「ヒーローものゲーム、子供の攻撃性増加の可能性」っていう記事が出てました。
大人の考えている危険な暴力描写と実際の子どもへの影響の差異が見られて、ちょっと面白い結果ですやね。
どう理由付けがあっても暴力には善も悪もなくて、衝動の解放ともたらされる破壊があるのみ。暴力描写の高いゲームの方がヒーローもののオブラートに包まれた演出より真実を伝えているのかもしれません。
ただ暴力の解放というのは、何かしらの形で子どもには必要ではないかなと思ったりもします。まぁ、暴力というより衝動というべきなんですが、子どもにはそういった衝動の上手な解放な仕方というのはわかっていなわけですから。子どもの感性には、得てして大人しくしているだけでは解放されない野生を内包していて、遊びの中で解放する事で昇華されていくものがあると。
おそらくそこに「正当性」という大人の側からの社会性が入り込むことが、成長期の子どもに悪影響、何にとっての悪かといえばそれはやはり社会にとっての、という事なんですが、という風にとられるんじゃないかなぁ。
……なんて事をつらつらと思ったりしたわけで。
結局のところ、ヒーローというのも社会的なもの、って事ですかね。