エレガントN◎VA第13話 ルナティック・オーヴァードライヴ

〜小粋にエレガントPLAY第13回 ルナティック・オーヴァードライヴ〜
-通常版-
】【】【
-ルビの入るIE5版-
】【】【3】


 予期せぬ襲撃だったが、破損したユニットを急遽交換し、軌道エレベーターは予定時間通りに無事に発進した。乗客は耐Gシートへ非難し、地下のリニア加速器アクセラレーターで十分に初速をつけて射出される。最初の加速の間だけは、人体にも負荷が掛かる。
 カーボンナノチューブをぐるりと被う円筒形をしたカーゴ内側の外壁は超伝導磁石によってチューブから一定の距離に保たれ、実際には密着していない。ダイヤより堅く、そして張力に強いチューブはAXYZ地表では直径32mだが、軌道コロニーに近付くと直径が約90mまで変化しているのだ。また、地上から肉眼で見ると天の一点を目指した直線に見えるチューブ群は、実際には緩いカーブを描いている。この曲線テーパー構造が、遥か3万6千kmの彼方まで続くレールにさらなる強度を与えているのだ。
 平均時速6千km、通常6時間弱で重力のない世界へと到達する駆け足の旅。星々に一番近い街を離れ、軌道エレベーター005便はぐんぐんと高度を増していた。


 私は個室で銃の手入れをしていた。我々の力が必要になるのは月の重力圏内だ。無重力0G下での使用を想定した北米のメーカー製の無反動銃ノン・リコイル・ガンのような特殊な装備もあるそうだが、幸い使うことにはならなさそうだ。私のような人間にとっては、長年使い込んだ愛銃を使えた方が有り難い。
 ドアが開き、楠原ショウが入ってきた。無重力下の行動訓練など受けていない我々が出入りできるエリアなど限られている。暇になるのも仕方ないだろう。彼は私の昔の稼業を知っている。銃を隠す必要はなかった。
「傷は大丈夫かね」
「かすり傷だ。出発前にとんだ大騒ぎになったな」
 その時、室内の隅にいた小さなガイドロイドが高度を告げ、部屋の壁を指差した。ホロスクリーンに光が灯り、外の風景が映し出された。
 軌道エレベータには窓がない。実際には外部のカメラが写した映像を合成し、映し出しているだけだ。だがその映像は非常に精巧かつ鮮明で‥‥そこに本物の窓があるような錯覚を受ける。
 写っていたのは我々が後にしてきた地上世界の風景だった。チューブが消えていく真下にある豪州大陸北部。視点は北東に移り‥‥全てが地続きとなってしまった大陸へ。赤道直下にある雲の下のN◎VAやLU$Tをしばらく写した後、海沿いに進むと沿岸で止まり、解像度を上げる。おもちゃのような都市がそこに映っていた。

 ――HEAVENだ。
 私は思わず身を乗り出していた。間違いない。長方形の天堂飛機場、その側に広がるメガ・プレックスの光。私が生まれ育った香港の街がそこにあった。華やかな天道道、人で溢れている電機城の市、近代と前世紀の建物が新旧混じりあった間海の雑然とした町並み。捻じ曲がった陰謀と硝煙の臭いの中を、命を賭けて幾度となく走り抜けた鳥仙鎭の混沌とした路地裏。それら全てが、あれほどまでに小さくなって映っていた。まるで、私の店の前で戯れている子供たちが地面に書いた絵のようだった。
「‥‥あの街にいた頃、私は飢えた野良犬と同じようなものだったよ」
 私は側に来た青年に呟いた。
「でもあんたはホンコンで、いろんなモノを見てきたんだろ。それからN◎VAに渡って、また‥‥。俺にはずっとN◎VAの空しか見えなかったよ。3年前にやっとLU$Tに来たけど、外を見ることなんて想像できなかった。それが今、こうして星空に触れようとしてるんだな。信じられないぜ、ホントに」
 私たちの見守る前で、ホンコンHEAVENはどんどんと小さくなっていき、雲の中に隠れてしまった。
「ああ。あの小さな大地を巡って争い続ける人間は、どこまでも愚かなのかもしれない‥‥」
 世界が変容したあの日から、大きく形を変えてしまった大陸すらが、見渡せる範囲に収まっていた。いよいよ我々は、星々の世界へと昇るのだ。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 軌道コロニー《ヴァラスキャルヴ》は赤道直下の静止軌道上、キャンベラAXYZの真上3万6千kmに位置し、言うまでもないことだが地表からは完全に静止したように見える。チューブはコロニーのさらに外側に1万2千km伸び、軌道エレベーター全体のアンカーウェイトの役割を果たす小型コロニー《フリズスキャルヴ》で終わっている。周回速度が既に地球の重力圏脱出速度を上回り、将来的には他惑星への航海への拠点となる予定のこのコロニーからは、現在は小規模な資源探査船や偵察機が出発していくだけだ。
 一見考えられるように、軌道エレベーターは軌道上に位置する巨大な質量を支えているわけではない。《ヴァラスキャルヴ》は地球の引力と、外側の《フリズスキャルヴ》の方向に発生する遠心力とがちょうど釣り合う位置に建造されており、完全な無重力下にある。全長4万8千kmのメッシュ状のカーボンナノチューブは、実際には自重を支えているだけなのだ。
 重力の鎖から解き放たれ、輸送カーゴはコロニー中央にあるセントラルフレームに到着した。直径1.4km、長さ5kmの円筒形からなるここがコロニーの中枢であり、カーゴの発着システムや倉庫、税関などが備えられている。
 冷たい星の世界を空とするハイランドの人々が主に住んでいるのは、2つの居住ブロックだ。外径6km、6本のアームでセントラルフレームと繋がった標準的なドーナツ型シリンダーが2つ、互い違いの方向に回転しながら繋がっている。2分で1回転する居住ブロックは遠心力により重力を生み出し、中の人間は外壁側を下、チューブの通る中心側を上として認識することができる。回転方向に沿って歩けば、地球の方向は常に左右どちらかになる寸法だ。内部はCOTと政府の所有する2ブロックを除いた10ブロックが居住用に開放されている。
 より小型のシリンダーは産業ブロックだ。利便性と緊急時の被害分散のため、企業の先端研究や核融合ユニット、食料合成工場などはここに格納されている。
 ヴァラスキャルヴから張り出した宇宙港ブロックの先や、まったく接続されていずに宇宙空間に存在しているのが独立浮遊ブロックだ。係留ハンガーや修理設備を備えた宇宙船用の浮きドック、加速用のリニアカタパルト、太陽電池パネルや軌道上での飛来物を監視する《グングニル》システムなどが宙に浮いている。
 無重力合金と小惑星の石から創られた楽園の城塞がそこにあった。軌道首都ヴァラスキャルヴ。元老院とノルンシステムの中枢。オージーたちの誰もが憧れる空の向こうの都。旧西側勢力の持つ最大の軌道拠点が、この輝ける白亜の都だ。


ボス「宇宙だ。遂に宇宙へ来たぞ。ニューロエイジの地球は果たして青いのだろうか(ぽわ〜ん) 」
こうさくいん「ううーSFしているのでしゅねー(T▽T) (ぽわ〜ん)」
ボス「解釈としてはウルリーケ大佐の《天罰》によってエレベータ使用権を得たことになっている。ビクターが襲ってきたのは本当は出発後であり彼は上昇中のエレベータから飛び降りて消えたのだが、これはバキコズムのリアリティには相応しくてもAXYZ星系のリアリティには相応しくないゆえ、コンテンツでは変わっているのだ」
こうさくいん「ああーなんかビジュアル資料まで用意してあるでしゅよ。すごいでしゅ。んんーでもステーションにCrystal Palaceって書いてあるでしゅよ? Thyco Moon基地ってなんでしゅか?」
ボス「おお2.0.2.0の未訳サプリ『Deep Space』ではないか。さすが同志、“歳を誤魔化しているとしか思えない濃さ”と某漆黒の妖星のリンクページをして言わしめているだけのことはあるな(ニヤニヤ)」

そは電脳魔術を極めしものなり


 軌道宇宙軍統合作戦司令室。機能的なコンソールの数々にノルンシステムと直結した統合スクリーン。その奥のブリーフィングルームに、軍の中枢たちが集結していた。勲章付きの軍服に身を包み、眼鏡を光らせた切れ者揃いの高官に若い女の士官がテーブルを囲んでいる。その様は神の御名の元に異教徒殲滅を命じんとする円卓会議の如しでもあった。
 発着場を出た一行をエアカーで出迎え、ブリューナクに微笑みかけたウルリーケは優しい表情を浮かべていたが、ルームの奥に軍服も凛々しく立つ彼女の表情は引き締まったものに変わっている。ここにいるのは、軌道軍のウルリーケ・アルムフェルト・ヴィデ大佐なのだ。
「これより作戦概要を説明します」
 彼女が一礼すると、円卓の中央にホログラフが浮かび上がり、灰色の球が徐々に月の全景へと変わっていった。
「本作戦の標的は月面、チコ・クレーター上に存在する軍事要塞《ユーミル》。前回の突入作戦で内部のギャラルホルン過激派は掃討できましたが、システムは未だ、その残存兵力により完全に掌握された状態のままです。
 《ユーミル》を守る6つの自律型迎撃システム――ロキ、ヨツムンガンド、ガルム、ニーズホッグ、フレースヴェルク、フェンリルは外部からの攻撃に対し即応QR状態にあります。通常部隊による強襲攻撃アサルト・アタックでは、甚大な被害を免れ得ません。また、特殊部隊SOGチーム・エインヘリヤの全滅は、我々にとっても大きな痛手でした」
 制帽の縁から波打つように流れる銀の髪をさっと振り、彼女は前に出た。
「統合作戦本部、技術中隊及び宙軍宇宙船舶管理局からの許可、豪州総合宇宙機関ASA先端技術研究室よりの了承を得ました。本作戦には試作型軌道戦闘機《ヘルモーズ》を使用します」
 並みいる高級士官たちの間から、ざわめきが漏れた。
「エイブリッド・エンジン搭載の同機であれば迎撃システムを回避し、ユーミルへの肉薄が可能。今回の任務を担当する四人が内部に突入、基地内部の電脳上の強襲によるシステム掌握を実行をしてもらいます。ブラックICEZENON”を解除後、連絡と呼応して直ちに第一艦隊旗艦《スレイプニル》が急行。月面戦仕様の《ドラウプニル》小隊を展開、システム・ダウンした迎撃システム群を一挙に殲滅。《ユーミル》を制圧します」
 円卓の椅子のひとつに腰掛けたブリューナクは、名士ウェイが友人から託されたプログラム・チップを、今回の作戦の要となるニューロに手渡した。
「頼むぜ。東洋の姫みたいな格好の割には電脳に詳しいんだってな」
「仕方がないさ。姫様だったら、もっとまっとうな生まれ方をしてるもんだよ」
 ここでも和服を着ているイングリットは、周りじゅう軍服の中では目立つことこの上ない。
 星々の大河を駆ける輝ける戦乙女は最後に手をさっと振り、月の悪魔の宮殿の崩壊を予言した。
「以降、本作戦を“オペレーション・ラグナノク”と呼称。機密ランクはA-2。作戦開始は軌道時間明朝0700。以上!」

殺戮の手、癒しの手


 居住ブロックの総合軌道技術社COT系列のホテルの部屋をあてがわれ、一行が思い思いに時を過ごしていた頃。
 ブリューナクは居住ブロック7の一角にある大きな森林公園へと歩いていた。宇宙という過酷な環境で暮らす人間の心を和らげる為、《ヴァラスキャルヴ》にはあちこちに緑が用意してある。
 中の人間にとっての地面、下方向となるシリンダーの外壁の幅もかなりあり、普通に歩いている限りでは世界を垂直方向に断絶する壁をなかなか意識できない。自転方向か逆をよくよく見れば――回転方向に沿って、地平線が上へと傾斜しているのが分かる。
 高層建築は規制され、照明と風が自動調整された空も、地上世界と同じようなものだ。重力が弱いせいで、丘から大空へと滑空する動力なしのハンググライダーが流行している。こちらもよく見れば‥‥天井の発光パネルが見える時もあるだろう。
 樫の木の根元までやってきたブリューナクは、目の前に広がる人造の湖に目をやった。水は青く透き通り、窓から採光された太陽光を宿してきらきらと輝いている。創られた楽園の都であるヴァラスキャルヴでは、自然の何もかもが調和し、創られた完璧の美しさを備えている。湖上をゆっくりと飛んでいる白い鳩の群れも、きっと精巧なドロイドなのだろう。
 ブリューナクは上を見上げた。ハンググライダーが空気と戯れている。不思議なものだ。あの上に見えないパネルがあり‥‥セントラルフレームを挟んだシリンダーの向こう側にも‥‥ここと同じような自然があり、ここから見れば天の方向に湖が広がっているのだ。

 ぱしゃん、と音がして彼は振り返った。湖に飛び込んだ人影が、滑らかに抜き手を切ってこちらに泳いでくる。純白の水着が透き通った湖面に映え、束ねた髪が緩やかに湖面で波打っている。
 ロシア対内防諜局の戦闘機械ナイトハルトは、冷酷無比なランナーのブリューナクは、数年に一度しか見せないような優しい表情を浮かべた。浅瀬までやってきた彼女は立ち上がり、顔にかかった髪を勢いよく撥ね上げた。戦乙女の髪から分かたれた飛沫がゆっくりと散り、虹色の光となって、人造の湖の上に降り注いだ。白一色のワンピース水着は軍服を脱いだ彼女によく似合い、その体の線をくっきりと際立たせていた。
 数羽の鳩が彼女の後に続き、湖面を渡ってきた。二人の周りで羽ばたき、樫の木に止まると首を傾げ、恋人達を見下ろしている。
「考え事がまとまらない時は、いつも泳ぐことにしている」
 黒のスーツ姿で岸に佇んでいるブリューナクの元へ、彼女はゆっくりと歩いてきた。
「何を考えていたんだい」
「‥‥作戦のことだ。それ以外は考えられない」
 足元の岸に腰を下ろし、足首を撫でる波と戯れる。
「俺は8年間、悩みっぱなしだった。あの時お前の前で軍を辞めたが、結局は‥‥8年間も、誰かの道具のままだったよ」
 軌道コロニーの自然のように、創られた精確さを持つ光を湛えた藍色の瞳が、宇宙の夜のように翳った。
「コード:ブリューナクか。新しい名の由来は何なのだ」
「ケルトの神の槍の名前だ。一撃必中。それを守ってきた。よく出来た道具‥‥つまるところ、俺は道具でしかなかった」
「では、私の道具として戦ってくれないか」
「ウルリーケ」 男は俯いたまま言った。「‥‥構わないさ。他の誰に使われるよりいい」
 ひんやりとした感覚に、ブリューナクは顔を上げた。岸から上がってきたウルリーケが、そっと身を寄せてきたのだった。
 二人はしばらく動かなかった。軌道の澄んだ湖の水分が、ブリューナクのスーツに染み込んでいく。
「‥‥濡れるぞ」
「ナイトハルト」 女は囁いた。「力を貸して欲しいのだ。道具としてではなく、お前を」
 服が濡れていく不快な感覚が、別種の感覚に置き換わっていった。極薄の合成繊維の水着一枚だけを通した、彼女の体の感触。小刻みに震える肩、柔らかい胸、その奥で脈打つ鼓動。水の冷たさと彼女の体の温かさの両方が伝わってきた。
「馬鹿言えよ。シンデレラと王子様だって、もっと身分が近いぜ。お前と俺の間の距離は、軌道と地球より遠い」
「シンデレラの魔法が効くのは12時までだろう」
 肩に顔を埋め、ウルリーケはそっと呟いた。
「それまで、このままでいさせてくれ‥‥」
「俺は王子様より、魔法使いになりたかったよ‥‥」
 樹上の鳩たちは毛繕いをしながら首を傾げ、動かない男女を見守っていた。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


こうさくいん「わわわわーいきなりオトナでしゅよー(゚o゚)」
ボス「やはりこやつは偽ブリューナク決定だのう。ああブリューナク、どこまでも冷静なプロフェッショナル、辛辣で皮肉屋のシャドウランナー、夜空から抜き出したような藍色の瞳に満ちる光学機器のような細密な光はあくまで冷たく、彫りの深い端正な顔が告げる言葉はあくまで冷酷。ニューロエイジの夜に咲く悪の華であったあの男に昔のナオンがいたとはのう。このシーンで泣く女性ファンがいること必死だな(ニヤリング)」
こうさくいん「ううーいつものブリューナクは何処へ行ったのでしゅかー。なんかズルイでしゅー(>_<)」
ボス「外見のイメージソースはジツは『天使禁猟区』に出てくる美形な人々らしいゾ。何が魔法使いだこいつめビシッ! さてそんなこんなでいよいよ作戦開始なのだ」


 軌道時間の翌朝早く、ヴァラスキャルヴ宇宙港スペースドックへ。セントラルフレームから張り出した部分にあるこのブロックは静止しており、重力もない。人間工学を考えてあちこちに設置された手すりや、小さな推力を備えたガイドロイドの類が、人間たちの移動を随分楽にしていた。
 軌道宇宙軍所属機が発着する専用ドックに、三角翼を備えた見慣れない軌道戦闘機が控えていた。そばの施設に向かい、移動する手すりに捉まって移動する。
 トニー・ウェイがふと見ると、ショウが胸に掛けたネックレスが浮いていた。無重力下ではアクセサリーも体に密着しない。銀の、女物とおぼしきその古いネックレスは、シャツの下から這い出ると重力から解き放たれたのを楽しむように、首の周りに浮かんでいた。ショウの手は、無意識のうちにそれに触れている。
「‥‥その首飾りは、あの頃からしていたな」
「いろいろあったのさ」
Rusty Handzと名を変えても、そこだけは変わっていないのだな」
「よしてくれよ。あんた、本当は知ってるんだろ」
 名と職業を変えた青年は苦笑いするだけだった。中華街の名士もそれ以上何も言わず、二人は黙って通路を進んだ。軌道宇宙軍でもまだ数機しか製造されていない新型戦闘機がモジュール換装を終え、飛翔の時を待っていた。

殺戮の手、癒しの手


「試作型軌道戦闘機《ヘルモーズ》の開発には、豪州総合宇宙機関ASAの多くの部門が協力してくれた。化学式ロケットエンジンは時速400km、モジュール換装によるオプションのバリエーションによっては、最高2480kmまで加速できる」
 軍服に身を包んだウルリーケ・アルムフェルト・ヴィデ大佐がふたたび説明する。ブリーフィングルームには技術スタッフが集結していた。
 デルタ翼を備えた戦闘機のホログラフ画像が浮かび上がり、内部に格納されたモジュール群がひとりでに分離し、別のものが埋め込まれていく。
 《ヘルモーズ》の目玉のひとつはこのモジュール構造による、作戦運用に対する柔軟な対応能力だった。搭乗人員の増強から、通常装備しない特殊兵器の内蔵まで、様々な用途に対応できる。
 世界の各勢力が既に、北米連合国境警備軍に名高い格闘戦戦闘機《グレイゴースト》、そして究極の多目的対電子戦フリゲート機《レイストーム》のあまりの優秀さに着目している。この新型機はそれに対抗する、豪州軌道宇宙軍の切り札となる予定なのだ。
 今回は搭乗人員の増加、ブラックボックス用特殊ユニットの装備だけでスペースは一杯だった。インディケーターが内部を示し、見慣れぬ説明テキストが流れる。
「このエイブリッド・エンジンは、豪州中央の死せる聖地ウルルより発掘された設計図から製造されています」
 白衣の技術者がブラックボックスを指差した。
「そう、超古代技術と同じです。多次元宇宙理論マルチ・ディメンジョン・ユニバース・セオリーに基いた内部構造に関しては、いまだ我々の技術では解析できていません。しかし動作の保証は完璧です。エイブリッド・エンジンは多量のエネルギーを必要とするものの、短距離のワープ航法を実現します。ここから月までの航行時間は2.5日、ワープ航法でなら6時間。乗員への体感時間はほぼ一瞬です」
「座標始め各種データは全てインプット済みだ」 ウルリーケ大佐が続ける。
「ナビゲーションに従えばパイロットは意識する必要がない。作戦開始時刻だ。発進準備に移れ!」
 室内にいたスタッフたちが慌しく退出し始めた。
「あの機体制御インターフェース、2世代前のモデルはロシア軍の《ナイトシェイド》だろ」
 ブリューナクの目に不敵な光が宿った。「テストパイロットは俺だったぜ」
 鎮座する《ヘルモーズ》が出口の向こうに広がる虚空に向けて方向を変える。各所にいた整備用ドロイドが動き始めた。
「ナイトハルト」 人がいなくなったブリーフィングルームで、ウルリーケはためらいがちに口を開いた。
「‥‥昨日の続きは帰ってからだ」
「期待してる」 ブリューナクは壁を蹴って通路に出た。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


 《ヘルモーズ》内部は原理不明のエンジンを収めたモジュールで圧迫され、4人分の座席だけで一杯だった。パイロットのブリューナクがコンソールを操作し、機体に命を吹き込んでゆく。全計器正常オールグリーン。化学式ロケットエンジンと姿勢制御バーニアが快調に始動した。管制の指示に従い、誘導灯に沿って外に出る。
 機体の窓から全景が見えた。各所のライトをちかちかと瞬かせながら、白亜の都は無限の虚空の中に浮かんでいた。2つの居住用シリンダーと1つの産業ブロックが中心に沿ってゆっくりと回転し、楽園の都の端からは遥かな地球まで届く3万6千kmの道が続いている。壮麗な眺めだった。機首を転じれば母星の向こう側で燃え盛る太陽に、宝石を散らしたような果てのない宇宙が広がっている。

* S p a l o w - H a w k *
Info Console (Ver2.4.h)
System indicates airplane status.
  Body Control>>> all green
  Navigation Sys.>>> all green
  Firearms Control>>> all green
  Variable Module Joints>>> all green
  Rocket Engine Control>>> all green
  Checking "Gungnir" system report>>> no colligion expected
  "Aibled" Blackbox Cirkuit>>> get activated
  "Aibled" Engine booting>>> 86.4% . . . 94.9% . . complete

System reports 2nd-level transfer mode.
  W.A.R.P. nav-method>> [STAND BY]


「とびきりのジェットコースターになるぜ」
 機体制御バディの改良型Spalow-Hawkの報告を受け、操縦悍に手をやったブリューナクは後ろに親指を立てた。横のトニー・ウェイはパイロットを信用しているのか、もう何も言わない。
「暑くなりそうね」 イングリットはフライトジャケットの胸元を開いた。あらわになった胸元に横のショウがぎょっとしたところで、原理不明のエイブリッド・エンジンが多次元宇宙理論の証明を開始した。
 窓の外でまたたいていた全ての光点が、尾を引いて一点に収束する。次の瞬間、試作型戦闘機《ヘルモーズ》は通常空間から消滅した。

そは電脳魔術を極めしものなり


 機体が通常空間に現れた時、そこはもう月面のチコ・クレーター上空だった。眼下には月の悪魔ムーンデビルの宮殿が、冷たい大地に聳えている。

* S p a l o w - H a w k *
Info console (Ver2.4.h)
ALERT: "Yumir" suspects airplane system.
 perceive>>> guidanced missiles lokked-on
 perceive>>> laser cannon fired!
 perceive>>> automatic firearms fired!
 perceive>>> combat droids approaching
SYSTEM WARNING: Starting Dodge Maneuver. Ready to Fight!


 静けさが保たれたのは本当に1秒間しかなかった。途端に全方位から攻撃が降り注いできた。レーザーが虚空を焼き、光の雨となって視界を塞ぐ。月の悪魔の宮殿を飛び出したクロームの番兵たちが、展開しながら一斉に近付いてくる。無音の戦場に光の束と質量兵器群が飛び交った。
 機体制御システムに助けられ、《ヘルモーズ》はぎりぎりのところで全ての攻撃を回避していた。《ユーミル》表面に接近し、突破口を探る。長きに渡って来客を拒み続けていた宮殿の外壁は、大気のない月で宇宙塵にさらされ、黒ずんでいる。
「‥‥モドすなよ」
 皮肉げに口を歪め、パイロットのブリューナクは手動ミサイル発射装置に手を掛けた。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


 第二外壁を半ば破る形で強引に着陸した《ヘルモーズ》は、摩擦で機体の複合装甲の表面が溶けていた。
 自動タラップから降り、基地内部を急ぐ。地球には劣るものの内部には重力があり、人体に問題ない空気も満ちている。
 壁面内部に設置されていたコネクタ類を発見し、イングリットが大型タップを取り出すと接続する。
 彼女はマシンの構造に詳しいニューロが時折使う奥の手を用意していた。メインフレームに必ず内蔵されている、バディシステム内部の【3原則】プログラムの書き換え。面倒な機能制限が外され――犯罪やあらゆる用途に使えるようになった小型メインフレームは――ひたすら高性能のイントロン用マシンへと早変わりする。
 ネットワーク解析を早々と終えたマシンが、解析結果を視覚情報でレポートしてきた。
 古い閉鎖型システムによく見られる、単純なスター型のローカルエリア・ネットワークLAN。基地内の各マシンは互いに接続され、終着点はただひとつのメインフレーム。外部との接続も防壁も、全てその大型トロン内で行われている。つまり物理的なネットワーク内部からネットランを仕掛ければ、セキュリティを突破するのは容易いということだ。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 花魁姿の和服美女は電子の虚空に降り立った。主観的な空にはネクサスを管理するマシンが創り出した星々がまたたいているが、それすらも寂しいものだ。光の格子を飛びかうデータ奔流ストリームの流量も、地球に比べれば遥かに少ない。擬似的な宇宙を飛んでゆく光点はあまりに小さく、暗闇の中に押しつぶされてしまいそうだ。地球からここに来るにはどんな種類の構造体も、どんな凄腕のネットランナーの分身も、2秒強の時間が掛かってしまう。
 前世代の視覚情報を纏った18体の悪魔の猟犬ヘルハウンドたちを容易く打ち負かし、イングリットの意識は上方向へと飛んだ。ネットワーク管理マシンの内部にアクセス。混沌とした記号の渦からマトリックスが再構成され、内部の小宇宙コスモスを創り出す。
 そこに“ZENON”があった。軍用ICEに典型的な、黒一色の無骨な、飾り気のない外観情報。何の変哲もない巨大な立方体キューブは危険なまでに静やかに、そこに存在していた。世界が傾く前から、並列演算型タップも自律型シークエンジンもまだなかった頃から、この自己進化型侵入対抗電子プログラムICEは悪魔の宮殿を守り続けてきたのだ。
 イングリットの分身はグリッドを一歩前に進んだ。計算されたアイコンの鏡像が滑らかなICEの表面に現れた。途端に、暗い湖に小石を投げ入れたように、“ZENON”の表面に変化が始まった。

:: A L E R T ::
Kontrol detekts *unknown* process aktivating
Warning: DO NOT approach. DO NOT.


 紅い文字情報が頭上の周りを踊る。和服美女は裾を靡かせながらグリッドを後退した。“ZENON”表面の変化は止んでいた。軽率な行動だった。あと1歩近付いていればあの論理ロジックトラップがいよいよ起動し、彼女は論理の迷宮メイズに囚われている間に容赦ない攻撃を浴びてフラットラインしていたことだろう。
 メインフレームならではの大容量メモリーからコード“Oblivion”をコール。最強の攻勢オフェンシヴプログラムは白く陰鬱な霧のような視覚情報を取り、彼女の振袖の中から実体化した。完全忘却オヴリヴィオンのプログラムは擬似的な地平を這うように進み、黒一色のICEを取り囲んだ。“ZENON”の表面にはまだ変化がない。

"pro-japonais" Ingret Misia

「卵の王様は壁から落ちた。
 王様の兵士をすべて集めても、
 王様の馬をすべて集めても、
 卵の王様は元に戻らない。
 ‥‥やがて卵のことなんて、みんな忘れてしまうのさ!」


 テクノロジーの地平にブレーク・スルーをもたらすのは、いつも少数の天才だ。ゼロの発見、蒸気機関の発明、イントロン技術の革命。
 凝り性アーティーストのカウボーイが最期に創り上げたワン・ショット型の攻性オフェンシヴプログラムは、電脳空間内に強制的な特異点を発生させる。もしこのICEブレーカーが無制限に、安定して動作するようになってしまったら、電脳の世界は大きく変わってしまうだろう。
 忘却オヴリヴィオンの霧は漆黒の城塞フォートレスを包み込んだ。立方体の城塞の基部に染みが現れ、どんどんと広がっていく。染みは暗黒の空隙となって主観的な地面を被った。空隙に触れた緑の格子キューブが、ワイヤスケルトンの破片となって四散していく。
 プログラムコードから構成された霧が完全に“ZENON”を被った。完全無敵のブラックICEの存在するグリッド表面が全て空隙に取って変わられた。実行終了を示すアラームが、冥界の最後を告げる鐘の音のように擬似世界に鳴り響いた。漆黒の城塞は虚無ヌルの中に飲み込まれ、ネクサス内グリッド位置制御システム上から存在を消失した。

そは電脳魔術を極めしものなり


『秘話回線に入電! チームが《ユーミル》電脳のコア破壊に成功しました!』
『監視衛星より報告。迎撃システムに異変続行中!』
 眼鏡のオペレーターたちの声には歓びが混じっていた。
『ヴィデ大佐殿。ノルンシステムより入電です。ウルド、スクルド、ヴェルダンディ、各コアとも審議結果同一。今度こそ作戦の完全遂行を』
「よしっ」 司令官席で報告を待っていたウルリーケ大佐はさっと立ち上がった。あの男が、あのナイトハルトが、彼女の願いに応えてくれたのだ。
「直ちに第一艦隊旗艦《スレイプニル》に連絡。待機スタンバイ状態を解き、指定宙域へ転移せよ!」
『了解。《スレイプニル》、エイブリッド・エンジン点火を確認。通常空間から消滅します』
『《スレイプニル》、指定ポイントでの出現を確認! 第一種戦闘体制に移行済み。命令を待っています!』
 ウルリーケはひととき、スクリーンに冷たく浮かぶ月の虚像を見上げた。今こそ雪辱の時だ。月の悪魔の宮殿の門は、夜の風が開いてくれた。
「《スレイプニル》に伝達。《ドラウプニル》小隊を発進させよ」 輝ける戦乙女は厳かに言った。
「迎撃システムの殲滅作戦を実行する。今こそ《ユーミル》を制圧せよ!」

 豪州軌道宇宙軍第一艦隊旗艦《スレイプニル》も超古代の設計図によるブラックボックスエンジンを搭載している。前触れなく月面宙域に出現した宇宙戦艦は、格納ハッチを展開し、6つの光点を吐き出した。6つの光は編隊を組み、月の空を滑るように進む。元より大気圏内より軌道上での運用を前提に造られたこの戦闘機は、空気の抵抗を受けない宙間戦で真価を発揮する。
 月の悪魔の制空権内に入る。迎撃システムのコアは破壊されてもシステム全体はまだ死んでいない。自動火器と自律型ミサイルポッドが6体の侵入者を感知した。流星雨のように無数のミサイル群が撃ち出され、拡散しない尾を引いて殺到する。
 月面戦用モジュールの強化されたバーニアを吹かし、6機からなる小隊は一斉に散開した。地上世界のいかなる戦闘機にも不可能な回避行動を取り、きりもみしながら流星雨の中を降下する。
 その見事な変形プロセスは、撮影されていたらさぞ素晴らしかったことだろう。副動力機関に格納されたブラックボックスによる重力安定器グラヴィティ・スタビライザが限定的な重力フィールドを張り、地上世界では不可能な芸当を可能にする。
 追尾ミサイルの回避行動を続けながら、流星雨の中をかいくぐりながら、機体は変形を完了した。機体下部に両脚が展開、翼部からチェーンガンを持った腕部分が出現。半人型形態で基地表面に一旦着地、ホバリング状態からの連射でポッドを破壊してから再び低空に浮遊。コクピットが胸部分に折り畳まれ、ウォーカーは完全な人型形態に変形を完了した。
 その名は《ドラウプニル》。地上世界ではまだ試作しかされていない単独戦場投入用機体。オージーの子供達がtwiLiteキャンベラのシミュレーター・アトラクション“アレリオン・コンプリート”の中でいつか本物を夢見る、軌道宇宙軍の高性能可変ウォーカーだ。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


 《ユーミル》内部はうす赤い光に照らされていた。迎撃システム破壊に伴い、電源が一旦落ち、全ての隔離シャッターとオートロックが解放された。非常用サブ電源の光が仄かに満ちている。
 システム中枢とおぼしき巨大な、天井の高いメインルームの中には、赤い光に照らされた巨大なメインフレームが鎮座していた。中空にホログラフの虚像が浮かんでいる。短い黒髪に痩せた男の顔。肉体という枷から抜け出した伝説のカウボーイの姿がそこにあった。
「‥‥《ユーミル》の中枢が僕自身さ。僕は今、バイオトロンと同義であり、マトリックスとひとつになっているんだよ」
「なるほどね」 姿を現した和服美人のアイコンが答える。
「‥‥ルーパス。なんでこんなアンタに似合わないことをしたんだい」
「君の和服よりは合っていると思うよ、プロ・ジャポニス。
――さてムーン・デビルの門を開いたのはかなりの凄腕ホット・ドガーの面々のようだ。《ユーミル》の自律型迎撃システムの4つは沈黙したが、2つが停止直前にシステムのコアを電子的に切り離すことに成功した。《スルト》、《レヴァンテイン》の2つは今やドロイドの中にクローズドに収められている。僕の手を離れた彼らは最後に――君たちと遊びたがっているようだよ」
 規則的な、不吉な足音が近付いてきた。ブリューナクがライフルを構え、ウェイが防弾コートの裾をはためかす。現れたのは2体の、巨大な人間型ドロイドだった。2本の脚と2本の腕と頭部、だが似ているのはそこまでだった。剥き出しのクロームの骨格から構成されたような腕で、一体が攻撃を感知して防護盾を前に構える。もう一体は鋭い刃物を腕部から伸ばし、体内に格納された銃器類を展開する。
 遊びたがっているのはドロイドだけではなかった。
「グッドゥ・イーヴイング・ジェントルマン諸君」
 メインフレームの影から不意に声がした。楠原ショウが二度と忘れることのできない声だった。歌うように声の主は姿を現した。
 半眼の巨漢は穏やかな微笑みをたたえていた。軌道エレベーター搭乗口で姿を消したはずの、あの最凶死刑囚がそこにいた。

殺戮の手、癒しの手


「今度は機械が相手か‥‥」
 私の両手に袖の中から銃が落ちてきたのとまったく同時だった。ドロイドが体内から展開した砲火が一斉に火を噴いた。私と彼は左右に散った。遮蔽にしたコンソールに銃弾が降り注ぎ、回路とプラスチックの破片が飛び散った。破片が落ちていく速度は地球での戦いに比べてやけにゆっくりに思えた。
「俺が盾になる。奴らの核を狙え」
 ナイトハルト――いやブリューナクが遮蔽から狙撃用スナイパーライフルを構える。一発がドロイド頭部のカメラアイを捕らえた。だがそこまでだった。近付いてくる彼らの骨組みだけの腕が上に上がり、続く銃弾をことごとく跳ね返す。
「ならば――試してみようか」
 私は動いた。遮蔽場所から移動しながら振り向き様に右の銃を向ける。小口径の銃の方が月面でも使いやすいだろう。パンサーと接続された意志がセレクターを変え、マシンピストルから連続した9mm弾の雨が降り注いだ。
 彼らの鋼の体の表面に散る火花の光も、ゆっくりと広がっていくようだった。月面では何もかもが緩慢のようだ。掃射が終わった時、大きな盾を持っていた方のドロイドが動いた。奴はシールドに護られ、損傷を受けていなかった。盾を持っていない方の腕が動き、何かを投げる。
 それが床に落ちる音は、巨大なメインルームにやけに大きな音となって響き渡った。円盤型のそれは転がることはなかった。
 ――手榴弾グレネードだ。
 私とブリューナクが飛び退った時、それが爆発した。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


「甘美なる敗北を得るためにはこれもまたヒツヨウ‥‥続けようじゃないか、ミスタ・クスハラ」
 ビクター・アンダーウッドはゆらりと両腕を動かし、構えを取った。重力の弱い月面でその体の動きはいっそう速度を緩め、いっそう不気味に見えた。
 軌道戦闘機用のフライトジャケットを脱ぎ捨てると、楠原ショウは死刑囚に挑みかかった。掌底を止められたところから体を浮かせ、正中線連撃。怯んだビクターにさらに追い討ちを掛ける。
「昔の俺とは違う。これが本物の砕打だ!」
 空手術の達人たちは気の遠くなる程の時間を掛け、手足を武器化する。鈍器からやがては刃物へ、刃と等しい切れ味へ。
 だがショウの空手ベースの我流格闘術は、武器化した手足による攻撃だけに留まらない。手の周囲の空気の流れを利用し、相手に触れずとも爆発的な衝撃を与えられる。
 空を切った拳から繰り出される見えない一撃が、世界最凶のテロリストの顔面をまともに捕えた。ビクターは血を吹きながらのけぞった。石ならば砕け散り、常人なら間違いなく絶命する一撃だ。
 だが不意打ちに長けた得体の知れないこの怪人は、倒れながらショウの腕を取っていた。またやられた。万物の力の流れを利用する合気柔術の技が、最小限の動きでショウの身体を投げ飛ばす。
 重力の弱い月面で、その投げは絶大な威力を持った。足を着地方向に向ける暇もなく、ショウの体はメインルームの壁に叩き付けられた。
 頭を振って立ち上がろうとするショウの前に、ビクターは両手を無限の虚空の広がる天に掲げ、シャンソンを口ずさみながらゆっくりと近付いてきた。その背後で銃撃の音が聞こえてくる。
「もし‥‥
 苦しいときは‥‥
 青く晴れた空を想い‥‥
 耐えて行こう‥‥」

 口の中に入ってきた血を吐き出すと、Rusty Handzの楠原ショウは立ち上がった。理解不能の晴れやかな笑みを浮かべている怪人を見やる。
「お前も大して変わってないな」
 Killing Handzのショウは目をかっと見開き、本能が選択した戦士の構えを取った。あの時、“殺戮の手”キリング・ハンドの名と銀のネックレスの中に封じた力と記憶。もう二度と帰ってこないネックレスの持ち主の為に、その手は錆びることを選び、癒しのためのものへと変わった。
 だが今、それが蘇った。義眼でなく付加機能もついていないウェットの瞳に満ちるのは、暗く獰猛な殺人者の光。いかなる神経強化ナーヴワイヤにも肉体増強ボディ・エンハンスメントにも汚されていない肉体に流れ満ちるのは、戦士の波動。内なる調和を保った体から発散された殺気が、体表に流れた血を一気に周囲に弾き飛ばした。
「やっぱり砕打より‥‥俺もこっちの方が好みだよ」
 二人は同時に踊りかかった。半眼の巨漢の全ての攻撃をかわし、必殺の手刀が残像を残して踊る。
 すれ違ったショウが構えを降ろした時、ビクターの首筋から血が噴き出した。重力の弱い月面でその血は綺麗に周囲に散り、噴水のように吹き上がった。
 振り返る楠原ショウの前でビクターは膝をついた。喉を切り裂かれた巨漢は声を出せないまま倒れようとしていた。だがその最後の声は、彼の耳にだけははっきりと届いた。
「ハハ‥‥なんと‥‥ファンタスティックな‥‥」
 求めるものを見つけた修行僧のように、その顔は至福の笑みに満ちていた。

殺戮の手、癒しの手


 轟音を上げて爆発する円盤型手榴弾から転がるように逃れながら、続いてウェイの左手の銃が続け様に火を噴いた。二体のドロイドの表面で幾つも火花が散り、内蔵火器を展開した《レヴァインテイン》の方が歩みを止め、鈍いくぐもった音と共に胸の辺りで爆発が起きる。
 倒れ込みながら、HEAVENから来た男は空になった両手の銃を手放した。床の上で転がりながら、更に懐から二挺の銃を抜き、伏せた状態から必死に巨大なドロイドたちに向ける。
 だが二挺の愛銃が向けられた先で、《スルト》と《レヴァンテイン》は動かなかった。先ほどの銃撃で重要部分を破壊されていたのだ。スナイパーライフルを構えたまま接近したブリューナクが、完全に機能を停止しているのを確認する。
 敵の沈黙を確かめ、銃を降ろして立ち上がろうとしたウェイは灼き付くような激痛を感じ、再び倒れこんだ。爆弾の破片が防弾コートを貫通し、腰に突き刺さっていた。

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


 アウトロンし、駆け寄ってくるイングリットの実物に、メインフレームの上にルーパス・クワインのホログラフが再び現れる。
「‥‥終わったね‥‥。これでこの基地はもうフラットラインする。君たちがあとやるべきことはひとつだ。僕を消してイレイズくれ」
「ルーパス‥‥」
「あの頃はOblivionもまだ今ほど改良されてなかった。ギャラルホルンの連中に手を貸して月の悪魔ムーンデビルのフォートレス破りを仕掛けた時はずいぶん苦戦したよ。マトリックスごと破壊し、直後に僕の意識を中に送り込んで同化してようやく‥‥。
 今じゃ僕がマトリックスそのものだ。僕はもうAIなんだ。君が思ってた通り、カウボーイのルーパスはもう既にフラットラインしてるのさ」
 ネットランナーの虚像は、電子的に再構成された微妙な悲しみの表情を浮かべた。


「僕を消してくれ、イングリット。構造体コンストラクトに生きてる意味なんてない。“ギャラルホルン”の連中はもうみんな死んだ。ここは牢獄だ。月の岩石から造られた発泡ポリコンクリートとクロームの牢獄。2秒強の時間の果てに追いやられた牢獄。僕は肉体の牢獄から解放され、そしてふたたび牢獄の中に閉じ込められたのさ。悪夢はもう‥‥終わりにしたい」
 イングリットはメインフレームとの接続を制御する集合コンソールを見つけた。この中の全ての回路を焼き切れば、全ての機能が停止するだろう。
「ルーパス」 カウガールは言った。「アンタはいい友達だったよ」

"pro-japonais" Ingret Misia

そは電脳魔術を極めしものなり


「これで大丈夫だろ。さ、起きろ」
「‥‥済まない」
 楠原ショウの手を借り、私はようやく起き上がった。腰の痛みは依然として残っているが、なんとか動ける範囲だ。
 確かに彼の医術の手並みは鮮やかだった。破片を一思いに引き抜き、緊急医療キットだけであっという間に処置を終わらせてしまったのだ。LU$Tの心霊治療院で働いているだけのことはある。
 基地内は依然、薄いオレンジ色の非常灯で照らされていた。だが歩き出そうとした我々の頭上で、突如それが鮮やかな赤色に変わった。
【《ユーミル》メイン・コア停止を確認。自動型自爆システムを作動します。内部の人員は、1分以内に緊急退避してください。繰り返します。内部の人員は1分以内に‥‥】
 合成音声の声は英語だった。月の城砦の崩壊の時だ。急がなければならない。

殺戮の手、癒しの手


 一行は赤い光の点滅する廊下を走った。その行く手で、遠隔操作でスタンバイ状態で待つ《ヘルモーズ》が待っている。
「旧式の水爆でそこらじゅう吹き飛ばすんだろ? いいのか。これで汚染されたら、月の開発が何年も遅れるぞ」
 ウェイに手を貸しながら走るショウが、先頭のブリューナクに問い掛ける。
「不利益を受けるのは誰だ。俺たちの気にする問題じゃない」
 様々な勢力の道具として戦ってきた男は答えた。
「それより危なかったぜ。大佐が装備に加えてくれた最後のミサイルがなかったら、脱出も危ういところだ」

 試作型軌道戦闘機《ヘルモーズ》は化学式ロケット燃料を噴射し、第二外壁を離れた。その後ろで火花が散り、基地中心部で小規模な爆発が起きる。
 可変ウォーカー《ドラウプニル》小隊が掃討してくれたお蔭で、基地上空には既に障害はなかった。6機の半人型形態の《ドラウプニル》が近付き、7機は一斉にバーニアを吹かして加速する。
 その後ろのチコ・クレーターで大規模な爆発が起こった。壮麗な眺めだった。大気のない無音の世界、はるか遠くに緑の地球の浮かぶ冷たい月の大地。世界が傾く前からそこにあった旧世界の、月の悪魔の宮殿がゆっくりと崩壊していった。
 飛翔しながら滑らかに戦闘機形態に変形すると、6機の《ドラウプニル》は翼を振って試作型軌道戦闘機に別れを告げた。可変ウォーカー小隊は機首を転じ、周回軌道上で待つ宇宙戦艦《スレイプニル》の方へと消えていった。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。





 アクシズ・コロニアル・パークの夜は美しかった。彼の知らない英国風の広い庭園の上には星空が広がり、同じAXYZ中枢部にあるユグドラシルはここから近い。彼を星の向こうの世界へと運んでいった軌道エレベーターはライトアップされ、今も多くの客たちが見上げていた。
『あら、じゃあ今記念館のそばに‥‥じゃあ、ショウさんの旅行もそろそろ終わりなのね』
 電話の相手はLU$T心霊治療院の東息吹先生だ。Dr.EVEは彼に、封じたその手の力の別の使い方を教えてくれた。
「ええ。土産でも買って、明日帰ります」
『そうね。診療も忙しいし、帰ってきたらまた頼むわ』
 楠原ショウはポケットロンをしまうと目を転じた。記念碑も、アクシズ記念館もすぐそばだ。元より観光や社会見学の定番コースだというここには、土産物にも困らないだろう。
 胸に掛けたネックレスにふと触れ、顔の前にかざす。古い銀製の、女物のネックレスは冷たく、AXYZの夜の光を浴びていた。
 Killing Handzの名と力はこの中に封じた。またいつか必要になる時まで、眠らせておくとしよう。

殺戮の手、癒しの手


 隔離緑地帯の中にあるユグドラシル搭乗施設。カーゴそのものの搭乗口は空中にあるが、地上からの見送り客がこれるのはここまでだ。
 軌道宇宙軍ウルリーケ・アルムフェルト・ヴィデ大佐の見送りはたった一人だった。青い制服に凛々しく身を包んだ銀髪の女性士官を見送るのは、記憶を失っていた輝ける戦乙女ヴァルキュリアがまだ汚れた地上を駆けていた頃、共にロシアを疾走していた夜の風だ。
「ナイトハルト。‥‥世話に、なったな」
「‥‥報酬はもう貰ってる」 ブリューナクの口調には、普段の辛辣なランナーのものに戻れないものがあった。
「8年の間、探しても見つからなかったものが見つかったんだ。俺はそれでいい」
 ウルリーケは何も言わず、身を寄せてきた。豊かな銀髪が広がり、その匂いがブリューナクの鼻をくすぐった。
 男は呟いた。「軌道で何を見つけたんだ」
 女は囁いた。「‥‥自分の居場所よ」
 その時、カーゴの搭乗準備開始を告げるアナウンスが流れてきた。意を決したように彼女は身を離し、最後にかつての相棒の顔を一度だけ見つめると、身を翻してゲートの向こうへ消えていった。流れるような銀髪がその後姿の中で揺れていた。

 隔離緑地帯を歩いてゆくブリューナクは、背後を振りかえった。輸送用カーゴが空へと昇って行く。あの中のひとつに、あの女が乗っている。それとももう、昇ってしまったのだろうか。
 彼は懐から香水の瓶を取り出した。一度も使っていないその女物の銘柄は、テンプルトンの“スウィート・フェンネル”。
「また、渡せなかったな」
 そう呟き、冷酷無比で辛辣なランナーは星々への中継地点を後にしていった。

ブリューナクの魔槍より 何人も逃れることあたわず。


 《ヤロール》のマスターの左腕は相変わらず不細工だった。アンティーク品として売れそうな気さえするその七機能強制フィードバック義手がブラディマリーを差し出し、カウンターに座った和服ワフクの金髪ヌーヴ女がそれに口をつける。
「ねえ、マスター」 赤い液体を飲み干しながら、イングリットは尋ねた。
「6年前にここに来てたルーパスって男を覚えてる? 何を飲んでたっけ?」
「あぁ、あのカウボーイのことか」 サイバーウェアは旧式でも、マスターの頭の中は錆びついていないようだった。
「めっぽう酒には弱くてね。いつもこいつだったよ」
 義手が差し出したもうひとつのグラスに満ちる薄青の液体は、マトリックスの虚空の色――スクリュードライバーの色。
 グラスを触れ合わせようとしたイングリットは思い出した。乾杯は8年前のあの時、もう済ませていたのだった。
 苦笑いし、彼女は薄青の液体を飲み干した。マスターにチップを投げると、席を立つ。
au revoirサヨナラ、ルーパス」
 夜の街ナイトシティの喧騒は今夜も変わらぬ永遠パーペチュアルのパーティ。だが、あのカウボーイはもういない。

そは電脳魔術を極めしものなり


 思わぬ邪魔の入った社交パーティは、日を改め、ミラージュ・コーストの高層ビル《ビフロスト》で再び行われた。前回欠席だった客も多く訪れ、美しい海岸線を見下ろすパーティは143階で盛大に行われた。
 オージー美女たちに手を振り、今度こそ来訪した緑卓子アン・タピ・ヴェールの長老と挨拶し、トニー・ウェイはヨハン・スナイダーと話をしていた。若き実業家は約束を果たした友人の手を固く握った。
「なあ、ヨハン。確かにAXYZはいい街だ」 チャイナタウンの名士はガラスの外を見遣った。
「道路も広く清潔だし、整備されていて、とても開放的だ。だが私には――N◎VA中華街のあの街並みの方が似合っているよ」
「そうですね。あなたを待つ人も多いことでしょう。ご自分の店へ戻ってください、ウェイ大人」
「ああ。そうしよう」


 キャンベラ新国際空港はAXYZ市から北東方向にあり、市内から続くキャピタルリニア公団の空港湾岸線で行き来できる。空港の中にも有名な免税店があるそうだが、土産は市内で買っていくことにした。
 ノルンのぬいぐるみが一番有名だそうだが、どうも見た目が分かりにくいので別のものにすることにした。無尾熊――コアラのぬいぐるみだ。ずいぶん大きくてトランクに入らないので、私が脇に抱えていくことにした。
 このおかしなスペース・コアラは、葉巻を咥えた宇宙海賊の格好をしている。なんでもtwiLiteキャンベラのマスコットなのだそうだ。私の店の中にでも飾っておけば、小さな子供たちが喜ぶだろう。
 思えば大変な旅だった。東海岸からヘリでAXYZに飛び、さらに軌道エレベーターから宇宙へ、果ては月面まで。つくづく私には似つかわしくない旅だった。私の店に来る中華街の住人たちには、この話はしないでおこう。

 リニアの駅へ向かって歩いていた私は、ふと羽ばたきの音に振り返った。
 鳩だ。見晴らしのよい駅前広場で餌をついばんでいたAXYZ鳩の群れが、一斉に飛び立つところだった。彼らは青い空を横切る白い雲のように、空高く舞い上がった。キャンベラセンターホールの方角へ向かっていき、その姿は見えなくなった。
 オフィス街の向こうに目をやると、そこにチャイニーズを宇宙まで連れていったエレベーターが聳えていた。チューブの各所がちかちかと瞬き、カーゴが今日も空へ向かって進んでいく。
「――ひとつだけ良いこともあったな」
 私は呟いた。
「あの宇宙そらから――HEAVENを見ることができた」

 
 
And Here, The kurtain dropped,
at the city most closer to Heaven ...
-XYZ-



Special Thanks to:
Komrade X (for 10K congrat scenario)
Canberra AXYZ (for background of AXYZ, Elevator, and Hiland)
Cut of Ingret Misia illustrated by:
Misa Ogawa (from sourcebook as follows)
Wait for 8/10 T-07b FETHERED IMAGINATION
Paradise CHAIN Sourcebook (May be in time ... only god knows.)


ボス「というわけでゴイスーなアクトは終わりである。オリジナル版AXYZに電脳世界に軌道エレベーターに宇宙に月面基地に、ゴージャス極まりない話になったな」
こうさくいん「今回はウェイおじさんの二挺拳銃はあまり踊らなかったのでしゅねー(>_<)」
ボス「うむ。ジョン・ウー・コズムの住人に宇宙は似合わないからな。後半おとなしめなのも故意のようだ。それに月のロボットに向かって銃弾になんと刻まれているか聞いたりしたらそれはあまりにナニでアレだぞ(笑) アレックスぽんあたりだと元特殊部隊員ぽく最後の作戦で静かに燃えたりできたかもしれぬな」
こうさくいん「ううーそうでしゅよーあの一人だけ水着LOVEの偽ブリューナクをなんとかするのでしゅよ〜(>ω<)」
ボス「なははは。まさか宇宙まで行く話とは思わなかったからな。まあちゃんと鳩も飛んだしよしとしよう」
こうさくいん「3回か4回‥‥背景で飛んでたでしゅね?」
ボス「うむ。ちゃんとルール的に説明もつくぞ。ジツはな、ウェイのアウトフィッツには、謎の生き物相当の鳩の群れがちゃんと装備済みなのだ」
こうさくいん「わわわーなんでしゅかその妄想はー!Σ(゜□゜) イフリートと同罪でしゅよー」

鳩が飛ぶとき、オペラは始まる‥‥


お・ま・け

ボス「Gray Bloodのヨンおねいさんに続いておまけのダメな小噺なのだ。読者諸兄の投稿も受け付けるぞよ( ̄ー ̄)」

〜その壱〜


(ヴァラスキャルヴを舞うドロイド鳩、実はウェイ大人の持ち物だったの巻)

三合会の部下「ウェイの旦那、大変ですぜ! あの周の野郎、ブリューナクとかいう護衛を雇いやがった。こいつぁ、迂闊に手が出せませんぜ‥‥」
偽トニー・ウェイ「ほう、彼か。確かにランナーという人種は依頼人を選ばないようだな」
部下「へ? 知り合いなんですかい?」
ウェイ「ああ。どうしても敵対するというなら彼の弱みを使うとしよう。いい写真がある。大丈夫。彼は必ず退く。無駄な撃ち合いは避けられるよ」
部下「さすがはウェイの旦那だ! で、あっしらはそいつに何て言ってやればいいわけで?」
ウェイ「‥‥『白のワンピース水着』とだけ伝えなさい。それだけで分かるはずだ(ニヤソ)」

-通常版-
】【】【
-ルビの入るIE5版-
】【】【3】

---Bar from V:tM---
...... Lunatik Overdrive ......

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