
〜東京霊異録一巻『よって件のごとし』〜

|
ボス「フッフッフッフ。財団レポートが久々の新作。しかもワールド・オブ・ダークネス堂々の初登場じゃ。そして超マニアックにいきなり東洋! これを扱ったこの形のコンテンツは日本初かもしれんぞ」 |
And
so, they appeared on the stage of World of Darkness .....
Name: ケビン・ウィリアム・アンダーソン
Concept/Race: 外国人浮浪者/ワーウルフ
Tribe:ボーン・ナウアー(骨齧り) Aj: 26 Gender: ♂
予言者シアージの生を暗示する三日月の元に生誕したガルゥ。ギニア系黒人として生まれた人間生まれ(ホミッド)で、アメリカ西海岸のスラムの貧困の中で育った。ワームの精霊に憑かれた父が死んだ後にストリートの住人となり、そして自分がガイアの子であることに気付く。
敵を追って日本に渡った後にパックの仲間を失い、公園暮らしを始める。ほつれた黒いドレッドに黒い瞳の青年。ガルゥの中では戦士ではないが、変身した時のその戦闘能力は非常に高い。
Player: Min 【BIFROST】
▼面子が足りなくなったので同志Xノフと一計を案じました。翻訳されたV:tM以外のワールド・オブ・ダークネス シリーズ全般にも詳しく、WoD世界の東京を知り、なおかつ実際の東京にいてこの師走にプレイ可能‥‥という極めて限定された条件(笑)を満たす人は! というわけで身近にいなかったのでそっちの人を試しに呼んでみたのデース。こちらのサイトにもレポートがあるので見てみましょう!
Name: セシリア・クリスティン
Concept/Race: 男装の少女/トラディション・メイジ
Tradition: セレスティアル・コーラス(天宮聖歌隊) Aj: 16 Jender: ♀
神父の格好に男装した金髪の少女。困った人を見捨てられない性格だが、将来大いなる運命を予言されている。第5元素クイントエッセンスを操る、プライムの座に属するセレスティアル・コーラスの見習い魔法使い。
かつてクリスマスの晩に教会の前に捨てられていた彼女は、その魔法の才能を見せたことで生活が一変した。導師オネシファラス・パーシヴァルの元でその才能を開化させ、未熟ながらも将来を有望視されている。現在は留学生と称して日本に来ている。妖精族シーの血を引き、魔術の才能にも恵まれている。
Player: 緋 【redman's homepage】
▼じもぴーの緋隊長が寝ないで読んで一週間も掛けて作ってきたのはもしかしたら翻訳の可能性が出てきた『メイジ・ジ・アセンション』の主人公、唯一意志の力で現実を改変できる真のメイジ。操る魔法のスフィア(領域)はコレスポンデンス、ライフ、プライムです。このゲームでは真の魔法は効果を全て自分で考えて作りますが、どこまで行くか? 「メイジ」でなく「マゲ」と読むとヒロインのイメージが崩れてよいですね。(よくありません)
Name:響 悠也 (ひびき・ゆうや)
Concept/Race: 復讐の零機隊員/モータル
Post:第零機動隊ニ尉 Aj: 23 Jender: ♂
元警視庁所属の若手刑事。ある怪事件で世界の裏側に潜む真実に気付き、仙(東洋の超自然の総称)に姉の陽子を惨殺される。復讐を誓い、辞職しようとした時、政府の秘密機関・第零機動隊にスカウトされた。
森元聖司刑事は公的には死亡し、響悠也という存在しない人間の身分の元に彼は生まれ変わった。化物たちを狩りたてる任務の助けは、現代科学の水準を密かに超えたDTI社のサイバーウェアの数々と自身の射撃の腕だ。だが彼の心は復讐の一念に汚され、また、ワールド・オブ・ダークネスの夜の向こうには十万の真実があることにも、まだ気付いていない。
▼舞台は東洋、ということで東洋の魔狩人を描いた一見イロモノ色満載なサプリメント『Demon Hunter X』より、東洋の超自然と密やかに戦う日本の特務機関ストライク・フォース・ゼロ隊員にするのでーす。MIBよりクールな黒一色のスーツにグラス! メタヘもびっくりのサイバーウェア! 闇夜に輝くストライカー・ガン!飛びつつ撃ちながら「はぐっ!」 みんなで屍射でハンターD! WoD:Anime-Style! 超燃えなサプリですね。(どこがやん)
誰かに似ているように思ったらそれは氣のせいです。「気」ではなく「氣」と書くのが東洋的でクールですよ。(嘘)
Storyteller: X 【天真名井にて・改】
▼インターネットで洋書が買える【SKYSOFT】の35%割引は最初は年内で終了。濃い英語版ユーザーはこの機会に原書をガゼン買い漁るしかありません。ということでどんどんWoDコズムに堕ちていく同志Xノフです。いろんなシリーズのSTをやってくれるそうです。えらい!
東洋シリーズは翻訳されないのが明らかになりましたがなんのその、今回は舞台も東洋でXノフコズム全開。ウワサによると妖蛆ワームに汚されたWyrm-tainted Xはドリームスピーカーズの巫女さんメイジや和服狐娘の変化妖怪キャラを作ってるらしいゾ。いやー、よい同志ですね。(あー、さんままん氏とですよ)

〜東京霊異録其の一『よって件のごとし』〜
東京。怪僧天海の正した龍脈と魔的な力の集中する帝都。
維新の時代より幾度となく破滅し、そこより再生してきた街。
人々の妄念と妖物と、闇の中に何かが蠢く魔都。
今宵、この東京にて、ひとつの劇が始まろうとしている‥‥
純白の和服に烏の濡れ羽色の髪。女性が一心に黙想する前には、ひとふりの短刀と、静かに眠る赤子の姿があった。だがその子は人間ではなかった。何かが違った。
『何を迷うておる。殺せ。その子は必ずや災いをもたらす』
『しかし‥‥しかし、なんで母が我が子を殺せましょうや』
女性は短刀を取り上げると、刃を翻して自分の手首を斬った。白い衣装が紅く染まり、赤子を染めていく。女性はその血に乗せて、何事かを唱えた。
『この子の力は私の命をもって封じます。それで、この子は生き長らえることができましょう』
言葉が終わった時、彼女は力無く赤子の前に倒れた。

日本の夏は暑いが、京都の有名な寺院の数々に囲まれてとあれば少しは東洋人がいう風情とやらも湧く。
神父服に身を包んだセシリア・クリスティンは初老の老人、東雲華山から話を聞いていた。「パーシヴァル殿はどうしておるかのう」と聞かれた時には驚いた。どうやら力ある魔術師たちは、互いに知り合いのことも多いようだ。
セシリア・クリスティン。90年のクリスマスの晩に、教会の門の前に捨てられていた子。彼女がまたとない魔法の才能を秘めていたのが宿星の導きなら、その教会に響いていたのが天宮を称える聖歌だったのも宿星の導きだった。
メイジのトラディションであるセレスティアル・コーラスに引き取られ、力あるオネシファラス・パーシヴァル老師の元で彼女は学んだ。影界アンブラを吹き荒れるアヴァター・ストームに耐性を持ち、魔法に天賦の才を見せる彼女こそ、至天戦争の次なる時代にこそ輝くメイジなのかもしれない。
東雲崋山は世界のシャーマンの連合トラディションであるドリームスピーカーズのメイジ。彼が頼んできたのは、新宿に住んでいる知り合いの剣持老人の娘・剣持美鈴を、日比谷の神社まで連れて来ることだった。

霞ヶ関のこの辺りや新宿副都心にビルディングは多いが、このDTI本社はその中でもとりわけ進んでいる。完全制御のセキュリティシステムに、柱に輝く優美なクロームの光。
一般には医療先端技術企業と知られるここに本当は何が隠されているか、誰が知るだろうか? 完全なクローニングも、サイバネティック・テクノロジーも、世界のどの企業もまだ成し遂げていない驚異の技術が、ここには隠されている。そしてその中の幾つかは、僕の体の中に埋め込まれている。
社長室の扉の横にあるパネルが入室を許可した。
「響二尉、入ります」
軽やかな音を立てて左右に分かれるドアの向こうに、岡本隊長が待っていた。
真夜中の通報。若手刑事だった森元聖司刑事が廃工場で見たのは、この世界には存在しないはずの光景だった。思い出すのも恐ろしい化物と、人狼のような奇妙な獣たち。犠牲者の中に含まれていた、この世でたった一人の家族だった姉。
見向きもしなかった隠秘学の本を漁り、警視庁に辞職願いを出そうとしていた時。黒一色の格好をした奇妙なエージェントが、彼のもとを訪れた。
TV局のレポーターだった姉の陽子に続き、森元聖司刑事は任務中の事故で殉職。同僚たちがその死を悼み、彼は自分自身の葬式に出席した。
指紋の変更。響悠也という存在しない日本国民の書類。陸上自衛隊尉官の身分。現代では存在しないはずのテクノロジーのサポート。そして、この世界の真実。
東の果ての国、日本には、政府ですら一部しか知らない秘密機関がある。アジア各国政府の暗部を握る彼らは誰にも悟られず、東洋の超自然の存在を密かに狩り立ててきた。
日本では組織に用いることのない数字を冠した特務機関。
その名は、第零機動隊。
岡本源一隊長は50代に見える人物だが、引き締まった体躯をしており、その活力は少しも衰えていない。実際はもう70になるとか、素手で鬼人を倒したことがあるとか言われているが、本当かどうか僕は知らない。ある忍者の一族の末裔だというのは、あの実力からも頷ける。
机の隅に飾られた半人半鳥の奇妙な頭蓋骨に指を走らせながら、隊長は背後のスクリーンを示した。
零機本部には古今東西の様々な隠秘学の資料を集めた書庫がある。そこの監視カメラの映像だった。
翼を持った人のような奇妙な姿。その侵入者は本棚から和とじの古めかしい本を取り出すと、内容を確かめる。
次の瞬間、その侵入者の手の中から銀色の物体が放たれた。大写しになるそれが星型なのが見えた次の瞬間、スクリーンは灰色の縞が流れるだけになっていた。
手裏剣だ。かなり速い。僕は銃の腕には自身があったが、それより速いかもしれない。
盗まれたのは『月詠異聞』という奇書だった。知らない名前だ。我々零機隊員のストライカー・ガンに標準支給されている11mm追跡弾と同様の発信機が、幸い書庫の本にも取りつけられていた。だいたいの方角が掴めるのは有りがたい。
「なるほど、準備は万端というわけですね」
「今回の件は極秘任務だ。よって通常5人のストライク・チームではなく、単独で捜査に当たって欲しい。頼むぞ」

西新宿に浮浪者は多い。公園に時折見られる彼らは、実は厳密な縄張りを持っており、各々の方法でなんとか生き続けている。
ケヴィンは自分のテントで鍋をかき混ぜていた。中身は拾い物ばかりだが、彼の手に掛かればたちどころに立派な食事に変わる。少なくとも――このラーメンは食べることができる。都市の最下層でしぶとく生きてきたボーン・ナウアーの智恵だ。
ケヴィン・ウィリアム・アンダーソン。ほつれたドレッドヘアの黒人、26歳。西海岸の貧民街で育ったケヴィン少年の父はワームの精霊に憑かれて心を失った。
ストリートで暮らすようになり、事故で父が死んだ頃、彼は自分に狼の血が流れているのを知った。鼠のトーテムのボーン・ナウアー部族に迎えられた彼は多くのことを学び、ガイアの敵を追って日本に渡った。
仲間を亡くして一人になった後、彼は公園にたむろする浮浪者の中に加わることになる。器用な修理屋ケヴィンは多芸な人物だ。ビザはもうすぐ切れるが、東京の首都で生きていく力を彼は十分に備えている。

京都での東雲老との会見からしばらく後。東京にやってきたセシリアは頼みを果たすべく西新宿を歩いていた。大通りからしばらく離れると住宅街がある。神父のような黒いブレザーで男装した彼女はよく見れば少女と分かるが、人通りは少なかった。
「まさか、目的地が火事なんてことないよね‥‥」
行く手に煙が上がっていた。足早に歩きながら地図を確認する。件の剣持邸だった。
走り出した彼女は煙を上げる家に飛び込んだ。玄関で剣持老人が倒れている。神の祈りの言葉を呟き、真の魔法の九つの座のひとつ、ライフ(生命)の力を感知する。老人の生命の灯火は消えていなかった。煙でむせこんだだけのようだ。
「早く‥‥。美鈴様が‥‥」
彼女が屋敷の向こうに飛び出すと、車が走り去っていこうとするところだった。真っ黒のリムジン。運転席には黒スーツに黒いサングラスの男。後ろの座席に、和服を着た堂々とした男と、少女美鈴がちらりと見えた。
再び、リアリティを改変できる強き意志の力を念じる。体内に流れる妖精族シーの血が魔術を強めた。コレスポンデンス(位相)の座の力で増幅された跳躍が、彼女を車の上まで届かせた。
|
こうさくいん「WoDの世界設定はそんなに細かいのでしか?」 |
知り合いの元さんが新宿駅の近くに置いてきた忘れ物を取りに出かけ、ぶらぶらと歩いていたケヴィンは曲がり角で、飛び出してきたリムジンに危うく轢かれそうになった。
「Hey, Fuckin' you!!! 危ねェじゃねェかコラァ!」
危うく方向を変えた黒のリムジンはしばらく蛇行し、電柱に激突して停止した。おかしなことにリムジンの天井の上には誰かが乗っていた。その人物も転げ落ち、道端のごみ袋の山に突っ込んでいる。
ケヴィンは車に近付いて確認した。運転席の黒ずくめの男は血を流して動かなくなっている。妖蛆ワームの臭いがぷんぷんだ。
後部座席は空だった。見渡すと‥‥日本人の昔の服のような白い服を着ただけの小さな少女が道の真ん中に座っている。車から転げ落ちたのだろうか? それに少女からはウィルドの匂い――三つの根源の力の一つ、ガルゥを生み出した変化と野生の力と同じ匂いがする。ごみ袋の山の下から、車の上から転げ落ちて偶然助かった人物がひょいと顔を出した。金髪の上から紙屑がぽろりと落ちた。男のなりをしているが少女のようだ。
「ほう、そんなところにおったか」
その時、ケヴィンたちを呼ぶ声がした。
羽を持った鳥のような仙‥‥。僕は知らない。西洋でいうワーウルフに似たような生き物なのだろうか。
装備課で標準の弾薬を支給してもらう。標準のクリップ4つ、対仙用に銀の弾丸が込められたクリップ1つ、音響弾がクリップ1つ、エクトプラズム弾クリップ1つ、暴徒鎮圧弾クリップ1つ。もしもに備えて特殊グレネードも一つだけ持っていくことにする。
44口径マグナムと同等の威力を持つこのストライカー・ガンは、零機のマストアイテム的な銃だ。指紋とバイオ素子の判別で本人しか撃てなくなっているし、まだ市場製品には開発されていない、完全なスマートガン・システムが組み込んである。
日本は今でも治安のよい国だ。アメリカのようにおおっぴらに銃を持ち歩く訳にはいかない。だが我々特殊エージェントには手がある。僕の右脚を置換したサイバーウェアの格納用スペースには、拳銃を始め幾つかのものを閉まっておける。カヴァート・オペレーションでこれが役立ったのは一度や二度ではなかった。
ダイナミック・テクノロジーズ・インダストリー(DTI)本社ビルを出ると、夕暮れの東京が広がっていた。
黒スーツの胸ポケットからクールな黒いサングラスを取り出すと、響ニ等陸尉は歩き出した。タクシーを拾い、便宜用のプリペイドカードを出すと西新宿まで急ぐように告げる。
お盆が近いせいか、新宿は普段よりも人通りがゆるやかだった。といっても日本の首都だ、人数がさほど少ないわけではない。
新宿南口の路上で、拾ったのであろう週刊誌を売っている連中を見つける。注意深く見ていれば分かるものだ――こうした人間の中に、情報屋はしばしば見つかる。
読んだ後そのままJRのゴミ箱に捨てられたのだろうか、新品同様の週間ジャンプを手に取る。響は札を重ねて差し出した。
「あい、釣りお待ちぃ」
「いや、いい」特務機関のエージェントはサングラスをずり下げた。「話を聞かせてくれないか」
だが、いまどき手裏剣使いやビル街に踊る影の話といっても、都市伝説を含めて多数ある。その中で事件の手がかりを探すのは困難だ。
「そうサなあ、この街にはその筋の人も多いからなぁ」 最後に乞食は教えてくれた。「小田急デパート西口ンとこの占い師のジイさんに聞くといいさ」

「だったら、そっちから名乗りやがれ!」
ケヴィンと謎の男との対峙は続いていた。コレスポンデンスの座の力でどこからか銀のレイピアを取り出したセシリアはごみの山からなんとか立ちあがり、和服の男を見やる。
「我が名は内田将玄。通りすがりの和服の男よ。おぬしらに頼みたいのはひとつだけ‥‥その娘を返してもらいたい」
解き放たれたマインドの座の力が、精神支配の魔法となって二人に襲いかかる。だがセシリアの回りに満ちるプライムの力と、ケヴィンの大地との結びつきがそれを阻んだ。
「テメェ、人間じゃねェな?!」
低く唸り、ケヴィンは人間から狼男に一歩近付くグラブロ形態への変身準備を整えた。
「(まさか‥‥ネファンディ?)」
位相の座の力でレイピアを引き寄せたセシリアは、謎の日本人に刃を向けた。柄に一言"Hope"と刻まれたこのタリスマンたるレイピアが、いつでも彼女を護ってくれる。それともこの男は東洋のテクノクラシーだろうか? 先ほどのリムジンの運転席の男は、どう見てもニュー・ワールズ・オーダーのエージェントであるM.I.B.だ。科学という名の魔法で世を導いてきたテクノクラシーは、全ての偶然性が取り除かれた間違った未来を目指している。彼らは不確定要素であるリアリティ・デヴィアントの抹殺を続けており、強い霊力を備えた変化妖怪の子である美鈴を排除目標と定めても少しもおかしくない。
内田将玄は素早く小太刀を幾つも飛ばしてきたが、魔法でその軽捷な動きをさらに増していたセシリアの服をかすめることもできなかった。希望の名を持つ銀のレイピアが振り払われる。
「次は喉を突くわよ!」
レイピアを突きつけたとき、三人はサイレンの音に気がついた。警察がもうやってくる。テクノクラシーが人々の心に植え付けた現実の力は恐ろしいものだ。トラディション・メイジが使うありえないはずの魔法は、魔法を信じない人々の前ではいっそう効果を失い、運の悪い時はパラドックスの精霊を呼んでしまう。
「どうするよ。ヤるならヤるゼ?」
身長2m以上のグラブロ形態に変身したケヴィンが、天宮の聖歌隊の少女に問い掛ける。
「フフ‥‥だが私もここで続けるほど愚かではない。退くとしよう」
だが将玄の方が速かった。小刀で手首を軽く切ると、噴き出した血風が霧となってワーウルフとメイジを包んだ。日本人が『九字の印』と呼ぶ動作が霧の向こうに一瞬だけ見えただけだった。
『覚えておけ。我が名は剃刀蝦蟇忍軍が一人、内田将玄! 勝負は一時預けるぞッ!』
ようやく霧から逃れると、警官たちが走ってくるところだった。ゴミの山に飛びこんだケヴィンは不幸な通行人の振りをし、犯人は向こうに逃げたとあらぬ方向を教えると、一行はその場を離れた。
ケヴィンが保護した少女はセシリアが探していた美鈴その人だった。車から投げ出された時に怪我でもするのが普通だが、何故か傷が治っている。
ケヴィンとセシリアは互いに自己紹介した。ケヴィンの言葉には英語が混じる。浮浪者でも、セシリアは信用してくれたようだ。
「いいんです。私にはあなたの純粋な心が見えます」
天宮聖歌隊の少女は、聖職者特有の汚れない瞳で青年を見上げていた。
「こっちじゃよ。おぬしが来るのは分かっておった」
デパートと電気屋のネオンが煌煌と輝く西新宿。小田急西口から南へ斜めに向かう裏の通りには、何人か占い師がいた。その中の老人が不意に語りかけてきた。中国人だろうか、顔の細部はくしゃくしゃの髭に隠れて分からない。僕はその老人の元へ方向を変えた。
「して、何が知りたいのじゃ」
「‥‥見えざるものが知りたい、といったらどうします」
「これは面白いことを言う。この東京は常人には見えぬもので満ちておる。秘神や幽霊の類に始まり、実に様々なものがの‥‥。ほれ、あそこにもそこにもいる。おお、お前さんのすぐ後ろにも見えるぞ」
僕はサングラスの下で動揺していた。この老人は何を見たのだろう。確かに零機にも、死者と話せたりコンピュータの内部を意志の力だけで改変できる超能力を持った隊員がいる。この老人も能力者だろうか。
クリスマスと正月を別々に祝う日本人は宗教に寛大で、信心深くない国民だ。僕も神は信じていない。だが死後、人がどうなるのかは今は知りたいと思っている。
この老人は何を見たのだろう。僕があの時誓ったことが読めるのだろうか。それとも姉さんが見えるとでもいうのだろうか。姉さんはどうなったのだろう。まさか本当に、未練を残した霊は現世に留まるとでもいうのか?
気を沈めてから話をする。やはりこの老人は仙のことを知っていた。手裏剣の実演をしてから、彼は今夜の丑三つ時に、都庁ビルの方へ行ってみろと告げてきた。この世界には常人にはない能力を持った人間も多いことは、僕が響悠也の名を持つようになってからよく分かった。
「それじゃあな、若いの。お前に天帝の加護があるように祈っとるよ」
「‥‥僕は日本人ですよ」
ちらりと老人を振り返ってから、僕はその場を後にした。

「あぁ、オレ、ケケだ。ギニアの言葉じゃそういう名だ」
ケヴィンのねぐらの近くまでやってきた三人はアイスクリームを食べてひとまず落ちついた。
「そうか、訳アリでこの子を連れてくってわけか。だけどまたきっと襲ってくるぜ。嬢ちゃん一人じゃ、敵わないだろうな」
プライムの玉座を護るセレスティアル・コーラスの真の魔術師としての誇りが、セシリアにきっぱりと反論させようとする。だがケヴィンの瞳の中に野生の光を見た彼女は、黙って引き下がった。
浮浪者仲間の話では、どうもケヴィンたちは指名手配されたらしい。東新宿の木賃宿の女主人に、ケヴィンの知り合いがいる。まずこの美鈴の目立ちやすい和服をなんとかしてから、今後の方策を練ることになった。
|
こうさくいん「ワーウルフにメイジにふつうの人間が東京に集合。東洋もいろいろあるのでしゅねー」 |
夜の都庁周辺。騒がしい駅前を離れると、そこは嘘のように静まり返っている。夜の公園で見つけられるのは、不法居住者や酔っ払いや夜に騒いでいる若者、さもなければ密会している男女ぐらいだ。
響二尉はジャンプを脇に投げ捨てると、明かりの消えた都庁に向かった。最終回の近い封神演技のカラー表紙が街頭に照らされ、そして風に吹かれてぱらぱらとめくられていった。
銃声が聞こえた。咄嗟に姿勢を低くした響は、思考で命じると右大腿の仕掛けを開いた。スラックスに隠されたポケットに手をやり、素早くストライカー・ガンを取り出す。銃を下げた構えのまま、彼は音の源へと急いだ。
どこかの公園だった。響と同じような格好をした男が5,6人、輪を狭めながら目標に近付こうとしている。
中央にいるのはたった一人だった。だが、黒服の男たちの射撃や伸びる手をことごとくかわし、逆にあっさりとのしている。
遮蔽に隠れた響が見ている前で、2分も掛からなかった。男達は全員が地面の上で動かなくなっていた。
「出てきたらどうだい、そこの兄ちゃん?」
楽しげな声が、響の方へ投げかけられてきた。
僕は銃を構えたまま立ち上がった。銃口を目標に定めたままゆっくりと歩き出す。ストライカー・ガンの視覚情報が右の掌のコネクタに繋がり、僕の神経に繋がり、脳に繋がり、網膜の上で再構成される。ITG(内部型追跡装置)が動体を捕捉し、眉間を照準の中に捕らえた。奇妙な若者だった。背はそれほど高くなかったが、何かが違う。5人を相手に見せた先ほどの運動神経も、常人のものではない。
「で、兄ちゃんは何しにきたんだい?」
「‥‥ある目標を探している。手裏剣使いの男だ」
「へえ。そいつはもしかして、こんなのかな?」
一瞬の間に男の手が動いた。数枚の星型手裏剣が地面に突き刺さっていた。だが、サイバーウェアで補強された僕の銃の射線は揺るがなかった。
「その通りだ。そして、その男には翼があって――」
驚いた表情を見せる男にゆっくりと近付きながら、レーザーサイトをONにする。不可視光が彼の眉間をポイントした。
「――ある重要な奇書を盗んでいった」
「そうかい。じゃあオレについてこれたら教えてやるよ!」
一瞬、彼の姿が夜の中に揺らいだような気がした。咄嗟に目標を確認しようとした僕の前で、彼はいきなり身を翻すと走りだした。
|
こうさくいん「サイバー!N◎VAもメタヘもシャドウランもびっくりでしゅー。ゴシックパンクなのにあるのでしか?」 |
ケヴィンが世話になっている木賃宿の女主人が、美鈴が着て怪しまれない服を貸してくれた。美鈴自身は、「襲いと、また奴らが来る」とぼそりと呟いてる。
「そうさねえ、だったら地下から行ったらどうだい? この東京の地下にはいろんなところが散らばってるのさ。明治時代には小説にもなったっていうよ」
女主人の勧めに従い、美鈴を狙うメイジ連中がいるかもしれない地上を避ける道を選んだ。確かに東京の地下には使われなくなった地下鉄や、大戦時代の名残や、様々なものが眠っている。レイスたちがさ迷っているとも、ワーウルフの親戚である変化妖怪のネズミの一族の住処だとも言われている。
汚い下水や危険な地下配線は避け、地下鉄に決めるとJRの駅から侵入することにした。ケヴィンが鍵を器用に壊し、一行は地下世界へ進む。
ビルの屋上へ黒服の追っ手を引き寄せてから、DTIの広告ネオンの光る隣のビルにひらりと飛び移る男。東洋の変身種族たる変化妖怪のテング、烏の眷属に属する彼の身の軽さは驚異的だ。
だが、それを追う響二尉の反射神経もまた、常人の中では最高レベルだった。真夜中の新宿、ビルからビルへの鬼ごっこはやがて鬼の勝利に終わる。
もうどこにも飛び移る逃げ場のないビル屋上で、二人は対峙する。
響二尉の構えた拳銃から放たれるレーザーサイトの光点が、再びテング一族の若者の眉間を捕らえた。
男の姿が変わり始めた。黒い翼が背中に広がり、手の先に鉤爪が伸びる。男はそのまま羽ばたくと空中に逃れようとした。
変身種族だ。変身する仙は聞いたことがある。西洋で有名な狼男の同類だろう。
彼らの姿の持つあまりの恐怖は、人間にその時の記憶を完全に空白にさせるほどの力を持つという。だが、零機にそれは効かない。全隊員が埋め込んでいるエモーション・サプレッサー(感情抑制器)が恐怖を抑え、困難な状況下でも冷静な行動を可能にする。
目の中のITGの動体追跡グリッドが動いた。その方向に僕の腕が伸び、奴の羽の根元を撃ち抜いた。
墜落した目標は人間の姿に戻っていた。冷たい床の上に血を流し、もがき苦しんでいる。
変身種族の仙は強力な再生能力を持っている。この程度では死なないだろう。だが撃ち込んだのは銀の弾丸だ。もう少し効くのが普通ではないだろうか?
「人間を甘く見たな」
僕はいつでも一発撃ちこめるよう狙いを定めたまま、彼に近付いた。
「‥‥OK、OK。分かった、オレの負けだ。降参降参! 少しは話を聞いてくれよ。こちとらショッカーの怪人て訳じゃないんだ」
奴は手を上げて降参の身振りを示すと、向けられている銃口を見つめた。僕が構えたまま頷くと、彼はその姿勢のまま話し出した。
現在、この世界を揺るがす大事件が起ころうとしている。彼らの種族や西洋の同族やその他で呼び名は様々だが、世界が終わるかもしれない何かが起こるというのだ。それを防ぐ為に例の奇書『月詠異聞』がどうしても必要で、ある人間のもとに届けたのだという。なんでもいいからついて来てくれれば、全てが分かると言うのだ。
たっぷり話した後で男は頼んできた。罠の可能性は十分にある。かといってここで射殺すれば、全てが謎のままだ。
「そう言われてすぐ信じる人間など、今の日本にはいないぞ」
「どうやったら信用してくれるんだろうな‥‥じゃ、これでどうだ」
彼は鉤爪で自分の顔を切り裂いた。さらにもう一度、今度は右目も潰す。再生能力があったとしても、並大抵の覚悟でできるものではない。
新たな血が流れた。あの日、あの晩、姉さんの回りに飛び散っていた血。転がっていたマイクを染めていた血。あの最後の表情。
何かが脳裏をよぎった。僕は銃の照準を眉間から降ろしていた。
|
ボス「ちなみにこの相手はテングじゃ。東洋の変身種族、変化妖怪の中の一種で烏に変身するぞ」 |

「こっちよ」
不思議な少女美鈴は地上から遠いこの廃トンネルの中でも、先頭に立って二人を導いていた。
「(日本の言い方だと、出そうって所よね‥‥)」
不気味に広がる暗いトンネルに目をこらしながら、セシリアはふと思った。気味の悪いところだ。地下世界に住むというヴァンパイアの一族か、何か恐ろしい怪物かはたまた幽霊か、何かが潜んでいそうな雰囲気だ。
彼女がそう思った瞬間、背後から生暖かい息が耳に吹きかけられた。盛大な悲鳴を上げて振り返ると、そこには何もいない。
「オラ! 悪さすんじゃねえゾ!」
ケヴィンが暗闇に向かって吼える。精霊の世界に近しいワーウルフは、半影界を漂っている存在と精霊の言葉を用いて会話できる。
その咆哮が反響しながらトンネルの彼方に消えてから、しばらく経った後だった。美鈴の合図で、二人は軽い振動に気付いた。何かが近付いてくる。
後方から突如、強烈なヘッドライトが一行を捕らえた。廃棄されて久しいはずのこの線路に、電車が走ってきたのだ!
単線で列車とトンネルの幅はほとんど差がない。このままでは轢かれるだけだ。ケヴィンは身長3mを超そうかという巨大な狼男の姿――半人半獣のクリノス形態に変身すると、二人の少女を抱え上げて走り出した。野生の力を受け継ぐワーウルフが全力で走っても差は広がらない。怪物の腕に抱えられたセシリアはコレスポンデンスの座の魔法を使おうとしたが、うまくいかずに吐き気を堪えるのが精一杯だった。
ありがたいことに駅が見えてきた。ケヴィンは全力で横っ飛びに跳躍する。ホームに転がりながら振り向いた一瞬、行過ぎて行く車両の運転席で、黒服のMIBが舌打ちするのが見えた。
「あの‥‥ケ、ケケさんですよね‥‥?」
恐ろしい狼男の姿に後ずさりながら、セシリアが尋ねる。神性アヴァタールを備えた真のメイジは、クリノス形態のもたらすデリリウムの影響を受けない。
「ああ。男ってのは獣になるもんだ」
導師オネシファラス・パーシヴァルに教えを受けた天宮聖歌隊のセシリア・クリスティンは、この世界の変身種族の最大勢力も知っていた。
「ワーウルフ‥‥なんですか?」
「いや、ガルゥと呼んでくれ!」 ボーン・ナウアーのシアージは誇らしげに自分を指差した。「握手は後だ。それより早く、地上に出てその神社とやらを探そう」
おかしなことに、美鈴は人狼の姿をとったケヴィンを見ても少しも驚かなかった。変身種族の血を引くキンフォークなのだろうか?
|
ボス「チームを組んで物語に加わったワーウルフとメイジ。単独行動を続けるモータル(常人のこと)の響、そして最後に合流する一行。うまくまとまったな。例によってこのコンテンツでは響二尉の足取りを中心に描いているぞ」 |
日比谷にある夜明けの稲荷神社。三人が鳥居をくぐると、セシリアに美鈴の保護を依頼してきた東雲崋山が待っていた。
労をねぎらうと、東雲老人は大切な話があるから中へお入りなさいと告げる。
「こんなんで入っていいのか?」
ケヴィンは浮浪者そのものの自分の格好を指差す。
「大事なのは外面ではない。心が穢れているか否かじゃ」
ドリームスピーカーズの高位のメイジは、ガイアの戦士に目を細めた。
その時、神社の前でタクシーが止まった。出てきたのは東雲老人の知り合い、テング一族の若者、鬼哭錦(きこく・にしき)だ。その後ろから出てきた黒服にサングラスの若者は銃をしまうと、不思議そうに神社を見渡していた。
「彼もまた来るべくして来た者じゃ」老人は一行に先を促した。

「ここに参られたのも宿星と天帝のお導き。あのような手段で本を取ってきたのは悪いが、ここはしばし爺の話を聞いていただきたい」
老人に案内され、和室に通された僕は困惑していた。何か大きな力を秘めたこの老人。僕を連れてきたあの男――テングという種族らしい――とも知り合いらしい。
そして、ちょこんと座っている小さな女の子。どっかりとあぐらを掻いている浮浪者同然の黒人。その横で懸命に正座をしようと努めている、黒いブレザーで揃えた少女。
東雲老人の話はこうだった。日本には半人半牛の妖怪、「件(くだん)」の伝説がある。件は常に天地を揺るがす大事件の前触れとして生まれ、予言を終えてから数日で死ぬ。
牛の変身種族である件もまた、狼の変身種族であるワーウルフの遠い親戚だった。草食動物である件は狩人の力を持たないが、その代わりに大地の母ガイア――東洋における緑玉の太母――との結びつきが強い。
美鈴は東雲崋山の孫に当たり、彼女もまた不吉の前兆たる件として生まれた。だが父に似て優秀なメイジであった母の東雲聖は、我が子を殺めることができず、自らの命をもって彼女の力を封じたのだという。
美鈴の前に生まれた件は、第二次世界大戦を予言して死んだ。これは小松左京という小説家の書いた作品にもなっている。
そして今。美鈴の予言の力が世界のために必要となっている。
天には凶兆たる赤い星。鏡の国――影界、西洋におけるアンブラの大異変。変化妖怪たちが信じる時の円環の第六の周期の到来。年経たヴァンパイアたちの恐れるゲヘナの時。西洋のワーウルフたちが覚悟を決めるアポカリプス。
呼び方と解釈は数あれど、世界の大異変の時が近付いている。人々の犠牲を少しでも少なくするためにも、件の予言の力が必要なのだ。
美鈴の件たる半身は、影界のひとつ、半影界の中のある領域に封印されている。それをつれて物質界に帰り、解放すれば、彼女の力が蘇る。その為に、奇書『月詠異聞』に記してある内容が必要だったのだと言う。
東洋のメイジの大きな勢力ともなっている中国の伝説によれば、全ての生き物は果たすべき宿星を帯びている。テングら東洋の変身種族らも、この世の脅威と戦うために天帝が地上に遣わしたのだとも言われている。大きな宿星を帯びた者たちが集ったのも定めなら、今しばらく力を貸して欲しいと老師は告げた。
「なぁるほどな、全てはガイアのお導きだよ!」
ばんと膝を叩くケヴィンに、横の響二尉は眉を潜める。
「オレらガルゥは必ず転生する。この子だってきっとそうさ。だったら彼女の次の人生の為にも、よりよい世界を作ろうじゃないか」
「でも予言が成された後、彼女は死んでしまうのでしょう? 美鈴ちゃん、そんな運命を受け入れられるの?」
教会で育ち、転生の思想とは縁の遠いセシリアにとっては軽々しく納得できるものではなかった。だが、力と共に生まれてきた少女は、そこから逃れられないことをすでに納得しているようだった。
「『月詠異聞』を返してもらう他にもうひとつ。私は私の属する勢力にこの件を報告しなければいけません。どうします? まさか、犯人のテングを撃ち殺す訳にもいかないでしょう」
夜中に追いかけっこを演じた相手――鬼哭というらしい――を一瞥しながら、僕は東雲老人に問い掛けた。だが、老人は任せると告げてきた。
鏡の国――影界に関する説明は続いた。この神社の鳥居に門を開くので、そこから入って欲しいという。
この世界と重なり合うように存在するその異世界はややこしいことに、幾つもの場所に分かれているという。そして、概念上の“下”に当たる部分には、死者が住む冥界があるそうだ。
「それが本当なら、死んだ人間は全てそこにいるのですか?」
その時、我知らず僕は身を乗り出していた。
「そうではない。現世に強い未練を残して死んだ者は、そこに留まると言われておるのだ」
「そうですか‥‥」
セシリアが美鈴と親交を深めている間、どういう風の吹き回しか、ケヴィンと響二尉は稲荷神社にある大きな浴場に一緒に入ることになった。
浮浪者暮らしのケヴィンには滅多にない機会だ。体じゅうの汚れがとれ、たちまち湯舟は浮いた垢で一杯になる。
先に浴槽を取られた響は背を向けると、黙ってシャワーを浴びていた。背後からケヴィンの説教が浴場じゅうに響く。
「‥‥それもワームの力、大地を滅ぼす穢れの力ってワケだ。人の役に立とうとしても、それが逆の効果になることもあるっつーコトよ」
「そうか」
彼は自分の体を洗い始めた。右脚に格納されたサイバーウェアも、作動しない限り人体と見分けがつかない。
「だから今回の旅も同じだ。頼むから背中から撃つような真似だけは勘弁してくれよ。アンブラなんざフツーの人間には滅多に行けないトコロだ。闇より深い闇があることを教えてやるぜ」
「分かった」
シャワーの蛇口を捻った零機隊員はふと振り向いた。「ひとつだけ教えてくれ。その冥界や影の国とやらに行ったとしたら‥‥その、祖先や死んだ家族に会うようなこともあるのか」
「ああ? まあ、時には会うこともあるだろうナ。オレたちボーン・ナウアーは深いところまでは知らねえよ。そいつは他の部族の領分だ」
「‥‥そうか。ありがとう」
そこから先は髪を洗い始め、彼は無言だった。

影界への出発の時が来た。東雲崋山が月詠異聞に記されていた祝詞を読み上げ、魔法の橋を開く、鳥居の先が歪み、異世界への扉が開いた。
「行くぜ闇の世界へ!」
影界のひとつはガルゥの故郷でもある。ケヴィンは意気揚揚と踏み出した。
見守る東雲老人から、例のテングの傷がもう治りかけていることを確かめた響二尉も後に続いた。
鳥居の向こうは奇妙な世界だった。空は曇り、無限にも思える鳥居が並んでいる。釣り橋を抜けると、そこは忍者の隠里のような奇妙な谷だった。その中に、城のようなものが聳えている。
「鏡の国へようこそアリスってカンジか?」
ケヴィンは陽気に言った。ワームではないが、何かの気配が近くにある。
三人の中で唯一アンブラが未知の場所である響には戸惑いの連続だった。だが、セシリアが優しく手を取ると彼を導く。
城の中は、開いても開いても続く障子だった。
「響さんよう、ビビるんじゃねえゾ?」
最強のクリノス形態に変身すると、ケヴィンは走り出した。セシリアも魔法で自分の力を増強すると、後に続く。
最後の障子が開いた。部屋の中央には、和服を来た半人半牛の不思議な生き物が微動だにせずに座っていた。ケヴィンには奇妙な匂いがした。草を食べる牛の眷属からは、野生動物特有の美しさが感じられない。
その時、一行の前の畳に、十字手裏剣が鋭く突き刺さった。
「くくく。また会ったな。剃刀蝦蟇忍軍がひとり、内田将玄再びここに推参つかまつる」
天井の梁から逆さにぶら下がった男が、笑いかけてきた。セシリアが対峙した時と、衣装も変わっている。
「その怪物こそ件が半身と見える。おぬしらに恨みはないが、我が雇い主の為に消えていただこう。ゆくぞ、松虫、鈴虫!」
くるりと宙返りし、華麗に畳の上に降り立つと、どこからともなく現れた二人の女忍者が彼の後ろに控えていた。手にはめた爪つき手甲が獲物を求めて光った。
|
こうさくいん「このナゾの忍者軍団のどこがメイジなのでしゅか?」 |
「あの少女の宿星を遮るものは、私が斬って捨ててやるわ!」
コレスポンデンスの座の魔法を使い、セシリアは希望のレイピアを手の中に出現された。影界は魔力に満ちている。魔法を信じないスリーパーの目を気にすることもなく、真の魔法を自由に用いることができる。
響二尉もストライカー・ガンを抜いていた。剃刀蝦蟇忍軍。第零機動隊には馴染みの名前だ。ある一族が作り出したこの忍者軍団は忍術と現代技術を組み合わせ、現代でも派遣企業の形で活動している。盆栽の手入れから要人暗殺まで、雇い主の金次第で何でも行うのだ。日本政府にも金で雇われている彼らは、政府の特殊機関である零機の活動を度々遮っている。
女忍者の松虫は爪を手に突進してきた。身を捻ってかわし、響の銃が火を吹く。だが忍者はそれでも軽捷に飛び、足先を撃ち抜くに終わった。
その鋭さを増したセシリアのレイピアが果敢に挑んだが、内田将玄の回りに満ちる何かの力がその切っ先を弾いた。
「剃刀蝦蟇忍術、硬氣法の術を見たか! ここにて滅せよ、火煙の舞いッ!」
一番の強敵と見た人狼に目標を変え、東洋の魔術師は素早く九字の印を切った。空中に散らした自らの血に火が付き、炎の嵐となってケヴィンを包み込む。
重傷を負ったボーン・ナウアーは吼えた。野生の怒りに身を任せたワーウルフは、何よりも速く動ける。炎をかいくぐって突き出された鉤爪が忍者の体を大きくえぐった。さらに左でもう一度。常人ならちぎれた死体に変わっておかしくないところを、畳の向こうに吹き飛ばされた内田将玄はそれでも持ちこたえた。
「ぬぅ‥‥だが私も忍の端くれ、これでは終わらぬ。松虫、鈴虫、爆砕陣の術よ!」
二人のくのいちが主を支える。そして、部屋を揺るがす爆音が響いた。
最後の瞬間、奴らが取り出したのはグレネードだったのだろうか? いずれにせよ自爆の結果、部屋は滅茶苦茶になった。あの狼男はかなり爆心に近かったようだが、うずくまって傷の回復を待っている。そう、仙はなかなか死なない。
幸いなことに、この影界とやらでもサイバーウェアは正常に動くようだ。僕の血管を流れるナノマシンが傷口を修復し、組織を再構築してくれた。このレジューヴネイターは、零機の任務からの生還率をずいぶん上げてくれている。
面白いことに爆心側がぼろぼろになった補強スーツまで元通りになっていた。アンブラというのはそういう場所なのだろうか?
その時、城全体が傾いた。城が、いやこの世界全体が崩れようとしていた。
美鈴の半身だという少女をケヴィンが担ぎ、僕が最後尾につき、我々は走った。背後で轟音と共に日本風の城が崩れ、そして、周りの谷も中心に向かって崩れていく。
セシリアにもう大丈夫だと言われたところで、僕は呆然としてその光景を見ていた。不思議な光景だった。積み木が崩れていくような、一枚の絵が割れていくような、なんとも説明しがたい光景だった。
影界の一部分――領界?レルム? というものが消滅したのが、今の現象らしい。
何も言えずに壮大な光景を眺めていた僕はセシリアと顔を見合わせた。男装の魔法使いの少女も、無言で一部始終を眺めていた。

無事鳥居から元の世界に戻ると、東雲崋山を初めとする面々が待っていた。美鈴の顔には表情が戻り、為すべきことは果たされた。不思議な少女、美鈴は件の力を取り戻し、この世界の未来のために必要な予言をなすだろう。
「さぁて、一時的な協力関係は終わった訳だ。響さんよう、まだヤるか?」
元のドレッドヘアの黒人の姿に戻ったケヴィンは、好戦的な目つきで響二尉を見下ろした。滅びゆくワーウルフは地上最強の戦士だ。勝ち目は完全にケヴィンにある。
「‥‥フン」
ワーウルフの挑戦を無視すると、特務エージェントは胸からサングラスを取り出した。クールなブラックグラスの中で曙光が昇ろうとしていた。
力から逃れられないこと、運命を受け入れていることを美鈴から確認し、セシリアは神社を離れようとしていた。メイジの修行の旅は長く、アセンションへの道は遠い。だが、セレスティアル・コーラスに拾われた少女の元に星は輝いている。フェイの血と真の信仰と天賦の才を持った彼女の聖歌が、世界に響き渡り、運命を切り拓く時が来るだろう。この奇妙な旅も、彼女の道の助けになることだろう。
「さようなら、皆さん。また、会うことがあれば」
ガルゥの青年と黒スーツの若者に、彼女はぺこりと頭を下げた。
「そうだ。アンブラ――と言うんだったかな、あそこで迷った時、君がずっと手を引いてくれたのか。ありがとう」
響は表情豊かに微笑む少女に礼を言った。
「君は留学生をしているんだったな。あまり、警察の世話になるようなことにならないでくれよ」
「そう、また何か会えるかもしれない時、どうやって呼べばよろしいでしょう?」
少女は目を輝かせて響を見上げ、胸の十字架の鎖が揺れた。
「おう、叙情酌量ってのはどうやりゃあいいんだ?」 ケヴィンからも声が掛かる。「あのビザって奴が、じきにヤバくてさ」
予想外の質問だったのか、響は面食らった後にしばし考えてから答えた。
「そうだな。響の名前を出せば助かる時があるかもしれない。どうしても必要になったら告げるといい。一緒に警視庁、刑事部の――そう、第零課の名を」
不思議な部署名に首を傾げながら、セシリア・クリスティンは自らの道に戻った。ケヴィン・ウィリアム・アンダーソンも新宿の普段のねぐらへと向かった。
響二尉は東雲老人から、『月詠異聞』を受け取った。どこにも傷はなかった。第零機動隊の任務は完了した。
「もしも本当に宿星があるのだとしたら、それを探してみることにします」
その言葉に東雲老人は黙って頷き、黒服の若いエージェントを見送った。
DTI社長室。僕は再び、岡本隊長の前に出頭していた。隊長は机の上の月詠異聞を確認すると、報告書を2日以内に提出するよう告げた。
「そのことですが、隊長。今回の件では、通常任務では遭遇しない多くの事態が発生しました」
少しだけ顛末を話す。東雲崋山の名が出た時、隊長の眉がぴくりと動いた。
驚いた。最高機密組織、第零機動隊の創設者、岡本源一。忍者一族の末裔。遠大な計画を自分の手で実現した男。素手で鬼人を倒す男。世の技術水準を遥かに超えているDTI社社長。日本とアジア各国政府の暗い秘密を握る男。何があっても動じない隊長が動揺していた。
「‥‥お知り合いですか?」
「まあな」 隊長は席を立つと、窓辺へゆっくりと近付いた。
「今回の件は、私とお前の心の中に留めておくとする」
世界中の情報を伝えるスクリーンが暗くなり、自動ブラインドが開くと、そこには東京の夜景が眼下に広がっていた。
「‥‥隊長。ストライクチームの噂で聞いたのですが、隊長は以前テングと遭遇し、その経験が今の零機の元ともなった聞きます。私も‥‥同じような体験をしました」
霞ヶ関の夜景。溢れる光の渦。西洋諸国に少しもひけをとらない東の果ての都。だがこの都には、いてはならないものが、闇の向こうに潜んでいる。
「‥‥そうか」
首筋の刀傷を撫でながら遠くを眺めていた岡本隊長は振り返った。
「だが響二尉、忘れるな。奴らは敵だ」
「心得ております」 僕は最敬礼すると、社長室から退出した。
And
Here, The curtain dropped,
in night view of the Tokyo City....

|
こうさくいん「響二尉って誰かに似てるでしゅね?」 |

![]()
dice-jp.com > Iwasi Studio > Report > よって件の如し
Back to RI-Foundation TOP > World of Darkness