
〜 日、堕つる国の旅人 〜
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-日、堕つる時への道-
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| 第1章:: 好奇心は猫を殺す |
+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: Nobody'z favorite cafe
お気に入りの喫茶店で、ノーバディはずっと約束の相手を待っていた。
店内の時計は長針が2回も回り、彼女の前の灰皿には既に吸殻が幾つも溜まっている。また煙草に火をつけようとした時、ようやく相手が現れた。
「随分と遅いじゃないか」
「わりぃわりぃ‥‥まあ2時間ぐらいなら火星じゃ日常茶飯事だよ。向こうじゃ乱気流で6時間は遅れるからな」
世迷い事を口にしながら現れたのは、カールした黒髪につばの広い帽子を被り、無意味に胸をはだけたラテン男である。
ノーバディが傷痕の残る顔で冷然と睨み、煙を吐き出す前で、カーロス・マウリシオ・ダ・シルバは弁解しながら席に着くと頼まれていた情報を語り出した。
開催の迫っている災厄終結祭に出資しているのはマリオネット、千早重工、ST☆Rのシリウス財団、そして反日勢力の代表でもあるゼネラル・サイバネティクス・インターナショナル社.が今回は参加している。
「G.C.I.は3年前は呼ばれなかったはずだが‥‥」
太めの眉をひそめ、ノーバディは考え込んだ。3年前に終結祭が計画されながらも開催されなかった際は、G.C.I.はも裏では、N◎VA軍と暗闘を繰り広げていたという。何処からか噂を仕入れてきた火星人の話では、今回はG.C.I.は資金や人材投入に尽力しているものの、裏ではやはりやりあっているらしい。昨日のニュースを賑わせたどこかの爆破事件も、N◎VA軍と北米勢力――G.C.I.の手勢かCIAの諜報員かが、実力で衝突した結果だそうだ。
そして北米軍が、近々クリルタイとの国境付近で演習を行うことになっていた。軌道衛星がジャミングされ、軍側の発表以外は内情が不明なままらしい。演習は往々にして大部隊を動かす際の口実にされたり、武力誇示による牽制に使用されることがある。
二人は改めて災厄終結祭のプログラムを見た。内外の有名人に混じって、ノーバディたちが載っている。男物の服を好み、目つきも厳しいノーバディは顔に傷痕が走っていることもあり、写真の中で明らかに異彩を放っている。
「しかしお前さんが、こんな式典に出るとはねぇ」
「勝手に言ってろ」
「ほかはみんなハイソな連中だな‥‥おっと、この記者は違うか」
火星人が指差す先には――彼がかつて冒険を共にした少年トーキーと同じように大人の中で浮いている、ダブルのポニーテールの美少女が写っていた。
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情報料を渡すと挨拶もそこそこにノーバディは別れ、外に出た。豊かな肢体を黒のコートの中に包み、襟を立てて首の後ろのバーコードも隠す。 |
追っ手を誘い込んだノーバディはそこでくるりと振り向いた。ダークスーツの男はびくりと動きを止めた。
「シェルヴィッツだな」
「名乗る必要もないだろう」
路地には二人だけが存在し、遥か上方のビルの切れ目に鉛色の空が見えるだけだった。
「どこまで知っている?」
「知ったことか」
ノーバディが不思議な微笑みを漏らすと、男の顔に同様が走った。
「まさか‥‥思い出したのかッ?」
その右手が左の懐に入る。だが片傷の女ガンスリンガーの方が数瞬も早かった。ホルスターから抜かれたMP10が既にノーバディの右手に握られており、ただ一発の弾丸が男の体を貫く。
地面でのたうつ男のそばにゆっくりとノーバディは近づいていった。だがそこまでだった。精巧な脳内皮下爆弾が破裂し、男の首から上が消失する。かつては頭だった血の染みが壁に残っているだけだった。
当然ながら身元を特定する証拠は一切なし。G.C.I.のエージェントか、それとも北米中央情報局の手の者だろうか。死体を蹴飛ばすと、

| 第2章:: ドゥームズデイ・ブック |
+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: The NOVA Imperial University: Dr.Kusugami'z Laboratory
多くの優秀な頭脳を生み出してきたN◎VAの学術の要、新星帝都大学。御櫛笥 来恵須は楠上ヘイズ博士への取材にこの大学を訪れていた。楠上博士は現在67歳、災厄史の著名な研究家として知られ、伝説のトーキー、アレン・ブラッドショウや三田茂とも交友関係があったという。
紙の本と埃と独特の匂いのする研究室、本で埋もれたが如き机の裏で、予想していたのとまったく同じ、いかにも学者然とした老人が調べ物をしていた。
「はじめまして。マリオネットの方から取材に来ました。あのアレン・ブラッドショウの知り合いだと聞いてます」
「おお、来たか。おお、お前さんのことも聞いとるよ」
かくしてピコ・エクスプレスと "Book Worm" の異名をとる老博士の会見が始まった。話が専門の災厄史になると楠上博士は水を得た魚のように生き生きと話しだし、その講義は実に2時間あまりに及んだ。
「‥‥というわけでじゃ。災厄以後の我々の文化は、局地紛争や国家勢力図の塗り替えといった社会的な変化だけでなく、モラルハザードとでもいうべき意識や精神の上からも激変を遂げたのだが。これに関しては特筆すべき報告があり、2097年に発表された人類文化論の非常に興味深い‥‥」
来恵須はダブルのポニーテールを揺らしてうんうんと相槌を打ち、重要そうな箇所はメモでピックアップするつもりで話をずっと聞いていた。が、残念なことに、重要そうな箇所がまったく出てこない。 |
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「何故起きたかなんて、みんなあまり気にしないんですね」
「そういえば、客が来たというのにお茶も出さんとは失礼じゃったな。ふむう‥‥何から話せばよいやらのう。そうじゃ。ひとつ面白い話をしよう。まあ、これはわしの勝手な仮説ということで聞き流してくれればよい」
来恵須が渋茶をすすっていると、楠上博士はなにやら奥から大事そうな綴じられた本を取り出してきた。
変色して色褪せた黄色の表紙、中に収められた紙の山。アレン・ブラッドショウが入手していたことを示す署名があり、表紙の中央には『地殻シフト対策委員会 第七次中間報告書』と表題が書かれている。表紙下部には [SP JA00base] と通し番号が振られていた。
来恵須ははっとした。かつての御門忍出現、F.E.I.R.社屋爆破、白き狼襲撃の一連の事件の中で世界に散らばってしまった重要証拠文献ではないか。地下ルートや闇市場で売るだけでもかなりの額になる代物だ。
「‥‥見ての通り、災厄前の日本から残っている数少ない資料だ。これによると、日本政府は
まあ、この辺りまではマリオネットでもかつて大きく報道された内容と同じじゃ。ここからが本題になるんだが‥‥三田くん預かりのそれを、ちょっと貸してくれんかね」
来恵須は大事にしまっていたライカのカメラを取り出した。楠上博士は懐かしそうにそのカメラを撫でると、運悪く研究室の前を通りがかってしまった大学院の研究生に声を掛けた。
「おっとそこの田中君。ちょっと現像してきてくれんかね」
平素より老博士の命ずる雑務に耐えている不幸な大学院生が、10分後に現在では珍しい光学式のフィルムを現像して引き伸ばした何枚かの写真を持ってくる。
1枚目は航空写真だった。どこかの山脈が映り、その中央は火山の爆発か隕石の衝突か、カルデラと呼ばれるすりばち状の大穴が開いている。
来恵須は自分のガンカメラで画像を写すとすぐに解析を始めた。画像の必要部分を強調、不要部分をフィルタに掛け、データを照合。これは現在のミトラス、かつての南極大陸に存在した、カーク・パトリック山脈という場所ではなかったか。ミトラスにある同地域は激しい磁気嵐に阻まれ、現在まで誰も立ち入らないまま放置されていた。
「ふむふむ。ここに写っている場所が分かるようじゃな。このカーク・パトリック山脈はかつて、南極大陸で2番目に高い山脈だと言われていた。見ての通り見事なカルデラができておる」
"Book Worm" の異名をとる博士の目に光が宿り、老人は体を乗り出すと来恵須の顔を見つめた。
「だがな、災厄前の本や資料を幾ら当たっても、このカーク・パトリック山脈が火山だったという調査報告は、一切残っていないのだよ。これが、どういうことか分かるかな?」
「なんだと思ってるんですか?」
“ピコ・エクスプレス”の頭脳がめまぐるしく回転し始めた。「まさか、ヤバイこと‥‥」
頭脳が回転していたせいで、来恵須は楠上博士の額の中央に赤い光が宿っていたのに気づくまでに時間がかかった。それが窓ガラスの向こうから、博士の額を目標に照射されていることに気づくまでにはさらに時間がかかった。どこか遠い所から高速徹甲弾を脳に正確に撃ち込んで対象を確実に絶命させるための光学照準器であることが大まかに分かった時、それは実行された。
窓ガラスの割れる音と短い音と共に、楠上博士が椅子ごと後ろにひっくり返っていた。頭の後ろから血とそうでないものが広がっていた。
2秒間呆けていた来恵須はようやく自制を取り戻し、窓の方へ急いだ。窓ガラスが蜘蛛の巣のように割れている。その時またパリンと音が鳴り、別の窓が割れると何か黒い塊が室内に落ちた。
先ほどよりは短い時間で、来恵須はそれがこの先数秒で爆発炎上をもたらし、室内の全ての証拠を消滅させるために撃ち込まれたグレネード弾の類であることが大まかに分かった。慌てて机の上の物をかき集め、研究室を必死に飛び出す。背後で派手な爆発音が響き渡った。骨董品のカメラの加護か、来恵須自身も3枚の写真も無事だった。
不幸な大学院生の田中君は無事だったのだろうかとふと思いつつ、“ピコ・エクスプレス”は必死に逃げ出した。遠くでサイレンの音が鳴り出していた。

+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: Nearby The NOVA Imperial University
新星帝都大学前に乗り付けてきたのは、旧世界のキャデラックを彷彿とさせるアメリカンなテイストに満ちた無骨な車だった。続いて何台ものパトカーが続いて停車する。車の脇腹に描かれているのはN◎VAではあまり見かけないエンブレム‥‥北米に勢力を持つ警備会社ピンカートン・セキュリティ・サービスである。
くたびれた茶色のコートに茶色のつば付き帽子、無精髭を生やした中年の男が真っ先に車から降りると、続いて到着した警官たちに指示を飛ばした。気だるそうな外見だが、警官たちはきびきびとその言葉に従って動いている。
「ガイシャの名は、楠上博士、災厄史の研究が専門と‥‥あ〜〜ったく、これで災厄終結祭の関係者は4人目か‥‥。祭りに合わせたテロの実行か、それとも何か別の動きがあるのか‥‥。ま、こっちゃあ上の言う通りに動くしかないんだがなぁ」
警部は煙草に火を点けると煙を吐き出した。ピンカートンSSの名物警部、銭丸幸十郎警部である。
「銭丸警部! 事件直前の監視カメラに、映像が残っております!」
大学のセキュリティを調べた警官が、記録を携えてきた。トロンに繋ぐと出てきたのは事件直前に楠上教授に接触した人間である。容疑者は見たところ10代後半の未成年女性、シャツに動きやすいパーカーに下はミニスカート、真珠色の髪を頭の上でふたつにまとめた、一見殺人犯には見えない少女だった。それどころか可愛い部類に入る。偽装がかなり上手いようだ。
「ふ〜む〜、一見するとコロシをやりそうには見えんが‥‥。なに、8歳のガキが
銭丸警部はあごに手をやって写真を眺めると、部下に指示を下した。
「よ〜し、お前ら、コイツを容疑者として広域指定手配だ。な〜〜に、抵抗したら構わん、腕の2、3本へし折ってやれ」
「警部!」 部下が律儀に誤りを訂正する。「腕は、2本しかありませんが‥‥」
「うるさい! さっさと行きやがれってんだ!」
トーキーの勘で誰かが来ることを予期していた来恵須は、大学正門近くの茂みの中に隠れて一部始終を見ていた。
「まったく、好き勝手言ってくれちゃってるよ! こんなところで北米の犬なんて‥‥どういう事? それに既に4人も殺されたって‥‥」
来恵須はどうにか持ち出すことに成功したライカのカメラを握り締めた。
「アレン、あなたが辿り着いた災厄の真実にはまだ裏があるっていうの? あたしにそんなの重すぎるよ‥‥」
日本が災厄の到来を知っていた事実は、それだけでも世界を震撼させるものであった。だがさらに秘密が隠されていたとしたら、今度は何が起こるのだろうか。
来恵須はカーク・パトリック山脈の謎のカルデラの写真をめくり、2枚目の光学写真に目を落とした。なにやら白衣の研究者たちが何かの記念に一堂に会した記念写真のようなものである。
背景にはカレンダーが写っていた。今のように壁掛け式スクリーンの中ではなく、紙のものを壁からじかにぶら下げたものだが、月別カレンダーの書き方は今も昔もそうは変わらない。現在は4月、そして、下の方にある4月29日に、赤い線で丸が書かれていた。
来恵須は写真の中にさらに不審な点を見つけた。居並ぶ研究者は見た目も人種も多様、女性もいるが、その一人‥‥短めの髪をした中性的な印象の女性に見覚えがあった。あれはノーバディ・シェルヴィッツ、片傷のシェルヴィッツとして、来恵須が知っている銃使いの女性に、何か似てはいないだろうか?
「彼女に会わないと‥‥」
来恵須はよろよろと身を起こすと、落としてきたものがないか確認し、その場を逃げ出した。
案の定、しばらく逃げたところで見つかってしまった。ピンカートンの面々がサイレンの音も高らかに追いかけてくる。
「こら待て〜!」 助手席から身を乗り出した銭丸警部が手錠を振り回しながら怒鳴っている。
「まったく可愛い顔しやがって。おいお前ら、痛めつけてやっても構わんぞ!」
「わ、分かりました警部!」
ライカのカメラに加護を願うと、またまた来恵須は逃げ出した。
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ボス「さてさて真実を求めるという好奇心を持ってしまった者には猫をも殺める災いが降りかかるというもの。かくして物語は始まるのだ」 |
| 第3章:: 或る女の受難 |
+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: Tatara Street
それから数回の襲撃をくぐり抜け、クラウス・J・スノーと護衛相手の秋月昴は無事にトーキョーN◎VAに辿り着いた。軌道エレベーターで二人を襲ってきた部隊は一般人に偽装はしていたが、どうやら日本の軍隊がらみのようだった。
タタラ街はいつもの喧騒に包まれ、表通りの商店街の様々なデパートから掘り出し物が並ぶ出店、路地裏のジャンク屋まで、様々なものがひしめいている。
本当に見るのが初めてらしく、群衆の中で一際目を引く和服の娘は心底楽しそうに旅行気分を満喫していた。放っておけば一日中遊んでいそうだ。
それも無理のないことだった。秋月昴は純粋な日本人であり、長く冷凍睡眠で眠っていたという。災厄の真実に関して何か重要な位置にあり、軌道の北米サイドの力で覚醒させられ、ナイト・ワーデン社のブロッカー社長を仲介にしてクラウスに護衛の話が来たのだった。
そして――星幽界や魔法の類に疎いクラウスにはまったく理解できない話だったが、彼女は“時空移送”という、マヤカシの中でも稀にしかない能力を備えているのだという。
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「あの襲撃の時はわらわも驚いたが、もう安心じゃな。しかし、本当にここは飽きぬところじゃのう」 |
ホテル・ニューロエイジ・シェラトンでの待ち合わせ時刻まであと1時間。周囲の安全を確認したクラウスは一息つくと、ベンチで古いボードレールの詩集を読み始めた。
しかし、しばらく経つと昴は待ちきれないのか、しきりにクラウスの白衣の裾を引っ張る。仕方なくぱたんと本を閉じると、元傭兵の医者は立ち上がった。
「これも仕事に含まれていますし、付き合いますか」
「すまぬな。この時代のことも味わいたいのじゃ」

タタラ街巡りの相手をしてしばらく経った時。クラウスは群集の流れが何かおかしいことに気付いた。まるで左右の人の流れが自分達だけを避けていくように、互いに反対方向に潮の流れの如く流れている。まるで自分たちが潮流の真ん中に取り残されたかのようだった。
クラウスは昴の体を引き寄せると、さりげなく左手の時計に隠されたスイッチを入れた。軍の支給品を改造したこれは、デバイスそのものもかなり小さいイワサキ製の“護摩壇”マグネティックシールドのスイッチに通じている。最新式でまだ流通も少ないこの電磁シールドは、消費電力が大きいものの防護効果は強化クリスタルの盾に勝り、また非常に人目につきにくい長所もある。
急激に群集の動きが遅くなった。まるで世界全体の時の流れがゆるやかになったようだった。何か剣のようなもので虚空が切り裂かれ、テントの破れた壁布の向こう側から人が入ってくるように、誰かが侵入してくる。超常現象に疎いクラウスには、それが現実世界とアストラル界の門を介した技であることが理解できなかった。
「久し振りだな」
縁なし眼鏡の奥の青い目に暗い光を湛え、クラウスは仇敵の姿を認めた。サイバーの右腕の中から、“メフィストテレス”の銘の入った黒いメスをゆっくりと引き出す。
「おやおや、いつぞやの殺し屋サンじゃないか。アタシの名を忘れたのかい?」
停止した世界に姿を現したのは背の高い女性だった。黒髪の日系人、外套の下のその体は比較的細いものの、外見から視認できるほど徹底的にサイバー化し尽くされている。その顔には狂気の入り混じる歓喜の表情が浮かんでいた。
「生憎、“狼王”なんぞを名乗っておきながら日本に尻尾を売った奴の名は覚えていない」
それはか細い女性の体とは裏腹の化物に等しい力を持つ不死の女神、大胆にして狡猾な伝説のカタナ、かつて戦場でクラウスが刃を交えた狼王エリスその人であった。
「言ってくれるね! アタシが日本に手を貸しているのは日本に属してるからじゃない。いつか日本を喰い潰してやるためサ!」
ストリートの災厄であった頃から日本刀を得意とし、最強の名を受け継いでからは剛力に任せて巨大な剣を振り回すことが多かった不死のエリスは、だがそこで背後から巨大な銃を取り出した。ヴィークルや機動戦車に搭載するのが普通のガトリングガンである。幾つもの銃口が固まった銃身が回転し出し、給弾ベルトが恐ろしい勢いで動き出すと、二人に向かって大口径の機銃弾の雨が浴びせられた。
電磁シールドの出力が最大になり、放電が視認できるほどになる。クラウスが掲げた盾はすべての機銃弾を弾き飛ばし、彼と背後の娘を護りきった。
「あの時殺しておけばよかったか‥‥」
医者として戦地を巡り、多くの末期患者にメスで安楽をもたらしてきた殺生を好まぬクラウス博士も、暗い声で呟く。
弾が切れたのを見て取ると、狼王エリスは不意に身を翻した。不思議な幕に覆われた“向こう側”へ退くと、現れた時と同様に忽然と姿を消す。
クラウスと秋月昴の周りで、時間がゆっくりと動き始めた。タタラ街を歩く群集が、何事も無かったかのように動き出す。地面には大口径機銃弾の薬莢の欠片も見当たらず、災厄の街の伝説に気付いた者も皆無だった。
「何か、知っているのですか?」
クラウスが無事を確認すると、災厄前の世界からやってきた娘は、小刻みに肩を震わせていた。戦闘の一時的なショックによるものではない。
「そなたには分からぬであろうが、先ほどのあの女を呼び出したあの技、“門”を用いた我らマヤカシの技なのじゃ」
昴は細い肩を震わすと、手を胸に当てた。
「これだけの人がいる中で、あれだけの術を使い、後に何も残さぬ者はそうはおらぬのじゃ。まさか‥‥まさか、土御門家の手の者であろうか‥‥」
クラウスはその肩にそっと手を置くと、彼女が収まるのを待った。
やがて時も経ち、約束の時間が迫ってきた。タタラ街を出るついでにクラウスは路肩の店によると、バッテリーパックの代わりを買い込んだ。電磁シールドは電気エネルギーの消費が激しく、ましてや対物兵器を防ぐために出力全開で使ったとあれば消耗も早い。
大通りに戻ると、行き交う人々の中でも和装が一際目立つ昴が待っていた。
「どうじゃ、これ、似合うかの?」
どこで買ってきたのか、その頭の上には猫の耳のついた飾り帽子が乗っていた。

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ボス「さて“時の行者”と呼ばれるほどの娘が恐れる土御門とは何者であろうか。彼の陰陽術師が用いた<アイデンティティ>+<※敏速/鈍化>+<※結界>+<※星幽門>+<※派遣依頼>+<コネ:エリス>なる技によって大胆なる不死の女神が参上つかまつってしまふのだ」 |
| 第4章:: 日堕つる国との門 |
+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: Northwest of Asakusa: Amuzement Park "twiLite"
星詠みのアスタロテ御本人にお会いするだけで十分おおごとでしたけど、わたしはN◎VAに戻ってきました。わたしにも、確かにこの街の異変が感じられます。何が起ころうとしているのでしょうか。 |
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どうすればいいのか困った琴音は、いつもの職場であるtwiLiteを歩いていた。いつものように園内では、機械仕掛けの幻獣と子供たちが戯れている。
ふと見ると、店から張り出したテラスの中で客に混じってこの魔法の遊園地の主が優雅に紅茶を飲んでいた。
ゆったりした長衣に数々の呪物、金色の髪に夜明けと黄昏の太陽の光を宿した瞳、強力な幻術で素顔を隠した年齢不詳の女性魔術師、“薄明の君”ことアルティシオンである。
「あ、園長‥‥」
「あの高名な星占い師から、重大な任務を授かったようですね」
あの青帽子の老人も一目置いていると言われる女魔術師はカップを置くと悠然と微笑んだ。
「そうなんです」琴音は事情を話した。「わたしはどうしたらいいんでしょう‥‥??」
「どうやら、それは私の宿星とは交わっていないようです。あなたの護るべき人を助けなさい」
ミリオン・ライト社の理事長は琴音の行く先を諭した。護るべき人とはすなわち、灰色の世界をさ迷う青年と、失われた秘密を追い求める女性と、思い出の写真機と共に歩む娘のことだった。
琴音が皆既月食の関係を昔の伝承に照らし合わせて尋ねると、アルティシオン園長はヒントを出した。
伝説に残るアヴァロンやその元となったアイルランドの伝承、世界各地に残る様々な種類の異界への門も、月の動きと関係していた。そこから考えて、かつて災厄の起こった日に皆既月食が起こったのは偶然ではないだろうと。
そして星詠み人の予言通り、超新星の街を護る結界の各所に綻びが生じているという。巨大企業の施設や霊的要所など、N◎VAのあちこちには常人には見えない結界が張られている。このtwiLiteも強力な結界で護られていると言われており、それは真実だった。そんな各所の結界の弱い部部や、逆に力が集中している箇所に歪みがあるというのだ。
「ごらんなさい」 アルティシオン園長が指差した先には、かつてはニューロ達が絶対に落とせなかった不落の電子の砦であり、近年は何度も破壊活動の対象となったイワヤト・ビルがあった。
「あの向こう、この街と日本を隔てる呪術結界にもさざなみのようなゆらぎが生じています。厚い壁で隔てられた向こうから、何かがやってきたのです」
限定的な霊的視覚能力を持つ琴音の深緑の瞳にも、その結界は見えた。侵入者を撃退するミサイル基地や様々な防壁を備えているのであろう光の帝国、その姿を完全に覆い隠す結界が、どこか揺らいでいたのだ。
「マナナン・マクリールの護るティル・ナ・ノーグへの門が開くなら良いですけど、あの日の堕つる国から、何かがやってくるのでしょうか‥‥」

+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: Yellow Area: Hazard Memorial Park
ハザード・メモリアル・パークは警官隊も来ておらず、静かなものだった。遠くでなにやら格闘家風の大男が青い帽子の老人といがみ合っている。
黒いコートを羽織って歩いていたノーバディ・シェルヴィッツは物音に気付き、緑の瞳を向けた。背後から顔なじみの少女が、珍しいレーザーピストルを構えていた。
「やめておけ。私の方が早い」
両手をコートの外で空けたまま、平然と告げる。レーザーピストルを構えていた少女は回りに警官がいないのを確認すると、銃を降ろしてふうと息を吐いた。
「こんなところであなたに会えるなんてね‥‥」
ピンカートンSSの追っ手を振り切ってきた御櫛笥来恵須だった。ノーバディもサイレンの音が遠くに消えていくことを確認すると、吸っていた煙草をぽいと投げ捨てた。
「因縁というには、きな臭いわね」
「きな臭さなら負けないわ」
来恵須は爆発した新星帝都大学からなんとか持ち出した3枚の写真を過去を追い求めるガンスリンガーに見せ、二人はしばし話し込んだ。度々起こる記憶のフラッシュバックにより、ノーバディの記憶もだんだんと蘇ってきていたのだ。
100年前に起こった“災厄”により、惑星地球はその地軸を実に90度も変えるという劇的な変化を見せた。これには20世紀の世界大戦で用いられた核兵器の数万倍に昇る莫大なエネルギーが必要であり、その方法も限られる。
隕石を地球に衝突させるか、地下深くで強力な核爆弾を爆発させるのが妥当な方法だ。だが下手をすれば地球自体が割れてしまうことになり、地下深くで発生した運動エネルギーをマントルを通じて適切に分配する必要がある。それが可能なのは災厄前の地球の南極点と北極点付近、北極点は凍れる海のただ中に存在することを考慮に入れれば、事実上南極点が唯一の候補地となる。
ノーバディの首筋のバーコードに刻まれた言葉は、予想通りJPNは日本、baseは基地、00は番号‥‥秘密裏に建造された南極基地、当時の陸上自衛隊第零基地を表しているのだった。アレン・ブラッドショウが残した3枚の写真の3枚目に写っているのは、地下に建造された巨大な原子炉の写真だったのだ。
様々な勢力がひしめく現在のミトラスとは対照的に、災厄前の地球では1959年に12ヶ国が南極条約を結び、南極地域の平和利用を誓っている。もしも日本軍――当時の自衛隊がこれを破っていたとしたら明らかな条約違反だ。そして、現在のミトラスにある磁気嵐の酷いカーク・パトリック山脈は日本軍が警備しており、誰も近付く者がいない。
またしてもノーバディは、首筋と額に鈍い痛みを感じた。
「いい加減、こんな気分は嫌だわ‥‥」

メモリアル・パークの出入り口に来た時、黒塗りの高級車が二人の前に止まった。執事らしい男性が後部座席のドアを開け、中から女性が姿を現した。
歳はノーバディより数歳若いだろうか、意志の強そうな風貌をした美しい日本人の女性。正装はしていたが、だが装身具の呪物と術者の持つ雰囲気が、来恵須には相手の能力を教えていた。誰あろう、過去からの告発者として世界に真実を伝えた御門忍その人である。
「ノーバディ・シェルヴィッツさんですね。はじめまして。一度、災厄終結祭への招待状をお送りしたかと思います。当日も勿論参加していただきたいのですが、今日、シェラトン・ホテルに来て欲しいの‥‥」
片傷のガンスリンガー・レディは了承し、車に乗り込んだ。
「一体、まだ何を知ってるの??」
追いすがる来恵須が、車の窓越しに問い掛ける。
「ここでは少々問題があるわ。それに、私から話すことじゃないの。あなたも急いでね」
車は走り出し、一路ホテル・ニューロエイジ・シェラトンへ向かった。ノーバディが後部ガラスから後ろを眺めていると、何やら警察の車がひしめきあいながらやってきた。警部らしい男の怒鳴り声が聞こえ、銃撃の音が響く。トーキーの少女の姿はもう見えなかった。
「‥‥タフな娘だわ」
| 第5章:: 宿星の旅人たち |
+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: White Area: Hotel "Neuroaj Sheraton": Central Lobby
ホテル・ニューロエイジ・シェラトンはホワイトエリアにある高級ホテルであり、サービスも充実している。ロビーに用意された豪華なソファに、見慣れぬ二人組がいた。くたびれた白衣に咥え煙草で手元の本を眺めている一見気の抜けたような青年と、和服がひときわ目を引く黒髪の娘。クラウス・J・グノーと秋月昴である。安全なホテルまで辿り着いた二人は一休みしていたのだ。
と、クラウスが読んでいた古いボードレールの詩集の上に、小さな白い小鳥が突然舞い降りた。 |
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「なるほど。そなたも宿星の元に集ったようじゃな。他にも何人か、導きによって集う者がおるはずじゃ」
マヤカシの中でも稀にしかいない高い霊能力を持った昴、古代の生命と炎の女神の加護を受けた琴音は互いにその力に気付き、3人はホテル高層へ向かうエレベーターに乗った。
「‥‥やはりあの時術を用いてきたのは、土御門の手のものであろうか。わらわは心配じゃ‥‥」
「大丈夫ですよ。私が護衛した方は、必ず生き残っています。‥‥今回も、それを変えるつもりはありません」
エレベーターで高層へ上がりながら、顔を曇らせる昴を、クラウスが励ます。襲撃者の見当はついてきていた。
謎に満ちた日堕つる国に関する噂は多く、固い呪術結界を維持する日本軍呪術機関、
琴音が感じた日本国の呪術結界の歪みも、秋月昴と、そしてこの土御門隆将が結界を通り抜けたことによるものらしい。

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こうさくいん「琴音たーんがホワホワーンと電波を受信したり。電波仲間のアルティシオン園長様から知恵を授かったり。<社会:E&B>でエースを出して昔の伝承になぞらえて謎を探ったり。はたまたノーバディおねたまは<※蘇る過去>で徐々に過去に近付いていくのでしゅよ〜」 |
+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: White Area: Hotel "Neuroaj Sheraton": Sweet Room
エレベーターを降り、ホテル最上層にある約束のスイートルームへ。広い室内には二人の人物が待っていた。過去の世界からこのニューロエイジへやってきた時の旅人、御門忍と、しなやかな肢体を男物のスーツの中に隠した、背の高い女性。
その顔に傷のある女性の放つ硬質の雰囲気に気付いた瞬間、クラウスが身構えた。その義手の中に隠された悪魔の名を持つメスを取り出そうとする。
「クラウスさん! シェルヴィッツさんはそんな人じゃありません」
「そうじゃ。横をよく見よ。わらわたちを招いた御門どのではないか」
琴音と昴が両側から押さえ、咥え煙草の先生はようやく身を退いた。
「正確に言えば護衛に呼ばれた人間だが‥‥」
クラウスは煙草を咥えなおすと、不機嫌そうに御門忍の方に顔を向けた。
「キャンベラからここまで、2日間で実に8回だ。これだけ襲われれば過敏にもなる」
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集結した一堂にやや遅れ、エレベーターが開くと宿星の旅人がもう一人姿を現した。ガンカメラを手に何やら息も荒く登場したのは、真珠青の髪をした小柄な少女である。気付いた琴音が口に手を当てると驚いた。 |
運命の天輪は巡り、宿星に導かれた旅人たちは揃った。一同を招いた張本人の御門忍がお茶を勧め、各々が席につく。
「まず、彼女の紹介をした方が良さそうですね。彼女は‥‥」
「よい。挨拶ぐらいおのれでできるぞ」 クラウスと出会った時と同様に、軌道から来た日本人の娘は毅然と言った。
「わらわの名は秋月 昴、と申す。見てのとおり、日本人をしておる。よろしくな」
集結祭での演説を控えた御門忍が幾らかを語った。今回の災厄集結祭は警備も厳重にされ、日本から専門家も派遣されていること。水面下ではやはりN◎VA軍が慌しく動いていること。軍事演習を控えた北米軍にも動きがあること。各所に散った力ある術者が感じているように、N◎VAのアストラル界に異常があること。
N◎VAスポでは相変わらず与太話として、『軌道衛星アマテラスが活性化か?』とおかしな宇宙写真を見出しに載せていた。もし真実だとすれば第二次ビンソン・マッシーフ事件以来の有事だが、これも分からない。
来恵須をさんざん追い回した銭丸氏の身元も判明した。銭丸幸十郎、40歳独身。ピンカートン・セキュリティ刑事部警部。イヌの正義に憧れて特務警察ブラックハウンドに入隊するも、幻滅して退職すると北米系の警備会社に移ったという変り種。だがその実彼はCIAの諜報活動のバックアップをしているという。
そして狙撃された楠上ヘイズ博士の前で呆けていた来恵須の前にグレネード弾を投げ入れてきたのは、どうやらN◎VA軍の特務部隊ミカヅチの、隠密作戦部隊
そして噂どおり――“時の行者”の異名をとる秋月昴の持つ能力は万人にひとりの特別なものだった。時間と空間を完全に超越できる移送能力。これがあれば、いかなる時代の地球にも旅することができる。
御門忍の卓越した予知能力が災厄の真実を明かしたのと同様、この力は日本に対し大きな脅威となる。この力のせいで長らく冷凍睡眠にあった彼女は北米側の
窓の外に異常のないことを確かめたクラウスが、カーテンを閉める。
昴がノーバディの方へ近付くと、静かに言った。
「少し眠くなるが、危害を加えはしない。しばしのあいだ許すのじゃ」
首にバーコードを刻まれた片傷のガンスリンガーは、一度は身構えたものの、口を閉じると指示に従った。ソファーに深く腰を降ろすと、緊張を解こうとする。
どこか見覚えのあるような和服の娘は、目の前で精神を集中すると呪を唱えようとしていた。
「我、天地身命の神に願い奉る。因果の糸を辿り、彼のものの在りし世へと導き給え‥‥」
ノーバディは深い眠りにとらわれ、肉体から解放された意識は遥か遠くへと飛翔していった。

| 第6章:: スリーピング・アウェイク |
+Date:: April 29th, A.D.2002
+Lokation:: Antarctik Kontinent: J.S.D.F. 0th Secret Base
若くして物理化学の博士号を取得するまでの才能を発揮した彼女は、ロシアの星として周囲の期待を集めていた。時に西暦2002年、空にはロシアの宇宙ステーションが浮かび、中東ではテロの報復戦争が起こり、学会では地球のマントルの目立たぬ異常が控えめに報告されていた頃。
そんな頃彼女に接触してきたのは、黒ずくめの服を着た日本人の一団だった。政府組織の者だと名乗る、謎めいた男たち。
才能ある科学者の引き抜きでも、技術の取引が目当ての産業スパイでもなかった。彼らがもっともっと恐ろしい人間たちであることに気付いた時は、既に遅かった。
その存在を秘されてきた日本の諜報組織、“中嶋機関”。彼らはロシア警察と
地殻のマントルが異常を来たし、将来の地殻変動及びそれに伴う大地震発生の可能性を上げる声は、既に学会でも存在した。だが地下基地で詳細な調査結果を見せられた彼女は驚愕した。このままでは約10年後、世界規模の地殻変動が確実に発生する。
だが、極東の国の機関員たちはこう尋ねてきた。
「さて、その10年ですが‥‥1年に縮めることは可能ですか?」
最初は理解できなかったが、徐々に彼らが考えている計画の全容が明らかになった。信念をもったテロリズムよりも、人知を超えた悪魔よりも、彼らは恐ろしいことを考えていたのだ。
「‥‥できる」
血を吐く思いで答える彼女に、政府直属の機関員たちは薄く笑った。
「大丈夫。ロシアそのものは助かるでしょう‥‥」
そしてカーク・パトリック山脈に隠された地下基地で極秘の研究作業が始まった。設備も、原子力発電所も、目的を果たすには十分だった。
人類を滅ぼす計画を進めていた彼女は、またしても幻覚を見た。ゆったりと長い黒髪、帯を結んだ和装の娘。彼女だけに見えるその透き通った姿。
「家族を人質に取られて、無理やり研究をさせられ‥‥幻覚も見えることだろうな」
だが今回は、幻覚の娘は手を伸ばし、彼女の手に触れた。
「幻でないあなたは何をしに来たというのだ」
「分かるであろう。そなたの研究をやめて欲しいのじゃ。世界中の人々が救われるのじゃぞ!」
彼女は悲しそうに首を振ると、作業に戻った。
「よいのか。終わったら基地ごと吹き飛ばすつもりじゃろう。そなたも助からぬのだぞ」
まだ右頬に傷もない彼女は諦観の表情を浮かべていた。
「どうせあれが起きるなら、みんな死ぬわ‥‥。私の家族は幸せな暮らしをさせてもらっているしね‥‥」

+Date:: Prezent Day, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: White Area: Hotel "Neuroaj Sheraton": Sweet Room
ノーバディ・シェルヴィッツは意識を取り戻した。ソファーの上で弾かれたように起き上がり、外界が何も変わっていないのに気付いて息を整える。
シェラトン・ホテル最上層、カーテンを閉めた静かなスイート。御門忍と宿星の元に集った3人、そして自分を覗き込んでいる日本人の娘。
「よかった‥‥そなたが生きておって。そなたの夢の通りじゃ。最後の日、そなたは爆発の中から未来へ飛び、行方知れずとなっていたのじゃ」
瞳に涙を浮かべ、秋月忍はノーバディに手を差し伸べた。だが求めていた過去を知った女ガンスリンガーは、その手を弾いた。
「すまぬ、許してくれ‥‥」
「‥‥‥‥」
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何も答えず、ノーバディは部屋の絨毯を見つめていた。机に置かれた水晶球に現れた幻像から、面々も一部始終を見ていた。驚きを隠せぬ琴音が手で口を覆い、クラウスは何の感情も浮かべず災厄の実行犯を眺めている。 |
「‥‥‥‥」 |
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ミトラス戦役の“伝説”を目の当たりにし、その行く手をかつて占ったことのあった琴音は心もち後ずさる。
「わたしの占いでモリーガンの争乱の印が出た時は、3桁だったのに‥‥」
「あなたの占いどおりだよ。私の行く道には死神が相応しかった。‥‥今となっては尚更だな」
琴音に答えると、ノーバディは苦々しく目を落とした。
「これからどうするの? このまま何もしなければ、過去はあっても現在がまったく無いよ。これはある人の受け売りだけど‥‥あなたが決めないと」
再び来恵須が心配そうに問いかけ、ノーバディ・シェルヴィッツはしばし考え込み、災厄終結祭には予定通り出る意志を告げた。

| 第7章:: 凶兆の白鴉 |
+Date:: April 29th, A.D.2103
+Lokation:: Tokyo NOVA: Hazard Konklujion Festival
マリオネット本社ビル前の中央公園、特設会場。西暦2103年4月29日、災厄終結祭は予定通り実施された。100万に達するかという動員、特設ステージで演説の時を待つ御門忍、居並ぶ内外の有名人。
御門忍のそばの特別席には、面々も出席していた。飄々とした白衣のクラウス、和服が目を引く秋月昴。腕章をつけた来恵須に、白い小鳥を肩に乗せた琴音。
そして世界を滅ぼした災厄の引き金を引いたのが誰なのか知ったノーバディ・シェルヴィッツも、式典には出席していた。鋭い雰囲気はそのままに、静かに開始の時を待つ。
【‥‥私は、今日ここで『“災厄”の真実』を明らかにしようと思います。もしかしたら、私はパンドラの箱を開けてしまうことになるかもしれません。しかし、私は信じています。ここにいる皆さんを‥‥いえ、“災厄”から生き残った人類を】
御門忍のスピーチが始まった。
【「では、ご来場の皆さん。そして、TVを見ている世界の全ての皆さん。御起立下さい。‥‥黙祷】
鐘が低い音を鳴らし、会場をひとときの静寂が包み込んだ。100年前のあの日に失われた多くの命、その後の混乱の世紀の中で失われた全ての命と悲しみのために、人々はしばし祈りを捧げた。
祈りの時間を破ったのは、ローターの低音がもたらす不吉な響きだった。
快晴の空に現れる、数匹の白い怪鳥。かつては試験採用中であった後に改良型がN◎VA治安維持軍に正式採用された高性能攻撃ヘリコプター、馬淵精機製の“ヤタガラス”である。
群集がざわめく中、レーダー波と赤外線の吸収塗装を備えた純白の怪鳥は滑るように近付いてきた。機体下部の機銃が牙を剥くと、一斉に地上を掃射し始める。

特設会場は大騒ぎになった。群集が逃げ惑い、銃声と怒号が錯乱する。同時に座席の前列に座っていた観客達が一斉に立ち上がり、サイバーアームの中に隠されていた銃口を一斉に向ける。暗殺者が紛れ込んでいたのだ。だが‥‥、非常識なまでのその人数は、およそ500人。
驚きに目を見張る御門忍が壇上から退き、用意されていたマイクの束が耳障りな音を立てて吹き飛ぶ。素早く立ち上がったクラウスが秋月忍を庇い、ノーバディも前に出た。片傷のガンスリンガーは服の下に隠した幾つもの銃の感触を確かめた。 |
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空中で停止した“ヤタガラス”の一機の脇腹のドアが開いた。だが中からは兵士がファースト・ロープ降下してくるわけではなく、人影が無造作に踊り出ただけだった。
そばにあったテントの支柱をその怪力をもって引き抜くと、不死の狂人は大剣のように振り回して重さを確かめ、特設ステージの方へゆっくりと歩いてきた。
「よーう。決着をつけようか」
黒髪の女性、細い外見とは裏腹の化物に等しい力。それはニューロエイジの災いの伝説、またしても狼王エリス本人であった。
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「帰ったのはあんただろう」 |
「見えなければ防げますまい」
マグネティック・シールドがその強烈な一撃を防ぐ。だが戦いの女神の空いた手がさらに翻った。
「‥‥私は死人を見たくないッ!」
「動いたねェ! そこが当たりだよォ!」
二撃目をもクラウスは防ぎ、だがそこで上空のヘリに控える狼の血を引く情人が、狼王に力を与えた。手刀と化したその指先が、白衣の医者の防弾服と人工筋肉の中を深々と貫く。
「肉を切らせて骨を断つ‥‥!」
だがクラウスも相打ちを狙っていた。右腕の義手の中に隠されていた青黒い巨大メスがいつの間にか手に握られており、束の間翻ると不死のエリスの体を剣の如く切り裂く。クラウスの義手は手にしたあらゆる武器の威力を増加させ、またアストラルに縁のない本人は知らないものの“メフィストテレス”の銘のあるメスには強力な退魔の力が込められている。
クラウスはがくりと倒れた。だが悪魔の名の刻まれた材質不明の刃は流石の狼王にも効いたのか、同時にたまらずエリスも片膝をついた。血を吐くと残りの面々を憎々しげに睨み付ける。
「くっ‥‥次はお前たちだよ‥‥」

大混乱となった特設ステージでノーバディ・シェルヴィッツが一動作で抜き放ったのは、驚異的な掃射性能と運動エネルギーによる高威力を誇る小型レールガンである。大型拳銃とほとんど大きさも変わらないそれから特殊弾の雨が吐き出され、二十数人の刺客たちが自らのサイバーガンを向けるよりも前に倒れていった。
琴音が魔法の水盤のお護りに触れると、小さく祈る。「フラムウェン、わたしたちを護って!」
不思議な燐光と共に秘幽体が実体化した。右手には金の剣、左手には銀の鏡の盾、古のケルトの戦衣を纏った女戦士は、飛び交う銃弾の中で身をすくめる秋月昴を護りに入る。
イレイザーを構えたままのノーバディはさらに左手でもホルスターからMP10を抜き放つと、まったく姿勢を乱さずに射撃を続けた。またしても十数人の刺客が一瞬で倒れていく。だが、数が多すぎた。
「まったく、あんたたち何考えてるのよっ!」 |
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特設会場では人々が逃げ惑い、上空ではどうにも隠せないほどにN◎VA軍の戦闘ヘリが暴れている。エリスと刺し違えたクラウスは白衣を血に染めて倒れ、少しも動かなかった。
刺客の弾丸がステージ上に撃ち込まれた。琴音の秘幽体が銀の盾で遮るも、さらに貫いて目標を撃ち抜く。足を撃たれた秋月昴が悲鳴を上げて倒れ込んだ。
銃弾が飛び交う中を、災いの象徴が人の形をとった狼王は悠然と歩いてきた。頼みのクラウスが倒れた今、両手の銃で自在にガントリックを繰り返すノーバディを除けば、あとは非力な人間しか壇上には残っていない。
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琴音は魔力のこもった占い札を一枚取り出した。そこには3人の侍女を従えた女神の絵が描かれていた。 |
「さあ、第二ラウンドの始まりだヨ! ‥‥あぁ?」
不死の狼王も、壇上の面々も、逃げ惑う人々も戦闘ヘリのパイロットたちも全員が空を見上げた。赤道直下の災厄の街では見ることのできないオーロラのような不思議な光が、災厄終結祭の上空に現れたのだ。空が裂けるように割れ、遥か上空に、太陽ではない何か強い光が姿を現す。光源は幾つもの光からなり、妖しくも美しい明滅を繰り返していた。
人間の視覚では捉えることのできない距離であったが、人々は直感した。日本国の垂直上方の静止軌道上に存在する人工衛星――軌道要塞アマテラス。その光をもって輝く地上に電力を与え、時に裁きの光をもって穢れた地上を罰する災いの星。その星が、何かを為そうとしていた。
「い、いかん! 皆のもの、こっちへ来るのじゃ!」
卓越した霊能力でこれから起こることを察知したのか、怪我をしたままの秋月昴がいつになく慌てた様子で声を上げた。その両手の先から青白い光が現れ、球体となって広がり始める。
「クラウスさん、しっかりしてください」
琴音は倒れたままの白衣の青年の元に駆け寄った。まったく反応がないクラウスを起こそうとするも、長身の上にサイバー化の激しい体は女の手には余る。来恵須も加わったがウェットの女二人の力でも足りなかった。なんとか引きずるようにして、医師の体をずるずると引っ張ってゆく。
「早くこっちへ! 早く! 急ぐのじゃ!」
空気中の放電現象が軌道兵器使用の前兆であることに気付いたノーバディも、昴のそばに近寄る。時の行者の周りを青白い光が包んでいた。その黒髪があおられ、和服の裾がはためいていた。
「皆のもの、眼を上げるでないぞ!」
引っ張られてきたクラウスの体も光に触れたとき、秋月昴は何事か
その時、天上の世界からもたらされた強い光が世界に満ちた。災厄終結祭会場を包み、ホワイトエリア全体を包み、見る者の網膜を焼き焦がす光が満ちる。雷鳴のような轟音が裁きの光の後に続いた。

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ボス「さてかくして、人類の未来を開くはずだった災厄終結祭は流血騒ぎになってしまったのだ。1カットだけ行われた戦闘を解説せよ」 |

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