エレガントN◎VA第13話 ルナティック・オーヴァードライヴ

〜小粋にエレガントPLAY第13回 ルナティック・オーヴァードライヴ〜

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『このパーティの主催者がいたはずだな。前へ出てこいっ!』
 キャンベラAXYZにはギャラルホルンなる反政府勢力がいると聞く。長い戦いの中でかつてはクーデターまで起こしたギャラルホルンは軌道エレベータ強奪事件を機に、協調の道を模索する穏便派と過激派に分かれたという。最近もテロは続発していたようだ。その筋の者たちだろうか?
「‥‥ウェイ大人、これを」
 ヨハン・スナイダーの囁き声が耳元でした。私の左手の中に、小さな何かがそっと滑りこんできた。感触からデータチップだと分かった。私は別の方向を向いたまま小声で答えた。
「‥‥中身はなんだね」
「プログラムです。これをAXYZ市庁舎に届けてください。そこで全てが分かります」
「‥‥分かった」
「頼みます、twin flame
「‥‥その名を使っていいのは――私の店の中でだけだ」
 私の最後の呟きは、テロリストの方へ向かってゆっくりと歩いていく彼まで届かなかった。
 私もかつては黒社会の中を渡り、裏稼業で生きていた身だ。気配を消して歩くぐらいは造作もない。ざわめく客たちに隠れるように歩き、裏手に回る。ホールの隅のテーブルの上、台無しになった料理の横に、シャンペングラスが5段のピラミッド状に積み上げられている。流れ弾が当たらなかったらしく、グラスの縁からはまだシャンペンが滴り落ちていた。崩せばかなり盛大な騒ぎになるだろう。
 ふと見ると、先ほど私と話していたドレスのオージーの娘がいた。張り詰めた恐怖に、その手が震えている。
「ウェイ様‥‥」
「落ちついて。何かが起こったら、すぐに伏せなさい。テーブルの下に隠れるといい」
「は、はい‥‥」
「私もせいぜい、射的で景品が取れるぐらいの腕だがね」
 彼女の手をそっと放し、側にあった空のワイングラスを手に取る。丁度いい大きさだ。ピラミッドの方を一瞥し‥‥ホールに展開しているテロリストたちを眺め‥‥そして‥‥‥‥

 突然、大きな物音がした。私の位置から見えない場所に、何かが落ちてきたのだ。爆発音と共に、灰色の煙がホール内を満たし始めた。
『だ、誰だ?!』
『セキュリティをもう一度確認しろッ! 外の連中はどうした?』
「キャーッ!」
 怒号と悲鳴が上がり、ホールの中は大混乱に陥った。後で分かったのだが、この時投げ込まれたのは対ウォーカー用の大きな煙幕弾だったのだ。大騒ぎになる訳だ。
 私はワイングラスを戻し、事態の趨勢をしばし見定めていた。その時だったのだ、何処からかあの声がしたのは。
「今だ。撃てッ!」

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 論理の迷宮に囚われた演算ルーチンが悲鳴を上げ、赤い警告コードとなってイングリットに救いを求める。座標グリッドの不正により、混乱したアイコンの制御維持システムに過負荷が掛かり始めた。
「くっ‥‥やってくれるじゃない」
 グリッドAからBまでは1、BからCまでは0.5、CからDまでは0.25、次は0.125‥‥。アキレスに追いつけない亀のパラドックスを応用した罠だ。グリッドによる位置制御は該当トロン内のシステムに移管可能であることを利用したトラップ。イングリットの意識が動かす和服美女のアイコンがデータフォートレスのコアに近付くたび、グリッド間の距離が半分になっていく。数学的には彼女の到達地点はコアの場所と同じ地点を示す近似値に収束する。だが現在のプロトコルに基くマトリックス理論においては、彼女は永遠にコアに辿りつくことができない。
 タップの制御機構に割り込んで設定を書き換え、一時的に攻撃プログラムだけにリソースを増強。力を与えられた中国の龍は彼女の手を離れ、電子の虚空を飛んだ。
「コア・ストライクよ!」
 ――届いた! フォートレスの中枢部にヒット。自律型のプログラムはフォートレスの核をバラバラに食い千切り、その尾で予備用防壁を力任せに破壊した。彼女の周りを舞っていた警報が全て消え、緑のグリッドが一億の粒子となって分解すると、次の瞬間、全ての視覚情報が正常になって復活した。

 独立型のデータライブラリにアクセス。ウォールを破ってしまえば後は簡単だ。収められていた軍用データが、画像と音声、テキストコードと再生プログラムの複合体となってイングリットの周りに展開した。

 まだ災厄が起こる前、某国が月面に設置した完全自律型戦略要塞《ユーミル》。それが“月の悪魔”の正体だ。二門のマスドライバーと戦略核ミサイルの複合サイロ。独立して稼動する6つの防衛システム。
 人間たちが死に絶えた後もユーミルは動き続け、月への物理的侵入を拒み続けた。電脳面からの侵入も“ZENON”が防いでいた。世界最高のブラックICE。このフォートレスと同じ“ゼノンのパラドックス”を強化したトラップが全面に使われており、論理防壁は無限の高さを持つ。
 どんな構造体も、自律運動型プログラムもトレーサーも、“ZENON”の壁に近付くことはできなかった。どんなに進んでも辿りつけないトラップに巻きこまれている間に痛烈な攻撃でフラットラインされる。更に自己進化型機構を持つ“ZENON”は自らを改良し、電脳世界のいかなる技術革新も歯が立たなかったのだ。誰も月には近付けなかった。


 記録の最後に、後になって付け加えられた部分があった。
やがて近年、キャンベラの反政府組織と思われる勢力がユーミルを確保。用いた方法は“ZENON”のICEブレイクによる電脳掌握からのシステム奪取だった。電脳の世界に革命的なブレイク・スルーをもたらす最強の攻性プログラム、コード“Oblivion”の完成がキーだった。これをもってZENONを突破、ようやくドミネートに成功したのだという。
 一度きりしか使えないという奇妙な特質を持つOblivionの開発者には、あるカウボーイの名が記されていた。――ルーパス・クワインと。

"pro-japonais" Ingret Misia


ボス「いやー電脳というのは燃えるのう。(ぽわぽわ〜ん) ぶるれぼコズムに接近してしまったぞよヽ(´▽`)ノ 」
こうさくいん「マトリックスってなんでしゅか? ICEブレイクってなんでしゅか? N◎VAにそんな用語ないでしゅよ〜Σ( ̄口 ̄;)」
ボス「なぁにどうせ架空の未来の話だし大して変わらんではないか。言葉の羅列がサイバーパンク世界に命を吹き込むのだ。かのギブスンもパソコンをほとんど知らずにスプロール三部作を書いたらしいからナ!ヽ(´▽`)ノ」
こうさくいん「ううーイングリットはニューロなのでしゅよー。ああーでも『コアストライク』とか自分から言ってるでしゅーそれはメタルヘッド用語でしゅーみんな妄想してるでしゅ〜(>_<)」
ボス「攻殻機動隊2も出たし電脳がブームだからな。1000expレベルのキャストでニューロエイジの各都市に義体を置くのを妄想した御仁もいることだろう」
こうさくいん「攻殻2といえば‥‥宮内庁霊能局審霊官の環ちゃんでしゅか‥‥(>_<)」
ボス「や、やめい。また某専務に構造解析されるぞ Σ( ̄口 ̄;)
 さて話変わってこの『ゼノンのパラドックス』は実在するぞ。リンクしていいのかどうかちとあれだが、ここをIEで見るとよい。さすが同志、ゴイスーな理論をシナリオに持って来たぞ。時間のあるスチューデントはいいのう」
こうさくいん「ちゃんと理屈があるのでしゅか。すごいでしゅ‥‥(゚o゚)」
ボス「うむ。無限等比級数の和は確率・統計で出てくるな。儂もそのページは途中まで読んだのだが面倒になってやめてしもうた(てへ)」
こうさくいん「わわわーボスーそれじゃ嘘書いてるようなもんじゃないでしゅか〜Σ( ̄口 ̄;)」
ボス「何を言う。分かったようなことを言ってスラングもどんどんでっちあげて見た目にこだわるのが“サイバーパンク”のやり方だぞ。第一のルールは“スタイルは実像をしのぐ”だ。いつも腰のアラサカ・ミナミ10をぶっ放したくてウズウズしてるような顔をしておくのだ。(ぽわぽわ〜ん)」
こうさくいん「ううーボスまでオカシイでしゅ〜(>_<)」

そは電脳魔術を極めしものなり


「‥‥誰だが分からぬが、済まない」
 数瞬の逡巡の後に、トニー・ウェイは動いた。怒号の中をテーブルを飛び越え、前へ。上げた両手の先には何時の間にか拳銃が現れている。薄れてゆく煙の中で、数発の銃声が連続して響いた。
 ビフロストの大ホールから煙幕が晴れ、ヨハン・スナイダーとオージー娘たちが目を見張った時、立っているテロリストはもういなかった。客の中で唯一の、黒タキシード姿の背の高いチャイニーズが全員倒してしまったのだ。
 最後の一人が胸を押さえ、前のめりに倒れていく様を右の銃を突き付けて見守るウェイ。その時彼の左手で物音がした。今度は左の銃を構えるウェイ。その先にいたのは最後の力を振り絞って反撃に転じようとしていたテロリストだった。その背後に黒い影が音もなく被さり、軍用の高周波ナイフを後ろから首筋に突きつける。
 黒ずくめのスニークスーツに身を包んだ黒髪の若い男だった。そのEDGEナイフが動脈を切り裂くよりも早く、テロリストは気を失っていた。男はテロリストの体を盾にしたまま、ウェイと対峙する。
「何者だ」
 二挺拳銃の片割れの狙いを外さず、N◎VA中華街の名士は誰何した。その顔に浮かぶ厳しい表情は、もはや食事屋の主のものではない。
「――ナイトハルト」
 今や神々の魔槍へと名を変えたロシアの夜の風はナイフを放さず、静かに答える。互いに動かぬまま、緊張した時がしばし流れた。
「待ってくれ」 間に割り込むように、ヨハン・スナイダーが進み出るとブリューナクに問いかける。「上‥‥軌道宇宙軍からの使いなのか?」
 頷く黒衣のランナーに、スナイダーの表情が和らぐ。
「よかった。こちらの方にチップを託したところだ。これを持って、AXYZ市庁舎へ行ってほしい」
 腕を放した途端に崩れ落ちるテロリストを後に、ブリューナクは立ち上がった。高周波ナイフがその手の上で閃き、腰のベルトの後ろへと消えた。
「ヨハン。この男は信用できるのか」
 両手の銃を未だ別々の方向に構えたまま、ウェイが横目で問い正す。
「大丈夫です、ウェイ大人。信用できます。――金を払う限りは」
「そうか」
 ようやく銃を降ろすトニー・ウェイ。二挺の小型拳銃は現れた時と同じように、袖の中へ消えた。固唾を呑んで見守るパーティ客たちから安堵の声が漏れた。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


 この黒髪の男、私の名を知っていた。いつの間にか調べていたようだ。
ビルのセキュリティに侵入し、情報を奪取してここまで一人でやってのけたらしい。ホールの大扉をそっと開くと、その向こうにいたはずの“ギャラルホルン”のテロリスト隊も全員が始末されていた。ほとんどの死体は反撃した様子もなく倒れている。かなり腕も立つようだ。
 各界に知り合いも多く、あちこちに繋がりのあるヨハン・スナイダーの元へ、重要なプログラムが収められたこのチップが巡り巡ってきたのだという。AXYZの市庁舎で、その秘密が明かされる手はずになっている。
 私は割れた窓ガラスの外の海に目をやった。しかし、ここミラージュ・コーストは豪州の東北東側海岸線にある。北端に位置するキャンベラAXYZまでは、ずいぶんと遠い。
「手は打ってあるよ。攻性プログラムをもう撃ち込んでおいた。ビルのシステムは掌握済みだ。遠隔操作のできるヘリを屋上に回す。そいつで飛ぶプランでどうだい、トニー・ウェイ」
 身につけた装備をてきぱきと使用して行く様子はかなり機敏だ。彫りの深い顔立ちの中で暗く、どこか虚無的な光を湛えた瞳が私の注意を引いた。
「‥‥どこの勢力の者だね」
「道具になるのはもう辞めたのさ」
 彼は遠隔操作用の無線装置らしきものを取り出すと、送信を始めた。
 弾丸やガラスや料理の散らかった大ホールをちらりと振り返る。ヨハン・スナイダーが無言で頷いていた。散々な終わり方をしたパーティの客たちが心配そうに見守っている。
「分かった。いいだろう。屋上まで案内してくれたまえ」
 ナイトハルトと名乗る男と共に、私は廊下へと踏み出した。


ボス「さあウェイもAXYZに向かうぞ。ちなみに《赤鶴飯店》も“双焔殺手”も正しい中国語ではないので気にしないでくれとのことだ」
こうさくいん「深夜アニメのNOIRにも似たような名前の殺し屋が出てきたでしゅね〜(笑)」
ボス「う、うむ。NOIRというのが組織なのかなんなのか気になるところだな。まあホンコンHEAVENの地名も無理やり日本語の漢字を当てはめたものが多いしナ!」
こうさくいん「財団のコンテンツでは勉強して英語みたいに正しく使わないのでしゅか?」
ボス「ジツはこっそり総帥に聞いてきたぞ。総帥は西洋文明に汚されている人間ゆえ、中国に行った事はあっても中国語を勉強する気がまったくナッシングだそうな。ほれその証拠にRI財団のコンテンツをよく俯瞰してみよ。いたるところに英語が溢れているではないか。なっはっはっは!」
こうさくいん「ううーやっぱり洋風が好きなのでしゅかー。(>_<) じゃあ4のメンバーはガゼン巴里撃の5人で決定でしゅね〜ヽ(´▽`)ノ 」
ボス「な、何の話だ Σ( ̄口 ̄;) ええぃそのネタはいいかげんにせい」

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 キャンベラAXYZ南西部の下町、コーキー・タウンの一角にユーリカ・フォートレスはあった。Flash◎utの大通りからそうは離れていない。
 正規ルートではブツを売れないタタラや裏社会の人間がたむろするジャンク・キャッスル。近隣のストリートの住人から、見慣れない、やたら体格のいい欧米人がしばらく住みついていたというアパートを聞く。
 目的のアパートは廃屋同然だった。楠原ショウは低く息を吐いた。この中にあの男がいるのだ。絞首刑にしても死なず、脱出不能の北米刑務所から逃げてきたあの男が。
 その瞳が闘士のものに変わる。力のみなぎる両手を握り、ただ一撃の蹴りで扉を蹴り飛ばし、中に入る。
 DAK端末に合成食料の容器の屑。ガソリンの匂いのする空の瓶にライターの燃料入れ、変装用の眼鏡とつけひげ、小型手榴弾のピンの残骸、グリースの入ったバケツ、LIMNET製の音楽用デッキとイヤホン。誰かが生活していた跡がある。
 奥の机の上には、遺書の如く丁寧に畳んで置かれた手紙があった。「Mr.クスハラ」と表紙に縦書きで書いてある。


















 




 縦書きの達筆だった。だがありえる話だ。ビクター・アンダーウッドは欧米人でありながら、東洋世界の拳法をも極めた得体の知れない怪人だ。書道が上手くてもおかしくはない。だが脱出不可能と言われた北米連合刑務所《ファーム》の、さらに脱出不可能な特別房に捕らえられていた間に、どうやって学んだのだろうか?
 ショウが厳しい顔で手紙を眺めていると、部屋の天井中央にあった小型カメラが突然動き出した。闘士の瞳を燃え立たす青年にピントが合うと、今度はショウのポケットロンが設定していない電子音を勝手に鳴らし始める。
「何者だ」
 眼鏡の奥で眉をひそめて小型スクリーンを見ると、花魁姿の和服女性のアイコンが光っていた。
『たまたま来た一般市民よ? すごいじゃない。それ、本物の書道ね』
「あんた、俺の追ってる死刑囚とは関係ないだろ」
『おや、そいつがここにいたのかい? だったらちょいと関係あるね。アタシはウェブでICEブレイクしてたのさ』
「氷、ね。ニューロには関係ないことだ」
 その時、ショウの背後で空気が動いた。考えるより早く体が動いた。久し振りの感覚だった。戦闘前の独特の高揚感が全身を満たしていく。かつて自分の手が殺戮の為にあった頃、常に生と死の狭間のぎりぎりのエッジの上を綱渡りしていた頃の感覚。
 元より体がサイバーを拒絶するため、まったくサイバー・アップしていないショウはナーヴワイヤの恩恵を受けられないが、その肉体は内なる調和を保ち、コンバット・ドラッグにまみれたブーストヘッドたちより遥かな高みにある。
 空手ベースの我流格闘術を操るショウの構えは、本能が選択した構えだ。瞬時に振り向いて攻撃に移ろうとした時、玄関から一団が突入してきた。分厚い防弾服にヘルメット。手に手に構えた北米連合軍採用のものと同じオートショットガンとストック格納型SMGの先で、明るいマズルライトがショウの黒眼鏡を照らす。突入チームの防弾服の下の服の肩には、智天使の紋章があった。
「動くなッ!」 まったく不意を討てなかった驚きを隠しつつ、隊員たちは口々に叫んだ。
「こちらはオーストラリア国際警察ケルビムだ!」

殺戮の手、癒しの手


"pro-japonais" Ingret Misia

 マトリックスからアパートのセキュリティを乗っ取り、遠隔信号型ルーチンでカメラを動かしていたイングリットは、映像スクリーンの中でトレースプログラムより速く振り向いていた楠原ショウから目を離した。
 基本アラームが映像の上でちらつく。電脳空間にいる彼女の元にも、智天使の兵士が押し寄せようとしていた。
「フン、犬か」
 ケルビム電脳班が遣わしたのは下級天使ではなく猟犬の群れだった。極めて数学的な円錐の棘がついた首輪を嵌められた、真っ黒な猟犬の群れが電賊容疑者を認め、一斉に連鎖型警報の咆哮をあげる。

「犬は叩いて退散させよう。飼い主は撫でて改心させよう」
 ネットランナーの基本装備である戦鬼/護鬼プログラムをコール。実体化したそれはイングリットのアイコン制御システムで上書きされ、両手で広がるクロームの鉄扇に姿を変える。
 躍り掛かる犬たちの額を次々に叩き、飛翔したイングリットの虚像は隣りのグリッドに見事な着地を決めた。翻る和服の裾がグリッドの模様を反射する。一振りして扇を開くその様は、まさに中国の伝説に空を飛ぶと語られた武侠そのもの。
「やめろ、ケルビムだ。話がある」
 一目でネットウォッチと分かるホロのアイコンで身元を示した、警察官風の人型アイコン達が先のグリッドにいた。合図すると、尻尾を巻いていた13匹の猟犬たちが次々にその姿を長方形に折り畳み、主の元へ帰っていく。
「智天使が何の用だい」
 イングリットは後ろ手に鉄扇を軽く振り、サブスクリーンを開くとコミュニケーションシステムをコールした。百数十行のスクリプトコードの実装で可能な簡単極まりないBBSを、メタトロンとの連絡用に根城に置いて来たのだ。

>exek bbs system 03.01.14 (dir: com/etc/)
* S i m p l e B B S *
[date] 09,july 11:32:13am
[host] unknown
[site] none
[e-mail] metatron@palaceofarchanjel.org
[messaj]


ナガレニハ サカラウナ
マターリ マターリ トナ

::M E T A T R O N::[scripter]


 イングリットのアイコンは眉をひそめ、振り向くと電脳班に交戦の意志がないことを身振りで示した。その時、擬似的な上方向からデータ構造物が降ってきた。まるで雪のように輝き、複雑な三次元曲線で構成された尾を引いて、ゆっくりと降って来る。それはイングリットの頭上でゆっくりと分解し、分散する百万の三角形となった後に収束し、アルファベットの形を取った。

::: Wait you at the Moon :::


 こんな手の込んだことをするのは凝り性のあの男しかいない。天才カウボーイのルーパスが、彼女を空の向こうで待っているのだ。

そは電脳魔術を極めしものなり


「よく見てくれ。俺はあんたらが追ってる奴より、30cmも身長が低いよ」
 全身の緊張を解き、力を抜いて両手を上げたショウはため息をついた。
「‥‥全員、銃を降ろして。どうやらそのようだわ。本部と照合します」
 ショウが目を上げると、突入チームの面々の後ろから別の捜査官が入ってきた。不細工な厚手の防弾チョッキも着ておらず、持っているのも捜査官の好む取り回しの利く小型拳銃だけだ。その少し背が低くほっそりしたシルエットから、相手が女性だと分かった。
『こちらは対テロ特別チーム、同行のペネロープ特別捜査官です。今から述べる人物の照合をお願いします。必要ならシドニーの情報部とも‥‥えっ‥‥? はい、了解しました。丁重に‥‥お連れします』
 無線で何処かと交信していた女性の捜査官は意外そうな顔をすると、突入チームの隊長に合図した。黒のスーツに印象に残るセミロングの黒髪、上から下まで黒一色の出で立ち。娘といってもおかしくない年齢だ。重武装のチームの中でその姿は一層際立ち、格闘技の心得のあるショウの目からはひどく頼りなく、儚げにさえ見えた。
「たいへん失礼しましたっ」 指示を受け、ヘルメットを脱いだ隊長らしき男が敬礼してきた。
「ショウ・クスハラ様ですね。我々と同行していただきたいのですが」
「どうせ拒否権はないしな‥‥」
「いえ、ありますが」 隊長は再度敬礼した。
「‥‥いや、だから結局はないじゃないか」
「では同行願えるということで。よし、作戦は中止だ。ここは出るぞ」
 手配中のビクター・アンダーウッドが潜伏していたはずのアパートから、突入チームは撤退していった。
「それでは、宜しくお願いします。行く先は‥‥AXYZ市庁舎です」
 残った綺麗な黒髪の女が、控えめに告げてくる。
「し、市庁舎?!」
 ショウはずりおちた眼鏡を直した。


こうさくいん「わーい密かにペネル様でしゅ〜 ヽ(´▽`)ノ 」
ボス「ふふふ。ジツは元のシナリオではこのシーンの登場予定ゲストにちゃんと書いてあったのだ。セッションの方では登場しなかったがな。という訳でコンテンツの方では登場と相成ったぞよ」
こうさくいん「ショウは全然気付かないところがポイントなのでしゅね〜(>_<) 」
ボス「プレイの記録を伝えるリプレイやプレイレポート類の表現方法にもいろいろある。Webで公開されているオンラインアクトのログをそのまま掲載した類いのものの中にも、かなり第三者には読み辛いものもあるからな。RI財団のコンテンツは最初から第三者を対象にしているゆえ、こういうちょっとした変更や描写の補強やお遊びはあちこちに散りばめてあるぞよ( ̄ー ̄) 」
こうさくいん「ペネル様がAXYZキャストメイクアップのイヌのコネになるといいでしゅね〜O(≧∇≦O) 」

殺戮の手、癒しの手


 眼下をオーストラリアの海岸線が流れていった。夜明けの空を、ナイトハルトと名乗った男の操るヘリは滑るように飛んでいく。私は軍務経験はないが、このヘリがかなり改造され、様々な軍用装備が積まれていることは内装からも判る。
 操縦席の彼はロシア産の煙草の煙をくゆらせ、フロントウィンドウに浮かび上がったホロスクリーンの中の女と通信していた。
『報告を受領。よくやってくれた。さすがだな。一般航空機の航路回避を含めた、AXYZ市庁舎までの最適コースのデータをそちらのW.I.N.D.S.に転送する』
「こいつをどうするつもりなんだい」
 ジャック端子にコードを繋いだ彼は例のチップをスクリーンに示した。
『目的地で説明するわ。大掛かりなことになる。よろしく』
 スクリーンの中に浮かんでいるのは、軍服に身を固めた銀髪の女性だった。彼女と交信する間、ナイトハルトの表情がわずかに和らいでいるのが、私には見てとれた。

[ ALERT ]

 前方を鳩の群れが横切り、機体が高度を上げた時だった。真っ赤な警告が、銀髪の美女の消えたスクリーンに取って変わった。

* W.I.N.D.S. Info Konsole *
Detekt enemy. Switched normal -> atakk mode
 number>>> 2
 velocity>>> about 354km/h [1180ft/h]
 type>>> "Wiseman" normal type (probability:86.4%)
System detekts foe-side missile lokk-on.
 ECM>>> [level 2 aktivated]
 Dodje Maneuver>>> standing by ...
ALERT: Foe FIRED!

 後方から接近してくる2機のヘリと、その一機がミサイルを発射したのが画面に映る。ナイトハルトは途端に計器類のスイッチをいじり始めた。私には専門外だ。彼に任せるほかあるまい。
「派手に揺れるぜ!」
 後部座席の私に向かって最後に親指を立て、彼は前に向き直った。ロシアの夜の風のように、機体は急激な旋回運動を始めた。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 機体制御システムとのサイバーリンクに支えられた《ハウンド》は重い鋼鉄の機体を木の葉のように舞わせ、後方から発射されたミサイル群を回避した。機体下部から発射された朱雀ミサイルが目標を捕捉し、弧を描いて右後ろ後方に飛ぶ。
 ブリューナクの魔槍からは誰も逃れられない。機体後部に命中、火を吹きながら一機が墜落していく。WINDSが墜落の一瞬のコクピットの映像を捉え、拡大/輪郭強調の後に操縦者の前に示す。パイロットのフライトジャケットにギャラルホルンのシンボルマークがついているのを、ブリューナクは確認した。
 もう一機が執拗に小型ミサイルを発射してくる。計算では回避行動が間に合わないのを見て取ったブリューナクは、機体後部の航空機用薄型リアクティブアーマーの箇所を敵弾に向けた。複合装甲の数ミリ上で盛大に爆発が起き、威力を相殺させる。アーマーの残骸が下に落ちていき、眼下に広がる緑の森に火がついた。
 機体前部を僅かに起こした状態でガスタービンエンジンの噴射を短時間だけ停止、速度を急激に落とす。高等テクニックを用い、《ハウンド》は追いすがる敵機のすぐ横に並んだ。
「今だ。拳銃でも狙えるぜ」
 合図に気付き、トニー・ウェイは後部座席の小さな窓を開けた。右手だけを出し、弾倉を爆裂弾に変えた愛用の10mm拳銃ですっと狙いをつける。
「‥‥私の相手は人間が専門なのだがな」
 ホンコンHEAVENで多くの命を屠ってきた拳銃が火を吹いた。1発、2発、3発目で装甲に護られた後部ローターが尾翼ごと爆発した。バランスを失い、回転しながら落下していく敵ヘリコプター。パイロットたちはロシアンとチャイニーズへの悪態をつきながら、パラシュートで脱出していった。


こうさくいん「ブリューナクのヘリは高速攻撃ヘリなのでしゅか? でも敵が追いついて来たでしゅよー(゚o゚)」
ボス「うむジツはな。《ハウンド》はサイドバー相当のアイテムでスロットを増やし乗員数を増強、装備も強化しているゆえ、最高速度が通常のワイズマンより遅くなっているのだ。ワイズマン30機相当のトループにも追いつかれる寸法ぢゃ」
こうさくいん「それじゃ嘘でしゅよー! Σ( ̄口 ̄;) 高速攻撃ヘリにならないじゃないでしゅかー(笑)」
ボス「いやいや妄想すればきっと速いと感じるのじゃろうのう(ニヤリング) さていよいよAXYZ市庁舎にて旅人たちが邂逅するぞ。パーソナリティーズを代表する奇人の一人のポパ市長が出てくるそうな。今日の市長は古畑系らしいのだがそれはどうなのか(笑)」

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


 《ハウンド》は南東からキャンベラAXYZ上空へと滑るように進入した。豪州最大の中華歓楽街、太極大厦(イン&ヤン・タワー)のそびえる成龍門を越え、ユグドラシルが天へと昇る中央区へ。軌道エレベータのすぐ側にある行政府アーコロジーのヘリポートへと着陸する。ここは他の一般企業のアーコロジーと比べるとやや小型だが、軌道コロニーのヴァラスキャルヴの出先機関であり、政府各庁のオフィスやキャンベラ議事堂が収められている。
 機能的なスーツに身を固めた女性たちに案内され、ブリューナクとトニー・ウェイは食えないAXYZ市長、“ゾー・ジー”ことポパ・モン・バガンの元へと到着した。今日も市長の格好は安物のスーツにサングラス、猫背にうつむき加減の姿勢も変わらない。
「パーティの余興にしては大掛かりですな」
 握手を交わすウェイは、まだミラージュ・コーストを抜け出て来た時の高級スーツの格好のままだ。
「ええまったく」 ポパ市長は額を手で揉む仕草をした。「ああしばらくお待ち下さい、来ることになっている人が他にも‥‥」


 綺麗な黒髪の女性捜査官に市庁舎を案内され、慣れない様子で周りを見渡しながら楠原ショウも入ってくる。“生身”での同行を拒んだイングリット・美麻は、アーコロジーのシステムに潜入すると市長室を突き止め、DAKのスクリーンの中に姿を現した。裾をはためかせた豪華な和服を着込んだ虚像の美女。日系人のショウには、その出で立ちが花魁のものであることが分かった。
『ここらでいいのかな』
 ポパ市長は人差し指を顔の前で立てると振った。
「イエース、その場所でいいですよ。ア・ジャパニーズ・ゲイシャ・ガァル?」
「‥‥それ、違うだろ」
 ショウは横目で呟くと視線を移した。
 背の高いチャイニーズの姿を認めたショウは顔を上げた。N◎VA中華街の名士がこんなところにいる。


 新たに入ってきた人物の姿に私も若干の驚きを感じていた。黒眼鏡、ブルゾンの下のハイネックシャツに少し似合わない銀のネックレスを掛けた日本人の青年。穏やかに肉体の緊張を解いてはいるが、何気ない体の捌きに現れるあの独特のものは――私の街に多くいる――巧夫を積み、武術を修めた者のものと同じだ。
 楠原ショウを知ったのは数年前だった。中華街が抗争の中にあった時、我々が葬ろうとしていた敵対勢力の幹部が次々と先に暗殺される事件が起こった。鋭い刃物、恐らく刀の使い手であろう凶手探しに誰もが躍起になっていた時。私は彼がその技を使っている現場を偶然目撃した。
 素手だった。日本の空手に似た格闘術を操るあの若者は、その拳の技を斬撃までに高めていたのだ。
だが彼は私や部下たちと一戦交えることを選ばず、私の店で食事はどうだという誘いに応じてきた。
 あの頃は暗く、獰猛な殺人者の目をしていた彼も、今もうは足を洗ってLU$Tで医者の手伝いをしていたはずだ。当時は“Killing Handz”と裏の世界では呼ばれていた。そして彼も――私の、もうひとつの名を知っている。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 星々に一番近い街の舞台に旅人たちが揃った時。市長室の大型スクリーンが起動し、ポパ市長の横の空間が揺らぎ、ホログラフの人物像が現れた。青がベースの軍服に身を包み、銀髪を後ろに流した凛々しい美女。その胸に輝く星空を象った徽章が、その所属を示していた。
『軌道宇宙軍、ウルリーケ・アルムフェルト・ヴィデ大佐だ』
 天空を駆ける麗しき戦乙女は敬礼した。
『事態はAXYZの命運に関わる。諸君らに、月面戦略基地《ユーミル》破壊計画に加わってほしいのだ』
 メインスクリーンに明かりが灯り、軌道宇宙軍をも退けた“月の悪魔”の全図が映し出された。

 反政府勢力“ギャラルホルン”の過激派に占拠された月面基地ユーミルに、軌道宇宙軍は突入作戦を実行。内部のテロリストは特殊部隊チーム・エインヘリヤが掃討したものの、動き出した自律型防御システムにチームは全滅。第一艦隊旗艦《スレイプニル》を母艦とした作戦部隊も大きな打撃を被り、現在は下手に動かせない。宇宙は世界の注目地域であり、各国の勢力が動向を監視している。また、地上世界でも同派のテロが頻発しており、戦力を割けない状況にあるという。
 作戦は特殊な軌道戦闘機による突入と呼応して、電脳空間からのユーミル侵入をもって行う。月の悪魔の宮殿を護るブラックICEZENON”を破るのだ。
 月と地球の間は光の速度でさえ約2.5秒掛かる。2点間の通信でタイムラグが起こるのと同様の遅延が、マトリックス上でも発生する。地上から如何なるプログラムを走らせ、如何なるウィルスを注入し、ICEの裏をかく如何なる手を使おうとも、この2.5秒の間に“ZENON”は自らを修復してしまうのだ。さらに、“ゼノンのパラドックス”を利用した論理トラップが、近付こうとするあらゆる構造物の移動を止め、破壊してしまう。
 この究極のICEに対応しうる唯一の電子の槌が、コード“Oblivion”と呼ばれる攻性プログラムだった。ギャラルホルン過激派に手を貸し、現在は行方不明になっている天才ニューロ、ルーパス・クワインが手掛けたこのICEブレーカーが、同派からの逃亡者から巡り巡って、ギャラルホルン穏健派と軍の仲介役でもあったヨハン・スナイダーの元に保管されていたのだ。
 電脳世界は言葉を変えた魔法の世界だ。星幽界と同様、このデータの海には数々の不思議な噂が満ちている。そのひとつである特異点を、Oblivionプログラムは強制的に発生させることができる。自らと、同じ地点に存在しているICEを内部ネクサスごと崩壊させ、理論的には存在しなかったことにすることができるのだ。
 極めて異例の作戦だった。参加の報酬は言い値。ウルリーケ大佐の権力行使により、ユグドラシルの使用権を一時取得。オーストラリアの人間の誰もが憧れる軌道首都ヴァラスキャルヴへの移動に、軌道エレベーターを使用するのだという。

『いいじゃないか。ムーン・デビルにランを仕掛けるなんて、カウボーイの間でも語り草になれるよ』
 高度な演算結果で構成された微細な煙管の煙を吐きながら、和服美女のアイコンがイングリットの声で語った。
『但し、解決するのはあんたたちだ。私はアシスト。いいね?』
『それで構わない』 ウルリーケの虚像が答える。
『今回の作戦には優秀なニューロのバックアップが必要だ。我々には適切な人材が不足している。ZENONの破壊を担当してもらいたい』
「こんななまくらカタナに何をさせるんだい」
 ブルゾンのポケットに手を突っ込んだまま、楠原ショウが冷ややかな目付きで問い掛ける。
「俺はウェットだぜ。軌道製のサイバーで完璧に武装したアンタたちみたいには、強くなれないからな」
『君と君の追っている人物については、我々軌道宇宙軍も、国際警察ケルビムでも調べさせてもらった』
 大佐の虚像は脇に退き、ホログラフの中に新たな情報スクリーンが展開した。ショウが悪夢の中で見るあの男の顔が、そこにあった。
『現在、“ギャラルホルン”過激派は宇宙では一掃され、地上世界の各地でテロを勃発させている状況だ。彼らも戦力を欲しているのだ。北米連合《ファーム》刑務所を脱走した死刑囚に同派のエージェントが接触している。一個師団に匹敵する戦闘能力を持つビクター・アンダーウッドは、君が追い求めているその男は、今や同派のテロに完全に加担しているのだよ。我々の行く手に現れる可能性は高い』
 半眼の穏やかな表情をしたあの男が、フォトの中からショウに向かって笑いかけていた。

「スナイダーが穏健派と軍の和解の立役者だったというなら、納得はいく。彼の願いでもあるなら協力もしよう」
 トニー・ウェイは、横で満足そうに説明を見守るポパ市長に囁いた。
「しかし、私はただの店の主人だ。それでいいのかね」
 謎の多いポパ市長は再び額を揉み始めると頷いた。「なに、それだけで十分ですよ。それだけで」
 ブリューナクとウルリーケの間に了承は不要だった。かつての相棒同士は頷きあっただけで、言葉を交わさなかった。

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 突然、軌道コロニーと地上を結ぶ衛星回線に割り込みが発生した。画面が砂嵐の如く乱れ、別の映像が浮かぶ。サイバースペースの緑のグリッドを背後に現れた男の顔。
『ポパ・モン・バガン市長。これが最後通告だ』
 それは、月の悪魔を出し抜いた伝説のカウボーイの顔だった。どこか青白い細面の顔は、肉体を枷と蔑むあのネットランナーのものだ。
『48時間以内にキャンベラAXYZ全権を明け渡せ。権利譲渡が行われなかった場合、マスドライバー及び戦略核による地球の攻撃を実行する』
 別の場所から旧友を見守るイングリットの肉体は呟いた。
「似合わないよ、ルーパス‥‥」

そは電脳魔術を極めしものなり


 軌道エレベーターの実物を見たことのない人間は天まで届く巨塔を想像しがちだが、それは正しくない。AXYZの観光写真で一見その印象を受けるのも、ケーブル各所の航空機向け安全灯や地上からのライトアップによって、全体がひとつになっているかのように見えるためだ。
 《ユグドラシル》の正体は、直径600mの円内に設置された10本の、地上では約32mの直径を持つカーボンナノチューブ製のケーブルの集合体である。10本それぞれがリニアモーター用に超伝導磁石の特性を与えられており、10本それぞれを昇り降りする輸送用カーゴが物資や人員を宇宙まで運ぶ。大気圏外まで昇ると10本の外側を防護用皮膜が覆い、宇宙塵や隕石を防ぐ仕組みになっている。
 大気圏内では航空機等の衝突はほぼ起こらないし、万が一圏内に侵入したとしてもひとつひとつのケーブル間の距離はずいぶんと開いている。その上たとえケーブルが1本切断されたとしても、ユグドラシル全体は影響を被らないよう、冗長性を持たせたシステムになっているのだ。さらに地上には対空レーザー、軌道宇宙軍にはユグドラシルへのあらゆる種類の攻撃に対抗する特殊作戦部隊アレリオン・イーグルも控えている。

 輸送カーゴ発射装置の収められた地下エリアへの入口で、楠原ショウは振り返った。《ユグドラシル》と地表の接点近くにあるものは僅かだ。行政府アーコロジー、アクシズ・プランの為に生まれた複合企業COTの地上支社、輸送システムに税関。全長1kmに及ぶ輸送カーゴ用のリニア加速装置を含め、大規模施設は全て地下に設置されている。
 地表から軌道コロニーまで、数学的には直線ではないエレベータも、ここから見上げる人間の目では天の一点を目指して真っ直ぐ伸びているように見える。チューブの中に所々埋め込まれた安全灯やアンテナ、気象センサーやメンテユニットがゆっくりと点滅していた。
「目を丸くしている場合じゃないだろ」
 ブリューナクが機材を背負い、さっさと階段を降りていく。
「実感がないだけだ」朝の日差しがショウの黒眼鏡を照らした。「あの空を抜けたら‥‥一面が真っ暗になっちまうんだぜ」

殺戮の手、癒しの手


 通りの向こうは緑の森の中に続いていた。《ユグドラシル》の周囲は、直径3kmほどの隔離緑地帯となっている。この人工の森の中に幾つかの地上施設と10本のチューブが、地面の下には格納された広大な地下施設がある訳だ。
 隔離緑地帯の入口で厳重なセキュリティが引かれているせいで、森の中はとても静かだった。許可された人間しか行き来しないために、広場にもあまり人気がない。超近代的なメガプレックスの中枢部が閑静な森になっているとは面白い。N◎VA中華街やHEAVENの猥雑な街並みを見慣れている私にとっては目新しいものだった。
 木々のざわめく音に私は振り返った。白い鳩の一群が飛び立ってゆくところだった。厳重なセキュリティ設備が秘匿された人造の森を離れ、AXYZ鳩は南の方へと消えていった。
 ――いよいよだ。我々はあの鳩たちよりも遥かな高みまで飛翔するのだ。つくづく私には似合わない旅が始まろうとしている。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


【この度は、《ユグドラシル》連絡用カーゴ005便を御利用いただきありがとうございます。当便はこの後、地球時間1100に出発、通常速度で6時間後、高度3万6千kmの静止軌道上にある《ヴァラスキャルヴ》に到着の予定です。その後、続く《フリズスキャルヴ》への運行の為、カーゴ内の人員輸送用各ユニットは進行方向を見かけ上の下に、上下逆転動作を行います。お降りの際はどうぞお忘れ物のないようにご注意ください。
 カーゴは高さ約3mの円筒形を繋ぎ合わせた四層構造。今回のお客様には、全てファーストクラスの部屋をご用意させていただいております‥‥】

 流れてくるアナウンスを聞きつつ、楠原ショウは慣れないカーゴの個室で出発を待っていた。内装は亜軌道ジェットのファーストクラスを、席の間をもっと緩やかにして様々なものを付け加えた感じだ。積載量も多く、全体としてはエレベーターというより移動方向の限られた宇宙船に近い。リニア加速器で十分に初速を付けたカーゴは地表を離れ、太陽電池と核融合による電気エネルギーを動力とし、平均時速6000kmで星々の世界へと駆け上がる。
「‥‥お客様、お飲み物をお持ちしました。入って、よろしいでしょうか」
「ああ、はい」
 ここがヨコハマLU$Tの馴染みの界隈であれば、ショウはその声が上ずっているのに気付き、異常を察しただろう。だが初めての経験のさなかにあった彼は反応が遅れた。自動式のドアが開き、トレイを押して入ってきたアテンダントの娘の顔が引きつっているのに気付いた時は、もう遅かった。
 その後ろにいる何者かの力で、トレイの上のグラスと宇宙酔いを防ぐ複合錠剤が宙に飛び散る。壁に叩きつけられた娘は首をあり得ない方向に捻じ曲げられ、一撃で絶命した。その後ろにいる何者かが、頭を屈めてドアをくぐってくる。
「グゥッドゥ・モーニング・ミスタ・クスハラ」
 半眼の巨漢は穏やかな微笑を湛えていた。
「ミサイルはお好きかな?」
「‥‥冗談だろ」 ショウは呟いた。ビクター・アンダーウッドの手には朱雀ミサイル発射ランチャーがあった。


 神経増強サイバーウェアにまったく汚されていないショウの体を、戦士の本能が動かした。飛び退きざまに外方向に回した肘で廻し受けの構え。火薬式武器と違いミサイルは初速が低いのが幸いした。僅かに向きをそがれた携帯ミサイルは個室の奥で爆発し、カーゴに大穴を開けて燃え上がる。途端に警報が鳴り響いた。
 そのまま肉薄し、両手のコンビネーションで襲い掛かる。必殺の手刀が唸り、止められたところを裏拳で顔面に一撃。だがその腕が捕まれた。ビクター自身はほとんど動かないまま、その僅かな手の動きだけでショウは宙を舞わされ、床に落ちた。万物に流れる力の動きを読み取り、相手の動きを利用する合気柔術の技だ。
 体勢を立て直し、手首を閃かせる。ブルゾンの中からショウの右手にMEGADYNE製のナイフが現れた。スイッチを押すと人間には見えない幅で刃が振動し始める。高周波震動モードにすれば、このナイフはフルプレートの装甲でも貫くことができる。
 格闘技を修め、その戒めによって生きる者にとり、武道とは道だ。だが殺しを生業とし、我流格闘術を操る超実戦派だった“Killing Handz”のショウにとっては、武道とは道具であった。名を変え、己を磨くようになった今となっても、当時の敵を討つのに遠慮はいらない。
「まさかお前も、軌道へ上がるつもりか?」
 非常灯が点滅していた。ショウの問いに答えようとした世界最凶のテロリストは、近付いてくる警備員の足音に気付いた。姿勢を低くし、一動作。ショウの脇を擦り抜け、壁に開いた大穴の側に現る。その向こうには宙に設置されている発着施設と、他のチューブと、眼下に広がる隔離緑地帯が見えた。
 ビクターは片方の鼻の穴に小指を当てると口を閉じた。もう片方の鼻の穴から鼻血の残りが吹き出した。
「甘美なる敗北を楽しみにしているよ」
 巨漢は嬉しそうに笑うと突然、カーゴの外壁から身を躍らせた。「また会おう」

「ど、何処へ行った?!」
 非常灯が点滅する中、壁に開いた大穴に駆け寄ったショウは真下を見下ろした。向かいの発着施設からはガイドロイドが消火設備を持って近付いてくる。
 輸送カーゴの下はダイヤより固いカーボンナノチューブが続いているだけだった。そのまま暗黒の空隙の中に消えている。地下にはリニア加速器や、その他様々な彼には理解できない設備があるはずだ。
 奴はこの高さから飛び降りてどこに消えたのだろう。それ以前に、どうやって厳重な警備をかいくぐりここまで侵入したのだろうか?

殺戮の手、癒しの手

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