Schickzal über Mond und Sonne - 月と太陽のさだめ
小粋にエレガントボア
〜月と太陽のさだめ〜

開幕】【前編】【中編】【後編
-太陽の道案内-
(王女殿下のお達しによりIE5以上で見られたし。)



第二章 宮内巡遊


「‥‥ヒルダは生きておった。ど、どういうことじゃ!」
 女館(ケメナーテ)を改築した 離宮 (ルストシュロス)、マルガレーテの私室。窓の外を見つめていた王妃(ケーニギン)は苦々しげに言った。その背後には、王女暗殺の密命を忠実に果たした密偵が控えている。オルゲル・オルガルトである。
「あの王女は王妃様から見ても本物ですか?」
 オルゲルが顔を上げて問う。
「うむ。まさしく。‥‥少し、元気すぎるようじゃがな」
 扇子を握り締め、王妃は応えた。
「もう一人、殺しに来た者がおりました。霞みのように消えてしまい、一体どんな魔法を使ったのか‥‥。もしや、ブレダの間者かも知れませぬ」
 オルゲルは現場で目にした、短剣を手に現れた小柄な人影のことを語った。緊張状態にある隣国ブレダとのいくさが近いことを予期する者は多い。率いるのは抜群の的中率を誇る女予言者(プロフェーティン)エロイーズに導かれた泥髪王ガイリング二世だ。時にそのやり方は苛烈に過ぎるものの、ガイリングは英傑と呼んで差し支えない人物である。そして、それに対抗するには、エステルランドの王家一族はあまりに脆い。
「‥‥もうよいわ。そなたは普段通りにしておれ」
 しばしの黙考の後に、王妃(ケーニギン)は言った。
「はっ。しかし、普段といいますと、何を‥‥?」
王宮警護隊(パラストヴァッヒェマンシャフト)にでも加わっておれ!」
 王妃殿下の声に苛立ちが混じり、オルゲルは即刻その前を辞することに決めた。
「心得ました。機会があったら王女の真贋、私の目でも確かめましょう」

 巨体とからくりの腕でさして音も立てずに私室を去り、広い王宮の渡り廊下へ。ちらりと振り返りながら、額に角持つオウガのかつての英雄は呟いた。
「‥‥あの娘は尖っていなかった。だが、王妃様の心は、日増しに尖っているような気がする‥‥。
 俺は一体、何をしているのだ‥‥」

太陽のさだめは昼の輪舞


「なあ聞いてくれよ。やっぱりヒルダ王女様って、いいよなー」
 王宮の一角にある控え室では、エステルランドの中枢を守護する揃いの鎧の王宮警護隊(パラストヴァッヒェマンシャフト)員たちが、大槍を脇に置いてしばしの休憩を取っていた。
「そうか? 俺はどっちかって言うと王女様より‥‥そう、また神聖騎士団(ハイリヒヴァイセリッター)のとこに用事でもできないかなぁ。運良くノエル団長が拝めたりしないかなぁ」
「いやさあ、お供して一日じゅう部屋の前で番をしてた時だよ。王女様がいきなり出てきて、俺たちに菓子を分けてくれたんだぜ。あの年であれだけの度量があって、心優しくて、なんていうか、こう‥‥」
 そこへ尖った心について悩みながらやってきたのは、ほとんどの隊員よりも頭数個分大きなオウガの警護隊員(ヴァッヒェマン)である。オルゲルは休憩の輪に加わった。
「よう新入り。なあ知ってるか。王女様を襲った賊ってのは、酒場の二階に余裕で届くぐらいに身のたけがこ〜んなにある巨人だったってよ」
「いやいや、もうオウガなんか顔負けでこ〜〜〜んなでデカかったって噂だぜ?」
「まったく、俺達のヒルダ姫様を畏れ多くも襲うなんて、許せない野郎だ」
「ほう。じゃあ賊はオレよりも大きいんだな」
 オルゲルは適当なことを言い、そして同僚たちが羨望の眼差しでどこか遠くを見ているのに気付くと不思議そうな顔をした。
「なあお前ら。王女様は‥‥そんなに、いいのか?」
「ああ、そうだとも!」 都を守る責務に燃える警護隊員(ヴァッヒェマン)の一人が力説した。
「可愛いのは当然として、あれだけ民に慕われてて、慈悲の心も十分。本人にも王族の器がある。お転婆なんてのはあの年じゃ当たり前だよ。殿下は絶対大物になる。もしもヘルマン陛下に何かあったら、俺は、ヒルダ姫にこの国を継いで欲しいよ」
「そうだな。それに関しては俺も同感だ!」
 神聖騎士団の聖盾の乙女を推していた仲間も激しく同意する。
「そうか‥‥」
 王妃殿下の密偵オルゲルは窓の外に広がる庭園に目をやり、心を痛めるのであった。


こうさくいん「ギャハハハでしゅよ〜衛兵にもヒルダたん派とノエルたん派がいるのでしゅね〜〜o(≧へ≦)9゛」
ボス「この場面も次の場面もエキストラの台詞は2/3位まで本当だぞ(ニヤソ) 確かにエステルランド王国にはいわゆる有名NPCが多いからな。隣国ブレダとの争いを考えると王室の脆さが弱点だが、部分部分で結束は固いのかもしれん」
こうさくいん「これは! ノエル団長の登場も期待するしかないのでしゅ!(☆w☆)」

Fortes fortuna juvat. - 運命は剛き者を助ける。


 噂が伝わるのは早いものだ。フライブルク宮中伯の親戚と紹介されたフライブルク伯ヘルガという人物が王宮に迎えられたこと、その人物が精悍な青年であり、白過ぎる髪に常に左目を閉じた、どこか不思議な雰囲気を漂わしていることは早馬よりも早く宮内に伝わり、御婦人(フラウエン)たちの噂の的になっていた。
 当のヘルガは暇そうに王宮庭園(シュロスガルテン)に出てきた時、ようやくそのことを知った。血生臭い話ばかりの夫に飽きて話し相手を求める御婦人達、さえずりながら噂話を誰よりも早く耳に入れる宮廷雀、新たな芸の種を探していた道化(ナル)たちが、一斉に彼の登場に反応したのだ。
「まぁ、ヘルガ伯(グラーフ・ヘルガ)ですわよ?」
「伯がどんな方なのか、わたくしたち、ずっと気になっていましたの」
「‥‥やあ、お疲れ様です」
 フライブルク伯ヘルガはまったくもって芸のない返事をもって答えた。が、それすらも尊い身分の御婦人(フラウエン)方には注目の的となるのであった。
「いやいや。私は、貴族とは名ばかりの貧乏貴族でして」
「あらあら、またそんなことを。今も、アンセル殿下とヘルガ様のどちらが素敵か、話していたところですのよ」
「おほほ、お二人を題材に誌でも書いたら楽しそうですわね」
「あら、わたくしにも分けてくださらない?」
「いっそ、本にして売り出そうかしら」
 適当に話をしていたヘルガは、アンセル王子が親友であるルートヴィッヒのところを最近度々訪れていたことを知った。何やら医術の心得もあるとのことで、十分に候補として考えられる。続いて黒騎士(シュヴァルツェリッター)ヴォルフガングの部下たるヘルガ本人への質問の攻勢が始まったが、何とかその矛先をかわすとヘルガはその場を辞した。
 気付くと、一人の王宮警護隊(パラストヴァッヒェマンシャフト)員が行く手を遮っていた。屈強なヘルガも上背は高い方だったが、さらに大きく、携えた斧槍(ハルベルト)に負けないぐらいの身長。額から突き出た一本の角。巨人(リーゼ)が衛兵とは珍しい。
 ヘルガはその顔をしばらく見、記憶を辿った。かつてお館様の命により諸国を旅した冒険の途上、道中を共にしたオウガの戦士オルゲルである。だが相手はまったく気付いた様子もない。そして、年を取らぬヘルガとは異なり、戦士(ケンプファー)の姿は大きく変わっていた。太い左腕はどうやらからくりで動く義手の類い、胸と首筋まで鉛色に覆われている。顔立ちもやや変わっており、別人と見間違えそうである。
「賓客とはいえ、王宮では静粛に願いたい」
 オウガの警護隊員(ヴァッヒェマン)はただ言った。
「‥‥よく分かりました」
 銀の右目で意味ありげに相手を見つめると、魔糸使い(ファーデンマイスター)ヘルガは慇懃に会釈し、その場を後にした。束の間対峙したオウガの兵士と白髪の青年を眺めていた高貴な身分のご婦人(フラウエン)方は、このやり取りに何が隠されているのかと、様々に夢想を広げるのであった。

Memento mori. - 汝もまた死すことを知れ。



第三章 奇想進講
ヒルデガルド姫、エステルランドの太陽

 十四歳の少女ヒルデガルド・フォーゲルヴァイデは一国の 王 女 (プリンツェッシン)に相応しい教養を身につけるべく、本日も勉学に励んでいた。
 まずは神学の授業。ふだんは暗記があまり得意でない王女殿下は、今日に限って聖歌の一節をすらすらとそらんじて見せ、司祭(プリースター)を喜ばせた。マーテル様もことのほかお喜びでしょうと、老司祭は満足げに去っていった。


 続いてはサルモン・フィースト老の取り計らいで始めた魔法学基礎の講座。だが、いつになっても教師が姿を現さない。普段なら畏れ多くもどこかに抜け出したりするのだろうかと王女の仮面(マスケ)の下の人物が考え始めたとき、ようやく講師が姿を現した。
「お、遅れましたっ! 早速、講義の方を‥‥いてっ!」
 珍しい薬や香水をいれるのに使う、硝子(グラース)の瓶の底のような分厚い 眼 鏡 (オウゲングラース)火の玉(フォイアーバル)の魔法にでもしくじったが如きぼさぼさの髪に不精髭、なんだか威厳のない 天慧院 (ウェルス・サピエンティア)の長衣。いきなり演壇に衝突すると、ほとんど見習いにしか見えないその痩せた魔術師(マーギア)は手に抱えていた本を床に盛大にばら撒いた。
「‥‥先生、大丈夫?」
 心優しいヒルダ姫は一緒に本を集め、ようやく講義が始まった。
 だが講義の内容は時折王宮に招かれるサルモン老が話すものとはずいぶんと異なり、そして十四の少女はおろか、大人でも理解に苦しむ程の難解なものであった。
「先生。アクシスの操る魔法(マギー)は生まれつきの素養や血によるだけではなく、努力で学べ、力を十分伸ばせるものだとよく聞きますが、違うのですか?」
 露草色の瞳を閃かせ、姫はサルモン老辺りのいかにも言いそうな台詞を繰り返した。
「魔法というものは実は努力や才能とは関係ないのですよ。“学ぼう”という意思、それを本人が抱くという可能性。その巡り合わせ自体が人と魔法を結びつける重要な必然なのです」
 痩せぎすの講師は手袋を嵌めた手で咳払いをして続けた。
「如何に才能に恵まれようと、如何に努力ができようと、魔法を“学ぼう”と思わなければ、その才能も情熱も別のところに消えてしまう。
 でも、時に情熱は人の元に可能性を引き寄せます。だから、強く思うこと、努力することは決して無意味ではないのですよ」
「う〜ん‥‥?」
 王女は首を傾げて話を聞いていた。講師の安っぽい長衣には“天の塔”(テューロ・カエラム)の印もついていたが、なんだかマテラ語の綴りまで間違っているように見える。

 難解極まりない授業が終わる頃、姫の元へ一人の若者がやってきた。王妃の叱責もいっこうに効いた様子のない兄王子カールである。
「もう体も大丈夫なようだな。ところでヒルダ、今度、二人で遠出にでも行かないか」
 幼児に等しい振るまいばかり目立つカール王子の意外な申し出に、闊達なヒルダ姫は露草の瞳をぱちくりした。
「兄上とか? もちろん、いいけど‥‥どうして急に?」
「いやいや、兄と妹の親交を深めようと思ってな」
 誰がどう見ても怪しい台詞を、兄王子は真顔で発した。
「うん、いいけど‥‥でも、 騎士団 (リッターオルデン)の人たちやアンセル兄上が、黙っては行かせないんじゃないかなあ‥‥」
 新任教師は本を片付ける振りをしながら、王子と王女の心温まる会話に注意深く耳を傾けている。
「お前は?」 カール王子がそちらを睨み、すぐに警戒を解いた。「あぁ、なんだ、新任の先生か」
「は、はははは、日に当たるのは良いことです」
 クロイツェルと名乗った頼りなさそうな教師は硝子瓶の底のような眼鏡を直し、下手な愛想笑いを浮かべるのであった。

Vita brevis, ars longa. - 人生は短く、芸術は長い。



第四章 貴印顕現


「これはこれはヘルガ伯(グラーフ・ヘルガ)。今、王宮に来られているのでしたな」
 アンセル王子(プリンツ・アンセル)が親しくしているうルートヴィッヒという男は誠実そうな、少し線の細い青年だった。王子と趣味も似通っていそうな雰囲気である。
「そうですね、王女殿下は襲撃の際も無事だったと聞いております。マーテル様への祈りが効いたのでしょう。おや、そちらの方もお知り合いですか‥‥?」
 屋敷の扉が叩かれ、ヘルガの他に客人がもう一人入ってきた。寝癖のようなぼさぼさ頭の金髪に硝子(グラース)瓶の底のような分厚い眼鏡、著しく気品のない魔術師の長衣。
「どうも。クロイツェル‥‥クロイツェル・アスガルドです」
 いい加減な名を名乗って眼鏡を直す痩せた魔術師(マーギア)を案内すると、ルートヴィッヒはちょっと倉庫から薬を取ってきますとその場を辞した。後には、仕える相手も用いる手段も異なるも、共に世を少しでも善い方向へと導こうとしている二人組が残された。世直しの旅の途上で、ヘルガとクロイツェルはかつて道中を共にしたことがあったのである。
「貴殿だったか。何かまた、街で講演でもしているのかと思った」
 ヘルガ・ホルハイムは白髪のような髪を振り、(ジルバァ)の妖眼を秘儀術師に向けた。「まあ、目的は互いに同じようだな」
 眼鏡を外したクロイツェル・ヘルラントは袖の下から選帝公(クーアフュルスト)指輪(リング)を取り出し、安い長衣の袖でつと磨いた。
「王女の襲撃は馬車の中にいた所を斧槍(ハルバード)で一撃、ついでに短剣(ダガー)で何回も刺されたって言われてる。なぁ、それほど力のある賊が振るった武器で、女の子ひとりが助かると思うか?」
「その通り」 腕を組んだヘルガが鷹揚に頷く。「そして、彼女に影武者がいたという話もない」
「絶対におかしいぜこいつは。王女様に講義をしてきたが、ありゃ別人だね。そもそも相似率があまりに低すぎる。こりゃ変数をどう入れて演算したって‥‥」
 いきなり難解な論理を披露し始めたクロイツェルに、ヘルガは右の眉を上げた。
「秘儀術師どの。計算はいいのだが、分かるように言ってくれないか」
「体は似ていても魂が似てないってコトだよ。わかりやすく言えば‥‥そう、今の王女はあまりに“似ていない”のさ。ヒルダ王女という原型と今の王女はその存在という鋳型が違ってしまってるのさ。
 そうそう。あと、都で噂になってるんだが‥‥」
 クロイツェルはその日の早朝、城を飛び出したという早馬の話をした。あまりに目立ったので行く先の宿も、呼びに行った相手もすぐに分かった。使いと共に王城に帰っていったのが蒸気の息を吐く奇妙な馬、跨っていたのは銀の髪を靡かせた女の騎士だと聞いて、確信もすぐに湧いた。
 ローリエ・リルケという名には覚えがあった。神秘的な容貌以外は人間とほぼ変わらぬその女はクレアータであり、かつて体が非常に珍しい変調を起こした時、錬金術師(アルケミスト)の家系生まれのクロイツェルが少し力になってやったことがあったのだ。

Vita brevis, ars longa. - 人生は短く、芸術は長い。


「ああ失礼、(アルツナイ)がありましたよ。お茶(テー)でも入れましょうか?」
 二人が話していると、ルートヴィッヒ青年が箱を手に戻ってきた。クロイツェルが先ほどまでの頼りなさそうな雰囲気はどこへやら、ずいとにじり寄る。
「あんたにひとつ聞きたい。王女の死因はなんだ?」
「はて、先ほどお話しした通りですが‥‥??」
「いや、あんたは無事だと言った」 クロイツェルは目を細め、さらに詰め寄った。「俺は、死因は、と聞いているんだ」
「い、いや、何をおっしゃるので‥‥」
「こんな戦乱も近いような時なんだ。ひとつ間違えば大変なことになるぜ?」
 ブリスランド貴族はニヤニヤ笑いながら、その指に嵌っている大きな指輪を見せた。鳳の元力をそのうちに宿し、珍鳥の羽のように孔雀石(マラカイト)の光もまぶしく輝く選帝公(クーアフュルスト)の印。
「そ、それは‥‥ま、まさか、鳳の指輪?」
 学識深いルートヴィッヒ青年はすぐさまその孔雀石(マラヒーテ)の輝きの正体を悟った。そして、連れの白髪の青年が黒衣の中から無言で示す、誰もが恐れる黒騎士の印の指輪に、二重に仰天するとあとずさる。
「そちらは、よもやホルハイム家の‥‥あ、あなたがたは‥‥?!」
 ようやく事態を理解したルートヴィッヒ青年は観念し、事実を話した。腕の良い司祭(プリースター)を探しているがヒルダ王女が助かるのかどうかは依然として分からぬ状態であること。一計を案じたアンセル王子が影武者(ドッペルゲンゲリン)を用意していること。
「愚かなる者が玉座に座る時、裁きがくだされるであろう」
 黒騎士の使いにして断罪者ヘルガ・ホルハイムの右手が唸り、ただ “闇” (デュンケルハイト)とだけ呼ばれる魔糸がその手の上でひととき踊った。
「なぁに、心配すんなよ」 まことの王を選ぶ権利を示す指輪をいじり、クロイツェル・ヘルラントが続けた。「こんな時の為に、俺たちがいるのさ」
 数歩間違えば悪役同然の二人組の迫力を前に、哀れなルートヴィッヒ青年は冷や汗をかき、ただうんうんと頷いて同意を示すのであった。

Memento mori. - 汝もまた死すことを知れ。



第五章 陽光輪舞


 ヒルデガルド・フォーゲルバイデ王女は銀のお盆を手に廊下を歩いていた。宮殿警護の重任に就いていた王宮警護隊(パラストヴァッヒェマンシャフト)員たちがエステルランドの太陽(ゾネ)の御姿に気付くと、さっと居ずまいを正す。

「そなたたち、疲れているようだが、大丈夫か?」
 王女は何気なく衛兵たちの顔を見上げた。
「いえ、とんでもないっ」 直立不動で兵士が答える。
「王女様のお顔が見られただけで、そんな疲れは吹き飛んでしまいます」
 ヒルダはにこにこしながら、色とりどりの小さな菓子の載った盆を差し出した。

ヒルデガルド姫、エステルランドの太陽

「これ、遠方から叔母上が来た時の土産が残っているのだが、食べないか。遥かブリスランド産の砂糖菓子(コンフェクト)だというぞ。皆で分けるとよい」
「いいんですか、王女様?!」 警護隊員(ヴァッヒェマン)たちは驚いた。「いえ、そんな訳には‥‥」
 だが結局は辞退することもなく、隊員たちは菓子を分け合い、職務を果たしつつも王女殿下の寛容さをかみしめながら美味しく食べるのであった。

太陽のさだめは昼の輪舞


 そして、空のお盆(タブレット)を手に王女は広い王宮(パラスト)をぶらぶらと歩いて行った。長い吹き抜けの廊下を供もつけずに進んでゆく。
 その時、頭上で不快な音がした。ヒルダがはっとして見上げると、ぼろ布を身に纏った奇怪な人形(マリオネッテ)が天井から王女を狙っていた。四肢と頭があり、おおまかに人の形はしているものの、いびつに伸びた手の先には太い奇妙な形のナイフ(メッサー)が握られている。機械と歯車で動く精巧な人形とも、錬金術の秘術で生み出された人造生命(ホムンクルス)とも、ずいぶんかけ離れた姿をした低級な人形であった。だが警備も万全な王宮(パラスト)にここまで忍び寄り、王女自身の命を直接狙ってきたのだ。
 金属の擦れる音とも叫び声ともつかぬ声を上げながら、人形の刺客は逆さのまま飛び降りると襲い掛かってきた。
 ヒルダ姫は咄嗟に持っていた銀のお盆(タブレット)を掲げた。盆は傷がついてしまったもののその腕を弾き、繰り出されたナイフ(メッサー)(シルト)の如く見事に受け流した。
「何者だっ!」 姫は騎士のように勇ましく誰何した。
そして、慌てて言い直す。「だ、誰かいないか! 賊だ!」
「これにッ」
 嵐のように駆けつけてきたのは大きなオウガの警護隊員(ヴァッヒェマン)であった。オルゲルは義手の左腕でさらに強まった剛力を振るい、斧槍(ハルベルト)の刃を雷光のように発止と打ち込んだ。遮られた人形とさらに数合打ち合うと、形勢不利を悟ったか、刺客は爪先立ちのままぴょんぴょんと跳ねながら、奇怪な姿勢で逃げて行く。その姿は影のように消えてしまった。
 どやどやと駆けつけて来る警備隊に王女が無事なのに胸を撫で下ろす侍女たち。
 後を任せると、ヒルダ王女は大きな王宮警護隊員と一緒に渡り廊下を再び歩き出した。
「ありがとう。助かったよ」
 分け隔てなく気さくに礼を述べると、姫は輝くような黄金色(ゴルデン)の髪を振ってオルゲルを見上げた。
「そなた、お〜おきいな。オウガ(リーゼ)なのか?」
 巨人(リーゼ)とも呼ばれるオウガは賢い人間に騙される愚か者の役でよく民話に出てくるが、実際には知能は人間と変わらない。彼らは種族としての文化をなくしてしまっただけなのだ。
「はい。王妃殿下より、斯様な事より姫をお守りするように仰せつかって参りました。私はかつて旅の途上で倒れた折、王妃様の慈悲で命を救われ、それより殿下に仕えているのです」
「そうだったのか‥‥」
 自分が手に掛けたはずの王女(プリンツェッシン)、宮内でも城下でも慕われる姫と間近に接し、王妃殿下の密偵は何を思ったか。
 長い廊下を歩きながらオルゲルは語り、よく覚えていないがオウガの部族を離れて流浪の身にあったこと、異国(アウスラント)を回り巡り巡って今はこの身分にあることを話した。

ヒルデガルド姫、エステルランドの太陽

「そうか。いいなあ。異国を巡り、旅をしてきたのか」
 ヒルデガルド王女は振り返り、愛くるしい顔をぱっとほころばせた。朝靄に煙る露草の色をした瞳を輝かせ、姫はかつてエステルランド王宮を訪れた多くの聖痕者たちに尋ねたのと同じ問いを発した。
「ねぇ、旅の話を聞かせてくれないか?」

Gloria virtutem tamquam umbra sequitur. - 栄光は影の如く美徳につき従う。

こうさくいん「キターー(゚∀゚)ーー!!のでしゅよ〜ヒルダ姫の約束の台詞でしゅね〜o(≧▽≦)9゛」
ボス「ほとんどルールブックと同じではないかΣ( ̄口 ̄;) しかしこの場面は実際のアクトでもかなり受けていたな(笑)
 しかも! 請われてオルゲルぽんが語るのは過去のPC間因縁の話だぞ。泣けてくるではないか!(´∀`;)」
こうさくいん「んんーんんー誰の話なのか偽ヒルダ姫は気付かないのでしゅね〜( ̄ー ̄)」
ボス「姫様の影武者は大役であったゆえ気が回らなかったのかのう(ニヤソ)」


 オルゲルはまず、からくりを埋め込まれて生き長らえてから昔の記憶(エアイネルング)が抜け落ちてしまっていることを詫びた。そしておぼろげながら、不思議と他のことよりよく覚えている、かつて闇の眷属と戦った時の顛末を話した。その時自分の横には、旅の途中だという女騎士(ライテリン)が共に剣を振るっていた。奇妙な馬に乗った、綺麗な銀の髪を靡かせた不思議な騎士だったという。
「‥‥そうして闇は打ち払われました。その騎士は麗しく、高潔で、この国の 神聖騎士団 (ハイリヒヴァイセリッター)にも劣らぬ腕前でした。なのに残念なことに、私は今もって、生憎とその名を思い出せないのです」
 ヒルダ王女は神妙にその話を聞いていた。
「そんな風に、諸国を旅するのも楽しそうだな。私も、自由になりたい」
「いえ、殿下」 オルゲルは言った。「殿下には民草を導くと言う重要な使命がございます」
「そうだな。私には、果たさねばならぬ務めがある」
 微笑んで答えたヒルデガルドの表情は一国のあるじの子の顔であり、オルゲルは少し感心した。

Fortes fortuna juvat. - 運命は剛き者を助ける。



第六章 長子謀殺


 ところ巡り、時も巡り、ふたたびマルガレーテ・フォーゲルバイデ王妃の私室。以前より切羽詰っているのか、美貌の王妃殿下は窓の外を眺めてはおらず、短剣(ドルヒ)を手に目の前に控えるオルゲルを見下ろしていた。
「何者かは知らぬが、あの襲撃で警備が強化された。そなたが王宮警護隊(パラストヴァッヒェマンシャフト)にもぐり込めるとしても、ヒルダを襲うのは難しいじゃろう。かくなる上は‥‥アンセルだけでも」
 魔法でも掛かっているのか、何か底知れぬ光を放つ短剣を王妃は手渡した。オウガの密偵は恭しくそれを受け取った。
「クローエマルク離宮ならば今は防備も薄く、既に手を回しておる。最後の止めはその短剣で心の臓を貫いて参るのじゃ。よいな」
「(女子供を手に掛けるよりは良しか‥‥)」
 オルゲル・オルガルトは黙って頭を下げた。短剣を腰帯に挟み、オウガは音もなく消えた。


 薬をかがされた衛兵(ヴァッヒェ)たちは皆眠っていた。オルゲル・オルガルトは愛用の得物を手に、文人肌の王子が療養を続ける静かな離宮へと押し入った。
 窮屈なのは自分の背丈も同じとばかりに、得物も斧槍(ハルベルト)のままで王子の部屋へと突入する。気配は消してきたはずだったが、第一王子アンセル・フォーゲルバイデは自分のことを待っていた。
「‥‥来たね。あの王妃のことだ。そろそろ次の手を打って来る頃だと思っていたよ」
 後ろで束ねた薄い金髪、線の細い顔、穏やかな瑠璃色(ラピスブラウ)の瞳。運命の皮肉がその身を蝕まなければ、慈悲深く聡明な賢王となれたであろう非運の王子がそこに立っていた。
「‥‥あなたの心は尖ってはいないが、お覚悟を」
 オルゲルはただ告げ、斧槍(ハルベルト)を構えた。大きな得物は扱いずらくとも、最初の一撃で事は終わる。
「だが、どうしてだ? そこまでする義理がどこにある?」
「あの方は死すところであった私を造ってくれた。もうひとつの生を造ってくださったのだ。
 それに‥‥あの方なりに、この国の未来を案じていると、思っている」
「ぼくにはそうは思えないな。そんな生き方でいいのかい?」
 アンセル王子の視線が、突如として過去より多くを学んだ学者めいた光を放った。「君は人形ではないだろう」
「‥‥私には記憶がない。だから人形と同じなのだ。参る」
 アンセル王子は側の棚から剣を取り、果敢にも身構えた。珍しいケルバー水晶(クリスタル)製の刃が煌き、オウガに向けられた。
 病弱ながら王子は剣の技にも熟達している。だが熱でもあるのか、その剣先は微かに震えており、オルゲルには隙が見えた。最初の一撃で終わるだろうが、オウガの 戦士 (ケンプファー)の心に少しの迷いが生じた。
 その時、闇の色をした何かが室内を舞った。

Memento mori. - 汝もまた死すことを知れ。


 ただ“闇”(デュンケルハイト)とのみ呼ばれる魔糸は王子の持つケルバーソードに絡みつき、その手から剣を奪った。王子が 瑠璃 (ラピスブラウ)の瞳を一瞥する先で、暗がりから 魔糸使い (ファーデンマイスター)が姿を現した。
「いけませんね。あなたが剣を取ると、後が面倒だ」
 屈強な体を包む黒衣、白過ぎる髪、精悍だがどこか奇妙な顔立ちに閉じられた左目。フライブルク(グラーフ)ヘルガとして王宮警護兵(パラストヴァッヘマン)オルゲルの前に現れた男であった。
「くっ、時間を掛けすぎたか‥‥」
「余裕だな、オルゲル。あの頃と変わらずか」
「生憎だが、貴殿が思い出せん。昔のことがはっきりとせんのだ」
 その言葉に、ヘルガはようやく納得の色を見せた。
「なるほど、随分と体を機械仕掛けにしたようだな」
 黒騎士の使いはその妖瞳を光らせ、室内を一瞥した。
「だが――刻まれし者(エングレイヴド)三人を相手に戦えるか?」
 黒騎士ヴォルフガング・ホルハイムの部下にして永生者(フィニス)であるヘルガは聖痕者、そしてオウガ族のまことの騎士であったオルゲルも聖痕者である。ああ、だがこの魔糸使い(ファーデンマイスター)は噂通り、アンセル王子もまた実は聖痕者であると言っているのであろうか。
「いんや、三人じゃあないかもしれんぜ」
 さらなる人物が姿を現した。汚れた癖のある金髪に不精髭、尖った雰囲気がどこか悪人を思わすクロイツェル・ヘルラントである。人形使い(ドールマスター)にして秘儀術師は右手を伸ばし、そのマントを開いた。
いかなる秘術か、その衣の暗がりには見えない何かが折り畳まれたように存在し、重なるように第二の使徒(アポステル)、クレアータの聖痕が輝いているではないか。
 オルゲル・オルガルトは不利を悟り、斧槍(ハルベルト)をゆっくりと退いた。そして床に降ろす。
 だが見よ、オウガの太い腰帯にあった魔法の短剣(マーギッシェドルヒ)がひとりでに動き出したではないか。帯から勝手に抜け出し、宙で止まると、刃がオルゲルの左胸を指す。そして小さな短剣から、主人(マイスター)の声が響いてくる。
『おのれ、しくじりおったな! そなたはもう用済みじゃ。死をもってその失敗を悔いるがよい!』
 短剣に重なるように宙にひととき浮かんだ幻は、炎の剣の娘アルドール、死の仮面グラディウス、ふたつの使徒のしるしであった。

月のさだめは夜の円舞


「おおっと、こりゃやべぇ!」
 クロイツェルが何事か呟くと、室内に大音響が響き渡った。思わず伏せたオルゲルが目を開くと、空中に浮かんでいた短剣はばらばらの破片になって床の絨毯の上に散らばっていた。髪の毛と額の角に手をやると、破片が幾つか落ちてきた。おそらくはアンセル王子の収拾品であろう、棚の本の幾つかにも焦げ目がついている。不精髭の錬金術師(アルケミスト)の前の中空には、煙で書かれたような盾のごときしるしが描かれていた。破壊の使徒デクストラの力を借り、短剣を一瞬で破壊したのである。
「王妃の魔法(マギー)か‥‥?」 アンセル王子も表情を険しくしていた。
「くっ‥‥助けてもらったのはありがたい。だが、生き恥を晒してしまった」
 オルゲルは座り込んだまま表情を固くした。
「なあ、生きていれば恥はそそげるだろ」
 あまり風格のない選帝公権利保有者は、鳳の指輪を嵌めた手で髭をかくとオウガの密偵を眺めた。「死んじまったら、できないんだぜ」
「‥‥君はぼくを殺そうとしなかったし、刃を退いた。人形ではないことの証しだ」
 ふらりと倒れそうになったアンセル王子は机を掴んで自らを支え、そばの椅子に腰掛けた。緊張を解いた後に疲れが襲ってきたようで、額の汗をぬぐっている。
「オルゲル。貴殿が昔の事を思い出せんのはいい。我々は真実に近づきつつある。この件が片付くまで、退いてくれないか」
 魔糸使い(ファーデンマイスター)ヘルガが妖瞳を光らせた。オウガの元密偵は自身の心としばし向かい合い、そしてゆっくりと眼を開くと静かに頷いた。

 ほとんど脅し同然だったことはさておき、親友ルートヴィッヒが既に真実を話したことを知ると、アンセル・フォーゲルバイデ王子も一行に真実を明かした。ヒルデガルド王女はもう助からないと思われる状態であり、 影武者 (ドッペルゲンゲリン)を用意したこと。ルートヴィッヒと駆けつけて来た司祭(プリースター)、本当に数人しか真実を知らないことを。
「それで頼んだ相手がローリエ・リルケだったって訳か」
 横で話を聞いていたクロイツェルは街の噂話を思い出した。
「ま、もっといい伝令を使うんだな」
 影武者を演じるのに精一杯のローリエが聞いたら、きっと頷きそうである。
「まだ重要なことが残っている」
 ハイデルランドの玉座の監視者、伝説の 黒 騎 士 (シュヴァルツェリッター)の部下であるヘルガの口調は、相手が王子であっても変わらなかった。
「王女は死んだのか? それともまだ息はあるのか? それによって、今後の趨勢に関わる」
 水を飲んで落ち着きを取り戻したアンセル王子は、神は地を見放されてはいないことを語った。司祭の祈りが天に届き、まだ完全に回復してはいないもののヒルダ姫は一命を取り止めたのだという。
「よかった‥‥」
 もはや密偵ではないオルゲルは、かつて自分が手に掛けた娘の無事に心から安堵した。

Fortes fortuna juvat. - 運命は剛き者を助ける。



第七章 老王崩御


 ふたたび、中庭でさえずる小鳥と 召使 (ディーネリン)の鳴らす鐘の音が朝食の時間を告げ、王家一族が食卓についていた。
 病状が回復したヘルマン一世も顔を見せ、アンセル第一王子は静かに、そして第二王子カールは王妃の叱咤もどこへやら、相変わらず盛大な音を立てながら今朝の獲物と格闘していた。ヒルデガルド王女もそんな兄王子を横目で見ている。
 青褐色の瞳を冷やかに光らせていたマルガレーテ王妃は気分を変えようと、夫に話し掛けた。
「にしても、陛下が元気になられてよかった‥‥。これで、エステルランドも安泰ですね、陛下?」
「ああ。心配を掛けたな、マルガレーテ」
「そんな。勿体無いお言葉です」
 父と娘ほども年の離れた老王のことばに、美しい 王妃 (ケーニギン)は微笑んだ。その裏での策謀など、微塵も感じられない美貌である。
「にしても、余が倒れている間にヒルダが何者かに襲われたそうじゃが、大事はないか?」
 (ケーニヒ)は銀のゴブレットを置くと、今は亡き正妃マティルダの忘れ形見に愛しそうな目を向けた。「可愛いヒルダ、無事であったか?」
「はい、父上」 姫は元気よく答えた。「勇敢な衛兵がすぐに駆けつけてくれ、私を守ってくれたのです」
「そうか。無事で何よりじゃ‥‥」
 老王は幾重もの皺の奥の瑠璃色(ラピスブラウ)の瞳を細めた。
「これでしばらくは我が国も安泰‥‥グッ、ゴ、ゴホゴホ」
「陛下‥‥?!」
「ち、父上?」
 突如口元を押さえたヘルマン一世は激しく咳き込み始めた。体を二つに折り、その指の間からは濁った赤い液体が溢れている。
 流石のマルガレーテ王妃も本心から驚き、ヒルダ王女もヒルダの仮面(マスケ)の下の人物も慌てた。控えていた召使(ディーナー)たちが駆けより、王室付きの 医師 (アールツト)たちが廊下を走り、朝の王宮は大騒ぎになった。
 本日もまた王家一族の仲睦まじい様子を見る光栄に浴していたフライブルク(グラーフ)ヘルガだけが、その妖瞳にて場の異変を見抜いていた。知恵遅れと言われるカール王子だけが、さほど慌てた様子を見せていない。

太陽のさだめは昼の輪舞


 と、召使いたちが右往左往している中を、大扉が左右同時に勢いよく開かれた。毅然とした態度でどやどやと騎士たちが入ってくる。その重甲冑(パンツァー)は一点の曇りもない 白 銀 (ヴァイセジルバァ)、靡くマント(マンテル)(ヴァイス)一色、そこに十字(クロイツ)と共に輝くは高貴なる騎士団章。エステルランドの守りの要、誉れも高き神聖騎士団(ハイリヒヴァイセリッター)の面々である。
 若い二人の騎士(リッター)がマルガレーテ王妃を両側から掴み、さらに一人が驚く王妃の前に羊皮紙の書状を突きつけた。
「失礼! マルガレーテ王妃殿下。あなたを国王陛下殺害の疑いで拘束します」
「な、ぶ、無礼者! 何を証拠にそのような!?」
 美貌の王妃は本心から驚き、騎士たちの手から逃れようともがいた。
「下がりおれ! わらわの体に触れるでない!」
 騎士団の中でも特に優秀な二十二名の 王室親衛騎士隊 (ケーニヒェシュッツェンリッター)の面々とはいえ、自分たちが守護してきた王族本人を捕らえるには抵抗がある。束の間、騎士たちが逡巡した時、そこへ 団長 (フューレリン)の鋭い叱責が飛んだ。
「そのまま! 殿下、証拠は揃っております」
 騎士たちの人垣が分かれ、間から一人が進み出た。大柄な男の騎士たちに比べると上背が低いものの、その威厳と神々しさは少しも劣っていない。男と見まごうばかりに短く切った金髪、聖母の慈愛をも宿した空色(ヒメルブラウ)の瞳。いまだ乙女(メートヒェン)の年齢ながら騎士団長の大任を負うエステルランドの聖盾の護り、ノエル・フランシス・エルマー団長であった。
「陛下がお飲みになったスープの中より、非常に珍しい毒物(ギフト)が検出されました。また、給仕係と料理係の何人かより、王妃殿下、貴方から確かに命令を受けたとの証言が出ております。静粛に裁きの時を待たれるがよい!」
「馬鹿な。これは何かの策略に違いない!」
 連行されてゆく美貌の王妃は救いを求めて室内を見渡し、出来の悪い王子の姿を認めた。
「おお、カール。愛しいそなたであれば、わらわの身の潔白を‥‥」
 だが、王妃の操り人形(マリオネッテ)、知恵遅れの王子と噂されていたカールの答えは予想を大幅に裏切るものだった。
「往生際が悪いですな、母上。証拠も揃っていることですし、ここは潔く裁かれるのが王家の人間というもの」
 心底驚いたマルガレーテ王妃の表情は騎士隊の鎧の群れにかき消された。足音高く騎士たちは去ってゆく。最後まで残っていたのは 団長 (フューレリン)だった。ひとたび戦が終われば神の御心に添い、負傷者の手当てに当たる盾の乙女となる美しい騎士団長は、事態を見守る面々を一瞥すると純白のマント(マンテル)を翻し、部下たちに続いていった。

 ヘルマン一世は急遽病室に、マルガレーテ王妃は拘留。後には右往左往する召使たちと半ば呆然とした面々が残された。
 ヒルデガルド王女もまた本心から驚いて立ち尽くしていた。
「(‥‥流石はノエル団長閣下、凛々しいお姿だ)」
 王女の仮面(マスケ)を被った人物は騎士団の消えていった方角に向け、心の中で呟くのだった。

ヒルデガルド姫、エステルランドの太陽


こうさくいん「そして! 団長に忠誠を捧げた全国ウン千万の騎士団員のために! ノエルたんもちょびっと登場なのでしゅね〜o(≧▽≦)9゛」
ボス「Σ( ̄口 ̄;) ええぃエステルランド神聖騎士団員は88名だとBoAの1stに書いてあるではないか。まあ実際神聖騎士団も所属先の定番のひとつではあるな。全国の騎士団員諸卿はそんな逮捕劇もやったなあと好きに妄想されるがよい(笑)」
こうさくいん「これで! 事件も解決でしゅかね?(>ω<)」
ボス「ええい全然まだじゃあ。だいたい黒幕が出てきておらんわあ。それにヘルマン陛下の具合がまた悪いのを少しは心配せんかぁぁ」

Gloria virtutem tamquam umbra sequitur. - 栄光は影の如く美徳につき従う。


 またもや所変わり、ここはカール王子(プリンツ・カール)の私室。出来損ないと一般には思われている王子は服の胸元を緩め、豪華な飾り椅子の上で姿勢を崩すとくつろいでいた。手には硝子のワイングラス(ヴァイングラース)、中に入っているのは美味と評判の高い貴腐ワインである。
「はははぁっ、よくやってくれたぜ、ミリシア。これもお前の魔法(マギー)とやらのお陰だな。あの女、今までいいように扱ってくれたが、あのざまよ」
 ワインを含むと、王子は続けた。
「オレを操っていたつもりだろうが、こんなことになるとは夢にも思わなかっただろうな!」
「あとは、ヒルダ王女とアンセル王子の二人ね‥‥」
 早くも勝利の美酒に酔っているカール王子と対照的に、ミリシアと呼ばれた少女の声は静かだった。日陰に立っているその姿は青白い 月夜 (モーントナハト)の如く静謐な雰囲気を纏い、声も澄み渡っている。体つきから十四、五の娘と分かるものの、フード(カプーツェ)を目深に被り、その表情は隠されていた。少し色の落ちた金色の髪の先が布の端から出ており、背丈はちょうど、ヒルデガルド王女と同じぐらいである。
「王子。あの二人を始末してうまく行けば、あなたはこの国を手に入れられるわ。でも次からはこんなにはうまくいかない。決して、うぬぼれすぎないことね」
「はん!」 心は既に玉座()に座る自分の姿に飛んでいる王子は、ワインを飲み干すと拳を握った。
「オレは間抜けなマルガレーテとも、老いぼれた父上とも違う! そんなことがあろうはずがない!」
「‥‥ひとつ忠告しておくわ。飛び出しすぎて、後ろから刺されたりしないようにね‥‥」
 勝利の前予約に酔う愚かな王子を一瞥する少女の声は、王子より遥かに年下であるにもかかわらず、多くの(ナハト)と、多くの 真実 (ヴァールハイト)を知る者の声だった。

月のさだめは夜の円舞



第八章 王子戴冠


 国王ヘルマンは病に伏せたまま、王妃マルガレーテは暗殺疑惑で一時拘留中。そんな折にカール王子が前触れもなく突然発した戴冠式クレーヌンの布告は人々を驚かすものだった。だが前もって金で買われた聖職者たち、ここで王子の側につくのもなにかしらの得に繋がるかと考えた日和見主義の貴族アーデルたちが集まり、謁見の大広間アウディエンツザールはまばらに賑わうのであった。
 クラウン金貨ゴルトミュンツェに目がくらんでしまった司教ビッショフを控えさせ、カール王子の勇ましい演説が続いていた。
「‥‥いつ、ブレダとの戦争になろうかというこの時、指導者不在のエステルランドに未来はない。この国をまとめるのは誰だ?」
 聴衆の同意を待たずに続ける。「‥‥私だ!」
「‥‥異議あり」
 ゆっくりと、だが痛烈な激しさを持った声がどこからか響き渡り、聴衆はざわめいた。

Memento mori. - 汝もまた死すことを知れ。


 閉めたはずの大扉がきしむような音を立てて開き、一人の長身の男が入ってくる。扉の隙間から射し込む日光が長い影法師(シャッテンビルト)を作り、並み居る聴衆をいわれなき不安に陥れた。
 屈強な体を包む黒の革鎧、色が抜けたような白過ぎる髪、左目を常に閉じた妖瞳。そしてその人物が纏うマントに記された紋章に、少しでも知恵のある何人かが気付いた。
「(‥‥‥‥まさか、シュラーフブルグ領の‥‥?)」
 フライブルク(グラーフ)ヘルガはそのままカール王子に近付き、言った。
「黒騎士ヴォルフガング・ホルハイムの使いで参った」
 その指輪の印を突き付け、冷然と告げる。
「その腐れた身に冠をいただくというのなら、ここにて一刀両断する」
黒騎士シュヴァルツェリッターだ! 黒騎士の使いが来たぞぉぉ!」
 貴族アーデルたちは一斉にどよめき立った。かつてハイデルランド統一の偉業を成し遂げた建国王アイルハルトの物語はもやは二百年近く前のことであり、既に伝説(レジェンデ)と同じだ。潔く弟に王位を譲り、その基盤固めに尽くした王兄ヴォルフガングは今も墓が見つかっていないものの、死したと記録にはある。その王兄が今も亡霊(ガイスト)の如く生きており、ハイデルランドの玉座(トローン)を本当に見張っているなど、貴族諸侯から見れば恐怖に等しい。
 内なる野望の炎か無知から来る蛮勇か、右往左往し始める聴衆の中でカール王子だけはまだ踏み止まっていた。
黒騎士 (シュヴァルツェリッター)だろうがなんだろうが関係ない。エステルランドの内政にまで口を出すな!」
「‥‥と、言っているが、どう思う、秘儀術師どの」
 ヘルガは冷酷に笑い、後ろを振り返った。と、円柱の影から絶妙の呼吸で出てきたのは、不精髭を生やした痩せぎすの、あまり貴族らしからぬ貴族である。
「さすがに、認める訳にはいかないねぇ」
 孔雀石(マラカイト)の光もまぶしい大きな指輪を嵌めた手をひらひらさせながら、クロイツェル・ヘルラントはニヤニヤと笑った。
「そ‥‥それは! まさか畏れ多くも選帝公(クーアフュルスト)の印!」
 既に儀式の器具をかき集めて逃げる準備をしていた司教(ビッショフ)が、孔雀石(マラヒーテ)の光を目ざとく見つける。既に逃げ出そうとしていた立会人たちには火に油を注ぐようなものだった。
「司教どの。どうする」 ヘルガの妖瞳が冷やかに司教を見据えた。
司教は十字を切ると即座に答えた。「この戴冠式クレーヌン、却下致します!」
 そのまま、アーに懺悔の言葉を呟きながら全速力で逃げ出して行く。その言葉に聴衆たちが一斉に反応した。
 片や黒騎士の使いたる玉座の監視者、片やまことの王を選ぶ権利を有する者。既に数歩間違わなくとも悪役同然の二人組の迫力は凄まじく、集まった貴族アーデルたちは蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出していった。
 仕方なくカール王子も逃げ出してゆく。クロイツェルはずかずかと歩み寄り、指輪を嵌めた拳を固めるとその頬に一発お見舞いした。ああ、パトリシア二世治めるブリスランドからはるばるやってきたこの男は、出来が悪いとはいえ一国の王子に手を上げたのだ。そして鳳の指輪の赤味を帯びた土台の素材は錬金術(アルケミ)の物質変換における至高の形、破壊不能の理想金属イオシスである。喘息持ちの痩せた男の拳だとしても、かなり痛い。
「お、覚えておけ!」
 頬を押さえたカール王子は、まこと月並みな台詞を残して逃げていった。
「フン。踏みつけなかっただけ有り難いと思え!」
 その背に向けて言い放ってから、クロイツェルは少し痛かった自分の手に息を吹きかけるのだった。

Vita brevis, ars longa. - 人生は短く、芸術は長い。

こうさくいん「ていうかなんなんでしゅかこの二人のワルモノぶりは〜(゚Д゚;)」
ボス「黒騎士ヴォルフガングの部下、選帝公の指輪、いずれも出したら最後、水戸光門の印籠並みの威力だからのう。(´ー`) いくら名前だけのダメキャラとはいえカール王子にも同情したくなるぞ(ニヤソ) 選帝公の指輪は世界に七つしかないが、まあ実際は全国の因果律所持PCの元に沢山あるのだろう。互いに会ったりしたらどうなるのだろうか‥‥(笑)」
こうさくいん「ううー早く完全解決に向けてガンバルのでしゅよ〜(>ω<)」



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