――サウス・ブランチのさらに南にある倉庫街か、南西のAXYZ港周辺がありえる線だ。だが、とてつもなく広いのだが‥‥
いずれにせよ、M∵C∵Aの究極の目的はこの世界の破滅だ。ストライアー博士を拉致したのなら、彼らは試作機オーディーンによる都市拠点破壊に加え、パレードでの致死性ウィルス散布のような大それたことを考えているに違いない‥‥
「出血熱を流行させてオーストラリアの首都全滅だって? なんてこった、オレの稲妻に火が点くぜ!」
ようやくやる気を出した錦が決意を新たにする。
「‥‥錦さん。稲妻は空気中の放電現象です。可燃物に火は点きますが、稲妻そのものに火が点くことは有り得ませんわ」
カードで全員分の支払いを済ませる綾乃が冷静に告げた。
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荷物と一緒に持ってきた携帯用端末では検索作業中の演算速度が間に合わない。成嶋なるはN◎VAの自宅にリモートアクセスし、電脳界上で最速を誇るMATRIXタップを起動する。
中身のないシルクハットとステッキからできた奇術師のアイコンが踊り出し、豪州Webへと飛ぶ。奇術師がステッキを一振りしただけで、キャンベラAXYZを表すグリッドマップは流れ落ちてゆく緑色の文字列へと変わった。その中で一際目立つストリームは北に‥‥ロバート・ストライアー博士のIANUSの現在位置は、AXYZ北部の廃棄プラントの中だ!
「そう一口にAXYZ港ゆうても広いし、何があるのかわからへん倉庫がぎょうさんありましてなぁ」
ヌーヴ人のくせに大阪弁を喋る“ニューロデッチ”トーマツはディスプレイから振り返ると、一行にそう告げた。
続いてオセアニア最大のインフォメーション・サーヴィス、ピボット・オセアニア・データバンクに赴いた綾乃ら3人は、浪速商人に心酔して改名までしたという名物社員を頼っていた。
綾乃が進み出ると十分な額の謝礼を払い、大型車両が複数止まり、特殊車両を改造維持できるだけの広い場所を探してくれと頼む。
それなら一肌脱ぐとばかりに、トーマツはソロバン型の特別製タップを取り出した。広いAXYZ港一帯の用途不明エリアが数個に絞られていく。
「うちの番頭はんにはひとつナイショで頼みますわ。ほな、お気を付けなはれ〜」
エレベータが見つからずに階段を降りながら、綾乃はトロンの遠隔操縦パネルから蒼嵐の女卿を呼び出した。
「さて、ミス・リリー。わたくしはレディを出します。貴方もお付きの騎士に、来るように伝えておいた方がよくてよ」
ボス「今回はきちんとAXYZ設定のパーソナリティーズに出てくる人物を使っておるのだ。<※スタイル感知>を使わなくともハンドルだけでもうバレているような気がするが、《オートマータ》店主ローラ・ジーンの正体はリリーに同じである」 |
一方、成嶋なると磯崎美酒は、ストライアー博士の居場所とおぼしき廃棄プラントのG区画へ赴いた。
二人の前に立ちはだかる電磁ロック式の分厚い扉。なるがP4拳銃で撃ってみるが、なんの変化もない。
「は、はは‥‥ボクの小さな銃じゃ、ダメですよね」
磯崎の何をも断ち斬る自慢の剣風すら、超硬質のドアには効かない。
警備ドローンが遠くから近付いてくるのを認めたなるは、別の手を考えた。Web上から管理用ネットワークに侵入、ドローンの制御回路にハッキングを仕掛ける。メモリーに記憶されていた定型データの中に、廃棄プラントのマップが収められていた。二人は遠回りをして作業用出入り口から侵入に成功した。
廃棄プラント内の工場が未だ稼働中だった。その中を急ぐ二人。果たして、無菌室のひとつの中に、ロバート・ストライアー博士が監禁されていた。博士を脅して致死性マーチン・ウィルスを生成させたM∵C∵Aは、ユグドラシル竣工記念パレードでばらまく計画だったのだ。 |
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綾乃ら三人は、AXYZ港区域のレッドエリアにある大きな倉庫のひとつに集結した。確かに、入口には幾つも車両が止まっている。
「なんか、オレだけ役立たずなような気が‥‥」
ストームレディに乗った綾乃、待機するジークフリートの中のリリー。だが錦だけは手ぶらのままだ。
『錦さん。わたくしのストームレディと一緒に来なさい』
「え、だって光学迷彩仕様なんじゃ‥‥張り付いてればいいんスか?」
錦の頭をよぎったのは、ポンチョのような光学迷彩マントを羽織り、エクリプスに似たドロイドヴィークルの背中に必死にしがみつく自分の姿だった。
『‥‥わたくしのレディには一人乗りのポッドをつけておいてございますの。早く』
「このポッド、やけに暑いっスね。なんか空調が全然‥‥」
完全な都市制圧戦用のストームレディは天窓を破り、上方向から倉庫内を制圧する。ジークフリートはその電子ブレード“ノートゥング”の威力を活かし、正面シャッターを破壊して下から侵入する手はずになっていた。

“姿なき”チェルノコフと対峙する磯崎美酒と成嶋なる。チェルノコフの部下のカブト、“閃光の”ルイスも入ってくる。
「所属は‥‥言ったらクビにされるので、ボクは言えません‥‥」
二刀を構える磯崎の横で、ブルブル震えながらなるが答える。
「愚かな奴よ」
チェルノコフは夜の色をしたコートを翻した。音もなく、その中から現れたのは死神の鎌もかくやという漆黒の大鎌。GEARのオーストラリア支社が作ったDEATHサイズだ。
させまじと磯崎が放った鋭い剣風をカブトが防いでいる間に、音もなくチェルノコフの鎌が迫る。磯崎の長髪を数本刈り取るに留まったDEATHサイズは、だが彼女の魂を刈り取っていた。同時にチェルノコフの口から漏れる支配の言葉。彼はニューロエイジ世界の夜の闇に属する一族だったのだ!
だが、夜の世界からの誘惑よりも、篠原郁への固い忠誠心が上回っていた。頭を振って呪縛を断ち切ると磯崎は攻勢に転じた。その後ろでイントロンし、抜け殻のように倒れ込むなる。カブトの部下のIANUSに攻勢プログラムを打ち込むと、彼は部屋内の電子機器を乗っ取って吸血鬼の妨害に入った。
堅い守りを打ち破り、妖刀でルイスの首を刎ねる磯崎。その頭蓋を踏み割り、さらにチェルノコフを狙って渾身の一撃を放つ。一刀目がコートを切り裂いた時、吸血鬼の体は黒い霧に変じた。だが左の二刀目が、霧をふたつに切り裂いた!
「ぬぅ、パレードで細菌兵器をばらまき、この街を地獄に変える計画までいま少しだったのだが‥‥無念ッ! M∵C∵Aに栄光あれッ!」
夜の世界に属するMCA十六将は呪いの声を残し、霧と化したまま息絶えた。
こうさくいん「閃光のルイスはカブトカゼクグツ、姿なきチェルノコフはカタナカゲアヤカシなのでしゅー」 |
果たして、倉庫の中はM∵C∵Aの秘密基地だった。壁には旧きしるしが描かれ、揃いの格好をした頭巾の部下達が忙しそうに行き来している。そして、中央の整備用キャリアーの中には、果たして強奪された実験機オーディーンがあった。
天井と出口で同時に起こった轟音にMCA信者たちは驚いた。シャッターが一撃で切り裂かれている。そして、軽快な機銃の発射音と共に天窓のガラスが全て割れ、破片が倉庫中に降り注いだ。しかも――謎の侵入者は蜃気楼のように揺らめく影しか見えない!
『この世界の技術の結晶を、あなたたちに渡すわけにはいきませんわ』
天井に張りついた謎の機体から声がする。
「静まれ! 戦闘準備だ」
動揺する部下達を抑え、上等のスーツを着た壮年の男が葉巻を手に進み出る。だがその時、さらに別の方角から高らかに声が響いた。
「よくぞ言った、笠置君ッ!」
声の主はうず高く積み上げられたコンテナ群の一番上にいた。一瞬のうちにその服装が変わり、真紅のライダースーツに真紅のヘルメットが光る。
「我が名は“赤い稲妻”ッ! 首都破壊を企む邪悪な輩ども、覚悟するがいいッ。とぅッ!」
ライダースーツに走る黄色い稲妻のシンボル。謎のヒーローはポーズを決めると、天窓から差し込む陽光をバックに飛んだ!
ノートゥングの一撃でシャッターは吹き飛んだ。わたしとジークは中へ急ぐ。
倉庫の中は大混乱だった。その中で、実験機オーディーンがわたしたちを見下ろしている。その肩に男が乗っていた。銀髪を後ろで縛ったあのパイロットだ。
『ほう‥‥。いつぞやの小娘か。我が大望を邪魔する気か?』
『わたしは小娘じゃない。銀の百合のリリーと呼べ!』
『まあいい。我が愛機オーディーンの初陣の相手に相応しいわッ』
男はマントを翻し、コックピットに乗り込む。オーディーンの目がジークを認めて光った。あの機体に命が灯ったんだ。
機体表面を覆う光学迷彩が解け、蒼嵐の女卿のマリンブルーのシルエットが露になる。
『このストームレディの真の力を思い知るがいいですわ!』
綾乃の思考が制御回路に飛び、白虎機関銃付きの主砲に副砲のキャノン、装備された全ての武装を開放した。パネルの一番端では、乗員用ポッドのハッチが開いていることを告げる警告灯が点滅していたが、彼女の目は地上のスーツの男に注がれていた。
部下が“ヤモリ”に似たマグネティック・ローラーブレードを捧げ持ってくる。気合の声と共に、男は妙なポーズでブレードに乗った。途端に、磁力浮遊では不可能なまでに彼の位置が上昇する。
「ならばこのMCA八魔将が一人、“疾風の”ブリューゲルが相手よ!」
銀灰色に塗られた流線形のウォーカーは剣を手に、バーニアを吹かすと一直線に挑みかかった。後部のマント部分が膨らみ、まるで羽根があるようにも見える。
『大神オーディーンが星ぼしの都の破壊とは、見下げたものだな!』
『ぬぅ? このパワー、予想以上か?!』
銀の騎士を駆る少女が珍しく述べる正論にたじろいだのか、実験機オーディーンは一歩後ずさった。だがそこで致命的な斬撃を受け止めると、剣を弾き返す。鋼鉄の戦士たちの間に火花が散った。
ストームレディから展開した全小火器がひとつの目標にロックオンし、一斉に火を噴く。だが、ローラーブレードに乗った疾風のブリューゲルは空中でスピンしながら全弾を避け、風に乗って突撃してきた。彼は風の元力を使って宙に浮かんでいたのだ!
電子機器配線の集中点を狙った衝突に、ストームレディのパネルから全ての光が瞬時に消える。コンソールを叩いて復活させた綾乃は、ロックオンを外れて回避行動に移るブリューゲルを探した。ネクタイを風に靡かせ、男は反転すると再び体当たりを仕掛けてきた。
「ふ。甘いですわっ!」
彼女の思考に反応した龍王50mmハンドキャノンが旋回し、成形炸薬弾の雨を浴びせる。
故障を悟ったブリューゲルは力を集中させ、ローラーブレードの残骸を高速でストームレディに激突させた。
「ならぬ! 正義の為に戦う笠置君の蒼き至高の機体はここで果てるべきではないッ! くらえ、レッドサンダー・Kッ!」
だが、ローラーブレードの残骸は寸前で弾かれ、倉庫の壁に盛大に衝突して爆発した。正体不明の謎のヒーロー、“赤い稲妻”が生身のキックで弾いたのだ!
『ラグナロクの時が来る前に、ジークがお前を倒してやるぞっ!』
ジークはいつもと同じように、わたしの言うことをよく聞いてくれた。わたしの想いと一緒にジークがノートゥングを構え、横凪の一撃を払う。
でも、オーディーンの装甲の上で閃光と爆発が上がっただけだった。盗んでから今までの間に、リアクティブアーマーを付けてたんだ。
『わたしは大義の上に立っている。ゆえに負けぬのだッ!』
「ぬぅ‥‥だがその青いポンコツも、道連れにしてやるわ!」
空に浮かぶ疾風のブリューゲルは手を掲げ、超強力な真空波を放ってきた。射線上の全てのものを吹き飛ばしながら、ストームレディに肉薄する。
「凄い‥‥まるでビデオチップで見た映画のようだッ!」
腕を組んで感心する正体不明の謎のヒーロー、“赤い稲妻”。吹き飛ばされたストームレディは三回回転し、再び着地して八脚で態勢を立て直し、そこで遂に沈黙した。
怒りに燃えた笠置綾乃はハッチから脱出すると、上面装甲の上でブリューゲルにも劣らぬ少し妙なポーズを決めた。
「わたくしのレディをこのような目に遭わせたこと‥‥後悔させてさしあげますわ!」
サイバーの左腕から展開するタタラハンド。跳躍、微細マニピュレーターでのIANUSジャック破壊のみを狙った必殺の一撃。だがぎりぎりのところで八魔将はその手から逃れる。
『相手が大神オーディーンでも、龍殺しの英雄は怯んだりしないぞっ!』
ジークはみたび、実験機に挑みかかった。最初の一撃は止められた。剣を退くのは、身軽なジークの方が一瞬だけ速かった。次の一撃が確実にオーディーンの体を貫いた。でも‥‥相手のガスブレードもその後ジークに当たっていたんだ。
激しい衝撃が起こって、わたしはその後のことは覚えていない。きっと相手も同じだったのだろう。後で聞いたところによると、ほんとうに同時の相討ちだったらしい。
「残るはお前だ。レッドサンダー・Pッ!」
正体不明の謎のヒーロー、“赤い稲妻”が鉄拳を振るった時、ブリューゲルの胸にあったお守りが燃え上がる。
「わたくしの技術に、2度の失敗はありませんわ!」
綾乃がブリューゲルのIANUSを停止させる。だが最後に八魔将は不敵な笑いを漏らし、二人を睨みつけた。
危険を察して身を退く綾乃。その前で疾風のブリューゲルの頭が爆発した。
「コーテクスボムですの‥‥」
こうさくいん「疾風のブリューゲルはアラシチャクラバサラでしゅー」 |
「戦いは終わり、平和は守られた‥‥。それではさらばだ諸君、また会おうッ!」
ただ一人、唖然として見守る綾乃の前で、高いところでポーズを決めた謎の協力者は身を翻した。真紅のコスチュームに身を包んだ正体不明の謎のヒーロー“赤い稲妻”は現れた時と同様、忽然と姿を消した。
綾乃は滅茶苦茶になった静かな倉庫を眺め渡した。辺りに散らばるガラスの破片、シャッターの残骸。機銃の薬莢と壁に空いた大穴。粉塵がようやく晴れていく。コンテナもあらかた吹き飛ばされ、隅には動かなくなった愛機ストームレディ。そして、中央では実験機オーディーンとあの少女の乗ったジークフリートが互いに刺し違えたまま静止している。
「少々、やりすぎちゃったわね‥‥‥‥。てへ」
誰も見ていないのをいいことに少々反省してみる綾乃。いつまで経ってもリリーがコクピットから出てこないのに気付いた彼女は、パイロット達を見に行くことにした。
苛烈な一撃を与え合い、ソロモン・スナイダーは重傷、そしてリリーもコクピットの中で気絶していた。うつ伏せに倒れていたが、血は出ていない。
「あら‥‥?」
治療しようと医療キットを取り出した綾乃は少女の肩が生身でないのに気付く。サイバネティクス工学にも通じた彼女の手当てで、リリーは意識を取り戻した。
「それとも‥‥完全義体?」
不幸な事故や先天性の疾患のため、富裕層の人間が体を取り替えることは有り得ることだ。何か事情があるのだろうか?
だが、シドニー工科大卒の明晰な頭脳も、銀の百合のリリーの属する神秘の世界の力に阻まれ、そこまでの推理しか行えなかった。

やがて警察が駆け付け、実験機強奪事件は解決をみた。昇る朝日を後ろに、少し疲れた様子の磯崎美酒と成嶋なるも歩いてくる。磯崎は漆黒の大鎌を背負っていた。
「なるほど‥‥向こうでも一騒動あったようですのね、ミス・リリー」
腕を組んで見守る綾乃は、共に一騒動の中を戦った横の少女を見遣る。だが、側にいるはずの少女は運び出されてきた壊れた愛機の側にいた。
「だいじょうぶかい、ジーク。ちゃんと、元通りに、直してあげるからね‥‥」
物言わぬ銀灰色の騎士に語り掛ける銀髪の少女と、それを仄かに照らす曙の光。それはそれで絵になるが、一緒にいるとどうも調子が狂う。
「‥‥‥‥」
気を取り直した綾乃は二人に事の顛末と、恐怖に駆られて逃げ帰ってしまった錦、そして現れた正体不明の協力者のことを話した。
「まあ、しょうがないですよ。複数のウォーカーが交戦するような戦いでしたし。こんな状況で戦えるのは、ヒーローぐらいですからね」
なるが相槌をうつ。綾乃は自分のIANUSに録画したデータをポケットロンに転送し、“赤い稲妻”なる謎の協力者を見せる。一行は頭を突き合わせて画面を覗き込んだ。
「へぇー。なんかこの人、錦さんに輪郭が似てますね。気のせいかな?」
成嶋なるがヒーローの姿に首を傾げた。

錦邦久はアルカディア・ホテルでTVを見ていた。少々記憶が曖昧だが、また今回もビズを放り投げてしまったのだ。
「今回も逃げてきちゃったよー。オレってダメだよなー」
早くも豪州最大の放送会社C-OWLメディアサービスが、AXYZ港の倉庫で起こった大騒動のニュースを流している。戦闘の末故障した実験機オーディーンは、ウォーカー博覧会までにはなんとか元に直せるらしい。そしてニュースの最後には、オーディーン奪還の面々に協力した、奇妙な善意の市民の存在が報じられていた。乱れた画像ではあったが、真紅のコスチュームで決めたポーズはしっかりと‥‥
「オレもいつか、あんなヒーローみたいな活躍がしたいよなー」
自分とは違う世界に生きているヒーローに、若者は憧れを抱くのであった。
トロンから接続された医療システムならば、それもニューロの領域だ。プラントに監禁されていたロバート・ストライアー博士は肉体的にかなり衰弱していたが、成嶋なるのサポートでようやく健康を取り戻した。
ウォーカー博覧会と、ユグドラシル竣工記念パレードは盛大に行われた。夜には軌道エレベータは一際ライトアップされ、その美しさを誇る。
「ボクもいつかあれを登ってヴァラスキャルヴまで‥‥いや、それとも登ったことあるのかな」
星ぼしの世界から降りてきた記憶喪失のクグツは、パレードの中で一人空を見上げた。
千早重工M○●N支社の仕事は終わり、さらに誘拐された要人救出まで行うことができた。磯崎美酒は千早から手を回し、ロバート・ストライアー博士誘拐事件を完全に世間の目から覆い隠す。C.F.C.のお膝元の生命科学研究所で昼間堂々と拉致されたとあっては、同社も面目も立たないだろう。
しばらく経ってから、彼女の元に見知らぬ企業人から連絡が入った。
電話の主は30代の美形の男。黒髪に射抜くような金銀の妖瞳、妖刀の刃のように研ぎ澄まされた鋭すぎる容貌。
「初めてお目にかかる‥‥わが社が世話になったようだ」
C.F.C.キャンベラAXYZ支社特殊処理課課長、“スーサイド”アッシュ。受けた攻撃には必ず報復する倍返しのアッシュ。キャンベラ企業界の陽の当たらぬ闇の部分に棲む人間なら、必ず知っている男だ。
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「あなたとは、是非一度お会いしてみたいですな‥‥」 |
「ふ。このような華やかな会、無粋なパイロットスーツも油臭い作業服も着ませんのことよ!」
盛大に行われたウォーカー博覧会。笠置綾乃は青いフォーマルドレスで身を固めると会場に赴いた。笠置技工研の技術力の鑑賞でなく、綾乃の鑑賞を目的に言い寄ってくる男たちもいたが、全て肘鉄の速射攻撃を受けて作戦を断念していた。
ブースから見上げれば、元通りになった実験機オーディーンが会場中央でその威容を誇っている。並ぶ各社のブースも豪華だった。都市戦用に特化した丸びを帯びたフォルムの千早コンバット・ローダー・シリーズ。イワサキの水陸両用機『蛟』。新型トロン制御システムの投入された、北米ジュノー社の可変ウォーカー。獲物を狙う四足の肉食獣のようなポーズで静止した、フェザーウィル・インダストリーの『ヤークトヴォルフ』に水陸両用の『アイゼンヴェルス』。そして、軌道宇宙軍の協力で滅多に見られない『ドラウプニル』可変ウォーカーまで並んでいた――宙間戦闘機から人型機に変形できるエースパイロット達の機体だ。
「世に争いの種は尽きまじ‥‥というところですわね」
高価な扇子を開くと、綾乃は会場を見回した。壁際のクローデット工房の小さなブースではウォーカーの代わりに小型ドロイドや時計が展示されている。綾乃はその中に銀色の光を認めた。あの銀髪の少女がまたいた。
「まあ、あの子のように機体に接するのも嫌いではないですけれどね」
一緒にいると調子の狂うあの少女の周りだけは、なぜかいつも空気が違うようだった。
「いったいどうやって意思を通じ合っているのか、知りたいものですわ‥‥」
ジークの損傷は思いのほか重かった。博覧会までに治すのは無理だった。ちょっと残念だけど、仕方がない。ジークには、ゆっくり休んでいてもらおう。
クローデット工房はウォーカーのメーカーではないから、代わりに小さなブースの中で本業の製品を出すことになった。これはこれで珍しくて、評判はよかったみたいだ。北米エイジス支社で出された、時計の『クロノホイザー』シリーズ。101匹のひよこくんや時計を抱えた小人の少年。番犬に、遊園地twiLiteに納入された竜のドロイドの同型‥‥
「あーあー。オレってほんとにダメだよなー」
いつものように悔恨の念にとらわれつつ、錦邦久もぶらぶらとウォカー博覧会にやってきた。行き交う男たちが、可愛いコンパニオンがいるとかなんとか噂しあっている。
「コンパニオンかー。制服もいいよなー」
錦はぶらぶらとそのブースへと近づいた。よく似合う白に紅の線のジャケットスーツとスカートの小柄な子が確かにいたが‥‥近付いてよく見ると、共に実験機を探しまわったあの銀髪の少女だった。
「‥‥なーんだ。‥‥あれで性格がもう少しなんとかなればなー」
ゲンナリしたが、帰るのも悪いので、少し並べてあるものを見て回る。精巧な歯車仕掛けが見える高級腕時計が正面に飾ってあった。たまにはこういうのもいいだろうか。だが値段を見た錦は戦慄した。彼が普段生きている世界と、桁が2つほど違う。
「うわ、これ、こんなに高いんスか?!」
「うん。この『オルト・マキナ』コレクションは手作りで特別に作られたものなんだ。この世界で3000個しか生産されてない」
そこまで話して、ようやく紫の瞳を輝かせて錦の顔を覗き込む。
「だから、ほんとうに特別の‥‥なんだ、錦じゃないか!」
ようやく気付いてくれたことにさらにゲンナリしながら、錦は続けた。
「ああ、ども‥‥すんません。オレ、あの時怖くて結局帰っちゃいました」
「うん。確かに激しい戦いだったしね。そうだ、ニュースで見たよ。わたしも、ジークと一緒に戦うのに夢中で気付かなかったのだけど、謎のヒーローが協力してくれたのだな?」
「そうなんスよー。カッコイイよなー。オレもいつか、あんなカッコイイ活躍がしてみたいです」
「そうかな‥‥? 私は、ああいう美意識のないヒーローは好きじゃない」
ジークフリートの剣で心臓を突かれたごときショックを受けて、錦はみたびゲンナリする。
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And
Here, The curtain dropped,
in the fatal hand of NORN ....
-XYZ-
Quoted Illusts are pictured by:
| Saitoh Ichijou@iwate-u'z: | Lily in china dress |
| Sei Yamada@NYD: | Lily in pilotsuit |
| Kazuhiro Hukumura@KAZZ TECH: | Polygon Siegfried (uzed in FLASH) |
| F.'z friend@kollej: | Bust Isozaki & full-length portrait |
| Retainer Kuryuu: | additional graffitiez |
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