インターネット上で「参拝」「祈願」ができるホームページなどを持っている神社などがあるのですが、それに対して自粛を求める通知を神社本庁が出したというニュースがありました。
ネット参拝は是か非か、初詣で前に揺れる神社界
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061216it04.htm
元はmixiのニュースで読んだんで、向こうで日記書けば良さそうなもんですが、なんかこー、mixiで書くのは微妙におっかないんで、こっちで。単に短くまとめられないネタで思いついたからというのもあるんですが。
さて記事の内容の前に、少し別の話を。
手前味噌な話になりますが、富士山信仰の一つに富士講というのがあります。富士山へ参拝する人達の集まりのことで、一番の目的は富士詣、つまり富士山に登山することです。江戸時代に流行し、現在も一部残っています。彼らが参拝のために富士に登る際、ふもとで泊まるのが布教活動や地元の受け入れをしていた御師(おし)の家で、山梨側の登山口である富士浅間神社北口本宮のある富士吉田市には今でも御師の家が数件残っています。
富士詣が一番の目的ですが、もちろんそうそうしょっちゅう行けるわけではありません。そこで日頃は近場に富士塚という富士山に見立てた石や土を盛った塚を築き、これに参拝していました。
富士講はいわゆる神道の系統ではありませんが、このようにシャーマニズムの流れには基本的に模倣と簡略化があります。儀式も元をたどれば、信仰の元となった行動を再現するものであり、その意味でネット参拝も現代に応じてもっとも簡略化された信仰の形態の一つ、といえるかもしれません。
また記事を元に日記を書いている人の中には、日本の神は八百万の神々なのだからネットの神様がいても、というのもありました。まぁ、八百万の神々は事象や物質を神格化したものなので、ネット上でというと、少々宿る対象が難しい気はしますが、付喪神のように大事にされた物質には神が宿るように、これだけ人の交流のあるネットですから何がしかの神様が宿ってもいいような気はします。もっともそれならそれで神様の司るものが違うように思いますけど。
とはいえ、富士講も富士詣が本来の方法であるように、参拝も神社に行くのが本筋。ネット参拝はあくまで代替行為であると考えるのが筋でしょう。
ちなみにmixiの記事だと短くまとめてあったので、「ネット上に神霊は存在しない」という神社本庁の意見が一人歩きしている感じの意見が多かったですが、こちらの記事をよく読むと、「信仰の尊厳を損ないかねない」というのがネット参拝自粛の意図で、「神霊は神社という場所や空間に鎮座するもので、足を運んでもらうのが基本。ネットの有効性は認めるが、仮想的、疑似的な側面が広がりすぎると、本来の信仰の形が崩れる」というのが神社本庁の意見のようです。元来の神社なら、やはり神社に鎮座しているわけですから、参拝するのが本筋、というわけですね。
逆にネット上に本宮のある神社をたてたらネット参拝が本筋になるかもしれません。