ヨコハマ中華街&新山手

[ Chinatown BBS Log / No.449〜No.470 ]


胎動

Handle : 【エッジ】 ジョニー・クラレンス   Date : 2000/07/26(Wed) 01:37
Style : レッガー◎、フェイト、カブトワリ●   Aj/Jender : 32/Male
Post : 紅蓮所属:調査員


 目の前にそびえる関帝廟の門を見上げる。
 派手な色に塗られはいるが、辺りを走り回っている子供達や露店のざわめきとはまるで無縁な、静かさが目の前に横たわっていた。
 クラレンスはポケットに忍ばせているタバコを探りながら呟いた。
「ここがねぇ・・・俺には何も見えないよ」

 危機管理代行を名乗る会社のDAKがなったのはつい数時間前のことだ。
 事の実態を調べて欲しい。
 たったそれだけの言葉を礎にした仕事だが、その依頼がいつもの仕事と大きく違っている事だけは確かだった。
 キャンベラに、アンダーカバーとして潜伏していた自分が呼び戻されたのだ。きっとそれだけのヤマなのだろうと、済ませてしまうにはあまりにも奇怪な始まりだった。
 何しろ自分は行き先を誰にも告げておらず、ましてやアンダーカバーの任務時に社から連絡を取るなどということは、少なくとも自分が知る規定においては、愚直そのものの行為だったはずだ。
 クラレンスは指先に触れたタバコのケースを取り出し、おもむろに火をつける。
 だがその一時の間も、見上げる関帝廟から視線を外さない。

 一体何が見えるというのだ?

 昨日から数えて、実に四度目の呟きが彼の口から漏れた。

http://www.dice-jp.com/plus/ [ No.449 ]


Mean of REASON xx

Handle : “ツァフキエル”煌 久遠   Date : 2000/07/28(Fri) 03:35
Style : ミストレス◎ ニューロ=ニューロ●   Aj/Jender : 22/Female
Post : カフェバー“ツァフキエル”マスター


ロボタクの去る音を背中越しに聞き流す。
彼女の住んでいた街とは違う――この活気と熱気に慣れるには
今しばらく時間がかかりそうだった。
眉を僅かにひそめて、前に広がる光景を見つめる。
・・・初めてのヨコハマ中華街の、その音と流れを。

N◎VAにある店を、妹に任せて。
親友には、家を空けるとだけ連絡を入れて。
彼女は、この街に来た。

忙しかったから――――――――――そうかもしれない。
気が滅入っていたから―――――――そうかもしれない。
色々あったから――――――――――そうかもしれない。
友人が、消えた街だから――――――・・・

              (ホントウ、ニ、ソレダケ?)


いつの間にか閉じていた瞳を開いて
カツン、と、一歩踏み出す。
その小さな音は街の喧噪に紛れてしまったけれど・・・
・・・確かに、その場に響いた。

http://plaza.across.or.jp/~ranal/ [ No.450 ]


終わりの……そして、始まりの場所

Handle : “銀の腕の”キリー   Date : 2000/07/29(Sat) 03:08
Style : Kabuto-Wari=Kabuto-Wari◎ Kabuto●   Aj/Jender : 24/Male
Post : Freelance


中華街を見渡す、ある高台……

(俺はこの街が嫌いだった。いや、今でも嫌いだ。自分から、全てを奪ったこの街が−)
だが、つまらない感傷は時として代償を要求する。

(ズキッ!)−右腕が痛む。すでに痛覚など無い筈の、銀の右腕。自分が、この街で失ったものの一つ。

そして……
自分が自分であるための痛み。

依頼主は自分にLU$Tに行けと言った。全ての物語を見よ、と。
「終焉の場所か……そして、何が始まるんだ……?」

だが、それに答える者は誰一人いなかった。

 [ No.451 ]


路地裏

Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2000/07/30(Sun) 02:11
Style : カタナ◎●チャクラ   Aj/Jender : 三十代後半/男
Post : Free


 中華街を歩き一歩だけ裏道に入る。
 そこには危険な雰囲気がつきまとう。まっとうな生活を望む者はあえてそのような場になど踏み込みはしい。 
 だが、この男は?
 ボロボロになったフェイトコート。その表面を彩るのは無数の刀傷と錆色の赤。
 血の匂いを感じる。だが、それは既に乾いて久しい。それがボロボロになったのは遙か昔の話しではないだろうか?
 ふと視線をあげる。
 木目の看板に黒の墨文字。店名を記したはずのその看板の字も既にかすれてよめはしない。
鈍いきしみの音をたてる扉を押し広げ。店内に踏み込む。
 がらくたを積み上げたように乱雑に商品が散らばる。
 どれもこれも品は悪くはない。だが、凶相があると言われ店に返され、そして裏のルートで売買される美術品たち。それを知っている者はこぞってここに近寄るか。
 はたまた絶対に近寄りはしない。
 自らの運気を奪われることを畏れるが故に。
「失礼させて貰おう」
 男の声が店内に響く。
店員らしき青年が慌ててやってくる。
 男はどこからともなく剣をとりだすと青年に預ける。
 青年もその理由をよく知るように頷くと店の奥へと消えていく。
 しばらくすると青年が戻ってくる。
 一枚の書き付けを持って。
 それを読み進める内に男の口の端に笑みが浮かぶ。
「早くな」
 男は青年にそうとだけ言うと再び店の外へと出る。
 心なしかその脚は軽い。
 男の口の笑みはいよいよ深くなる。
 カタナは抜き放たれた。
 鞘はその背に負う。
”カタナは斬ってこそカタナよ”
 惑うことなく道を歩く。
 
 何処へ?

 [ No.452 ]


眩暈──Oracle

Handle : “那辺”   Date : 2000/08/03(Thu) 02:57
Style : Ayakashi(Clan of the Night),Fate◎,Mayakashi●   Aj/Jender : 25?/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


──刮目せよ。

「そうその情報だ、ミスタ。アタシが調べてるのを知っているなら話は早い。ビズといこうじゃないか。……それは足元見過ぎの値段じゃないのさ?……ああ。それならアタシのカードと交換、といこう」
 雑踏から遠く離れるように日の届きにくい裏通りで、純白のロングコートとマフラー、手袋に身を包んだ女性は壁によりかかり、少々辛そうに弥勒越しに通話していたポケットロンを、見た。
 用件を済ませたソレをコートの中にしまうと、中華街で最大の楼閣の方向を見据え、そちらへと歩を写す。脳裏の映るは、見たてた光景。重く感ずる大気。

 其れは、B.H.Kからのいつもの仕事(ハント)だったはず。だが。

 薄暗い小屋の中、僅かに焚かれた香が漂う室内にて座していた純白の洋装の女性は立ち上がる。
 観なければならなかったモノ、識りえてしまったモノを成就させぬが為。
 因果が律の中、織り成される径(みち)の一つを自らの手で封し、その自らの“流儀”を曲げぬ為。
 降りてきた約定者からの言の葉が、観た光景──其は、過去か未来か現在か──と重なり、歯車の如く彼女を駆り立てる。
 軽く眉をしかめ、薄く閉じていた赤い魅了の力持つ目を弥勒で隠すと、戸口に掛けていた純白のコートと手袋を厳重に着込み、元来なら彼女を蝕む光の中へ、その身を翻す。

数刻前の光景、確定した過去。

 日にに抗する如く、影と影の合間を縫って歩を進む。
 元来、夜に住まう血族である彼女に、いくら低い雲がせわしなく動きを見せ、天の気が移り変わろうとしていても、辛いことには変わりは無い。
 ポケットの中の複数の符を握り締める。マフラーで隠した口元の鋭い牙が、唇に食い込む。
 それでも、彼女──“那辺”と名乗る女性──は歩むのを止めなかった。
 煌びやかな装飾を施された関帝廟の門を見上げる。
 始まりの終わりがあった“場”だと、命の借りがある華僑の女性から聞いていた。
 すいと視線を動かしB.H.Kからの依頼に“抵触しない”別の「依頼人」の紅蓮の男性の姿を見、歩を進む。

 足をを踏み出した刹那。那辺の身体が嫌な媒質のナニカにぶつかった。
 周囲は昏く息苦しく、死んだ大気の中に足を踏み入れたような印象。振り払おうともがくと大気は粘膜の様に纏わりついて離れない。牙を向き、気合を込めて右の手を祓う。
 すうっと、何事も無かったかのごとく、溶け込むようにソレは消えた。
 こちらに気がつき心配そうにやってくる依頼人に近づき、マフラー外すと息を整えこう切り出した。
「ここにいたのか、マフィオーソ。アンタに頼まれたアウトソーシングとあと少しはやったさ。それと、出来うるだけ早く、ココから離れた方がいい」
 潜入捜査要員を潜入させるのにだけでも、費用と時間がかかる。ましてやそれを任務途中で強引に引き戻したのだ。
 その損失を埋めるだけの利益──または圧力──を紅蓮に提供できる依頼人がクラレンスの背後にいる。
 弥勒越しに目を細め、みやるはいぶかしげに、眩しそうに、愛していると以前公言した女性を見るクラレンスの顔。
 その背後に“酉”が飛び立ち──おぼろげな光のぬくもりの中、那辺は僅か首を傾げる。
 幻視の為、絶っている「モノ」の代償か、こんなモノが視えるのは。と口の中で呟くと、
視線を外しマフラーを顔から下げその鋭い犬歯を剥き出しにした那辺は、空を見上げた。
「低い雨雲があつまっている『嵐』になる前兆さ。水も滴るイイオトコになるのが、アンタの好みかい?」


──刮目せよ 我が朋友 刻限はきたれり 約定を果たすときぞ!
 守護神たる夜魔天君の言が聴こえたような気がして、那辺は激しい眩暈を憶えた。

 [ No.453 ]


お使い

Handle : “殺戮の手”小王   Date : 2000/08/04(Fri) 22:51
Style : カタナ◎マヤカシ●チャクラ   Aj/Jender : 20/男性
Post : 喫茶店LOST DREAMアルバイト


 中華街の片隅、すっかり寂れた感のある小さなタリスマンショップに、久方ぶりの客が現われた。
 軋むようなドアのうめきと鈍い錆びたような音を奏でるベルの悲鳴に、店番の半分干からびた小さな婆さんがもの憂げに顔を上げると、舞い上がる埃にむせる青年の姿があった。
 歳はおそらく20前後。彫りの深い女性的な顔立ちと、柔らかい光の翠の瞳のせいで、鍛えられた体つきがほとんど目立たないほど中和されている。腰まで伸ばし、無造作に束ねた髪が緩やかな自然のカーブで金色に煌いていた。
 ひとしきり咳き込み、ようやっと呼吸を整えて婆さんに人懐っこい笑顔で問い掛ける。
「LOST DREAMの小王(シャオワン)と言います。店長のアクセルの代理で来ました。こっちに月光石のいいのが入ったって聞いて来たんですけど、見せてもらえませんか?」
 膝の上の猫を下に降ろし、いかにも面倒そうに婆さんが席を立ち、のそのそと何やら箱を取り出した所で、珍しいことに店に二人目の客が訪れた。
 埃に閉口して奥へ進んだ小王に不運なことに埃の第二陣が直撃する。不意打ちにようやく収まった咳き込みを再開する小王と対照的に、新客は涼しい顔。どうやら小王は新客の代理に埃を被ったことになるらしい。
 (・・・今日って厄日だっけ?)
 こういう事態において自分は大概ついてないことを忘れて、溜息をつく小王だった。

 [ No.454 ]


夢歩き

Handle : “祥極堂”極 主水   Date : 2000/08/06(Sun) 13:08
Style : タタラ◎・マヤカシ・ミストレス●   Aj/Jender : 27歳/男
Post : 骨董屋“祥極堂”店主


「あっ、こりゃ、どうもすみません。」
中華街の雑踏の中、妙に間延びした声が聞こえた。
通行人達は一瞬そちらを見るものの、すぐに興味を無くし、通り過ぎていく。
先の声の主らしい和服を着た男がしきりと頭を下げていた。
男の前では原色のシャツを着、体のあちこちにわざと金属部分を露出させたクローム派と呼ばれるニューロキッズの若者が、むき出しの腕を振り回し怒鳴り散らしている。
顔を押さえているところをみると、どうやら和服の男にぶつかったらしい。
「いや、ホントすみませんねぇ。」
ポリポリとバツが悪そうに頭をかくと男はもう一度そう言った。
ニヘラ、としまりのない笑顔を浮かべる。
その笑顔に毒気を抜かれたのか、それとも単にすこし“たりない”ヤツだと思ったのか、(後者である可能性は大だが)若者は散々怒鳴り散らした後、あきれたようにその場を去っていった。
「気をつけないといかんなぁ。」
ちっとも困った風もなく、そう独りごちる。
男は極 主水(キワミ・モンド)といった。
こうみえても、LU$Tの中華街に祥極堂という名の骨董屋を開いている店主だ。
今年で27歳になるはずなのだが、実際の年齢より老けて見られることが多い。それというのも、彼の頭髪は眉にいたるまで真っ白で、加えてこのなんとも言えないぼんやりした性格のために、年上の人間にさえ「主水さん」と呼ばれていた。
もっとも、本人は全然気にしていないようだったが・・・
主水はしまりの無い笑顔を浮かべたまま、その場を通り過ぎようとしたが、何かを思い出したように足を止め(このせいで先の若者がぶつかったのだが・・・)歩道の脇、排水溝のあたりに視線を落とした。
表面に赤黒いシミが浮いた、5p程の金属片が鈍い光を放っている。
アルファベットのHに似た社章、このLU$Tでは知らぬ者とてないイワサキのロゴだ。
社員証の近くまで歩みよった彼だが、そのまま腕をくみ、頭を捻る。
傍目には随分と間抜けな光景だが、本人は大真面目だ。
実は彼には物質に残る記憶を映像や言葉として読み取るサイコメトラーの資質がある。
それゆえ、このようないかにも“わけありでござい”というシロモノを手にすると決まってろくでもない目に会うのだ。その辺の事は良く解っているはず・・・・なのだが。
主水は無造作に身をかがめると、まるで道に落ちていた小銭でも拾うように、ヒョイと冷たい輝きを放つ社員証をつまみ上げた。
瞬間・・・
ピクリと彼の体が震えた。
稲妻にでも打たれたかのように硬直し、立ちつくす。
彼の体内を濁流のような勢いと生への狂おしい執着を持って、様々な記憶が駆け巡った。
青ざめた顔で、まるで母親を探す幼子のように彼の視線が中を彷徨う。
声が聞こえた。
警鐘にも似た甲高い響き。
彼の耳に黄泉より聞こえる、それは明らかに断末魔の絶叫だった。
そして、1つのビジョン。
・・・・・
どれくらい立ちつくしていたのだろうか。
潮が引くように薄れていく記憶の奔流の中、彼はようやく我に返った。
そして、その場にへたりこむ。
夕暮れ時、様々な物思いに足を早める人々は、道ばたに座り込み荒い息を吐く主水の姿を気にもとめない。
主水は顔を上げ、相変わらずの雑踏と、その上に広がる鮮やかな夕焼けを見上げた。
水の香りが鼻をつく。
ヨコハマでおなじみの潮の香りとは違う、湿り気と微かな金属臭を含んだ香りだ。
霧が辺りを多い始めていた。
霧と血の色をした夕焼けが、主水に先ほど見たある光景を思い出させた。
「アレは・・何だったんだ。」
こみ上げてくる嘔吐感にむせながら、彼は自問する。
濃く霧の立ちこめる中、群れ飛ぶ魑魅魍魎をうっとりと見つめる真紅の髪の女。
絶妙のバランスでカーヴを描くシルエット。誰もが夢の中で一度は想像するような・・非現実的なまでに妖しく美しい女だった。
その血の色を思わせる髪が、様々な光を反射し、緩やかに波打った。
そして女は真紅の瞳をゆっくりとこちらに向けた。
形作られるアルカイックスマイル。
と・・・
呼応するように、おぼろげだった幽鬼の1つがたしかな、質感を持ち始めた。
“逃げなければ・・・”
そう思ったのは、主水自身なのか、はたまたその記憶の元である社員証の持ち主であったのか。
しかし、体はピクリとも動かない。
危険を告げる警鐘が体中を駆け巡る中、ゆっくりと大型の肉食獣にも似たアギトが眼前に迫ってくる。

絶叫。
断末魔の声。
そして、そこで記憶は途絶えた。
社員証の持ち主が、どうなったのか。
その答えは明白だった。
「はぁ〜。」
深くため息をつく。
いやな予感がした。
逃れ得ぬトラブルの予感だ。
主水は今一度血の色を思わせる鮮やかな夕焼けに目を向けた。
もうすぐ、夜の帳があたりを覆うだろう。
そして、霧闇の中、いったい何人の者が囚われ、命を落とすのか・・・
「やれやれ・・」
そう呟くと彼は、何者かから逃げるように足早に歩き始めた。

 [ No.455 ]


深淵

Handle : 【エッジ】 ジョニー・クラレンス   Date : 2000/08/08(Tue) 00:45
Style : レッガー◎、フェイト、カブトワリ●   Aj/Jender : 32/Male
Post : 紅蓮所属:調査員


「低い雨雲があつまっている『嵐』になる前兆さ。水も滴るイイオトコになるのが、アンタの好みかい?」
 那辺の言葉にゆっくりと、弥勒に包まれている彼女の両目の瞳へとクラレンスは視線を向ける。
 彼女の碧眼の瞳は、まるで深い海の底の様に自分を誘うとよくクラレンスは感じていた。
 それが人間の衝動なのだといわれてしまえば、男としては苦笑いに自分をごまかすところだが、クラレンスが彼女から感じていたのはそれ以外のものも非常に大きなもので、それは、落ち着きは在るものの・・・・ひどく懐かしさを感じる焦燥感のようなものだった。

 クラレンスは思わず口元を緩めながら、左手を彼女に向かって差し出した。
 飛ぶ鳥もそろそろ帰ろうかと考えるような妖しい空の雲行きだったが、まるでその空には人の目があるのだといわんばかりに、那辺は執拗に辺りをちらちらと見回し、やがておずおずとその手を取った。
「なんだい、マフィオーソ」
 様々な緊張が入り混じる、いつもとは少々異なった声色にクラレンスは笑った。
「この場所は落ち着かないか?」
「___________落ち着かないというよりも、ひどくアタシ等に近い匂いを・・・アンタの言う【香り】のようなモノを感じるよ。だから気になるんだろう。」そして最後はにやりと、研ぎ澄まされた犬歯をちらりと見せる。「縄張りみたいなもんさ。アンタで言うところの・・・狩り場のようなもんさ」
 返された言葉に思わず苦笑する。
 初めて桃花源で出逢った時に彼女と交わした会話はお世辞にも甘い香りを感じるようなものでは無かった。どちらかといえば彼女にかけられた言葉とそのエッジの効いた自分を見定めるような視線は、きっと生来彼女が持って生まれたモノなのだろうが、男を退けるには十分すぎるほどの力があったのは、事実だ。
 だが、人によってはその壁とも感じられることもあるであろう彼女の物腰は、驚く程彼には親しみとして感じられたのも、また事実だった。
 それに、その勘の鋭さにも恐れ入るよ。
 音には出さないクラレンスのその言葉を彼女は、聴こえたのか聴こえないのか、弥勒をずらすとその碧眼で、じっと彼を見つめる。
 クラレンスもつられてその瞳に見入た。
 
 昨日の夜、桃花源で急かされて眠らずにLU$T入りし、つい先日自分が「嫌な」経験をしたと彼女に告げたこの場所に、敢えて陽が上る時間に訪れる事になるようにクラレンスは自らの歩調に彼女の歩調を合わせさせた。だが、それすらもきっと彼女は気づいているのだろうなと自嘲する。
 やがて、あたりを満たし始めた暖かいそよ風に、少し気になる最近のLU$T特有の「霧」の前兆の香りを感じながら、クラレンスは急速にその記憶の海へと誘われてゆく。

 振り返って見れば、ソレは全ての始まりであり、予兆であったのろう。
 やがてクラレンスは、那辺の香りを傍らに感じながら、浅い眠りへと______________この場所で出会った「惨劇」の記憶へと降りていった。

http://www.dice-jp.com/plus/ [ No.456 ]


化石の記憶

Handle : 【エッジ】 ジョニー・クラレンス   Date : 2000/08/08(Tue) 02:53
Style : レッガー◎、フェイト、カブトワリ●   Aj/Jender : 32/Male
Post : 紅蓮所属:調査員



「くそっ」
 掌で何度もその側面を叩くも、まったく回復する様子を見せないコンパクトライトにいらいらとしながらクラレンスは舌打ちする。
 そしてその2分後にはそのコンパクトライトは破片を撒き散らしながら辺りの石の床を転がることになった。

 クラレンスは左眼に埋め込まれた義眼があまり好きではなかった。
 仕事をするには便利ではあったが、そのIANUSで制御された義眼を通してみるスターライトや赤外線画像があまり好きではなかった。
 小さい頃から恐れと畏敬の存在であった祖母に幾度も言われた言葉を、既に遠い過去に成人を迎えた今も、彼はその祖母の教えを頭の片隅に置いておくことにしていた。
『見えないのは、今見えなくていいことだからさ。見るべきときには自然と見えるようになる。普通なら見えないものを、焦ってみようとするのは愚直の始まりだよ』
 クラレンスはかぶりを振ってあたりを見渡す。
 中華街の街灯の明かりは、あまり効果をてらっているものではないようだった。
 二度目のクラレンスの舌打ちを裏付けるように、どう目を細めてがんばってみても、一向に視界に明るさは戻ってこなかった。それに、関帝廟そのものの構造が光を効果的に締め出す為に最適な造りだというのも、クラレンスの持論だった。

 ぴちゃん。
 水の音にクラレンスは振り向いた。だが、視界には何も映らない。
 その音は、まるで小さな滴がぴちっとかすかに音を立てるものととても良く似ていた。
 ぴちゃん。
 もう一度クラレンスの鼓膜に届いた周囲に反響する水滴の音に、少しばかりクラレンスは両肩をあげた。いったいなんなんだ?
 クラレンスは誰でも幼い頃から持つ、暗闇への誘惑に無意識にIANUSのトリガーを許していた。
 それに答えるように、カチリとクラレンスにだけ聞こえる音と共に、些細な光を持って画を拾うスターライトの視界が広がる。
 目の前にカビのようなしみに覆われた壁が立ちはだかっていた。
 床には泥が積もり、見回す辺りの壁にも同様にしみがまだらに続いていた。

「誰だ?」
 クラレンスは微かに自分の耳に、囁くような笑い声が聞こえたので辺りを見回し、耳を済ませながら歩き回る。
 街の喧騒がここまで来たのかもしれないと思うほどの微かな笑い声だった。
 目を変えるなら、耳もだな。
 舌打ちしながら、回廊を更にクラレンスは進む。

 ぴちゃり。
 極近いところで響くその音に、クラレンスは足早に歩いた。
 スターライトに不自然に起こされた画が、視界の中でまるでスクリーンに映し出されたシネマの様に、天井と床が上下に揺れ、クラレンスの歩調に合わせて踊った。
 やがて先のほうから、再度囁くような笑い声が響く。
「おい、誰だ?」
 クラレンスは上着の奥にしまわれたホルスターの黒金のダズル18に手を触れながら、足早に回廊を進んだ。
 回廊にこだまするクラレンスの靴音が、そこらかしこに反響し、やがて最高潮の緊張感がIANUSのシグナルで知らされていることに気が付いた瞬間、嬌声が回廊に響いた。
「誰だ!」
 クラレンスは今度は大声を出しながら右手にダズルを持ち、走った。
 だが、夜の闇に照らされた回廊は、いらいらするほど長く、昼間歩く距離感とは全く別物だった。あまりの走りにくさに舌打ちし、ダズルをホルスターにちょうど収めたとき、不意に視界が闇に包まれた。
 意識の中のスイッチを入れ、切った。だがスターライトの視界は戻って来ない。
 不意に消え去った視界に、無意識に祖母の言葉を思い出した。
 息を凝らして、静寂に耳をすませる。だが今度は恐ろしいほどに静寂が辺りを満たし、クラレンス自身、これほどの静寂は一度も経験したことが無かった。

 その時だった。
 また不意に囁くような笑い声が響いた。
 クラレンスは半ば条件反射のように、今度は赤外線のトリガーを引く。
 すると10メートルほど前方の回廊に、人影が・・・いや正確にはその輪郭が見える。
 クラレンスは右手を閉じたり開いたりと動かした。
 ソレは、決まった時に出てくる彼の癖だった。
 囁くような笑い声が回廊に響く中、その人影はおもむろに音もなく、こちらへと近寄ってくる。
 銃を抜け! 牙を剥け!!
 ぞわりと体中の毛が浮き立つような圧迫感を感じ、クラレンスが上着を跳ね上げてホルスターの黒金を掴む。
 だが、クラレンスのダズル18が咆哮をあげることは無かった。
 目の前に神速のような速さで先ほどまで視界には人影でしかなかった人物が、その姿を見せて何かの柄-え-のようなもので、クラレンスの腕の甲を押さえ込んでいたからだった。
 荒い呼吸を繰り返し、痛むほどに腕に力を入れても微動だにさせない程、精巧に・・・・いや、巧妙に力を押さえ込まれていた。
 これがカタナかよ!
 自分が押さえ込まれていた腕の甲に当てられているものが、刀の柄-つか-だということに気が付くと、クラレンスは音がなるほど奥歯を噛み締めた。
「あら、イキがいいじゃない」
 びくりとするような甘い声が首筋の辺りに、背後からかかる。
 僅かに顔を傾け、視線を背後に向けるといつのまに満たされていたのか、濃い霧の立ちこめる中、真紅の髪の女が立っていた。
 その姿は絶妙のバランスでカーヴを描き、非現実的なまでに妖しく美しい女だった。
 その血の色を思わせる髪を緩やかに波打たせながら真紅の瞳をゆっくりとこちらに向けた。
「私達の間に居合わせるなんて・・・・あなた能力者?」
 つぶやきながら、ぞっとするようなアルカイックスマイルがクラレンスを射抜く。
 それだけではない。ぞっとするような映画で見たような魑魅魍魎としか表現の仕様の無い、幾つもの影が彼女のまわりをいとおしむかのように、漂っていた。
 やがてその射抜くような視線をクラレンスから外すと女は片手を振った。
「まだ・・・はやいわね」
 身を翻すと音もなく歩きながら、回廊の奥の闇へと女が姿を消す。
 ふと、叫んで構える自分の腕が自由なことに気が付くと、クラレンスは暗闇に向かって銃を向けた。
「・・・・・・・・・・」
 音もなく目を見張るほどの動きでクラレンスの射界をさえぎると、人形のような笑みで男は柄のもとのつばに指をかけた。
「!!!!」
 限りなく迅速にクラレンスは九つの弾丸を視界をふさぐ男に撃ち放った。
 だが、その銃の咆哮を軽くいなすように男は鞘に刀を収めたまま弾き飛ばした。
 ________野郎・・・
 静かに煮えたぎるような怒りと共にクラレンスは残る片手で素早くもう一丁の銃を抜く。
 だが、男はそれを言っていたかのようにふわりとその身を翻すと、先ほどの女と同じように現れたときと同じように唐突にその姿を消した。
「っつぅ」
 下ろした両手の動きと共に、首筋に痛みが走る。
 銃をしまい、手を当てるとぬるりとした暖かな手触りを鈍い痛みと共に感じる。
 いつのまにか傷を負わされていたのだろう。
 
 クラレンスは、やがて遠くから聞こえてくるサイレンの音に我を取り戻し、低く舌打ちすると出口へとひた走る。

 なぁ、那辺。腹が立つぜ。
 こういう手合いは、実に嫌な感じだ。
 急速に化石のような夢の記憶から浮き上がる自我と会話しながらクラレンスは、眠りから覚めようとしていた。

 _____________運命の歯車が、また回りだそうとしている。

http://www.dice-jp.com/plus/ [ No.457 ]


ゲンジツ

Handle : 田中 寅三郎   Date : 2000/08/08(Tue) 05:36
Style : クロマク●◎、フェイト、カゲ   Aj/Jender : 28歳/男
Post : フリーランス/フィクサー


「この街もまた物騒なもんだな。あっちと変わりやしねぇ」
 まわりに注目されない程度に観察しながら咥えタバコのまま独白-毒吐く。そして、すえた匂いのする路地裏へと平然と歩きだす。自分の住んでいる街とは少し違う、しかしよく似た空気を嗅ぎながら。
「ったく、華僑の爺さん達も人使いが荒いな。取りに行ってきてほしいものがあるなんてよ? ガキの使いじゃないんだぜ?」
 面倒くさそうに言いながら歩く、だがそのペースは遅い。街を観察しているからだ。
 そうして歩きながら、ふと足を止め足元を見る。足元には何か-肉の固まりみたいなもの-を咥えた猫が口元を真っ赤に染めてこちらを見ている。
 鼻を鳴らして猫を蹴り飛ばす。蹴飛ばされた猫は潰れたヒキガエルのような声を上げて逃げさる。それを見て溜飲を少しは下げたのか、何事も無かったかのように歩き出す、今度は早く。
「あーあ、監視付きかよ。鬱陶しいなぁ」
 角を曲がり呟く。しばらく前から尾行けている人間がいる、その慣れている様子を見るとプロだ。
「まぁったく、俺の人生トラブルだらけだな?」
 口元に薄い笑みを張りつけながら楽しそうに呟く、これぐらい日常茶飯事だからだ。
 そうやって少しの間に何度と無く角を曲がり大幅に回り道をして、目的地にたどり着く。
「ここが爺さん達の言ってた店か。汚ねぇなぁ」
 呟きながら扉を開ける。抗議の悲鳴を上げながら開いていくドアの向こうには積もった埃が舞いあがるのにむせかえる青年の姿と老婆の姿があった。

 [ No.458 ]


彼女の思い出

Handle : 【フラットライン】 メレディー・ネスティス   Date : 2000/08/08(Tue) 20:34
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 主観年齢23歳/女性
Post : 元LIMNET-P電脳情報技師 特級査察官(現在契約凍結)


 何処までも蒼い空。
 自分が横たわっている不毛の大地の風を感じながら、静かに地平線を眺める。
 聞いた話では、昔この大地は海に包まれていたのだという。だが、彼女は何度この台地を眺めてもその言葉を信じることが出来なかった。

 大災厄-ハザード-。
 誰もが知るその史上最大の災厄は、この地上を余すことなく蹂躙した。
 緑が枯れ、海が干上がり全世界が深刻な干ばつを迎え、恐れおののいた。それだけではない。逆に今まで水とは無縁な場所が大洪水に見舞われた地域もある。言うなれば、全ての大地がほぼ等しく大災厄の被害を受けていたのだ。
 彼女は自分の名前を呼ぶ部隊長の声に唸って答えながら、ゆっくりと身を起こす。
 そして目前に聳え立つ、黒鉄の城を見上げた。
 この城は(実際にはそれほど大きなものではなく、全長100m程度の構造物だが)この場所がまだ海に覆われていた頃、亡国の未来を見る中枢として、そして亡国を戦略的に支える柱として最前線にて活動していた軍の特殊潜水艦なのだということだった。
 海に出ることなどが少ない彼女にとっては、それは実に非現実的な言葉で、目の前に聳え立つその構造物を見ても、いまいちぴんと来なかった。
 そうしているうちに、再度、自分の名前を叫ぶ声が風に乗って聞こえてくる。
「聞えているわ! 今行くわよ!!」
 舌打ちしながら彼女は、今から自分がその艦体に覆われているリードボックスへと潜る為に幾度となく覚えさせられた事柄を、もごもごと口を動かしながらイライラを落ち着けるように呟きつづけた。
 対電子戦略艦 DXF102。コールサイン「イージス」。
 災厄前のEO(eyes only)の資料では「亡国のイージス」と呼ばれた代物。
 任務。搭載された電装より「盾」を回収せよ。
 
 日が昇ってから3回目を数える、彼女の呟きが終わりを迎える瞬間が目前に迫っていた。




『どうだ?』
 ちりちりとした接触点からのノイズに口元を歪めながらメレディーは自らのアイコンを瞬かせて見せた。
 部隊長のシグナルが、メレディーと彼の設置した構造物を結ぶ蒼いストリングを通して彼女にノイズ混じりの声を届ける。
『_________別に。ここまではなんでもないわよ。でも・・・このノイズは何とかならないのかしら』
 部隊長のエースの構造物が震えた。それはメレディーの神経を少しばかり逆なでする笑いのノイズだった。
『勘弁してくれ。アンタをトレースするシステムが大食漢なんだよ。手持ちの電源はすべてそちらに回している。だから、まだ艦内で生きている核電源と非常電池を搭載電装に必然的に回すことになる』もう一度構造物が震える。『電圧が不安定すぎるんだよ。なにせ、時代モンだからな』
『そういう場所に潜らせるわけ?』
『アンタ、【ファイター】メレディーさんだろ? らしくねぇ、台詞だ。・・・悪いが、時代の壁は乗り越えてくれ。俺等なんざ、バックアップもねぇ』
 メレディーはアイコンを一度怒りに震わせると、蒼く目前に広がるストリングの網-ウェブ-へと疾走を始めた。
 単に仕事を早く終わらせたいだけでなく、部隊長の構造物から離れたかったともどちらともしれない。だが今はただ一人のニューロとして______いや、ダイヴァーとしてベストを尽くしたいだけだった。
 ストリングを疾走する彼女はやがていつもの世界と異なることに気が付いた。
 それは、この艦の搭載電装の構造物が考えていたよりも完成度が高く、一切の枝の痕跡も見せずにいることだった。それは、まさに「閉じた」世界だった。
 時折現れる分岐点の防壁を意に介することなく、メレディーはそれらを騙し抜き、攻め躱し、時には完膚なきまでに打ち崩してゆく。
 後ろを振り返れば、まるで蜘蛛の糸の様に彼女の通った後に、自分だけが見える銀色に僅かながら輝く細い糸が足跡を残して見せている。彼女から切ることの出来ないその糸は気分的には鬱陶しくも在るが、彼女の任務にはどうしても必要な「糸」だった。
 彼女が盗み出す「盾」を回収する為に必要な道糸なのだ。

 打ち崩した防壁がガラスの粉になって彼女に降り注ぐ。
 考えてみれば、打ち崩されても尚抵抗を見せる防壁を築くこの艦の設計者に、何時の間にやらメレディーは親しみを覚えていることに気が付いた。この道糸を通じて伝わるノイズさえなければ、最高のイントロンだ。
 笑いながら艦のウェブを疾走しつづける。
 やがてその視界の先に黒く煤けた感のある半透明の構造物が姿をあらわした。
 彼女はフリップフロップしながら、必要も無い汗を見えない身体に感じ、呼吸を少し荒げた。
『_______見えたわ。イージスよ』
 メレディーに同調するように背後の道糸を通して、部隊長達のざわめきが伝わった。
『はやいな、メレディー』
『仕事ですから』
 ざわめきが少し和らぐが、ノイズは変わらず続いていた。
『本番だ。盾を探り出せ』
 無言でメレディーはアイコンの両腕を伸ばした。
 イージスの構造物は、これまでの防壁とは一転して、まるで水の様に柔らかだった。
 このイージスが創られた頃の時代では中枢に防壁を築く技術がまだ確立されていなかった為、的にたどり着けば容易い仕事だった。無論、物理的に・電脳的にそこに辿り着くまでが困難であるだけだ。
 やがて、構造物を両手で探る彼女の腕から肩がその破片に濡れる頃、ようやく彼女は指の先に感触を得た。
 「イージスの盾」。
 亡国が大災厄直前まで全世界に散らばる衛星と探査情報端末を一括して管理していたのがこの艦だった。その中枢の電装に実装されていた記録システムのキーが・・・・今時分が両手に掴んでいるモノのはずだ。
『サーチ完了・・・・引き揚げて頂戴』
 メレディーはフリップフロップを解き、アイコンを震わせて親指を立てて見せた。
 その瞬間、まるで示し合わせたかのようにメレディーの動きに同期しながら、左手に抱えた水晶体のようなイージスの盾が仄かに明滅を始める。
『なに?!』
 驚いたメレディーが道糸越しに警告を投げかけようとした瞬間_____________艦内の全ての核電源が沈黙した。大音響と共に在るはずの無い、ウェブの大地が揺らぎ、その大地に立つメレディーの足元から、急速に周囲に闇が広がり始めた。
 停電? 崩壊? 何故?! 何故、今になって!!!!
 声を限りに叫びながら、両手にしっかりと盾を持ち、メレディーは残るバックアップの電源を頼りにフリップフロップで垣間見える自分の実体がつながれたデッキへと、狂ったように疾走を始めた。
 既に道糸に触れていたはずの部隊長を始めとした隊員達のシグナルは聞えない。
 この断線では・・・・・メレディーは涙など流れぬアイコンを通して涙し、狂ったように走りつづけた。
『ふふふ_____________まだ、還ること・・・無いじゃない』
 何処からとも無く、メレディーの耳元に声がかかる。
 だが、既に狂乱するメレディーにその声は届かない。
 やがて道糸の先に終端が見える頃、メレディーの視界一杯に電源の供給停止を告げるアラートが瞬き始める。メレディーは気が触れたように泣き叫びながら右手を手口へと・・・・道糸の根の袂へと伸ばした。
 その右手が、まさに触れようとした瞬間・・・全てが停止した。
 彼女の思考も活動も。艦内のありとあらゆるものが動きを止める。
 ただ一つだけ・・・・・デッキにつながれたメレディーの頭部へと繋がるバックアップシステムの緊急アラートだけがランプの明滅と共に、全員の死を告げていた。
 そのシグナルは衛星回線を通し、何処かへ・・・投げかけられているようだった。
 だがそれを誰が知るのか________、今は誰も知ることが出来なかった。




 IANUSが内耳を振るわせるアラートにふと、メレディーは目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
 心配そうな顔が自分を覗き込んでいる。その側には、何処かで出会ったような・・・顔ぶれが幾つも見えていた。
 メレディーはふと身を起こそうとして激しい頭痛にかぶりを振る。
「あ・・・・・・・」
 思ったように言葉すら出てこない。
 メレディーは涙こそ流さなかったものの、心の中で声を上げて泣きはじめた。
 最近良く見る夢だった。
 繰り返し良く見る夢だった。
 ジュスティーヌと別れ、クリスという構造物の破片を見つけたころから良く見る夢だった。
『大丈夫よ、メレディー』
 人には見えない聴覚の片隅に・・・視界の片隅に、眩い光の輪が集まり、まるでWaW(Wire&Wire)を通したかのようにはっきりとした声が聞える。
『私・・・また倒れたの?』
『心配ないわ・・・・さぁ、還りましょう』
 メレディーは自分がまた浅い眠りへと誘われそうになる感覚に眩暈した。
 記憶も無くなり、おそらくいたはずの友人を無くし、全てをなくした自分を冷たく感じる、物悲しい瞬間の極地だった。
 メレディーは悲哀の声を漏らす。それにあわせて周りの者達がメレディーを見つめ返した。
『________________さぁ・・・ショーが始まるわ』


___________運命の歯車に紡がれる糸が・・・「当事者」達に絡もうとしていた。

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アサクサ、ニュークメア

Handle : 趙 瑞葉   Date : 2000/08/10(Thu) 00:05
Style : クグツ◎、タタラ、ニューロ●   Aj/Jender : 20歳/女性/黒銀髪・黒瞳・蒼いアオザイ
Post : 秦旗 営業開発部 2係


 裏路地を人影が足早に駆けてゆく。街灯に照らされ路地の壁に浮き上がるその影はそそくさと通りを渡ると、左手に持った傘を思い切って閉じた。
 一昨日の晩まで雨の気配も無かったのに、昨日辺りから急に天気が崩れ、N◎VAはどの地域ももれなく雨の降りしきる音に包まれるようになっていた。どちらかといえば比較的雨の少ない地域でもあるし、何よりも酸性雨を嫌うノンコーティングの住人はそれを見越して、この地域に好んですむという話も少なくは無かった。
 特にこの辺りは、そのノンコーティングの住人が最も多く、それを指し示すかのように今日はどの通りも人通りが少なかった。
 やがて霧のような雨の中に佇んでいた人影が、それをかき分けるようにして路地から通りへと姿を現したときには、既に雨に濡れ染められ、彼女が好んで着る親友とお揃いのアオザイが、いつもよりも濃い蒼色へと変わっていた。
 霧の様に降りしきるこの雨は、きっと同じく最近霧に包まれることの多いLU$Tから訪れた雨に違いない。そう趙は軽く悪態をつきながら、目線を上げた。
 ニュークメア。
 表通りから裏路地へ抜け、通り一本跨いだあたり。ちょうど、うまく建物の影に隠れて街灯の光が届かないところにその店の小さな看板と鎧戸のような扉が、静かに佇んでいる。
 囁くような仄かな光を瞬かせているその看板を、趙はもう一度見つめた。
 約束の時間を決めておけば良かったと彼女は苦笑した。
 おそらくあの女性のことだ。一時間以上も前から店内で待っているだろう。
 一昨日の晩、桃花源で伝言を渡し、約束を告げてから予定通りにこの場所へとやってはきたものの、多少緊張していた。
 それは遅れたことが理由ではなく、これから慣れない「枝付き」の会話をやらねばならないからだった。趙は視線を足元に戻し、左手で手首のプラグの辺りを擦る。あまり好みのやり方ではないが、無論、本来連れてくるはずの彼女があの場所を離れるわけにはいかないのだ。離れた途端に人生の最初へと引き戻されることになる。
 趙は少しばかり視線を上向かせると、意を決して扉に手をかけた。

 ギシリと重い扉が音を立てる。
 “女三田茂”。ダイバ・インフォメーションでそう呼ばれている「皇 樹」という先日約束を交わした女性が中で待っているはずだ。
「・・・入るわ」
 誰に告げるとも無く、趙は呟くとその見を奥へ進め、扉を閉めた。

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雨の待ち合わせ

Handle : “女三田茂” 皇 樹   Date : 2000/08/11(Fri) 00:13
Style : タタラ●、ミストレス、トーキー◎   Aj/Jender : 27歳/♀/真紅のオペラクローク&弥勒 短い髪
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


 外はあいかわらず暗かった。来る時に降っていた雨は、まだ上がる気配を見せていないようだ。
 すでに1時間以上前から、皇はカウンターに座って何をするでもなく、ただ窓の外を眺めていた。
 おととい…桃花源に来た趙という女性は、たしかにこの「ニュークメア」という店を指定してきた。しかし彼女は聞けば一度桃花源に来ているらしい。店の場所を知ってる彼女が、わざわざ仲介まで取ってきたという事は、おそらく何か動けない事情があったはずだ…そう彼女は確信していた。
「まずったなあ…アポイントメントしたのに時間聞かなかったなんて」
 しかし、それより先に口を衝いて出てくるのは、自分のミスで待ち合わせの日しか聞かずに、時間を聞かなかったことだった。あの時は多少お酒も入ってたが、それでも忘れてしまった。社会人として常識がない、と彼女の上司に怒られても文句は言えないだろう。

 ギシリ。

 立て付けが悪いのか風情なのか、この店の扉はそんな音を立てて開く。
 女性の声がした。来たようだ。
「久しぶりです。王小姐(ワンシャオチェ)…?」
 振り向いて出てきたのは、趙という女性だった。
「趙さん」
「申し訳御座いません、長いことお待たせしてしまったようで…」
「いえ、こちらこそ時間を聞かなかったのですから…それに」
「今来た所です」と言いかけて皇はしまった、と思った。
 そういうには、服も傘もしっかり乾いている。雨の日はそういうごまかしがきかないのが辛い。
「それに?」
「いえ…何でもないです」
 そんな彼女の様子を意に介する様子も無く、そのまま彼女は皇の隣りに腰を下ろした。
「それから、もう一つ。王美玲は事情があって、こちらには来れなくなりました」
「…そう、ですか…」
 来る前に考えていた予想は、ぴたりと当たった。
 ならばもう一つの予想−彼女は「霧」の正体に、最も近い所にいる−というのもあながち外れではないという事だろうか?
「質問は私が承ります」
「わかりました」
 一つ唾を飲み込んで、一通りの挨拶を終えた後、彼女は切り出した。
「単刀直入に聞きます。あなたがなぜ、このN◎VAに呼ばれたのか。その理由に付いて出来る限り詳しく教えてもらいたいんです…私の推理ですが、それはおそらく、この場にあなたがいないこと、霧が自然的ではなく、人為的なものであるんじゃないかという私の推理と、おそらくは関係してるんじゃないでしょうか?」
 趙は目を閉じて、皇の話を聞いている。
「お願い。王小姐…答え難いとは思うけど…」
 彼女はそう、付け加えた。
 外の雨がまた激しく、店の矢根を叩いた。

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伝わる声。返る顔。

Handle : 趙 瑞葉   Date : 2000/08/16(Wed) 03:40
Style : クグツ◎、タタラ、ニューロ●   Aj/Jender : 20歳/女性/黒銀髪・黒瞳・蒼いアオザイ
Post : 秦旗 営業開発部 2係


「質問は私が承ります」
「わかりました」
 趙の揺るぎない答えにも関わらず、彼女が考えていたよりも皇はその言葉を受け流した。
 そして、その後相手から投げかけられた言葉にまだ相手が初対面に近いながらも、趙は自分の考えを改めることにした。
 一つ唾を飲み込んで、一通りの挨拶を終えた後、皇は切り出した。
「単刀直入に聞きます。あなたがなぜ、このN◎VAに呼ばれたのか。その理由に付いて出来る限り詳しく教えてもらいたいんです・・・私の推理ですが、それはおそらく、この場にあなたがいないこと、霧が自然的ではなく、人為的なものであるんじゃないかという私の推理と、おそらくは関係してるんじゃないでしょうか?」
 聞いていた話以上だ。
 趙は目を閉じて、皇の話の続きを促すように答えなかった。
「お願い。王小姐・・・答え難いとは思うけど・・・」彼女は更にそう、付け加えた。

 外の雨がまた激しく、店の矢根を叩く。
 趙は意を決して、左眼の視界に重なる蒼いストリングから伝わる声とは別の自らの言葉をかえした。
「正直言えば、想像以上なのよ」
目をゆっくりと開きながら趙は皇に答える。
店内の客の関心はステージで踊る肌を顕わにしたダンサーよりも手元のグラスとテーブルの仲間に在るらしく、そこ等彼処のざわめきもまた雑多でまとまりがなく、趙の声は半ば掻き消されるような呟きに近かった。
 店内のざわめきに押されるように、皇は聞き取りにくい声に僅かながらに前かがみになり趙の顔を覗き込むようにする。彼女にとって、聞きたい言葉はまだ返ってきていなかった。
「それは、どういう・・・意味で?」
「全てにおいて・・・よ」趙は僅かに微笑む。「貴方が言うように」
 最後の一言が僅かに緊張した声であることに皇は気がつく。普通のものならばその変化はさして気がつくことが無い程度のものなのかもしれない。だが、彼女のプロとしての感覚が彼女にそう囁いていた。
 趙は左手の手首のあたりをさすった。
「そう言えば先日は慌ただしい紹介だったわ。改めまして・・・秦旗の趙瑞葉です」
 彼女は皇に向かって軽く会釈すると、彼女がそれに答える前に言葉を続けた。
「私がこちらに呼ばれたのは最近になってN◎VAや、特に・・・LU$Tを包み込むことが多い霧に関して調べる為。それは貴方が考えている通りね」
「調べるというのは・・・貴方のスケールで?_________王小姐。」
 皇の王美玲に向けたその質問に気がついたように趙がつられるように口元だけで微笑む。
「そうよ・・・・」


 蒼いストリングから震えて伝わる振動に、趙は素直に従った。
 彼女は自らの身体を任せながら、暗いソラ-宇宙-に浮かぶ自分のアイコンをして微笑む。
 数年前、初めて美玲に出会ってからというもの、趙にとって彼女は僅かな親友の一人で、プラグを通して彼女と繋がりあうのは趙にとって小躍りしたくなるような感覚の集合だった。それを現すかのように自然と身体がフリップフロップに転じ、ストリングの先にいる『彼女』へと趙は自らの全感覚を向け、委ねた。

 そんな彼女を見つめるもう一つの視線が、口元を歪めて冷たく微笑む。
 それは・・・皇の硬くも柔らかな表情ではなく、趙自身、まだであったことすらない表情だった。

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駆け引き

Handle : “女三田茂” 皇 樹   Date : 2000/08/18(Fri) 00:42
Style : タタラ●、ミストレス、トーキー◎   Aj/Jender : 27歳/♀/真紅のオペラクローク&弥勒 短い髪
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


雨はまだ降っているようだが、それ以上に話が聞き取り難い。
それだけ皇と趙の話を聞こうとしている人間もいないという事だから、それはそれでいいかもしれない。
そんな中、皇の頭は話を整理する為にフル稼動をしていた。
理由は、恐かったから。
何か都合が有ることはともかくとして、この場所に呼び出した王美玲の意図が。
彼女自身ではなく、部下である趙という人間を自分に遣わしたこと。
そしてもう一つ。自分の推理がことごとく当たっていた事。それはつまり、この事件が自分の考えられる範囲を圧倒的に超えていることに繋がる。
美玲の専門分野は言わずと知れたトロンである。しかし事件の様子から察するに、霧に関しては電子的な接点はほとんど見当たらない。
しかし彼女は確かに、「想像以上」だと答えた。彼女が想像してる以上に、事件は深刻であることはまちがいないだろう。
(これは相当な苦労と忍耐が強いられる話になりそうね)
目の前の秦旗の社員、趙瑞葉を、そしてその向こうにいる王美玲を見ながら、そんな事を皇は考えていた。

「大体事情は飲み込めましたわ」
皇はふう、と一つ息を吐き出した。
「久しぶりにこっちに来てるから、二人でゆっくりお話しようと思ったのに…残念ね」
何事もなかったかのように呟く皇。趙は軽く微笑んだ。
「さてと…じゃあ、もう一つだけ聞かせてくれないかしら?」
彼女は持てる知識を総動員して、何を聞き出すべきか考えた。
「この事件を追ってみることにするわ。そこでもし良ければ、でいいんだけど…」
皇は名刺をポケットから取り出した。
「私のポケットロンの番号よ。私に霧に関する話を、出来る限り融通して欲しいの。もちろんこっちでも調べたデータ、必要と思われる情報、それから多少の礼金はお支払いしますわ。あなたのお仕事の邪魔にならない範囲でいいんだけど…ムシがよすぎるかしら?2、3度お会いしただけなのにね…」
ここで情報が手に入るのと入らないのでは、今後の調査に雲泥の差が出てくる。
何としても、一番核心に近い「王美玲」の協力は取り付けておきたい。
だが彼女は、皇の知人であるまえに、秦旗の人間である。やすやすと協力が得られるとは限らないか…
等といろいろなことを考えながら、皇はもう一度趙の顔を見た。

http://member.nifty.ne.jp/heinrich [ No.463 ]


死の予感、そして

Handle : ”デッドコピー“黒人   Date : 2000/08/18(Fri) 02:53
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20代後半/♂
Post : リムネット・ヨコハマ電脳情報技師査察官


自閉症モードに強制的に移行されてから22時間が経過しようとしていた。
とても暗く、暇を持て余すこの空間だが、彼は人が言うほどこの空間が嫌ではなかった。いや、正確にはこの感覚には馴れていた。もとより、脳だけの存在のためなのか、半分壊れているからなのかはわからないが……。
彼は意図が言うように、自分か壊れていることを十分自覚していた。また、だからこそ、あのキチガイじみた実験にも絶えてしまったのだろう。彼らが言うまでもなく、自分でもそう思う。
だが、その見かえりとしてウェブという空間を与えられたのだから報酬は悪くない。なにせ、あそこには……。

突如、強制的に目を覚めさせられ、彼の物思いは強烈な光によって遮断された。
目が慣れてくるとそこはかなり薄暗い部屋の一室だった。
一人居る女性を気にせずに辺りを見まわす。首を回すときにかすかなモーター音もしない。良い義体だ。
静かに手を見て、それから、いつも通過儀礼のように置いてある目の前の全身を映し出す鏡を見て……絶句した。

もちろん、全裸だから驚いたのではない。
ちゃんとした皮膚がついていた。クローム剥き出しの体ではなかった。
「場合によっては、今回は外出してもらうわ」
彼の驚きを確認してから、彼女は口を開いた。冷淡に勤めているようだが、声は少し震えていたし、いつもの丁寧な口調とも違った。
「時間がないので、手短に説明するわ。今回のあなたの任務は、今、このヨコハマで起こっている「霧」にまつわる事象をより深くまで探り、その情報を持ちかえること。
事態の収集がはかれる場合には、そのようにしてもかまわないわ。
今回の任務にはbeyond seekerを使用。タップは好きなものを。ただし、MATRIXと中央メインフレームの使用は不可。
なお、両肩が一回り大きくなっているのはそこに第1種耐久テストを合格した記録媒体が入っているためよ。あなたの過去4時間のIANUSデータはそこに保管されるわ。
また、外出時のためにシルバーレスキューを用意してあるけど、あなたの強制回収が不可能とIANUSが判断した場合には、あなたの持つ全電力を用いてデータはサテライト経由で本社に転送。残電流を着火に用いて、体内のデミフレア・ナパームによって、義体は焼却処分。注意を厳重にすること。命が惜しいならね」
そこまで、彼女は一気に説明した。
いつもの任務ならもっと気の聞いたことが言えるのだろうが、間抜けにも、こんな台詞しか出てこない。
「……御厨……あんた、そこまでやるかよ……」
だが、御厨は気に留めた様子もなく、ちらりと時計を見ると、部屋から出て行く間に、いとも簡単な風に付け加えた。
まるで、晩御飯のおかずでも買って来い、という風に。
「すでに、特例「A-601」が発令してから11時間が経っています。大統領のお墨付きであなたにもサテライトの使用が1回限り許されているわ」
特例「A-601」。俺の頭がイカレていても、この位は分かる。軍事力を持たないリムネットがその使用をやむなしと判断した場合に議会、もしくは大統領の承認を経て北米本社より発令される、まさに特例だ。
それが適応されたから、この義体がここにあるわけだ。
「……戦争でも、起こすつもりか……」
ドアのしまり際に言った俺の台詞に彼女はきつい視線を投げかける。
「先輩の欠片を、少しでも多く拾い集めてきなさい。だから、あなたを出すの。成果がなかったら……そのときは私があなたを殺すわ」
鈍い音とともに扉はしまり、一人きりになった。
微かに俺の中の「彼女」が笑う声が聞こえたが、俺には死神の誘いにしか聞こえなかった。
死神の姿が見え隠れするダイブに向かうのはこれが初めてではないが、今回はヤバイ気がした。

http://www.dice-jp.com/depends [ No.464 ]


夢を歩く

Handle : 趙 瑞葉   Date : 2000/08/19(Sat) 02:57
Style : クグツ◎、タタラ、ニューロ●   Aj/Jender : 20歳/女性/黒銀髪・黒瞳・蒼いアオザイ
Post : 秦旗 営業開発部 2係


 皇の言葉に美玲は趙をして微笑んだ。
「それは願ってもない言葉だわ」

 趙はゆっくりとグラスの水に口をつけ、ゆっくりと店内に視線を泳がせながら手首をさすった。
「でもね___________巻き込まれることになる」
 だがそれも、プロ特有の呼吸でくすりと皇は笑った。
 趙はその笑いを耳にすると、静かに笑って顔を彼女に寄せて囁いた。
「・・・皇さん。夢を最近見る?」少し緊張した色を皇は声に見る。「夢に注意して。見えるものは貴方の辿る全てに繋がるものよ」
 囁いた後、眉を少しばかりしかめて趙は手首をさする。
「__________そろそろ時間ね」
 趙は、グラスの水を飲み干すとスツールから腰を離す。
 そしてかるく皇に会釈すると、思い出したような顔をして見つめ返した。

「__________皇さん。・・・どんな干渉を受けても【事実】を然るべき時に、然るべき相手に伝える絶対の自信はあるかしら?」
 深刻な表情で趙は皇を見つめる。
 趙を通して、美玲が尋ねたかったことは、本当はその問いかけに対する彼女の答えだったのだ。
 趙は自らの身体を通して伝わる美玲の意識にそんなノイズを感じていた。

「【真実】なんて、あたりまえのような言葉かもしれないけれど、それすら伝えられない場所に私達は立ちすくみつつあるのよ_____________」

http://www.dice-jp.com/plus/ [ No.465 ]


決心

Handle : “女三田茂” 皇 樹   Date : 2000/08/21(Mon) 00:27
Style : タタラ●、ミストレス、トーキー◎   Aj/Jender : 27歳/♀/真紅のオペラクローク&弥勒 短い髪
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


 最初、皇は何を言われているのかわからなかった。
「__________皇さん。・・・どんな干渉を受けても【事実】を然るべき時に、然るべき相手に伝える絶対の自信はあるかしら?」
 趙の問い、いや王美玲の問いは、自分が絶対とおもっている仕事に、敢然と挑むようなものであった。
 なにをいまさら、と皇はいいかけて息を飲んだ。
 わざわざ彼女がこのような問いをするという事は、この事件に関してはそれが出来ない可能性を、大いにはらんでいるということであろう。
「【真実】なんて、あたりまえのような言葉かもしれないけれど、それすら伝えられない場所に私達は立ちすくみつつあるのよ_____________」
 続けた「彼女」の言葉は、皇の体を武者震いさせた。
 
 ドクン

 体の中で、何かが弾ける感覚。
 彼女は心底から、この事件を追いたいという衝動にかられていた。

「あたりまえだからこそ、尚更なのよ」
 皇は微笑んだ。
「それすら伝えられないような状況があればあるほど、私達は尚更、それを伝えようと努力したいの。出来うる限りの努力は必ず、やるわ」
 趙は満足そうに笑った。

「事実を伝える自信か…」
 趙が帰った後、ひとり店に残った皇は呟き、空を見上げた。
 相変わらず空は曇っていたが、雨はどうやら上がったようだ。
「…」
 胸に手を当てる。
 まだ彼女の鼓動は、高鳴っていた。
 彼女の心は決まった。
「よし、ひとつやりますか」
 店の喧騒にかき消されるような声だったが、確かな足取りで、彼女は帰路についた。

http://member.nifty.ne.jp/heinrich [ No.466 ]


Re:電話

Handle : 九段浩司   Date : 2000/08/29(Tue) 03:06
Style : エグゼグ◎カリスマ●レッガー   Aj/Jender : 36/男
Post : 音羽組系列九段商事社長


>
> 「くそっ」
>  掌で何度もその側面を叩くも、まったく回復する様子を見せないコンパクトライトにいらいらとしながらクラレンスは舌打ちする。
>  そしてその2分後にはそのコンパクトライトは破片を撒き散らしながら辺りの石の床を転がることになった。
>
>  クラレンスは左眼に埋め込まれた義眼があまり好きではなかった。
>  仕事をするには便利ではあったが、そのIANUSで制御された義眼を通してみるスターライトや赤外線画像があまり好きではなかった。
>  小さい頃から恐れと畏敬の存在であった祖母に幾度も言われた言葉を、既に遠い過去に成人を迎えた今も、彼はその祖母の教えを頭の片隅に置いておくことにしていた。
> 『見えないのは、今見えなくていいことだからさ。見るべきときには自然と見えるようになる。普通なら見えないものを、焦ってみようとするのは愚直の始まりだよ』
>  クラレンスはかぶりを振ってあたりを見渡す。
>  中華街の街灯の明かりは、あまり効果をてらっているものではないようだった。
>  二度目のクラレンスの舌打ちを裏付けるように、どう目を細めてがんばってみても、一向に視界に明るさは戻ってこなかった。それに、関帝廟そのものの構造が光を効果的に締め出す為に最適な造りだというのも、クラレンスの持論だった。
>
>  ぴちゃん。
>  水の音にクラレンスは振り向いた。だが、視界には何も映らない。
>  その音は、まるで小さな滴がぴちっとかすかに音を立てるものととても良く似ていた。
>  ぴちゃん。
>  もう一度クラレンスの鼓膜に届いた周囲に反響する水滴の音に、少しばかりクラレンスは両肩をあげた。いったいなんなんだ?
>  クラレンスは誰でも幼い頃から持つ、暗闇への誘惑に無意識にIANUSのトリガーを許していた。
>  それに答えるように、カチリとクラレンスにだけ聞こえる音と共に、些細な光を持って画を拾うスターライトの視界が広がる。
>  目の前にカビのようなしみに覆われた壁が立ちはだかっていた。
>  床には泥が積もり、見回す辺りの壁にも同様にしみがまだらに続いていた。
>
> 「誰だ?」
>  クラレンスは微かに自分の耳に、囁くような笑い声が聞こえたので辺りを見回し、耳を済ませながら歩き回る。
>  街の喧騒がここまで来たのかもしれないと思うほどの微かな笑い声だった。
>  目を変えるなら、耳もだな。
>  舌打ちしながら、回廊を更にクラレンスは進む。
>
>  ぴちゃり。
>  極近いところで響くその音に、クラレンスは足早に歩いた。
>  スターライトに不自然に起こされた画が、視界の中でまるでスクリーンに映し出されたシネマの様に、天井と床が上下に揺れ、クラレンスの歩調に合わせて踊った。
>  やがて先のほうから、再度囁くような笑い声が響く。
> 「おい、誰だ?」
>  クラレンスは上着の奥にしまわれたホルスターの黒金のダズル18に手を触れながら、足早に回廊を進んだ。
>  回廊にこだまするクラレンスの靴音が、そこらかしこに反響し、やがて最高潮の緊張感がIANUSのシグナルで知らされていることに気が付いた瞬間、嬌声が回廊に響いた。
> 「誰だ!」
>  クラレンスは今度は大声を出しながら右手にダズルを持ち、走った。
>  だが、夜の闇に照らされた回廊は、いらいらするほど長く、昼間歩く距離感とは全く別物だった。あまりの走りにくさに舌打ちし、ダズルをホルスターにちょうど収めたとき、不意に視界が闇に包まれた。
>  意識の中のスイッチを入れ、切った。だがスターライトの視界は戻って来ない。
>  不意に消え去った視界に、無意識に祖母の言葉を思い出した。
>  息を凝らして、静寂に耳をすませる。だが今度は恐ろしいほどに静寂が辺りを満たし、クラレンス自身、これほどの静寂は一度も経験したことが無かった。
>
>  その時だった。
>  また不意に囁くような笑い声が響いた。
>  クラレンスは半ば条件反射のように、今度は赤外線のトリガーを引く。
>  すると10メートルほど前方の回廊に、人影が・・・いや正確にはその輪郭が見える。
>  クラレンスは右手を閉じたり開いたりと動かした。
>  ソレは、決まった時に出てくる彼の癖だった。
>  囁くような笑い声が回廊に響く中、その人影はおもむろに音もなく、こちらへと近寄ってくる。
>  銃を抜け! 牙を剥け!!
>  ぞわりと体中の毛が浮き立つような圧迫感を感じ、クラレンスが上着を跳ね上げてホルスターの黒金を掴む。
>  だが、クラレンスのダズル18が咆哮をあげることは無かった。
>  目の前に神速のような速さで先ほどまで視界には人影でしかなかった人物が、その姿を見せて何かの柄-え-のようなもので、クラレンスの腕の甲を押さえ込んでいたからだった。
>  荒い呼吸を繰り返し、痛むほどに腕に力を入れても微動だにさせない程、精巧に・・・・いや、巧妙に力を押さえ込まれていた。
>  これがカタナかよ!
>  自分が押さえ込まれていた腕の甲に当てられているものが、刀の柄-つか-だということに気が付くと、クラレンスは音がなるほど奥歯を噛み締めた。
> 「あら、イキがいいじゃない」
>  びくりとするような甘い声が首筋の辺りに、背後からかかる。
>  僅かに顔を傾け、視線を背後に向けるといつのまに満たされていたのか、濃い霧の立ちこめる中、真紅の髪の女が立っていた。
>  その姿は絶妙のバランスでカーヴを描き、非現実的なまでに妖しく美しい女だった。
>  その血の色を思わせる髪を緩やかに波打たせながら真紅の瞳をゆっくりとこちらに向けた。
> 「私達の間に居合わせるなんて・・・・あなた能力者?」
>  つぶやきながら、ぞっとするようなアルカイックスマイルがクラレンスを射抜く。
>  それだけではない。ぞっとするような映画で見たような魑魅魍魎としか表現の仕様の無い、幾つもの影が彼女のまわりをいとおしむかのように、漂っていた。
>  やがてその射抜くような視線をクラレンスから外すと女は片手を振った。
> 「まだ・・・はやいわね」
>  身を翻すと音もなく歩きながら、回廊の奥の闇へと女が姿を消す。
>  ふと、叫んで構える自分の腕が自由なことに気が付くと、クラレンスは暗闇に向かって銃を向けた。
> 「・・・・・・・・・・」
>  音もなく目を見張るほどの動きでクラレンスの射界をさえぎると、人形のような笑みで男は柄のもとのつばに指をかけた。
> 「!!!!」
>  限りなく迅速にクラレンスは九つの弾丸を視界をふさぐ男に撃ち放った。
>  だが、その銃の咆哮を軽くいなすように男は鞘に刀を収めたまま弾き飛ばした。
>  ________野郎・・・
>  静かに煮えたぎるような怒りと共にクラレンスは残る片手で素早くもう一丁の銃を抜く。
>  だが、男はそれを言っていたかのようにふわりとその身を翻すと、先ほどの女と同じように現れたときと同じように唐突にその姿を消した。
> 「っつぅ」
>  下ろした両手の動きと共に、首筋に痛みが走る。
>  銃をしまい、手を当てるとぬるりとした暖かな手触りを鈍い痛みと共に感じる。
>  いつのまにか傷を負わされていたのだろう。
>  
>  クラレンスは、やがて遠くから聞こえてくるサイレンの音に我を取り戻し、低く舌打ちすると出口へとひた走る。
>
>  なぁ、那辺。腹が立つぜ。
>  こういう手合いは、実に嫌な感じだ。
>  急速に化石のような夢の記憶から浮き上がる自我と会話しながらクラレンスは、眠りから覚めようとしていた。
>
>  _____________運命の歯車が、また回りだそうとしている。
「ああ、姉さんですかい。とりあえず、言われた通りにやりましたぜ。ええ。サツを向かわせました。ですがねえ、姉さん、奴は何もしらねえようですぜ。それに死んじまうかもしれねえじゃねえですかい。ほんとにいいんですかい?やっちまわなくて?え!そんときはそんときだって。はあ、ですがねえ・・。ツー。ツー。ツー。ちぇ。切れちまいやがった。ま、確かに俺のしったこっちゃねえな。」




 [ No.467 ]


その声は、儚く消える海の泡の音に似て

Handle : “ツァフキエル” 煌 久遠   Date : 2000/08/29(Tue) 05:51
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female/ In Web... "Little Six-Wing'z Angel" I-CON
Post : カフェバー“ツァフキエル” マスター




 自分の流した光が、目的の場所に異常なく運ばれていることを確認して、久遠は小さく息をついた。
 翠とも蒼とも呼べる光がせわしなく交差する空間。見上げても覗き込んでも永遠に続くかのような、深さという次元が
 感じられない空間の中に彼女はぽつんと座っていた。
 その子供のように小さな身体も、六枚の輝く羽も彼女の本来の肉体ではない。けれど、ウェブというこの電子空間は
 彼女にとってまぎれもなく「現実」の一つであり、アイコンと呼ばれるこの姿も自らの現身だった。
「はぁ………………」
 小さくもれる息に合わせて、羽から微かな光がいくつか零れ落ちる。
 もうこちらに来て空気の違いになれるぐらいの時間はたっている――予定外だった長期滞在の費用を少しでも稼ぐため
 に、知人から受けた仕事をいくつか終えている。
 けれど。けれどかつてこの街の住人だった友人の行方は杳として知れない。
 さらに悪いことに、大切な友人の友人……そして彼女自身が憧れを持っていた人物の納得のいかない変貌を目の当たり
 にしてしまった。
 まるで彼女を、この街に留めようとしているかのように。
「どうして…………こんなことになっちゃったのかな」
 幾度となく自分の中で繰り返された疑問。
 その疑問に、電子空間と直結している自分の脳が電気信号に反応して、記憶を矛盾なく01に変換して蘇らせる。


  同じ存在する電子空間で聴いた、見かけた時の、憧れ。その存在。

  初めて逢えた時の嬉しさと、少しの違和感。
  その手に触れられた首筋に疾った、微かな痛み。

 『貴女は……“誰”なの?』

  霧がけぶる夜に交わされた、友人との約束。

 『あぁ、約束だ。皆が立てなかった舞台だ。最後まで諦めないでくれ』

  そして――最後に視た彼女の瞳の深さ。

 『また逢いましょう――――久遠……』


「……どうして……?」
 ポトリ、と膝を抱えた小さな手に、電子情報で構成された涙が零れ落ちる。
 本当の涙ではない、冷たい光の雫。
 けれどその冷たさにさらにどうしようもなく寂しさがこみ上げてきて、涙が溢れた。
「みんなどこにいっちゃうの…………どこにいっちゃったのぉ…………」

 既に“転送終了”の告知は無表情に定期的な点滅を繰り返している。


 膝を抱えて久遠は泣き続ける。その声は、儚く消える海の泡の音のような響きに似ていた。
 闇の中、翠と蒼のコントラストを描く深い海の底。
 彼女はたった独りぼっちだった。


http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.468 ]


PROLOGUE

Handle : “指し手”榊 真成   Date : 2000/08/30(Wed) 00:47
Style : KARISMA FATE◎ KURO-MAKU●   Aj/Jender : 29/♂
Post : 榊探偵事務所


ざわめき。
道を歩く人の話し声。
売り子の掛け声。

ざわめき。
自動ドアの開く音。
何かが焼ける音。
車の走る音。

都会特有の街のうねり。
響き渡る音。
慣れ親しんだ音。
それでいて、聴いたことの無い音。

祝い事だろうか、爆竹の音が聞こえる。
街を歩く龍に合わせ、笛の音が響く。

ヨコハマLU$T、中華街。
赤を中心とした原色の街並み。
一組の男女が歩を進める。

「・・・不思議な、街ですね」

男が言葉を漏らす。
日系の顔立ち、軽くウェーブのかかった髪は伸ばされ、後ろ髪はリボンで纏められている。
仕立てのよさそうなスーツに、コート。
外界と自分を隔てるかのような伊達眼鏡。
そして、柔らかな微笑み。

「あらゆる人を受け入れつつ、それでいて自分が華僑ではないのだと認識する。
決して排他的というわけでもなく、それでいて自分が余所者だと思い知らされる」

目の前にそびえるは関帝廟。
遥かな昔の武将を祭った廟。

「この街に本当に受け入れられるためには何が必要で、そして何を捨てなければいけないのでしょうか、ね」

虚空に問いかけ、見上げるも、かつての英雄は何も答えはしない。
ただ、うねりが聞こえるのみ。

「・・・所長、そろそろN◎VAに戻られませんと。
今夜は黒竜会の方々との食事会が控えております。
それに、項目Cの件も・・・」

初めて、女が声を発す。
事務的な声。感情のこもらない声。
問い掛けられ、男が振り返る。
視界の端に、使われていないのか、古ぼけたビルがうつる。
壁面にはSTARの文字。

「食事会には“王”を行かせてください。あそこの若頭に、私と“王”の区別などつきはしませんよ。
項目Cは“女王”に引き継がせるように。“司教”と“城壁”をサポートにつけて。
私は・・・しばらくこの街に残ります。
貴方、“騎士”には、このまま私のサポートをお願いします」

女の後方を見据えながら、男が言う。
その視線は鋭く、何かを切り裂くかのよう。
見えないものを。これから先の運命を。
短く了承の言葉を発し、女が端末を操作し始める。
沸き起こる喜びを抑えながら。

「この街を覆う霧。それが晴れるまでは、この街を離れてはいけない。そんな気がするんですよ」


欲望の街、ヨコハマLU$Tは中華街。
降り立つは“指し手”榊 真成。そして“騎士”和泉 式部。
・・・かくして、運命の扉は開かれた。

http://www.din.or.jp/~kiyarom/nova/index.html [ No.469 ]


過ぎ去りし夢──因と果の事物

Handle : “那辺”   Date : 2000/08/30(Wed) 05:18
Style : Ayakashi,Fate◎,Mayakashi●   Aj/Jender : 25?(In appearanse)/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


 安らかな、柔らかな、微睡みの中。
 男の筋肉質の胸に滑らせた手に、感じるは暖かな心音。
 穏やかな寝息を立てたまま、身じろいだ女に男は気づかない。
 人に似せた女の姿の上に、虚の衣を被せた牙が微かに欲を感じて疼く。
 まるで、其れを抑えるかの如く、女は再び男の胸の上で静かに目を閉じた。


「ああ、アタシもムカツクさ。そういう手合いは大人しく物語の中にいればいいものを」
 軽い眩暈とけだるさが消えない。
 那辺は口の中で数回鋭く舌打ちし、日の届かなくなってきた奇妙な天候の中を関帝廟の門の柱へと寄りかかった。
「_____大丈夫か?無理はしない方がいい」
「無理?アタシが無理するタマに見えるのかい?ま、心配しなくても大丈夫さ」
 差し伸べられた男の手を微かな親しみを込めた笑みと共に軽く辞すと、彼女は弥勒越しの視線をごく僅かに黒ずんだ点が残る、柱へと向け、呟く。
「知ってるかい?ココは関帝廟爆破事件で、人質に化けたテロリストが死んだ場さ」
 いきなり意図的に話題を変えた女に苦笑しつつ、男はああ、そうだったなと呟いて、女が白い外套から取り出した煙草を自らの方に差し出すのを見て、ソレを一本、受け取った。
「識っているアンタにコイツは愚問だった。しかし、アタシは奇妙な縁(えにし)を感じずにはいられないのさ、ココで起きた激闘も、テロリストの破壊工作といわれた、その後に起きたヤマにも──」
 B.H.Kからの調査、探索依頼が入ったのが丁度霧が発生しだした頃、そしてそれ以前にも那辺と中華街で起きえた事象を繋ぐ糸が、偶然なのか、必然なのかホンコンHEAVENより伸びていた。
 そして、クラレンスとの出会いだ。
 無言で火を差し出した男に一度視線を向け、煙草に火を付けると那辺は紫煙を吸い込みつつ、言葉を続けた。
「──この霧の中から漂うアンタのいう【香り】にも因と果の事物の網目の如き繋がりを、感じずにはいられないのさ。アタシはね」
 ゆっくりと紫煙を吐き出した彼女の呟きに、男は目でゆっくりと自らも吐き出した煙の立ち上るさまを追いかける。
 そして、二人の記憶は数日前語られた、一人の女性との彼女の繋がりへと漂う。


 グラスに注がれたバーボンの氷が、ベットサイドに座る那辺の手の中で溶け、寝物語にしては生々しい縁を男に語る。
──天堂にいたのは別件のビズさ。ある人間を消した、その報復さ。フリーランスに狙われたのは。
 追い込まれて、もう駄目かと思った。その時さ、そのフリーランスを狙っていたオンナに助けられたのは。
 ソイツが、秦 真理。どうだい、意外とお笑い種だろ?
 その後、コッチに戻ってきてからB.H.Kからの依頼が、前に中華街で起きた事件に関しての追加調査と、関係者への接触、情報収集。そして、今のアタシの標的を追うコト、さ。
 だからアタシはまた秦に接触した。事情をきく必要があったからさ。聞き出したよ、あのオンナから、全てを、ね。
 その後だ、秦の養父ウェイン王からビズが舞い込んだのは。
 秦を眠らせる。アタシがあのオンナへの命の借りを盾に取られて、和合李の大班から依頼されたのは、そういうコトさ。ああ、やったよ、酒と一緒に一服もった。
 ソレで、アタシの借りは清算。秦の隠し先なんぞ、アタシは知らない。
 無言で考え込むように、聞き入る男に彼女はグラスを傾けたあと、ゆっくりと視線を向けた。

 ゆっくりと。

 暖かいそよ風が天候を変えていく。霧をソレに惑うモノをいざなうように。
「この霧の中を調べているのは、アンタも知っての通りさ。アタシのB.H.Kからのハントは、アンタからのビズに“抵触しない”いや、アタシがそうするさ。だから──」
 投げ捨てらて赤い火の点が弧を描き、宙に舞う。那辺は弥勒を外すとクラレンスに近寄った。
 その冷たく青い瞳に、彼の姿を捉えて。
「だから、アンタは追うのかい?過去を。だとしたら、アタシはアンタに着いて征くよ」
 那辺は背伸びして、クラレンスの唇にそっと口付けた。熱い、渇いた唇だった。
 ただ静かに彼女のSC-8の着信音だけが、そこに響いた。

 巡り行くは因果が律。繋がるは縁。
 それらの織り成す旋律は、ただ、静寂にもにて巡りゆく。
 其れはいかなる物語を見せ、いかなる人々の様を描きゆくのか。
 まだ、彼女は識らなかった。

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.470 ]


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