
小粋にエレガントボア
〜月と太陽のさだめ〜
【開幕】【前編】【中編】【後編】
-太陽の道案内-
(王女殿下のお達しによりIE5以上で見られたし。)
| 第二章 宮内巡遊 |
「‥‥ヒルダは生きておった。ど、どういうことじゃ!」
「あの王女は王妃様から見ても本物ですか?」
オルゲルが顔を上げて問う。
「うむ。まさしく。‥‥少し、元気すぎるようじゃがな」
扇子を握り締め、王妃は応えた。
「もう一人、殺しに来た者がおりました。霞みのように消えてしまい、一体どんな魔法を使ったのか‥‥。もしや、ブレダの間者かも知れませぬ」
オルゲルは現場で目にした、短剣を手に現れた小柄な人影のことを語った。緊張状態にある隣国ブレダとのいくさが近いことを予期する者は多い。率いるのは抜群の的中率を誇る
「‥‥もうよいわ。そなたは普段通りにしておれ」
しばしの黙考の後に、
「はっ。しかし、普段といいますと、何を‥‥?」
「
王妃殿下の声に苛立ちが混じり、オルゲルは即刻その前を辞することに決めた。
「心得ました。機会があったら王女の真贋、私の目でも確かめましょう」
巨体とからくりの腕でさして音も立てずに私室を去り、広い王宮の渡り廊下へ。ちらりと振り返りながら、額に角持つオウガのかつての英雄は呟いた。
「‥‥あの娘は尖っていなかった。だが、王妃様の心は、日増しに尖っているような気がする‥‥。
俺は一体、何をしているのだ‥‥」

「なあ聞いてくれよ。やっぱりヒルダ王女様って、いいよなー」
王宮の一角にある控え室では、エステルランドの中枢を守護する揃いの鎧の
「そうか? 俺はどっちかって言うと王女様より‥‥そう、また
「いやさあ、お供して一日じゅう部屋の前で番をしてた時だよ。王女様がいきなり出てきて、俺たちに菓子を分けてくれたんだぜ。あの年であれだけの度量があって、心優しくて、なんていうか、こう‥‥」
そこへ尖った心について悩みながらやってきたのは、ほとんどの隊員よりも頭数個分大きなオウガの
「よう新入り。なあ知ってるか。王女様を襲った賊ってのは、酒場の二階に余裕で届くぐらいに身のたけがこ〜んなにある巨人だったってよ」
「いやいや、もうオウガなんか顔負けでこ〜〜〜んなでデカかったって噂だぜ?」
「まったく、俺達のヒルダ姫様を畏れ多くも襲うなんて、許せない野郎だ」
「ほう。じゃあ賊はオレよりも大きいんだな」
オルゲルは適当なことを言い、そして同僚たちが羨望の眼差しでどこか遠くを見ているのに気付くと不思議そうな顔をした。
「なあお前ら。王女様は‥‥そんなに、いいのか?」
「ああ、そうだとも!」 都を守る責務に燃える
「可愛いのは当然として、あれだけ民に慕われてて、慈悲の心も十分。本人にも王族の器がある。お転婆なんてのはあの年じゃ当たり前だよ。殿下は絶対大物になる。もしもヘルマン陛下に何かあったら、俺は、ヒルダ姫にこの国を継いで欲しいよ」
「そうだな。それに関しては俺も同感だ!」
神聖騎士団の聖盾の乙女を推していた仲間も激しく同意する。
「そうか‥‥」
王妃殿下の密偵オルゲルは窓の外に広がる庭園に目をやり、心を痛めるのであった。
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こうさくいん「ギャハハハでしゅよ〜衛兵にもヒルダたん派とノエルたん派がいるのでしゅね〜〜o(≧へ≦)9゛」 |

噂が伝わるのは早いものだ。フライブルク宮中伯の親戚と紹介されたフライブルク伯ヘルガという人物が王宮に迎えられたこと、その人物が精悍な青年であり、白過ぎる髪に常に左目を閉じた、どこか不思議な雰囲気を漂わしていることは早馬よりも早く宮内に伝わり、
当のヘルガは暇そうに
「まぁ、
「伯がどんな方なのか、わたくしたち、ずっと気になっていましたの」
「‥‥やあ、お疲れ様です」
フライブルク伯ヘルガはまったくもって芸のない返事をもって答えた。が、それすらも尊い身分の
「いやいや。私は、貴族とは名ばかりの貧乏貴族でして」
「あらあら、またそんなことを。今も、アンセル殿下とヘルガ様のどちらが素敵か、話していたところですのよ」
「おほほ、お二人を題材に誌でも書いたら楽しそうですわね」
「あら、わたくしにも分けてくださらない?」
「いっそ、本にして売り出そうかしら」
適当に話をしていたヘルガは、アンセル王子が親友であるルートヴィッヒのところを最近度々訪れていたことを知った。何やら医術の心得もあるとのことで、十分に候補として考えられる。続いて
気付くと、一人の
ヘルガはその顔をしばらく見、記憶を辿った。かつてお館様の命により諸国を旅した冒険の途上、道中を共にしたオウガの戦士オルゲルである。だが相手はまったく気付いた様子もない。そして、年を取らぬヘルガとは異なり、
「賓客とはいえ、王宮では静粛に願いたい」
オウガの
「‥‥よく分かりました」
銀の右目で意味ありげに相手を見つめると、

| 第三章 奇想進講 |
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十四歳の少女ヒルデガルド・フォーゲルヴァイデは一国の |
続いてはサルモン・フィースト老の取り計らいで始めた魔法学基礎の講座。だが、いつになっても教師が姿を現さない。普段なら畏れ多くもどこかに抜け出したりするのだろうかと王女の
「お、遅れましたっ! 早速、講義の方を‥‥いてっ!」
珍しい薬や香水をいれるのに使う、
「‥‥先生、大丈夫?」
心優しいヒルダ姫は一緒に本を集め、ようやく講義が始まった。
だが講義の内容は時折王宮に招かれるサルモン老が話すものとはずいぶんと異なり、そして十四の少女はおろか、大人でも理解に苦しむ程の難解なものであった。
「先生。アクシスの操る
露草色の瞳を閃かせ、姫はサルモン老辺りのいかにも言いそうな台詞を繰り返した。
「魔法というものは実は努力や才能とは関係ないのですよ。“学ぼう”という意思、それを本人が抱くという可能性。その巡り合わせ自体が人と魔法を結びつける重要な必然なのです」
痩せぎすの講師は手袋を嵌めた手で咳払いをして続けた。
「如何に才能に恵まれようと、如何に努力ができようと、魔法を“学ぼう”と思わなければ、その才能も情熱も別のところに消えてしまう。
でも、時に情熱は人の元に可能性を引き寄せます。だから、強く思うこと、努力することは決して無意味ではないのですよ」
「う〜ん‥‥?」
王女は首を傾げて話を聞いていた。講師の安っぽい長衣には
難解極まりない授業が終わる頃、姫の元へ一人の若者がやってきた。王妃の叱責もいっこうに効いた様子のない兄王子カールである。
「もう体も大丈夫なようだな。ところでヒルダ、今度、二人で遠出にでも行かないか」
幼児に等しい振るまいばかり目立つカール王子の意外な申し出に、闊達なヒルダ姫は露草の瞳をぱちくりした。
「兄上とか? もちろん、いいけど‥‥どうして急に?」
「いやいや、兄と妹の親交を深めようと思ってな」
誰がどう見ても怪しい台詞を、兄王子は真顔で発した。
「うん、いいけど‥‥でも、
新任教師は本を片付ける振りをしながら、王子と王女の心温まる会話に注意深く耳を傾けている。
「お前は?」 カール王子がそちらを睨み、すぐに警戒を解いた。「あぁ、なんだ、新任の先生か」
「は、はははは、日に当たるのは良いことです」
クロイツェルと名乗った頼りなさそうな教師は硝子瓶の底のような眼鏡を直し、下手な愛想笑いを浮かべるのであった。

| 第四章 貴印顕現 |
「これはこれは
「そうですね、王女殿下は襲撃の際も無事だったと聞いております。マーテル様への祈りが効いたのでしょう。おや、そちらの方もお知り合いですか‥‥?」
屋敷の扉が叩かれ、ヘルガの他に客人がもう一人入ってきた。寝癖のようなぼさぼさ頭の金髪に
「どうも。クロイツェル‥‥クロイツェル・アスガルドです」
いい加減な名を名乗って眼鏡を直す痩せた
「貴殿だったか。何かまた、街で講演でもしているのかと思った」
ヘルガ・ホルハイムは白髪のような髪を振り、
眼鏡を外したクロイツェル・ヘルラントは袖の下から
「王女の襲撃は馬車の中にいた所を
「その通り」 腕を組んだヘルガが鷹揚に頷く。「そして、彼女に影武者がいたという話もない」
「絶対におかしいぜこいつは。王女様に講義をしてきたが、ありゃ別人だね。そもそも相似率があまりに低すぎる。こりゃ変数をどう入れて演算したって‥‥」
いきなり難解な論理を披露し始めたクロイツェルに、ヘルガは右の眉を上げた。
「秘儀術師どの。計算はいいのだが、分かるように言ってくれないか」
「体は似ていても魂が似てないってコトだよ。わかりやすく言えば‥‥そう、今の王女はあまりに“似ていない”のさ。ヒルダ王女という原型と今の王女はその存在という鋳型が違ってしまってるのさ。
そうそう。あと、都で噂になってるんだが‥‥」
クロイツェルはその日の早朝、城を飛び出したという早馬の話をした。あまりに目立ったので行く先の宿も、呼びに行った相手もすぐに分かった。使いと共に王城に帰っていったのが蒸気の息を吐く奇妙な馬、跨っていたのは銀の髪を靡かせた女の騎士だと聞いて、確信もすぐに湧いた。
ローリエ・リルケという名には覚えがあった。神秘的な容貌以外は人間とほぼ変わらぬその女はクレアータであり、かつて体が非常に珍しい変調を起こした時、

「ああ失礼、
二人が話していると、ルートヴィッヒ青年が箱を手に戻ってきた。クロイツェルが先ほどまでの頼りなさそうな雰囲気はどこへやら、ずいとにじり寄る。
「あんたにひとつ聞きたい。王女の死因はなんだ?」
「はて、先ほどお話しした通りですが‥‥??」
「いや、あんたは無事だと言った」 クロイツェルは目を細め、さらに詰め寄った。「俺は、死因は、と聞いているんだ」
「い、いや、何をおっしゃるので‥‥」
「こんな戦乱も近いような時なんだ。ひとつ間違えば大変なことになるぜ?」
ブリスランド貴族はニヤニヤ笑いながら、その指に嵌っている大きな指輪を見せた。鳳の元力をそのうちに宿し、珍鳥の羽のように
「そ、それは‥‥ま、まさか、鳳の指輪?」
学識深いルートヴィッヒ青年はすぐさまその
「そちらは、よもやホルハイム家の‥‥あ、あなたがたは‥‥?!」
ようやく事態を理解したルートヴィッヒ青年は観念し、事実を話した。腕の良い
「愚かなる者が玉座に座る時、裁きがくだされるであろう」
黒騎士の使いにして断罪者ヘルガ・ホルハイムの右手が唸り、ただ
「なぁに、心配すんなよ」 まことの王を選ぶ権利を示す指輪をいじり、クロイツェル・ヘルラントが続けた。「こんな時の為に、俺たちがいるのさ」
数歩間違えば悪役同然の二人組の迫力を前に、哀れなルートヴィッヒ青年は冷や汗をかき、ただうんうんと頷いて同意を示すのであった。

| 第五章 陽光輪舞 |
ヒルデガルド・フォーゲルバイデ王女は銀のお盆を手に廊下を歩いていた。宮殿警護の重任に就いていた
「そなたたち、疲れているようだが、大丈夫か?」 |
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「これ、遠方から叔母上が来た時の土産が残っているのだが、食べないか。遥かブリスランド産の
「いいんですか、王女様?!」
だが結局は辞退することもなく、隊員たちは菓子を分け合い、職務を果たしつつも王女殿下の寛容さをかみしめながら美味しく食べるのであった。

そして、空の
その時、頭上で不快な音がした。ヒルダがはっとして見上げると、ぼろ布を身に纏った奇怪な
金属の擦れる音とも叫び声ともつかぬ声を上げながら、人形の刺客は逆さのまま飛び降りると襲い掛かってきた。
ヒルダ姫は咄嗟に持っていた銀の
「何者だっ!」 姫は騎士のように勇ましく誰何した。
そして、慌てて言い直す。「だ、誰かいないか! 賊だ!」
「これにッ」
嵐のように駆けつけてきたのは大きなオウガの
どやどやと駆けつけて来る警備隊に王女が無事なのに胸を撫で下ろす侍女たち。
後を任せると、ヒルダ王女は大きな王宮警護隊員と一緒に渡り廊下を再び歩き出した。
「ありがとう。助かったよ」
分け隔てなく気さくに礼を述べると、姫は輝くような
「そなた、お〜おきいな。
「はい。王妃殿下より、斯様な事より姫をお守りするように仰せつかって参りました。私はかつて旅の途上で倒れた折、王妃様の慈悲で命を救われ、それより殿下に仕えているのです」
「そうだったのか‥‥」
自分が手に掛けたはずの
長い廊下を歩きながらオルゲルは語り、よく覚えていないがオウガの部族を離れて流浪の身にあったこと、
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「そうか。いいなあ。異国を巡り、旅をしてきたのか」 |

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こうさくいん「キターー(゚∀゚)ーー!!のでしゅよ〜ヒルダ姫の約束の台詞でしゅね〜o(≧▽≦)9゛」 |
オルゲルはまず、からくりを埋め込まれて生き長らえてから昔の
「‥‥そうして闇は打ち払われました。その騎士は麗しく、高潔で、この国の
ヒルダ王女は神妙にその話を聞いていた。
「そんな風に、諸国を旅するのも楽しそうだな。私も、自由になりたい」
「いえ、殿下」 オルゲルは言った。「殿下には民草を導くと言う重要な使命がございます」
「そうだな。私には、果たさねばならぬ務めがある」
微笑んで答えたヒルデガルドの表情は一国のあるじの子の顔であり、オルゲルは少し感心した。

| 第六章 長子謀殺 |
ところ巡り、時も巡り、ふたたびマルガレーテ・フォーゲルバイデ王妃の私室。以前より切羽詰っているのか、美貌の王妃殿下は窓の外を眺めてはおらず、
「何者かは知らぬが、あの襲撃で警備が強化された。そなたが
魔法でも掛かっているのか、何か底知れぬ光を放つ短剣を王妃は手渡した。オウガの密偵は恭しくそれを受け取った。
「クローエマルク離宮ならば今は防備も薄く、既に手を回しておる。最後の止めはその短剣で心の臓を貫いて参るのじゃ。よいな」
「(女子供を手に掛けるよりは良しか‥‥)」
オルゲル・オルガルトは黙って頭を下げた。短剣を腰帯に挟み、オウガは音もなく消えた。
薬をかがされた
窮屈なのは自分の背丈も同じとばかりに、得物も
「‥‥来たね。あの王妃のことだ。そろそろ次の手を打って来る頃だと思っていたよ」
後ろで束ねた薄い金髪、線の細い顔、穏やかな
「‥‥あなたの心は尖ってはいないが、お覚悟を」
オルゲルはただ告げ、
「だが、どうしてだ? そこまでする義理がどこにある?」
「あの方は死すところであった私を造ってくれた。もうひとつの生を造ってくださったのだ。
それに‥‥あの方なりに、この国の未来を案じていると、思っている」
「ぼくにはそうは思えないな。そんな生き方でいいのかい?」
アンセル王子の視線が、突如として過去より多くを学んだ学者めいた光を放った。「君は人形ではないだろう」
「‥‥私には記憶がない。だから人形と同じなのだ。参る」
アンセル王子は側の棚から剣を取り、果敢にも身構えた。珍しいケルバー
病弱ながら王子は剣の技にも熟達している。だが熱でもあるのか、その剣先は微かに震えており、オルゲルには隙が見えた。最初の一撃で終わるだろうが、オウガの
その時、闇の色をした何かが室内を舞った。

ただ
「いけませんね。あなたが剣を取ると、後が面倒だ」
屈強な体を包む黒衣、白過ぎる髪、精悍だがどこか奇妙な顔立ちに閉じられた左目。フライブルク
「くっ、時間を掛けすぎたか‥‥」
「余裕だな、オルゲル。あの頃と変わらずか」
「生憎だが、貴殿が思い出せん。昔のことがはっきりとせんのだ」
その言葉に、ヘルガはようやく納得の色を見せた。
「なるほど、随分と体を機械仕掛けにしたようだな」
黒騎士の使いはその妖瞳を光らせ、室内を一瞥した。
「だが――
黒騎士ヴォルフガング・ホルハイムの部下にして
「いんや、三人じゃあないかもしれんぜ」
さらなる人物が姿を現した。汚れた癖のある金髪に不精髭、尖った雰囲気がどこか悪人を思わすクロイツェル・ヘルラントである。
いかなる秘術か、その衣の暗がりには見えない何かが折り畳まれたように存在し、重なるように第二の
オルゲル・オルガルトは不利を悟り、
だが見よ、オウガの太い腰帯にあった
『おのれ、しくじりおったな! そなたはもう用済みじゃ。死をもってその失敗を悔いるがよい!』
短剣に重なるように宙にひととき浮かんだ幻は、炎の剣の娘アルドール、死の仮面グラディウス、ふたつの使徒のしるしであった。

「おおっと、こりゃやべぇ!」
クロイツェルが何事か呟くと、室内に大音響が響き渡った。思わず伏せたオルゲルが目を開くと、空中に浮かんでいた短剣はばらばらの破片になって床の絨毯の上に散らばっていた。髪の毛と額の角に手をやると、破片が幾つか落ちてきた。おそらくはアンセル王子の収拾品であろう、棚の本の幾つかにも焦げ目がついている。不精髭の
「王妃の
「くっ‥‥助けてもらったのはありがたい。だが、生き恥を晒してしまった」
オルゲルは座り込んだまま表情を固くした。
「なあ、生きていれば恥はそそげるだろ」
あまり風格のない選帝公権利保有者は、鳳の指輪を嵌めた手で髭をかくとオウガの密偵を眺めた。「死んじまったら、できないんだぜ」
「‥‥君はぼくを殺そうとしなかったし、刃を退いた。人形ではないことの証しだ」
ふらりと倒れそうになったアンセル王子は机を掴んで自らを支え、そばの椅子に腰掛けた。緊張を解いた後に疲れが襲ってきたようで、額の汗をぬぐっている。
「オルゲル。貴殿が昔の事を思い出せんのはいい。我々は真実に近づきつつある。この件が片付くまで、退いてくれないか」
ほとんど脅し同然だったことはさておき、親友ルートヴィッヒが既に真実を話したことを知ると、アンセル・フォーゲルバイデ王子も一行に真実を明かした。ヒルデガルド王女はもう助からないと思われる状態であり、
「それで頼んだ相手がローリエ・リルケだったって訳か」
横で話を聞いていたクロイツェルは街の噂話を思い出した。
「ま、もっといい伝令を使うんだな」
影武者を演じるのに精一杯のローリエが聞いたら、きっと頷きそうである。
「まだ重要なことが残っている」
ハイデルランドの玉座の監視者、伝説の
「王女は死んだのか? それともまだ息はあるのか? それによって、今後の趨勢に関わる」
水を飲んで落ち着きを取り戻したアンセル王子は、神は地を見放されてはいないことを語った。司祭の祈りが天に届き、まだ完全に回復してはいないもののヒルダ姫は一命を取り止めたのだという。
「よかった‥‥」
もはや密偵ではないオルゲルは、かつて自分が手に掛けた娘の無事に心から安堵した。

| 第七章 老王崩御 |
ふたたび、中庭でさえずる小鳥と
病状が回復したヘルマン一世も顔を見せ、アンセル第一王子は静かに、そして第二王子カールは王妃の叱咤もどこへやら、相変わらず盛大な音を立てながら今朝の獲物と格闘していた。ヒルデガルド王女もそんな兄王子を横目で見ている。
青褐色の瞳を冷やかに光らせていたマルガレーテ王妃は気分を変えようと、夫に話し掛けた。
「にしても、陛下が元気になられてよかった‥‥。これで、エステルランドも安泰ですね、陛下?」
「ああ。心配を掛けたな、マルガレーテ」
「そんな。勿体無いお言葉です」
父と娘ほども年の離れた老王のことばに、美しい
「にしても、余が倒れている間にヒルダが何者かに襲われたそうじゃが、大事はないか?」
「はい、父上」 姫は元気よく答えた。「勇敢な衛兵がすぐに駆けつけてくれ、私を守ってくれたのです」
「そうか。無事で何よりじゃ‥‥」
老王は幾重もの皺の奥の
「これでしばらくは我が国も安泰‥‥グッ、ゴ、ゴホゴホ」
「陛下‥‥?!」
「ち、父上?」
突如口元を押さえたヘルマン一世は激しく咳き込み始めた。体を二つに折り、その指の間からは濁った赤い液体が溢れている。
流石のマルガレーテ王妃も本心から驚き、ヒルダ王女もヒルダの
本日もまた王家一族の仲睦まじい様子を見る光栄に浴していたフライブルク

と、召使いたちが右往左往している中を、大扉が左右同時に勢いよく開かれた。毅然とした態度でどやどやと騎士たちが入ってくる。その
若い二人の
「失礼! マルガレーテ王妃殿下。あなたを国王陛下殺害の疑いで拘束します」
「な、ぶ、無礼者! 何を証拠にそのような!?」
美貌の王妃は本心から驚き、騎士たちの手から逃れようともがいた。
「下がりおれ! わらわの体に触れるでない!」
騎士団の中でも特に優秀な二十二名の
「そのまま! 殿下、証拠は揃っております」
騎士たちの人垣が分かれ、間から一人が進み出た。大柄な男の騎士たちに比べると上背が低いものの、その威厳と神々しさは少しも劣っていない。男と見まごうばかりに短く切った金髪、聖母の慈愛をも宿した
「陛下がお飲みになったスープの中より、非常に珍しい
「馬鹿な。これは何かの策略に違いない!」
連行されてゆく美貌の王妃は救いを求めて室内を見渡し、出来の悪い王子の姿を認めた。
「おお、カール。愛しいそなたであれば、わらわの身の潔白を‥‥」
だが、王妃の
「往生際が悪いですな、母上。証拠も揃っていることですし、ここは潔く裁かれるのが王家の人間というもの」
心底驚いたマルガレーテ王妃の表情は騎士隊の鎧の群れにかき消された。足音高く騎士たちは去ってゆく。最後まで残っていたのは
ヘルマン一世は急遽病室に、マルガレーテ王妃は拘留。後には右往左往する召使たちと半ば呆然とした面々が残された。 |
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こうさくいん「そして! 団長に忠誠を捧げた全国ウン千万の騎士団員のために! ノエルたんもちょびっと登場なのでしゅね〜o(≧▽≦)9゛」 |

またもや所変わり、ここは
「はははぁっ、よくやってくれたぜ、ミリシア。これもお前の
ワインを含むと、王子は続けた。
「オレを操っていたつもりだろうが、こんなことになるとは夢にも思わなかっただろうな!」
「あとは、ヒルダ王女とアンセル王子の二人ね‥‥」
早くも勝利の美酒に酔っているカール王子と対照的に、ミリシアと呼ばれた少女の声は静かだった。日陰に立っているその姿は青白い
「王子。あの二人を始末してうまく行けば、あなたはこの国を手に入れられるわ。でも次からはこんなにはうまくいかない。決して、うぬぼれすぎないことね」
「はん!」 心は既に
「オレは間抜けなマルガレーテとも、老いぼれた父上とも違う! そんなことがあろうはずがない!」
「‥‥ひとつ忠告しておくわ。飛び出しすぎて、後ろから刺されたりしないようにね‥‥」
勝利の前予約に酔う愚かな王子を一瞥する少女の声は、王子より遥かに年下であるにもかかわらず、多くの

| 第八章 王子戴冠 |
国王ヘルマンは病に伏せたまま、王妃マルガレーテは暗殺疑惑で一時拘留中。そんな折にカール王子が前触れもなく突然発した
クラウン
「‥‥いつ、ブレダとの戦争になろうかというこの時、指導者不在のエステルランドに未来はない。この国をまとめるのは誰だ?」
聴衆の同意を待たずに続ける。「‥‥私だ!」
「‥‥異議あり」
ゆっくりと、だが痛烈な激しさを持った声がどこからか響き渡り、聴衆はざわめいた。

閉めたはずの大扉がきしむような音を立てて開き、一人の長身の男が入ってくる。扉の隙間から射し込む日光が長い
屈強な体を包む黒の革鎧、色が抜けたような白過ぎる髪、左目を常に閉じた妖瞳。そしてその人物が纏うマントに記された紋章に、少しでも知恵のある何人かが気付いた。
「(‥‥‥‥まさか、シュラーフブルグ領の‥‥?)」
フライブルク
「黒騎士ヴォルフガング・ホルハイムの使いで参った」
その指輪の印を突き付け、冷然と告げる。
「その腐れた身に冠をいただくというのなら、ここにて一刀両断する」
「
内なる野望の炎か無知から来る蛮勇か、右往左往し始める聴衆の中でカール王子だけはまだ踏み止まっていた。
「
「‥‥と、言っているが、どう思う、秘儀術師どの」
ヘルガは冷酷に笑い、後ろを振り返った。と、円柱の影から絶妙の呼吸で出てきたのは、不精髭を生やした痩せぎすの、あまり貴族らしからぬ貴族である。
「さすがに、認める訳にはいかないねぇ」
「そ‥‥それは! まさか畏れ多くも
既に儀式の器具をかき集めて逃げる準備をしていた
「司教どの。どうする」 ヘルガの妖瞳が冷やかに司教を見据えた。
司教は十字を切ると即座に答えた。「この
そのまま、アーに懺悔の言葉を呟きながら全速力で逃げ出して行く。その言葉に聴衆たちが一斉に反応した。
片や黒騎士の使いたる玉座の監視者、片やまことの王を選ぶ権利を有する者。既に数歩間違わなくとも悪役同然の二人組の迫力は凄まじく、集まった
仕方なくカール王子も逃げ出してゆく。クロイツェルはずかずかと歩み寄り、指輪を嵌めた拳を固めるとその頬に一発お見舞いした。ああ、パトリシア二世治めるブリスランドからはるばるやってきたこの男は、出来が悪いとはいえ一国の王子に手を上げたのだ。そして鳳の指輪の赤味を帯びた土台の素材は
「お、覚えておけ!」
頬を押さえたカール王子は、まこと月並みな台詞を残して逃げていった。
「フン。踏みつけなかっただけ有り難いと思え!」
その背に向けて言い放ってから、クロイツェルは少し痛かった自分の手に息を吹きかけるのだった。

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