2005年02月21日

一日遅れてごめんなさい。

2月20日は祖父の誕生日でした。

私は母方の祖父母と(彼らが亡くなるまで)同居していたのですが、祖父のことが大好きでした。
祖母は私が物心ついた時にはもう痴呆が始まっていたので、彼女への感情の中には同情や介護で大変な苦労をしている祖父や両親を見ているつらさとか、余計なものが混じってしまっていたのですが(きっと、小さな頃は可愛がってもらってたんだろうなあ。憶えてないのが恥ずかしいよ)、祖父は亡くなるまでしっかりしていたせいか……孫として愛された記憶しかありません。

祖父はとても気難しくて神経質で競馬好き、かつお洒落な人でした。
背はそう大きくありませんでしたが、顔が小さくて細かったから全身のバランスが良く見えたのかも知れません。帽子が好きで、色々な形のものをかぶっては出かけてました。
自分の孫でも、行儀の悪い子供は容赦なく叱り飛ばして無視とかしてましたけど(笑)、私や姉は同居しているからか従兄弟たちと比べてずいぶん可愛がられたと思います。
私は甘えた(甘えん坊)だったので、姉と違いベタベタとどこにでも付いて行って、数え切れないくらいのわがままを言ってはその都度何もかも叶えてもらっていました。

小学生の頃、近所の幼馴染の家に遊びに行ったとき、そこのお婆さんから「あんたの所の爺さんはエライ月給取りでエエ男で、若い頃は女泣かせで有名やったで」と言われたのですが……小さい私にとって、それがどんなに誇らしかったか!
だって、おじいちゃんは私の目から見てもめちゃくちゃ男性として素敵だったんですもん。既に(笑)。だからそういう若い頃のヤンチャ話を聞いても、「さすがや!」と尊敬することこそあれ、幻滅する理由にはなりませんでした。

ただ、やっぱりそういう男の妻であった祖母は苦労をしたようで。
もう両人ともこの世にいませんから証立てなど出来ませんが、祖母は痴呆のせいなのか、一日中、祖父の浮気話を私たち家族に愚痴っていました。芯は強くてもお嬢様育ちで従順な祖母は、正気のときは祖父には口ごたえひとつ出来なかったんでしょうね。彼女に心労をかけた自覚があるからか(苦笑)、祖父も献身的にお風呂に入れたり食事の世話をしたりしていました。

そんな二人について、とても印象的だった出来事があります。
祖母の症状がひどくなって一度入院したんですが、退院してきて家でいつも座っているソファーに彼女が腰かけたときのこと。
病院から祖母の肩を支えて一緒に歩いてきた祖父が(無事に座らせることができたので)一瞬彼女から手を離そうとしたところ……祖母が、ぐいっ!と祖父を引っ張って、その顔にキスしたんです。
当時私はまだ小学校高学年くらいでしたが、「うわ、おばあちゃんがおじいちゃんにチューしたわ!」って、驚きました(笑)。
いつもと違って強引な祖母の様子に、「もう、このヒトはうちのもんや。誰にも渡さへんし、死ぬまで離さへん」という、女性としての強さと意地と可愛らしさが垣間見えた気がして……「夫婦」のかたちのひとつとして、今でも心に残っています。

後悔することがあるとすれば、ちょっと私が道を踏み外したときに、祖父のお財布からお金を少し盗んだことです。死ぬまで気付かないふりをしてくれてたけど、絶対にわかっていただろうなあ。馬鹿な孫で、本当に申し訳なかったと今でも後悔しています。今となっては償うことも出来ないし、祖父のことを好きな分だけ、一生忘れないと思います。

そういえば、最近わずかに(笑)痩せたせいで、祖父の形見にもらったツイードのジャケットが着られるようになりました。仕立てが良いのに気取らずに着られるジャケットで、ジーンズに合わせてもカッコいい服です。さすがはうちのおじいちゃん!と、改めて祖父のセンスに感嘆したのでありました。

投稿者 toll : 2005年02月21日 04:31
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