
〜 悪魔来たりて笛を吹く 〜
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-ミシェル学園案内図-
| +第1章+ 胸騒ぎの月曜日 |
以前からよくあるように、河村円華は頭痛に悩まされていた。突然襲い掛かり、割れたステンドグラスのように途切れ途切れの映像で彼女の頭と心をかき乱し、そして去ってゆく頭痛。 |
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「大丈夫よ」 円華が頭を撫で、赤い髪をまとめる大きなリボンを直すと、フランシスは機嫌を直した。
「それよりお姉さま、高等部に今日、転校生が来るんですって。お姉さまのクラスですよぉ。この時期に来るってことは、何か事情があるんでしょうか」
それはミシェル学園高等部はおろか、フランシスのいる中等部にまで伝わっている噂だった。
「これからこの学び舎で一緒に過ごす姉妹です。わたくしたちの心のままに迎えればよいのです」
妹を諭すように言うと、河村円華は立ち上がった。

我らがクラスに転入生が来るということで、円華のクラスは朝から大騒ぎだった。いよいよホームルームの時間になる。シスター服の先生が小鳥のように騒ぎ立てる乙女たちを静まらせ、教壇の上で話し始めた。
「はい、みなさーん、今日から一緒に勉強することになるお友達を紹介します」
先生は左を見たが、転校生は戸口のところで立ち止まったままだった。
「(人が、いっぱいいる‥‥)」 |
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教室じゅうが静かにどよめいた。もとより人種混合の進んだこの時代、そして軌道ステーションや北米からやってくる留学生も多い聖ミシェル学園。だが“佐村リュネ”という不思議な名前は乙女たちの興味を引くに十分であり、その名前の主はさらに興味をひいた。慣れない制服に身を包んだリュネは大海と同じ色の髪をサイドを長く伸ばし、深い青の瞳、そして円華たち日系人とは明らかに違う、雪のように白い肌が印象に残る風貌をした少女だったのだ。
「佐村さん! 佐村さんは、前の学校では
「佐村さーん。ご趣味は?」
かしましいお嬢様たちが早速質問の雨を浴びせてくる。
「姉妹は、いません。ええと、趣味は、音楽とか‥‥」
言葉少なに答えるリュネに、先生が合いの手を入れた。
「リュネさんはピアノが得意で、素晴らしい演奏をしてくれますの。あとでみんなで聞きましょうね。そうね、席は‥‥」
シスター先生は教室を見渡し、河村円華の隣にぽつんと空いている席を見つけるとにっこりした。
「河村さんの隣が空いてますから、そこにしましょう」

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一時間目の数学は自習だった。真面目に勉強に励む生徒もいれば、窓の外の秋の銀杏並木の眺めに目をやる生徒もおり、そして大多数の生徒は話に華を咲かせている。 |
佐村リュネはやけに真新しい数学の教科書を開いた。ぱらぱらとめくり、X軸とY軸の十字にぐにゃぐにゃの線が関数を示しているページを控えめに指差す。
「あの、ここだと、思う」
円華が何か答えようとした時、二人の回りを小鳥のように賑やかなお嬢様たちが取り囲んだ。
「ねえねえ佐村さん、前は吹奏楽部だったの?」
「軽音楽を‥‥いえ、部活はやってなくて」
たいていロックは軽音楽に分類され、そしてお嬢様学校ではおしなべて疎んじられることを習ったのを思い出し、リュネは慌てて訂正する。
「佐村さんのご両親は、どんなお仕事をなさっているのかしら?」
「え、ええと‥‥」
爽やかな風の舞う秋の聖ミシェル学園高等部。純粋培養の乙女たちの黄色い声の響く朝の教室。窓の外では遺伝子改良された銀杏の木がさらさらと葉を散らし、乙女たちの澄んだ心と同じ色をした鳩の群れが噴水広場からゆっくりと飛び立っていった。
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こうさくいん「ぎゃははでしゅよ〜。リュネたんいきなり転校生でしゅよー。ここはどこでしゅかー。ダブルクロス世界でしゅか〜(≧◇≦)」 |
| +第2章+ 賢者の言葉はかくの如し |
インペリアルホテル最上階。いつからかここは中華街にも名高い老道士陳元義
齢百を数えるまで現役だったという陳道士の霊力は凄まじいものであったが、衰えの時は来た。鬼神によって生きながら体が腐るという珍しい呪をかけられた老道士はサイバー化によってその命を繋ぎとめ、百と三十七を数える今は一線を退き、気難しい相談役となっていた。
そんな老師の屋敷にやってきた来客がいる。陳元義と同じ東洋系の顔立ち、白のジャケットにスリムストレートパンツのすらりとした若い女性。ミア・ウェイだった。
陳元義の部屋でミアの目にまず入ったのは、乱れた服としどけない格好で肢体をさらし、老師の体に抱きついている美しい傀儡人形の少女と、好色そうな表情でそれを愛でているサイボーグ老師の姿だった。
「しかし、ほんにお前は出来のよい傀儡じゃのう‥‥」
「もぅ、元義さまぁ」
しばらく無言だったミアは手を合わせ、一礼した。 |
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ミアはカチンと来た。腰の後ろに隠されたホルスターから抜かれるのは
‥‥そんなことをしたらどんなに気分が良くなるだろう。そんなすがすがしい妄想がミアの頭の中を駆け巡ったが、彼女は代わりに頭を下げた。
「
3年前にミトラスE△ENで起こった集団失踪事件、“ハーメルーンの笛吹き事件”とN◎VAで起こっている行方不明事件の話が出ると、陳元義はさすがに表情を変え、傀儡人形を別室へ下がらせた。
「して、お前は何を求めるのだ」
「真実だよ」ミアは言った。「あたしや、あたしの恩師がずっと探してたものさ」
ミアの見せた真教聖書や事件簿にもさして目を通さず、陳老師は体を揺らして笑った。サイバー化の激しい体から伸びた何本ものチューブが揺れる。
「ほ、ほ、ほ。
老道士の助言は、災厄の街の多くの術者が師と崇める青の魔道師の占いと大差ないものであった。もう一度ミアの姿を上から下まで眺め回すと、またも気に触ることを言う。
「しかし、お前もそんなことを言うようになったとはのう‥‥」
「(本っ当にむかつく爺さんだな‥‥)」
相手が強力な読心術の持ち主であるにも関わらず、ミアは心の中で呟くと、それでももう一度頭を下げた。
「では、
ミアが背を翻すと背後で陳元義はぱんぱんと手を叩いた。下がっていた数人の傀儡人形の少女たちが現れ、すぐに主の回りに寄り添う。エレベーターへ向かうミアの後ろで、黄色い嬌声と老人の笑い声が響いていた。

インペリアル・ホテル1階のロビーで頭を冷やしていたミア・ウェイは、築島晃一郎の残した事件ファイルを読み直した。ニューロエイジのこのN◎VAで一年間の失踪者のうち危険な状態にあるものが6万人。そのうち発見されたのは1/10。SSSが記録から集計した結果によると1日平均600人が行方知れずとなっていた。そのうちの90%以上は15歳以上の失踪だった。
9年前、築島晃一郎の愛娘まどかが行方不明になった6月26日の失踪者は合計592人だった。しかし6歳から12歳までに限った児童が107人と、異常な数字を示していた。この日、この世界から姿を消した子供たちのリストの最後の3人の名は、まどか、フランシス、セシルとなっていた。
その時、よく訓練されたボーイがミアを呼び、来客があることを告げた。
控えめに待っていたのは40代後半の日系人女性‥‥故築島晃一郎の妻、築島みどりだった。
「これは、ニィハオ‥‥どうかしたんですか?」
驚いたミアが立ち上がり話を聞くと、築島みどりは夫の三回忌が来週にあることを話した。
「改めて連絡させていただきますが、機会があったので直にと思って‥‥。
早いもので、主人が亡くなってからもう3年経ちました。きっと思い残すところがあったままだったとは思いますが、静かに弔ってあげたいんです。ですから、予定が空いていれば、あなたにも‥‥」
「それは、あたしも行かなきゃですね‥‥」
「あなたに来てもらえば、主人もきっと喜ぶと思います。3年前のあの頃、家に帰ると私にもよくその話をしてました」
築島みどりは遠くを見つめると、懐かしむように言った。
「今、探偵の新入りを育ててるんだけど、まるで新しい子供みたいな娘ができたって‥‥」
「は、はぁ‥‥」
ふだんは気の強いミアも恩師の家族の前では神妙にすると、困った顔をしていた。
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ボス「さて名士トニー・ウェイの姪として二世キャラ登場のミア・ウェイはせっかく中華系ということで、ややマイナーな |
| +第3章+ 遠征の日は近し |
現在は聖ミシェル学園の理事長を務めるロカトール・エーレンフィスト司教は、真教教会を離れても名の知れた人物だった。世界的に有名なフルート奏者であり、たびたび慈善活動や事前事業にも携わっている。そして虎伏世良たち限られた人間しか知らないことだが、司教はあの“惨劇の夜”を生き延びた数少ない一人だった。
聖母殿に秘せられし数々の秘密組織に属する信者たちが忘れることの出来ない、あの流血の一夜。多くの重要人物が救世母の元に集うあの夜を狙って浄化派は一斉に決起し、救世母の膝元で多くの尊い血が流され、尊い命が失われてしまった。ソフィア枢機卿の鉄の統治のもとで結束した同胞たちが奮起せねば、折れたる聖母殿の刃は今のように再び再生することはなかっただろう。
真教の救世伝説に語られる聖ミシェルは真教聖書にも度々語られる聖人の一人だった。元は古きキリスト教徒、災厄後の荒廃した世界をそのフルートの音で癒し、各地を復興して回ったという。
伝説では聖ミシェルには常に三匹の使徒が付き従っていた。すなわち
そして神学に詳しい秘蹟管理局の司祭ならば知っている事実があった――この聖ミシェルを尊ぶ聖ミシェル派として知られる宗派は、やがてその癒しの思想を徐々に先鋭化させ、穢れた世界の浄化に関しては急進的な思想を強めていった。そして、その考えのいくらかは、惨劇の夜に遂に姿を現した浄化派思想の根本ともなったのである。
ミシェル派の影響は他にもあった。噂では浄化派の一部では力ある

いざ邪教徒征伐の十字軍遠征に乗り出さんとする前に、世良神父は中華街で遠征の準備を整えていた。足がつかないようにしたまま品物が多数手に入るからである。
「神父サン、それならこのカード買うアルよ。そこの公衆DAKも、どこの店も、図書館も、どこの会社も、このカードさっと通すだけ。何回も何回もさっさっ、でもお金減らないアル。どこでも使えるカードアルよ。いかがアルか」
一目でよそ者と分かる神父服を着た客が来たと見ると、胡散臭い故売屋がしきりに路上で商品を薦める。
「そうですね‥‥頂くとしましょうか」
聖ミシェル学園への潜入手段を探していた世良神父はしばらく考えた後、金を払おうとしていた。だがどこからか飛んできた一羽の鳩が故売屋の頭に止まると、その頭を突付く。次にたった1回しか使えない質の悪い偽造IDを小突くと、今度は故売屋の頭上に糞まで投下してきた。
「これ! やめるアルよ!」
世良神父が眼鏡を直して訝っていると、そこへ気さくに手を振ってきた人物がいた。 |
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「これはこれは、いつぞや以来ですね」 |
ミアは聖母殿から来た神父には理解できない言葉で故売屋に何かまくしたてると、世良の手を引いてさっさと歩き出した。
「こっちだよこっち。あの通りで商売やってるのは、みーんな何も知らない観光客相手のぼったくりなんだ。本当に役に立つものが買いたいなら、こっちだよ。こっちの通りに行こう」
Xランク市民ご用達の偽造IDにも果たしてぼったくり商品があるのかはさておき、腕を取られるままに世良神父がついて行くと、果たしてまた別の通りがあった。露天や軒先で、いろいろとそれらしいものが売っている。
「実は、少々入り用なものがあるのですが‥‥」
それらしい店で世良が尋ねると、煙管のようなパイプで煙草を吸っていた目の悪い老人が耳に手を当てると答えた。
「ああーん?」
もう一度尋ねても同じ答えが返ってくる。業を煮やしたミアが老人の隣に回り、肘でつつくと小声で言った。
「おいジイさん。いつもあれだけ世話になってるだろ?」
「世話になってるのはトニー・ウェイにだ。ミア・ウェイにじゃないからなー」
老人は煙草の煙を大きく吐き出す。ミアの肘鉄の速度が増した。
「叔父さんが最近言ってたよ。あんた、最近大きな顔してるって」
偽造屋はしぶしぶ重い腰を上げ、店の奥へと商品を取りに引っ込んでいった。
「いやしかし有り難い。神の御加護のあらんことを」
世良神父は首から下げている十字架に触れ、祈りの言葉を囁いた。
「いいよいいよ。あたしたちの神は一人じゃないんだ」
ミアが手を振ってそれを辞退する。世良神父は訳あってミッションスクールに潜入しなければならない話をした。ミアも怪訝な顔をする。築島晃一郎の残した事件ファイルには、娘の築島まどかが失踪したのと同時期に失踪した少女たちの名が記されていた。似た名前の生徒が、同じく聖ミシェル学園の中にいたのだ。学園生徒として登録されている名前は楊・フランシスとセシル・ルクレールだった。失踪した9年前と照らし合わせると、ちょうど年もそのくらいである。
「どうやら、私たちの目的は少々被っているようです」
影武者の力と義体がもたらす完璧に温和な神父の
「これは厄介なことになりそうですね‥‥」
| +第4章+ 月とロザリオ |
乙女たちが静かに読書にいそしみ、古の偉人たちの知を学び、恋愛小説に胸をときめかせる聖ミシェル学園図書室。
転校生の佐村リュネは図書室に来ていた。文庫本を持ってきてはいたが本を読むためではなく、席のひとつに座ると意識を集中する。イントロンして電脳世界にアクセスするつもりであった。
カスタム化された高性能トロンと同程度の性能を持つ特異な変異器官、BIOSの技術者たちが“ベイビークライ”と呼ぶ型と同形の生体トロンが通信を開始した。ここが別の場所だったら、九鬼水軍やN◎VA治安維持軍やその他諸々の勢力が黙ってはいなかっただろう。月の名を持つヒルコの娘の体内に秘せられた超高性能の生体兵器が今、純粋培養の乙女たちの集う聖ミシェル学園の中で目覚めようとしていた。首輪をつけた竜のアイコンが解き放たれ、電脳の海へと飛び立っていく。
3年前にミトラスで起こった“ハーメルンの笛吹き事件”は、自然界には存在しない音を用いた集団誘拐事件だった。真教の秘蹟管理局も内部で同様の研究は行ってはいたものの、浄化派が先に実際の行動に出た形となる。
聖ミシェルその人が携えていたという聖遺物、癒しの力を持つ聖遺物“ハーメルンの笛”は実際に人の脳を活性化させる特殊な力を備えていた。そこに電脳制御の仕掛けを施し、その笛は12才以下の特殊な才能を持つ子供にのみ聞こえる音を響かせた。第二次性徴を迎える前の子供の未発達の脳には、機械であればブラックボックスに相当する未知の部分がある。笛の音はそこに作用したのだ。特に音楽に特別な才能を持つ子が笛に反応し、130人もの子供が集められたという。
聖ミシェル学園は軌道や北米からの献金も多く奨学生や特待生も多くいたが、合計すれば8000人に及ぶ生徒の中には共通点があった。3年前のハーメルンの笛吹き事件の後、保護された記憶喪失の孤児もこの学園に集められていたのだ。そして聖遺物“ハーメルンの笛”の現在の持ち主は、“空色の笛”と呼ばれる
「きみ、大丈夫かい」 |
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「わたし、夢中になると‥‥時々あるんです」 |
「あら、お姉さま」
そんな二人の元へ河村円華が現れた。
「どうも佐村くんは疲れているようだね。転校してきたばかりだから、色々と気も遣うだろう」
セシルは深い海の色をしたリュネの髪にしばし触れたが、手を離すと微笑んだ。
「やめておくよ。またフランシスに嫉妬されてしまうしね」
生徒会長はそのまま去っていったが、
「‥‥あのリュネから目を放すな」
了承のしるしに、円華はいつもどおりの別れの挨拶を姉に交わした。
「はい、ごきげんよう、お姉さま」

図書室にはぽつんと座っている佐村リュネと円華が残された。 |
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「はい、悲しい話だと、思います」
「僕は人間が芋虫になるとか、そういう気持ちはよく分かりません」
「そう‥‥ですか」
月の娘リュネは本を胸に抱くと、哀しそうな、うらやましそうな顔でうつむいた。
「僕は、この詩集を読み終えてしまったので新しいのが読みたくなったのです」
真意に気付かず、話題を変えようと円華は携えてきたハイネの詩集を見せた。
「もう、薔薇を摘み取るような気分になりますわ」
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こうさくいん「別れの挨拶はみんな『ごきげんよう』でしゅよー。1回言うごとにRLの横にあるごきげんようメーターが上がっていくのでしゅ〜ヽ(´▽`)ノ」 |
| +第5章+ 秋の恋情 |
河村円華が待ち合わせ場所にしたロビーで待っていると、息を切らせながら小柄な人影が走ってきた。中等部の制服に赤い髪、頭の上で揺れている大きなリボン。彼女の可愛い妹である
「はぁ、はぁ、いたいた、お姉さま〜!」
「走っては駄目よ、フランシス」
円華が諭すように言うと、フランシスは許しを請うように上目遣いで姉の顔を見上げた。
「だって、一秒でも早ければ、それだけ早くお姉さまに伝えられると思って‥‥」
「可愛いのね」
一途な妹の頭を撫でて軽く抱き寄せると、河村円華はフランシスを導いた。
「今なら間に合うわ。さ、行きましょう」
喫茶店“エトワール”の噂は校内でも密かに飛び交っており、人気メニューもケーキ割引の時間帯もチェック済みだった。
放課後を告げる鐘が鳴る中、ミシェル様のお庭で生徒たちは優雅に挨拶を交わし、去ってゆく。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

新麻布十番街にある憧れの“エトワール”に、遂に円華とフランシスは足を踏み入れた。からんと音を立てる入り口のベル、優雅なクラシックの流れる店内。客たちはみな静かに、談笑や思索に耽っている。名高い聖ミシェル学園の制服を着ていても、誰も咎める者はいなかった。
マスターから手渡されたメニューをわくわくしながら広げ、さんざん迷ったあげくに決める。円華はストロベリームース、フランシスはプリンアラモード。お茶は二人お揃いのローズヒップティー。
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やがて注文の品が運ばれてきた。円華は上品にムースを口に運び、まだ中学生のフランシスは空腹の子どものようにかつかつと一心に食べる。 |
円華が諭すまで、フランシスは自分の頬にクリームがついたままなのに気付かなかった。円華は苦笑すると卓越しに手を伸ばし、小指で拭き取る。そのまま指をずらすと‥‥フランシスの小さな口が姉の小指を包み、クリームを綺麗に舐めとった。 |
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こうさくいん「なんでしゅか〜! 指を舐めてるでしゅよこれは百合の風でしゅか〜(*/∇\*)キャッ」 |
“エトワール”のベルが鳴り、新たな二人連れの客が入ってきた。
黒が基調の神父服を着た神父は今にも崩れそうな温和な雰囲気の奥に何かを湛え、無言のままゆっくりと歩く。聖ミシェル学園制服の二人組の横を通る時、その眼鏡がぎらりと光を帯びた。
「(今どき、あんな子いるんだね‥‥)」
上級生の指を舐める中学生の姿をちらりと見つつ、白いジャケットを着た連れの中国系の若い女もその横を通り過ぎる。
世良神父とミア・ウェイが案内されたのはミシェル学園の二人組の席からボックス席を二つ挟んだ奥だった。世良神父が二人組に背を向ける形で黙って座り、向かい側にミアが座る。

二人は注文すらせずに押し黙ったまま座っていた。二人の雰囲気に恐れをなした店員も注文を取りに来なかった。
「‥‥気付いたかね」
影の中に身を沈め、店の照明を照り返す眼鏡をゆっくりと押し上げつつ、世良神父は言った。
「う、うん‥‥」
目利きのいいミアの
ミアは向かいの神父に目を戻した。神父の両腕はだらりとテーブルの下に伸ばされていた。虎伏世良の礼服は別に袖が広がっているわけでもなかった。刃の軋む音や光が見えたわけでも、銃の撃鉄が上がる音がしたわけでもなかった。それでもミアは、神父の袖の下で何か物騒なものが蠢いているのを確かに感じた。
神父の上半身がゆっくりと背後を振り返り、鏡のような無表情の瞳を覆い隠す眼鏡が輝いた。
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神に仇なす全ての神敵を見破ってきた神父の瞳が、赤い髪にリボンをつけた小さい方の少女の正体を看破する。その愛らしい外見の中に隠された暗殺者の本性、銃使いの血を。スラム救世教会襲撃事件で彼の前に立ちはだかった、邪教徒の姿を。 |
温和な神父の仮面がどこかに消え、今しも本性を表わそうとする神父は同意を請い願うように、向かいの席の女探偵に言った。 |
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グラスを磨いていたマスターのアルバート・谷村は、奥の席の二人組の視線に気付いた。
馴染みの客のミア・ウェイが、何か許しを求めるような目で自分を見ている。そしてその横から、ほとんど人間にありえないような角度に曲がった神父の首が、にゅっと横から視界に入ってきた。神父の眼鏡の奥が、何かとてつもなく不吉な輝きを放っている。マスターは慌てて精一杯首を左右に振った。

世良神父とミアの前には、アメリカンコーヒーとローズヒップティーが出された。二人が見ている先で、仲の良いミシェル学園の女学生二人組は幸せなひとときを終え、席を立つと会計を済ませた。土産にモンブランを買うと戸口へ向かう。
「行きましょう、お姉さま。また来たいですね」
「そうですわね、また来たいですものね」
二人の少女は一瞬だけその暗殺者の本性を表わし、背後の二人組みを振り返った。からんという鐘の音を響かせ、聖ミシェル学園の乙女たちは去っていった。
世良神父とミア・ウェイは動かないままだった。二人の前でアメリカコーヒーとローズヒップティーが湯気を上げていた。
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こうさくいん「円華たんとフランシスたんは去り際に。ペルソナをカゲ◎にして振り返ってからごきげんようなのでしゅよ〜」 |
| +第6章+ 聖書の秘密 |
虎伏世良神父とミア・ウェイは“エトワール”を出ると、通りを歩いていた。浄化派の殺人者の正体を女学生の仮面の下に隠した二人組の姉妹の姿は、もうどこにもない。
「さすがにあの中はまずかったよね‥‥」
軽く息を吐きながら、ミアが言う。
「賢明な判断です」
自分のことは棚に上げ、世良神父が答える。邪教徒を狩る冷徹な戦士の雰囲気が神父の回りからいつしか消え、幾重もの仮面をまとった温和な神父の姿がそこにあった。

二人はいつしか夕方の公園へ来ていた。遺伝子改良された銀杏の木が立ち並び、子供たちが遊んでいる。赤く染まった地面では本物か愛玩用のドロイドか、鳩の群れが餌をついばんでいた。
世良神父はベンチに腰掛けると長い足を組んだ。手袋を嵌めた手の人差し指で眼鏡を直し、そのまま黙考するかのように動かない。神父の姿は夕陽の影に溶け込み、ただその眼鏡だけが輝いていた。
隣に座ったミアは鞄を開き、託された聖書を改めて調べた。真教聖書は
古来より本は様々な秘密の隠し場所として用いられてきた。ミアがよく調べると、分厚い背表紙の中には小さなデータチップが隠されていた。
ポケットロンのアダプターに繋げて中身を再生する。入っていたのは音声データ、聞こえてきたのは3年前に命を落とした懐かしい恩師の声だった。
『‥‥万が一を考えてこれを残すことにする。これが再生されているということは、私はもう生きていないだろう。
事件の背景はまだ完全には分かっていない。だが娘のまどかが奴らに誘拐されたのは間違いない。全ての証拠が消されている。危険だ。奴らの手は長く深く、警察もメディアも当てにはできない。
だから私は、私自身の手で真実を探しに行こうと思う。これから話すことは非常に危険なものだ。まだ若くて、前途有望なお前を危険な目に遭わせたくない。だからミア、お前が危険だと判断するなら聞く必要はない。今すぐ再生するのをやめなさい』
「築島さん‥‥」
ミアは呟いた。迷わず伸びた指が再生を選ぶ。
『ここまで聞いているということは、お前は選んだということだな。なるほど、お前らしいな。
犯人は真教のカルトだと分かった。真教浄化派と呼ばれている。VIVAはらいそでまどかと二人の少女が失踪したのも奴らの仕業だ。ロカトール司教と呼ばれる人物がリーダーらしい。お前を巻き込んでしまって済まない。だがまどかは優しい子だ。あの子を助けてくれ‥‥』
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聞き終わったミアはしばらく佇んでいた。 |
夕闇の色で神父服を喪服の如く染め、影の中でただ眼鏡だけを光らせていた神父は、まったく姿勢を変えずに横の連れに言った。 |
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聖戦の準備は整った。消え行く夕陽の中で、神父の眼鏡の奥の鏡のような光らぬ瞳が、危険な色を帯びる。
「ところで‥‥あれ?」
我に返ったミアは辺りを見渡した。鳩の群れが飛び立ったのは見たが、遊んでいたはずの子供たちの姿までもいつの間にか消え、ぽつんと残ったのは二人だけになっていた。
それもそのはず、妙なポーズで座っている神父の雰囲気に恐れをなした子供たちは、とっくの昔に公園から逃げ出していたのである。

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ボス「かくして私立探偵築島晃一郎の無念の死の謎は明かされた。ここで今は亡き師父からミアに《ファイト!》が飛んでいるぞよ」 |
| +第7章+ 波乱の火曜日 |
リュネの意志となって電脳空間を飛ぶ漆黒の竜は、さらなる事実を突き止めていた。
まだ災厄によって世界が傾く前の旧世界、グリム童話の物語の元となった、中世の欧州で起こったハーメルンの笛吹き事件。1284年6月26日に130人の子供が失踪したこの事件の実体が何であったのか、後世の歴史家によってさまざまな調査がなされていた。
舞踏病だとも、全員が溺死したとも、山に登ったまま帰ってこなかったとも、子供だけを選んだ東部への集団移民だとも、子供だけを選んだ子供十字軍の徴兵だともいう説もあった。そして当時のプロイセンでは、社会の底辺に位置する貧しい人々の移民を手配する殖民請負人を、ロカトールと称したという。現ミシェル学園の理事長にして真教司教と同じ名前である。

翌日の放課後の聖ミシェル学園高等部。佐村リュネは聖歌隊が歌の練習をしている教会へと赴いていた。練習の合間に休む、礼服姿の女学生を捕まえると話を聞く。
「‥‥そうなんです、私は、特待生として入ったので‥‥」
「入る前は、音楽とかは、やっていたんですか」
リュネが尋ねると、少女は首を振った。
「やってないです。でも、ロカトール先生が、私には才能があるって言ってくれて‥‥」
やはり音楽に才能のある人間が選ばれてこの学園に入っているのは本当だった。全寮制のこの学園に入る前のことをリュネが聞くと、少女は悲しげに首を振った。
「3年前はミトラスにいました。そこで、お父さんとお母さんが死んで‥‥」
リュネが調べた通りだった。目の前の少女も130人が失踪したハーメルンの笛吹き事件の行方不明者の一人だった。だが少女が語っているのは書き換えられた偽りの記憶であり、両親は失踪した娘を今も悲しんでいるはずだ。こうして記憶を書き換えられた生徒が、この聖ミシェル学園の中に何十人か混じっているのだ。
だがリュネがさらに何か聞こうとした時、突然少女が動き出した。何かに操られるようにフルートを口にあてると、奇妙なメロディを演奏し始める。人間と知性のある生物が強く意識しないと遮断できない、深層意識下に訴えかける音。同時にリュネの生体トロンに、電脳攻撃が仕掛けられる。
まともに食らったリュネは、電流を流されたように身を震わせると、そのまま意識を失ってしまった。制服姿のまま椅子から転げ落ち、教会の床の上に倒れ伏す。 |
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聖歌隊の回りの子が悲鳴を上げ、教会全体がざわざわと慌しくなる。
回りの子に支えられてリュネが立ち上がろうとしていた時、教会に生徒会組が入ってきた。ワンレンの黒髪に深紅の髪留めのお嬢様、河村円華だった。
「どうしたんだい、リュネ君」
何かと世話をしている隣の席の転校生に、円華は声を掛けた。
「間違えてしまったみたいです。歌を歌おうとしていて‥‥」
佐村リュネは頭を振って立ち上がると、埃を払った。リュネと話をしていた生徒も訳が分からぬといった様子で、座り込んだまま頭を押さえている。
「私もどうしちゃったんでしょう。佐村リュネさんを見ていたら、変な気分になって‥‥」
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円華は近づくと、聖歌隊の正体を知るその女子生徒に声を潜めて言った。 |
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こうさくいん「ううーリュネたんが直撃を受けて倒れてしまったでしゅよー。これは正体がゴニョゴニョである“ハーメルンの笛”が聖歌隊の少女を操っていたのでしゅ〜(>ω<)」 |

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