ヨコハマ中華街&新山手

[ Chinatown BBS Log / No.539〜No.557 ]


記憶−メモリーズ−

Handle : “女三田茂”皇 樹   Date : 2000/11/16(Thu) 05:47
Style : タタラ● ミストレス トーキー◎   Aj/Jender : 27/♀/真紅のオペラクローク&弥勒 短い髪
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


事態は逼迫していた。
単純に考えただけでも、もはや猶予の2文字はどこにもない。
この状況で、まずなさなければならないことを考えるが、どうにも考えがまとまらない。
ミレニアム、八卦炉、ゲルニカ…
それらを繋ぐ決定的なものが何もない。
(一体どうすれば…やらなきゃいけない事は分かってる、だけど…)
皇の意志とは裏腹に、体が何も示さなかった。
心はここから離れることを考えていた。
が、その時、あの言葉が浮かんでいた。

「__________皇さん。・・・どんな干渉を受けても【事実】を然るべき時に、然るべき相手に伝える絶対の自信はあるかしら?」

この事件に臨む前に、趙が彼女にいった言葉だった。
そうだ。
私はあの時に答えた。何があっても伝える、って。

「…私」
極の発言からすこしの沈黙しかなかったが、それでも皇には十分な時間だった。
3人が一斉に皇の方を向いた。
「正直言って、今の話はぜんぜん見当違いの分野よ。霧の報道を行う為に、こっちに来たつもりだったんだもの。命を懸ける覚悟は、その範囲内でしかやらないつもりだった。だけど…今は違う。この状況を何とかする為に、この状況を伝える為に、命を懸けたい。私もここが、みんなが好きだから…」
「皇サン、これから先は中途半端な覚悟じゃつれてけないよ。本気で危ないことぐらいわかってるだろ?それでも来るのかい?」
「ええ」
皇は即答した。
「真実を伝える。当たり前だからこそ尚更なのよ」
「…わかったよ」
那辺も皇の意志の強さを感じたのか、それ以上何も言わなかった。

那辺からもらった「テープ」を再生して出てくるデータを解析した。
普通の精神状態の皇なら慌てふためくような情報が満載されていたのだろうが、腹に覚悟の槍をくくった彼女には必要以上の驚きはなかった。
背中に冷や汗を感じながら、彼女は考えた。

ダイバには通常、常用回線と非常用回線がある。常用回線で伝達を行ったり、報道や原稿はここを通されることになっているが、それでも間に合わない情報は非常用回線を使い「速報」「号外」として発表できるようになっている。
だがそれ以外に、管理職に与えられた回線が有る。
「レッド」と呼ばれるそれは、全ての回線に優先して接続される。あまりに力が強い為に管理職にしか、その回線の番号は知られていない。
これを使えば、いつでもこの事件の速報はおこなえるるというわけだ。

足らない情報…真っ先に思い付いたのはゲルニカだった。
彼女はポケットロンに登録してある番号をダイアルした。ありとあらゆる連絡先を、思い付く限りダイアルした。
大学時代の友人、取材先の社長。果てはストリートの顔役まで。
そんな中、北米に留学していた肖(シャオ)というオトコから、詳しいデータをもらうことが出来た。
「…多謝」(ありがとう)
『対不知、一路平安。再見!』(気にするな、げんきでやれよ。じゃあな!)
早速3人を集め、テープを再生してみる。

ゲルニカ・蘭堂…研究者。GCI、LIMNET-P、トライアンフ、ジュノーらの共同研究チーム、FCM(フラワークラウンムーブメント)のナノマシンを中心とした研究プロジェクトのメンバーの一人。彼女が関わっていたのは、ナノマシンを制御するシステムの基幹部分の開発だったが、ある日突然彼女は研究陣から退き行方不明。特に奪われた情報などがあるという訳ではなかったが、中心人物がいなくなったことにより研究自体が大幅に遅れた。

「なるほど…ナノマシン、か」
ナノマシン、霧、王美玲…無限と思われていたピースが、少しずつわかってきた。
その確たる証拠をつかむ為…と行きたい所だが、それどころではない。
現状を打破する為に動かなくては。

そう思っていた時、那辺が口を開いた。
「皇サン、関帝廟へ行ってみないか?」

 [ No.539 ]


紅唇

Handle : シーン   Date : 2000/11/17(Fri) 23:05


それは理性とか正義とかの問題ではない。

我々はすべて、ある瞬間、激しい感情に捕らわれ、それからは出られなくなる。

グレアム・グリーン「静かなアメリカ人」より

・・・・・・・・・

夜の関帝廟は水をうったような静けさに満ちていた。
夜とはいえ、常であればカップルや信心深い者達で賑わう時間帯のはずだ。
しかし、今、廟内には榊と和泉、彼らの他に人の姿はなかった。
まるで見えざる手が“舞台”に上がる資格のある者のみを選別しているかのような、そんな錯覚に囚われ榊は苦い笑みを浮かべた。
廟内を進むにしたがい、霧がその密度を増していく。
各所に設置されたライトの柔らかな光に青白く浮かび上がった関帝廟は、荘厳で犯すべからざる神域の雰囲気を、いやがおうにも醸し出していた。
おそらく、一連の事件に大きな関わりがあるだろうこの霧でさえ、何がしか神々の意思であるとさえ思えた。
と・・・
闇の中にたちこめる第2の白い闇のような霧の中に、紅い炎が灯った。
狐火のようなソレはユラユラと揺らめき、彼らが近づくにつれ、やがてはっきりと人の形をとった。
紅い・・・
血のように紅い髪。
辺りを覆う霧の、ソレよりも更に白い肌。
まるで彼を誘うように、髪と同色の紅いチャイナドレスを豊かに押し上げている双丘。
絶妙なカーヴを描く肉感的なボディライン。
ニイと紅唇を三日月型に変じ、女は笑った。
「ようやく・・たどり着きましたよ、あなたに。」
「ゲルニカ・蘭堂。」
榊は穏やかに笑いその女を見返した

 [ No.540 ]



Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2000/11/20(Mon) 01:05
Style : カタナ◎●チャクラ マヤカシ   Aj/Jender : 三十代後半 /男
Post : FreeRance?


 その部屋には調度らしい調度は何もなかった。
 ただ一組の椅子と巨大な四角いテーブルだけがその部屋にある数少ないインテリアだった。
 その巨大なテーブルの上に女性が一人横たわっている。
 趙端葉。
 王美玲の助手としてこの街に招聘された人物であり。
 ついさきほどリトルカルカッタの”神殿”より”荒王”の手によって確保された。
 その瞳は深く閉ざされているが生命の鼓動を伝えるかのごとくその旨はゆっくりとした上下をみせている。
 き〜。
 樹で出来た扉がきしみの音をあげて開かれる。
 かくしゃくたる風情の老人が部屋へと入ってくる。
 老人はテーブルの前に横たわる女性の姿を確認するとすっと腕を振るう。
 その動作に促され虚空から仮の命を与えられた者達が道具をもってあらわれる。
 剣をもった童子と筆を手にした女童。
 その姿を確かめると老人はにんまりと笑顔を浮かべ袖をたくした。
 中華風の衣装にほどこされた銀糸の刺繍が蝋燭の炎を反射してきらりと光る。
「さて、では始めると致しましょう」
 女童が筆を振るうと何もなかった虚空に祭壇の姿が浮かぶ。老人はその際段に向かって礼を行うと複雑な手振りと順をおって呪を唱える。
 仙術を納めたこの老人は多少の術ならば深い迷走も手順も必要とはしないが、それなりの規模の術ともなれば基本的な事を行いさらにその上の高見をみなければならない。
 それが自らの為の行動であるのならばともかく彼が主とする人物の為の行動であるのならば気合の入りようが段違いとなるのもむべなるかな。
 女童が空中に様々な絵を描きつつところせましと部屋の中をかけめぐる。
 いつの間にかテーブルの上の女生と老人は奇妙な形の方陣の中にその身をおいていた。
「さて、貴方自信に記された記録をみせていただきますぞ」
 剣童子がその手にした剣を振り下ろす。
 彼女の体にその剣は深々と突き刺さり、けれど血は流れ出なかった。
 そのかわり閃光がほとばしり意味の解らない数式が空間一杯にひろがる。
 専門家にしか解らないような数式の山だが、彼女と意識を一体化した老人にはその意味がとけていく。
 複雑な封禁で括られたデジタルな情報の流れの塊。
 雰囲気からIANUSやナノマシンに関わることはわかる。だが、データそのものが指し示していることははっきりとは見えない。趙女史の意識がブロックされているのか。それとも本当に理解の外にある超技術なのか。
 老人は大きく一つ溜め息をつくと扉の外で出番を待っていた侍女達を招き入れる。
「着替えを頼みましたぞ。あのお方と茶席に同席して恥ずかしく無いように」
 それだけ言うと老人はその場を後にした。
 その後ろでは僅かな衣擦れの音が響いていた。

**************************************************************
 
「以上が趙端葉がもっていた記憶情報でございます。お嬢様」
 老人は恭しく礼をすると一歩下がった。
 その主人たる少女はなにか物思いに耽るかのように虚空を眺めている。
 しゃらん。
 その耳元を飾る朱金の鈴が艶やかな音色を奏でる。
「IANUSという脳に直接働きかけ意識さえ操作しうる媒体を通じて集合無意識の場をつくりだそうという訳ですか・・・。いえ。それだけではありませんね」
 ゆっくりと瞼を閉じ何かに耳をすませるかのように微動だにしなくなる。
 しゃらん。
 鈴の音がまた一つ。
「元来存在しなかったアストラル界の歪み。繰り返し起こる奇異な事件。魂の流浪・・・・」
「なるほど。封神計画でございますな。これは。・・・・また随分と巨大な規模の術を用いますな〜」
 途中で途切れた少女の台詞を老人が受け継ぐ。
 少女はゆっくりと一度頷くともう一人の男に視線を転じた。
「荒王。聞きましたね?」
「然り」
 少女の問いに男は重々しく頷く。
「続きを当人にきくとしましょう。」
 そして重い飾り扉はゆっくりと開かれた。

*******************************************************************
 
 そこが大酒家の広間と言われても。
 そこが中華の宮廷の一室といわれてもそれは信じることが出来る光景だった。
 統一されたインテリアの中に一人の女性が座していた。
 何故ここにいるのか。何のためにつれてこられたのか。途中の経過がどうか。わかりはしない。
 わかりはしないからこそ。周りに警戒の目を向け差し出された茶にさえ口をつけてはいない。
 これに毒が入ってないなどと誰にも言い切れないのだから。
 そんな雰囲気が彼女の周りに緊張感としてまとわりついていた。
 彼女の名前は趙端葉。王美玲の助手にして友人として注目されている。
 今このときは。
 入り口の扉が開き少女が二人の友を引き連れて現れる。
 彼女がこの部屋にいるあいだ彫像の如く微動だにしなかった召使い達が訓練され洗練された動きで少女を席へと導く。その少女の歩みには支配する側の特有の雰囲気があった。
 その少女こそがこの館の主人なのだろうと彼女の思考に閃く。
 烏の濡れ羽色の髪。まるで鮮血のような緋色の瞳。白磁の肌。炎の様に赤い絹の服。
 胸に閃く陰陽を象った大極のマーク。
 中華陰陽最高議会?
 その名が思い起こされる。
 もしそれが正しければここは敵地であるとは限らない。安全だとは言えないが、それでもまだましな方だと思える。ストリートの路傍で誰とも知らぬレッガーに解体される未来に比べれば。
「初めまして。私は紅家の鈴華ともうします。趙家の端葉様ですね?」
 名前を尋ねられてはっとする。少女のその雰囲気に呑み込まれていた自分を感じぞっとする。きちんと意識をたもたなければきっと吸い込まれる。あの緋色の瞳に。
「ええ、その通りです。あなた方はいったい・・・」
 在る程度の予測はついている。だが、確実ではない。当然の疑問をぶつけることによって何らかの答えが引き出せれば・・・。
「我々は中華の礎にして同胞達を見守ってきたもの。陰陽の理をを知り。風水の流れを御そうとあがく方術士でございますよ。俗に”議会”などと呼ばれておりますが」
 応えたのは少女ではなかった。その隣に影のように控える老人。白髪の美髭をたゆたわせた穏和そうな老人だ。けれども白い髪と髭にうずもれた表情は決して老人のものではない。鋭くも深い英知を讃えた賢者のものだ。
 どちらだろう?この館の主はどちらでも納得できる。でもたぶんどちらでもない。
 どちらもこの程度の館では役が役者に負けてしまう。
 議会。
 その言葉が重くのしかかってくる。
 そして今の今まで眠っていた脳の領域を活性化するかのように記憶と記録が蘇ってくる。
 紅家といえば議会の常任議員の席を持ち時に議長さえ務めることさえ在る名家である。末端といえどもその家名を名乗って顕れるなどということが早々許される立場ではない。彼らが動いていると知ればそれに対応して動こうと企む組織の数を数えることさえ不可能になる。
 いや、だからこそ今動いているのかもしれない。
 この深い霧の中ならば誰にみとがめられることもなく動くことが可能なのだから。
「議会の?」
 反問。そこには信じられないものを信じようと努力する姿勢が見られた。藁にもすがる心境なのかもしれない。
 少女はこの女性の態度をそう感じた。だが、少女の中に眠る年老いた魂達はその奥に別の何かを感じた。
「ええ」
 ただ頷く。その仕草が妙に重々しく疲れを感じさせる。少女のものとは思えない遙か長い年月を生きてきた年輪を感じさせる所作だ。
「状況を説明していただけないでしょうか?」
 何かを決意した瞳の女性。
 少女は頷くと傍らの老人に手をふった。
 老人は恭しく礼をすると一歩前へでた。
 その所作がこの場の主がこの年端もいかない少女であることを指し示していた。
「リトルカルカッタで大量殺人事件が起きておりましてな。偶然通りかかった我が方の術者がこれを巨大な魔法陣と考え調査したところ貴方と興味深い方々が一緒に居たというわけでございます」
 一拍の間をおいて女性の様子をうかがいみる。
「興味深い方々?」
 のどが自然とごくりと鳴る。
 彼女の質問に老人が答えようとしたときそれまで黙っていた第三の人物が口を開いた。
「銀の魔女と黒き魔王よ」
 語る口調は静かだ。静かだからこそ余計に巨大な圧迫感を感じる。
 視線を転じればそこには白い衣装を血の色に染めた大男の姿があった。
「エヴァンシェリンとラドウ。友に世界の裏側では多少は注目を集める術者でございます」
 老人が説明ともつかない説明で後を細くする。けれどそれだけで十分に伝わる者があった。つまり議会の人間が注目するほどの人物に自分が接触していたということだ。
「保険をかけておくべきなのかもしれませんね」
 聞こえるようにその言葉の効果を確かめるように。
「王美玲のデータを預かっていただけますでしょうか?」
 決然とした口調の彼女に少女はゆっくりと頷く。
「かまいません。ですが。私たちがそれを別のことに利用するとは考えないのですか?」
「”議会”の方々の聡明さを疑ってはいません」
 そう言いきる彼女の仕草そのものが議会にたいしての挑戦であった。
 少女は自分の手から巣立つ子供を見るような瞳で彼女をみつめ。静かにうなずいた。
「解りました。」
 その言葉にほっと安堵の溜め息をついたその時。
 そのタイミングで少女が口を開いた。
「あなた方と千早は一体何を行おうとなさっているのですか?」
 ごく気軽な調子での問いかけにすぅっと全てを話してしまいそうになる。
 一呼吸。鍔が喉を通る間。
 瞬きほどの短い間だけ沈黙が横たわる。
「千早と私たちの目的地は違います」
 きっぱりと。決然とした口調でそう応える彼女の瞳には動かしがたい誇りの光がみてとれた。
「解りました。では、これはしかるべき時にしかるべき相手にお渡しいたしましょう。」
 彼女の差し出したデータクリスを受け取り、続いて傍らの老人に視線を送る。
 老人が目を伏せると少女は黙って立ち上がった。
「それでは、また、いつかお会いする日があるかもしれませんけれど」
 深々と一礼をすると軽い足取りで出口へと向かう。
 だが扉の前で一度たちどまると彼女の方へと視線を向けた。
「血縁連なる我らは。どこまで遠く離れようとも家族であると。それは覚えて置いてください」
 それだけ言うと少女は扉を開き外へと出ていった。
 中には老人と彼女だけが取り残される。
 気付くとあの大男の姿も無くなっていた・・・・。

***************************************************************************

「紅 鈴華の名に置いて命じます。趙端葉にカゲを」
 闇の中で何かが頷く気配。そして次の瞬間には風音とともに消える。
「荒王。貴方にはこのリストの人物達にあってきていただきます。」
 ばさりと紙の束が彼の目の前に置かれる。
「あの人を追う手がかりになるでしょう」
 そこに載せられた名の数々に見覚えがある。
 見覚えが無い者も多い。
 
 運命の天秤に荷はのせられた。
 揺れる天秤を釣り合わせる為のお守りは逆の更にのせられるのだろうか・・・・

 [ No.541 ]


交渉 〜RHYTHM RED BEAT BLACK〜

Handle : “指し手”榊 真成   Date : 2000/11/21(Tue) 00:27
Style : KARISMA,FATE◎,KURO-MAKU●   Aj/Jender : 29/♂/伊達眼鏡、リボンで纏めた後ろ髪
Post : 榊探偵事務所


堕ちた天使が 失くした夢を
見つけるための からみあう赤 まじわりの黒
It's called "BLACK"....
It's called "RED"....      〜TMN〜


紅の幻。
白い闇。
銀の糸。
黒い、陰謀。
そんな言葉が頭をよぎる。
まるで夢のような、現実味を帯びない一連の事件。美しい・・・虚無。
しかし、そんな中に確かに存在する、一本の蜘蛛の糸。
それをようやく見つけることができた。ようやくたどり着くことができた。
だが・・・これでやっとスタート地点に立てたに過ぎないのも、また事実。
この糸を、幻に変えてしまってはならない。

「ようやく・・・たどり着きましたよ、貴方に。
初めて貴方の存在を知ってから、2ヶ月弱といったところでしょうか?
その間、貴方のことを思わない日はありませんでしたよ。まるで、恋焦がれる初心な少年みたいに」

ふと何かに思いたように、苦笑を浮かべる。

「・・・ああ、思いたくてもできなかった空白のときはありましたね。
嗅ぎまわる人間が減って、ずいぶんと思惑の進んだのではないですか?
それにしてもつれない方だ。こんなにも思っているというのに、その姿は幻のようにつかませてくれない。それとも、それが魔性ということなのでしょうか」

言いながら、中指で眼鏡の位置を直す。その手は、そのままコートのポケットに。
白い霧の中、浮かび上がるような黒いコートに。

「そんな貴方が、私の招待に応えてくださった。嬉しいですよ、とても。
もちろん、私以外の目的もあってのことなのでしょうがね。
・・・貴方が幻に戻ってしまう前にお聞きしたいことがあるんですよ」

視線の先には、紅い、血のように、炎のように紅い髪。

「所詮、貴方にとって私などは路傍の石にしか過ぎないのでしょう。
ですが、窮鼠猫を噛むとも言います。
それに、私のクライアントは貴方とはいえ無視できる存在ではないのでは?
虎の威を借りるようで申し訳ないですがね」

言葉を区切る。
相手の瞳を正面から見据える。
術を使われる可能性を完全には否定できない。しかし、視線は逸らさない。
強い意思を込めた、視線を送りつづける。

「・・・今まで、お互いにその目的を知らないままに敵対していたように思います。
ひとつ、話してはいただけませんかね?
それによって、協力・・・とまではいかないまでも、妥協できる点は見つかるかもしれませんよ」

そして、穏やかな微笑を浮かべる。

「いかがです・・・Miss.FireElement?」

http://www.din.or.jp/~kiyarom/nova/index.html [ No.542 ]


機械が観る夢、追う者がみる夢

Handle : シーン   Date : 2000/11/21(Tue) 15:49


 頭が痛い。チリチリする。大脳の辺縁系の辺りだ。もう既に失って久しい。
 身体の殆どが機械化されたと言うのに、「まだ」痛みを感じる。
 義体に収まり、幾らかの領域の脳までもが珪素や非結晶体のアモルファスを基盤として構成された高密度なハイブリッドの脳体の中に生きているハズなのに。
 そう、俺は機械だ。高価で、限りなく繊細な、電子戦闘マシン。御厨がマン-マシン・ハイブリッド・・・MMHと吐き棄てるように呟く存在。
 大脳皮質の代わりに限りなく高密度で、超微細な神経回路を網の目の様に張り巡らせたチップを積層搭載。電脳の糸の城砦を、風の様に駆け抜ける為にギリギリまで研ぎ澄まされた氷の様に冷え切った結晶。
 砕ける時はガラスの様に飛び散るに違いない。
 いや、砕ける時が来たなら、だが。
 電子のノイズを打ち放ちながら笑い、青い格子が海の様に広がるグリッドから意識を抜き出す。グリッドの上で秒単位の長い会話と意識交換を繰り返して、幾らか見当がついた。潜りつづける理由は無いだろう。
 目の前には見慣れた部屋が広がる。
 俺はゆっくりと立ち上がってWaWを首元から引き抜いて部屋を出た。
 その扉の外では、カーライルの社章をつけたノートリアスが黙ってこちらを見つめている。
 もう済んだのかと言いたげな目つきだ。
 俺は口元だけで笑って手を振り、【墓場】を______廃棄処分区画から真っ直ぐコ・モニタルームへ向かった。そろそろ頃合だろう。
 どうせ無防備だ。何処に居たって、何処に「繋がって」いたって変わりゃしない。守らなきゃならないようなものは、持ち合わせないことにしている。
 久しぶりの高揚感に身体中の血が沸き立っているように感じる。ドクン、ドクン。人工臓器が波打つ振動まで感じ取れる位だ。
 俺は、まるで金庫室のような扉を押し開け、中にいる人物へ声をかけた。
「酷い散らかり様だ」
 コ・モニタルームの分厚い三重の扉を潜ってたどり着いた部屋には、暫く人が使わない空間特有の据えた空気の匂いが微かに漂っていた。その隙間の僅かな場所に、汗の匂いが染み付き始めている。
 ダレカンが凭れていた身を起してベッドタイプの環境型タップユニットから顔を覗かせた。
「_______もう気づかれたのか」
 口元を歪めながら俺を睨みつけ、吐き棄てるように呟いた。
「あぁ」
「すまないが、今取り込み中だ」
 取り込み中? 俺は僅かに肩を竦める。
「アンタもまだ彼女を追っているのか。彼女のゲームは終った。俺等が知っている彼女のゲームは」
 チリチリとまた俺の神経が音を立て始めた。まるで楽器の弦の様に痛みを奏でる。ダレカンの怒気に無意識に圧迫感を感じたのを察知して、チップがホルモンだけでなく神経伝達にまでも手を伸ばしているのだろう。だが、それでも彼が怒っているのだけははっきりと感じた。それは、僅かな恐怖として感じる。
 ふん、コントロールも効かない。こいつはシュールだ。
「悪いがゲームはこれからだ」歯を噛み鳴らす音が聞える。「“俺”が知っている彼女のゲームはこれからなんだよ、“デッドコピー”黒人さんよ。“Shoot The Movie”で奢ってもらう約束がまだでね」
 ダレカンがゆっくりと身を起した。
「俺だってゲームの中にいる一人だ。フン、デッドコピー・・・御前は一体何モンだ?」
 俺か?
 俺はリムネットの住人・・・そう、お前と同じだ。 その前? 何処まで正しい記憶なのかわかりゃしない。言うなれば継ぎ接ぎの身体だ。記憶が継ぎ接ぎで無い確証など、何処にあろう。
「北米連合LIMNET-P所属、第弐電子兵装の黒人だ。 だが、三年前からアンタが知っているリムネット・ヨコハマの“デッドコピー”黒人である事に変わりは無い」
 憮然とした表情でダレカンが目を細めた。
「・・・御前、見つけたんだな」
「あぁ________、見当はつけた」
「何処だ?」
 ダレカンが勢いよく胸倉を掴みながら歯を剥いている。
 俺は面倒な気がしてその手は振り払わずに答えてやる。
「最上層だ。ソラとまでは言わないが、一番そこに近い場所だ」


----------------------


 耳を弄する想像以上の爆音に、思わず顔を顰める。
 遥か太古の時代から長い年月を経て大河に削られ、出来上がったのだと言われている巨大な峡谷の平坦な頂上部に、半ば要塞の様に敷設された空港施設が所狭しと広げられ、そこにはひっきりなしに航空機が離着陸を繰り返している。
 視線を上空から地上へと下ろす。
 目の前でドックのスタッフと大声を張り上げながら安部が何やら話し込んでいる。
 数メートルしか離れていないが、俺の位置からは彼らのやり取りが聞えない。
 きっと、向こうでの算段に関して何かやりとりでもしているのだろう。
 俺は視線を背後に向けて振り返る。
 今度は真黒で光沢の無い機体が、視界いっぱいに広がる。
 [ SR-99 RayStorm ]。
 御厨が血眼になって交渉を繰り返した結果、グループの上層部が条件付で彼女の要求を飲んで提供したモノの一つだ。だが、彼女はその条件の全てを俺にまだ話していない。
 その要求がかなり無茶なものであるというのは、安部がこうして直接現場に姿を見せている事から用意ならざるものなのだと窺い知れる。言わば中間とも言える部長を飛び越して、直接、安部に話が通された。
 阿部は俺が知る中でも最も、苦手なタイプだ。
 非常に有能だが、人の命をやり取りすることに非常なまでに長けた奴だ。機械といってもいい。
 御厨、何をやるつもりだ? これは見返りに何を求められてのことなんだ?
「なぁ、兄さん」
 グレンが横から声をかけてくる。
「俺は身近な政治の事に関しては必要な分だけ知るべき事を知っているつもりだが、キャンベラAXYZと言えばオセアニアの拠点だ。それも軌道への・・・言わば唯一地上と繋がった場所だろ?
 政治的に開かれちゃいるが、直接入国は受け付けない微妙な国のはずだと思ってたんだがね。ましてや今、俺達がやろうとしているように軍属機で領空から入国?」
 冗談だろといった表情で彼が両肩を子供の様に竦めて見せる。オリーブシェイドの眼が日の光に反射する。
 【天賦】グレン・黎。
 メレディーが姿を消す寸前、最後に彼女が接触した人間。
 情報部の報告書を手にした後、上層部はまず御厨にこう告げた。
 霧と一連の事件、各国の諜報部の活動をまず調べ上げること。もしその諜報活動線上にメレディー・ネスティスが現れた場合、その活動が北米連合における脅威となりえる場合には、速やかに「回収」すること。________生死は問わない。
 メレディーは元々、LIMNET-P社の会長でもあるネスト・マクローネルが引き取った戦災孤児だ。本人は覚えていないかもしれないが、ネストが彼女を引き取って自らの養女としたのはデータに残る事実だ。また、その後長い年月を経て彼女が生体と機械を有機的に接続するニューラル・ブースターの開発過程におけるモデルケースとされたクローン体となった過去も機密扱いだ。本人もそれとは理解していない。そもそも彼女が日系企業と北米連合の共同作戦において事故死したことが一番最初の始まりだ。
 「何か」の回収作業だという事までは調べがついていた。
 その鍵となる情報をメレディーが抱えていることを上層部は憂いている。
 本来であれば抹殺することで解決となる提案を、会長のネストが断固として反対しているからだった。彼には、事故死した養女への想いを捨てられずクローン再生した経緯がある。当然の推移だ。
 御厨は俺に言った。
「私達の知る“彼女”を取り戻る為に協力して頂戴」
 中華街での事件以来、記憶を失って彷徨う彼女を連れて帰ること。保護だ。
 しかし今度の霧に関わる事件で、彼女が大きな繋がりを持っている事もわかっている。
 俺達がやろうとしているのは、彼女の居場所を特定し、その“意識”を連れ帰ることだ。調べがついている限り、クローン体を経て、今の彼女はROM人格構造体を経由した義体に半有機的に納められている。恐らく人格というよりもアイデンティティ的な自我が崩壊しかけているはずだ。
 それが原因で“霧”に関わり、事件の一端を担っているのであれば連れ帰る必要がある。おまけに彼女を監視していたウォッチャーの報告になる奇怪な発光現象や、ウェブにおける神がかり的な移動-シフト-の真偽を確かめる必要もある。
 今の言わば病的な状態にある彼女がどう考えているかわからないが、霧にまつわる一連の時間は巨大な紛争へと移行しつつある。
 その有事へと発展させない為に様々な各国の機関が活動している事は理解している。
 外野の俺達ができる事は、メレディーの活動を抑制し、煌に・・・煌 久遠にその情報を引き渡すことだ。
 今恐らく、電脳的手段で彼女がいると思われる軌道層のグリッドへとシフトできる可能性を持っているのは、黒人と煌だけだ。能力で勝るものはいるが、他の人物では不安定要素が多すぎる。
 軌道層への電子的な道は、用意できる。
 ________“宴”が始まれば。

 隣で俺を見つめるグレンに、俺は答えてやる。
「キャンベラに行く手はずは、整えてある。_________なぁ、そうだろう? 安部」
 いつのまにか音も無く俺たちの側に戻っていた阿部が頷く。
「______時間が無いから簡潔に言う。今から北米連合軍の国境警備軍とキャンベラの防衛軍の共同演習が行われる。航空機を利用した海上演習と、静止軌道上での輸送支援演習だ。御前達の機体が“特務”として所属する部隊は、ここから軌道上へと飛ぶ。そこでバウンドキャッチャーと接続合流。補給の後、キャンベラへと入国。軌道エレベーターを経由してヴァラスキャルブへ移動する」
 途切れさせること無く淡々と阿部が、言葉を紡ぐ。
「言っとくがこの演習自体は、当初から予定されていたものだから途中、仮想敵機とのシミュレーション演習がプログラムとして含まれている。悪いが有意義なフライトとは行かない」安部が俺の脇をすり抜けて、SR-99の機体を右手で叩いて指し示す。「オート・マニューバで静止軌道上のバウンドキャッチャーまでフライトだ」
 そして、奴がにやりと笑う。
「とんでもない体験だな。軍属の現行最新鋭機で軌道圏へのフルバーナーを体験だ」

 たっぷりと地上を離れる重力を味わい、ブラックアウトしかける意識を掴みながらキャノピー越しに視界がくらむほど眩しい高層圏の空を見渡す。
 グレンは後部席でうめいている。
 俺も演習以来の体験に、マスクにもどしそうだった。
「なぁ、彼女を見つけたら、なんて声をかけるんだ?」
 俺の質問に、彼が呟く。
「そんなもん、逢ってみなきゃわからないだろう。だがな、俺の女神を貸し出してやったんだ。延滞料金くらい貰わなきゃ、嘘だぜ」
 そう笑いながらバイザーを叩いて見せる。
 彼は、メレディーが姿を消すまでの間、残った人格で強い繋がりを持った最後の人物だ。俺たちの知る彼女の「今」を飛び越えて、彼の存在が必要になるときがくるかもしれない。
 俺は苦笑する。
 結局あれだけ近い距離にいたのに、昔から側にいた俺たちは彼女に何もしてやれなかった。
 霧に関わる事件もそうだ。所属する繋がりが“当事者”だけに、動き様が無い。
 報告書では数人の人物が組織を通してだが事件へのアプローチしている事も聞いた。
 後はそれに任せるしかない。
 ________神災を越える被害を、LU$Tを中心に引き起こすわけには行かない。
 あの時まかり也にもLU$Tを救おうと命を投げ打った彼女が、今度はLU$Tを消し去るほどの有事に加担しようとしている。
 編纂室なのか、それとも______________

 突然、バイザーの視界と耳元のヘッドセットから映像と音が展開される。
『______アルファ-1、エンゲージ』
『______各機、右へブレイク。右だ、スターボード!』
 目の前のバイザーのディスプレイに流れるようにフライトラインが展開される。
 PAN,PAN,PAN. DE FSTN. CODE N,A 2 AXYZ. OVR...
 目の前で勝手にスロットルが跳ね回り、エンジンが咆哮を上げた。
 3.5Gをかけて右旋回を開始。その後、視界が戻る前に5Gで旋回降下。
 僅か2,3秒で1000メートルを越えるラインを描く機動に内臓が押しつぶされそうになり、視野が暗くなる。
 意識が引きちぎられるような想像以上のオート・マニューバ機動だった。
 グレンが悲鳴をあげた。
『______デルタ-3、被ロックオン。エンゲージ』
 自分達の乗る自機が更なる高機動を描く。演習でマニュアルを通して何度も読んだミサイルと敵機回避の超高速自動機動が始まる。シートに押さえ込まれ、目が見えなくなるほどのGが圧し掛かる。もう目が見えない。前身の血液が移動した。そこで俺の意識はブラックアウト。
『______デルタ-3をオート・マニューバへ』
『______PAN,PAN,PAN。コードU、ユニフォーム、ユニフォーム!!!』
 さながら実戦の機動を行いながら、各機が敵機を回避しながら静止軌道上へと緊急上昇して行く。
 SR-99が各ポッドを投棄して仰角をほぼ垂直に立てる。周辺空域に高出力ECMを展開。
 気を失っているグレンとクリスのバイザーにV-maxの文字が躍る。
 SR-99の四発のエンジンがリミッタを切られて、限界に迫るパワーを搾り出すと同時に独立した完全飛行制御機となる。
 その途端、各機が上方へと高速でシフトを始める。凄まじい大Gがかかり、機体が撓る。SR-99に搭載されたジュノー社製 ACE-R vvs1が吠え、ロケットを越える加速が始まった。
『______各機、ブレイク! ハード・ポート!!!』
 ACE-Rに水素が流れ、ラムジェットの炎が尾を引く。

 行く先は、静止軌道からキャンベラ新国際空港。
 AXYZ市の北東15kmの地点にある、国際空港。オーストラリア一の発着便数を誇る“ルチアディース”に管理された巨大空港だ。
 そのはるか上層にあるヴァラスキャルブに、黒人が彼女の足跡を見つけていた。
 時間が無い。
 然るべき時間と場所-グリッド-に、煌と黒人を立たせねばならない。
 ブラックアウトの直前までクリス・ハーデルが考えていたことだった。

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.543 ]


無慈悲な夜の女王

Handle : シーン   Date : 2000/11/25(Sat) 00:58


ザア・・・
夜風が廟内を吹き抜けた。
一瞬払われた霧の向こうに、ライトの作り出す陰影に隈取られたゲルニカの白い顔が淡く浮かび上がった。
妖しく、美しい、まるで月光の元にのみ咲くと言われる花のような艶やかな笑みの向こうに、榊はなぜか胸を締めつけるようなせつない哀しみを見た気がした。
「この霧の中では誰も、その本心を隠し通す事はできないのね・・」
そんな彼の思考を読みとったのかゲルニカは苦笑した。
「あなたの質問に答えましょう。」
「あなたは私の招待に応じてくれたのだから・・」
ため息とともに、呟くように彼女は言った。
「この霧には術的処理を施したナノマシンが含まれているわ。」
「それはIANUSに着床する事により、ある変化を起こすの。」
「つまり・・・」
そして、ゲルニカはニンマリと笑った。
それは今までの艶やかな笑みとは違い、まるで悪戯を思いついた子供のような、小悪魔的な笑みだった。
“こういう事が可能になるのよ。”
「!」
突然頭の中に直接響いた声に、榊が訝しげに眉を寄せる。
その様子に、どこか満足した風にゲルニカは軽く手を振った。
「心配しなくてもあなたの“お守り”は本物だわ。」
「ただ、“受信機”の性能が良すぎるだけ・・」
「そうか・・・」
榊が呟く。
「精神感応・・テレパシーか。」
この街に足を踏み入れて以来、彼を捕らえ続けた疑問。
どこか感覚が広がったような違和感。
それらの疑問が今、氷解した。
「この霧は人を一種のテレパス、精神感応者のような状態にするのか・・」
「そうよ。」
そんな榊の反応を楽しむかのようにゲルニカは眼を細めた。
「でもそれはちゃんと訓練をつんだ者の場合よ。」
「もっとも、フツーの人はマヤカシとしての修行なんて、していないわよねぇ・・」
まるで他人事のように、むしろ楽しげとも言える口調で彼女は言った。
「フゥ・・」
ため息ともつかぬ声で榊が低く呻く。
例えば、自分を快く思っていない隣人の悪意や、刹那の殺意をそのまま感じ取る事になったなら・・・
それだけではない、人が心を偽るのは何も他人に対してだけではないのだ。
自分自身の心の奥深くしまわれた背徳的な欲望が、過去の忌まわしい記憶が、リアルな悪夢となって眼の前に現れたら。
人の心はそれに耐える事ができるだろうか?
自分は、それに耐えられるのか?
その思いに、榊は戦慄を憶えずにはいられなかった。
「悪意は、さらなる悪意を生み、恐怖は形となって姿を現す。」
「それは、瞬く間にこの街を覆いつくすでしょうね。」
歌うように・・ゲルニカは言った。
それはまるで予言者の神託のようだ。
今や、その瞳は紅く禍々しい光を発し。
夜風になびく美しい髪も、紅蓮の炎のように妖しく揺らめいていた。
それでもなお・・・
心を鷲掴みにされたような恐怖に捕らわれてもなお、榊はそんな彼女を美しいと思った。
もしかしたら、すでに自分はこの緋色の魔女の魔力に捕らわれているのかもしれぬ。
そんな予感が心を掠める。
しかし、彼には今だ感じられた。
蠱惑的な笑みの向こうから、まるで助けを求める儚い叫びのように聞こえる彼女の悲しげな声が。
それは雨にうたれ、震える子供に手を差し延べるような、ごく当たり前の感情にほかならなかった。
「違う・・・」
榊は呟いた。
彼が今までも、そしてこれからもそうして行くように、彼の中の真実を素直な言葉に乗せ、ゆっくりと一語一語区切るように。
まるで自分自身に言い聞かせるように。
「私が知りたいのは・・本当に知りたいのは、そんな事ではありません。」
「こんな大がかりな事をしてまで、あなたが成し遂げたいと願う・・あなたの目的です。」
そして彼はまっすぐに彼女、ゲルニカ・蘭堂を見つめた。
その言葉は、彼の剣であり、銃弾であり、そして盾でもあった。
そして、それは確かに、そのあまりの素直さゆえに彼女の強固に鎧われた心に確かに届いたのだった。
「それは・・・」
はじめて、ゲルニカが彼から視線を反らし、口ごもった。
“これで対等だ。”
“これで、私は彼女と対等に話合う事ができる”
そう彼は確信した。
その面にいつもの自信に溢れた笑みが、見るものの心を開き、安心させる穏やかな笑みが戻った。
しかし・・
さすがの彼も気付かなかった。
眼の前の妖艶な女性が・・・この街を、いや全世界に波紋を投げかける大がかりな術を行使する高位の術者のその本当の心が、実はひどく傷つきすやく、脆いものだと言う事を。
彼の誠意は確かに彼女に伝わった。
しかし、それはあまりの素直さゆえに、彼女の心をひどく揺さぶったのだった。
彼女に直接的な、彼女の流儀からすればあまりに無粋な手段をこうじさせるほどに。
「女性のプライベートな情報は、それ相応のリスクを伴うものよ。」
微かな怒気をはらんだ声音で、ゲルニカは言った。
「そうね・・ゲームをしましょう。」
「その子達を退ける事ができたなら、その問いに答えてあげるわ。」
そして彼女は軽く手を振った。
それが合図であったのか。
榊の周りの暗闇から、様々な動物の頭部を持ち、隆々とした筋肉に鎧われた者達が姿を現した。
その鋭い牙はボディアーマーを紙のように切り裂き、彼の胴ほどもある太い腕から繰り出される一撃は、全身の骨を容易に砕くだろう。
数十体はあろうかと思われる異形の群達は、徐々にその輪をせばめ、彼らの主の合図を待った。
たとえ榊の忠実な騎士たる和泉といえど、彼を守りそれら全てを屠る事は難しいだろう。
この場を脱出する事さえ、困難だと思えた。
彼の頬を冷たい汗が伝い落ちた。
そして・・
残酷な、夜の女王の手が裁きを告げるべく振られたのだった。
「さようなら、探偵さん。」
どこか悲しげに、ゲルニカは呟いた。

 [ No.544 ]


決断

Handle : “指し手”榊 真成   Date : 2000/11/25(Sat) 03:07
Style : KARISMA,FATE◎,KURO-MAKU●   Aj/Jender : 29/♂/伊達眼鏡、リボンで纏めた後ろ髪
Post : 榊探偵事務所


「ゲームですか。以外に子供っぽいところもお持ちのようで。
・・・ますます、貴方のことが好きになりましたよ」

動揺を、少なくとも表にはあらわさずに、ゆっくりと言う。
そんな彼の前に、様々な動物の頭部を持ち、隆々とした筋肉に鎧われた者達が立ちはだかっている。伝説に伝えられる、人狼、人虎、人熊。それらがゆっくりと、だが確実に迫ってくる。その数、数十体もあろうか。
ひとたび主の命があるならば、榊の身を引き裂かんと踊りかかってくるであろうことは疑いない。
和泉が微かに腰を落とし、鯉口を切る。円を描く刀の間合い、それを越えるもの、全てを切り伏せる構え。
しかし榊には、そして和泉にもわかっていた。彼らだけでは、この包囲を破ることすら出来ないであろうということが。だが・・・
榊の機械の左眼に、敵の数、間合い、周囲の地形情報、そういったものが映し出されていく。
戦術指揮管制システム、タクティカルコンピューター“ボーンヘッド”。
廟内外に配置している“兵士”達、それにこのシステムによって補佐された榊の指揮があるならば、それも可能か。霧によるIANUSへの影響も、“兵士”への指示の助けにこそなれ、阻害するものではない。・・・少なくとも、今はまだ。
IANUSを通じて“兵士”と連絡をとろうとし・・・
ここで、榊に躊躇いが生まれた。

(・・・はたして、この場で血を流していいものか?)

彼の推論にある“贄”の存在。それがもし的を得ていたとしたら?
呪術的に要所といえるこの場で血を流すこと。それが、彼女等の計画の後押しをすることにつながるのではないか?
ましてや、過去にこの場でどれだけの血が流されたというのだろうか。
その推論が、彼を躊躇わせた。
その知性が、彼を縛った。
そして・・・
残酷な、夜の女王の手が裁きを告げるべく振られる。

「さようなら、探偵さん」

どこか悲しげに、ゲルニカは呟いた。

「・・・そんな悲しいことは言わないでください。私はまだ、終わりにするつもりはありませんよ。
あなたの事をもっと深く知るためにも、ここで倒れるわけにはいきません。
なにより、パーティーで貴方をエスコートするという約束をまだ果たしていないのですから」

微笑みを浮かべながら、決断する。全ては、この場を生き残ってからのことだ。
安易な選択かもしれない。だが、一時彼女等に遅れをとるにしても、生きていればこそ、挽回の機会もあるだろう。
彼は、悪しき完全主義からは無縁の存在だった。
数十の銃が、獣達に狙いを定める。
数十の盾が、彼の元へと駆けつけんとする。

そして・・・

http://www.din.or.jp/~kiyarom/nova/index.html [ No.545 ]


世界で一番小さかった国

Handle : シーン   Date : 2000/11/28(Tue) 04:19


 足早に歩く。
 通り過ぎる門の脇に、ゴールデンオレンジとブルーの縦の太めのストライプに紅いラインが走る姿を見かける。それは、サンピエトロ大聖堂を目前にした広場で、近衛兵が質素ながらも必要な装飾がなされたパルチザンを手にして石の様に不動の姿勢をとっている姿だ。
 いま足早に通り過ぎようとしているこの場所は、災厄の起こる遥か以前の時代から受け継がれた歴史の重みが彩る広場だ。それに、優雅でありながら重厚な美しさをみせる近衛兵も国内外から様々な評価を受けている。たが、自分にとってはそれは憂鬱な気分を呼び込むきっかけとなる存在に過ぎず、自身の大司教という肩書きも今や単なる重みと不自由さを味わう足枷に過ぎなかった。
 無意識の癖が顔を覗かせ、舌打ちした。
 災厄前は総本山と言われ、僅かに選ばれた900人の国民だけが住まったこの国も今は大きく様変わりした。教皇が住む世界最小の国が、数百万の教えを授ける司教が住まう場所へと変わってしまった。 人口増加とは裏腹に、災厄後の時代の流れに真教新派である聖母を礎とした浄化派の思想が乗り、爆発的に世界各地に広まり始めた。気が付けば肩を並べくしていると風潮される時代-とき-を甘んじて受け入れざるを得なかった現実が目の前に横たわっている。
 どちらの誕生が先だったか?
 果たして、いま人が真教に見る姿は何処にあるのか? 初代教皇の御霊が流す涙がこの国に溢れるに違いない。
 一体この有事の異常事態に、どれほどの人々が気づいているのか。
 災厄後、世界最大規模の発展を遂げたとはいえ、あの領域はあくまで一角であったはずだ。各地に点在する【極点】の一つでもあるLU$Tで・・・それも、古の時代から築かれてきた「聖地」に幾人もの人間が足を踏み入れている。それもそこから、【父】を呼び起こそうとしている。
 辺りには目もくれずに、広場の右奥にある石造りの館へと足早に歩を進め通り過ぎてゆく。
 頭を振った。 ____________終わりのない、懺悔のようだ。
 館の正面玄関から石造りの回廊を経て上階へと昇る螺旋階段を、気を取り直してただただ無心に上がってゆく。
 やがて終わりのない悩みの答えが姿を見せる前に、階段が長い回廊へと変わった。
 尖塔のような石造りの螺旋階段を昇り終るところで、人にわからぬような溜め息をつき、声を大にして回廊の脇に立つ近衛兵に声をかける。
「___________テオドア・ベルニーニ。教皇猊下の召還に応じ、ただ今参上仕りました」

 部屋の中で数時間前から続いている静かな議論に、彼は些か腹を立てていた。
 自分と同じく各方面に配された司教が発言を繰り返してはいるが、まだ何一つ答えを得ることができてはいなかった。それを更に演出するかのように、議論を束ねる大司教が重々しい苦しげな表情の顔を添えていた。
「_________そもそも、早すぎたんじゃないかね?」
 細いフレームの眼鏡をかけた極東方面の司教が口を開いた。
「早い? 」
 問い掛けられた彼は、極東方面司教を振り返った。何が早いと言うのだ?
「蛮族に踏み荒らされた後では話になりませんぞ」
「だから奴等を使うなと言ったのだ」
 次々と堰を切ったように南米と欧州の方面司教が不満の声を上げた。
「何を今更」彼は不満の声を上げた司教達に鋭い視線を向けながら、いらただしくペンで机を叩いた。「勘違いされては困る。そもそも彼らとの協定を最初に口にしたのは貴方方だろう」
 その言葉に欧州の司教が面を上げて答える。
「“奴等”の科学的な理論には目を見張るモノがある」一度言葉を切って円卓の中心にあるほろ3Dモニターを指差す。「我々が【遺産】や【極点】と呼ぶものだけでなく、超自然現象や感応を基礎とした超感覚への科学的なアプローチには正直、驚きを隠せない。考えても見たまえ。我々が古の時代から受け継いで来ているものは、“限りなく”手を加えられたことの無い純粋さだ。だがそれは言い換えれば、“酷く”保守的で・・・呪術的過ぎるものだ」
「当たり前だ。我々が受け継がなければならないのは、そこにあるからだ」
 極東の司教の反論に、欧州と北米の司教が見下すような目つきでねめつけた。
「本当にそう考えているのかね?」
「取引などするべきではなかった」
「この期に及んで奇麗事なぞ、聞き飽きた。我々の同胞全てがそうだとは言わないが、些か懐古的過ぎるきらいがある。観点は異なるが、華僑を見たまえ。言わばファーストインパクトも言えるあの災厄と神災で閉塞するどころか、複雑ながらも各メガプレックスを芯にして勢いよく燃えている。
 我々はどうだ? せいぜい新派の浄化派が異常な状態をもって広がっただけだ・・・実に嘆かわしい。
 我々の誰が“超常現象とは計測上の観点からエネルギー保存の法則に従うことの無いあらゆる現象を指し示す。その現象自体は非常に稀だと考えられているが、実際は現実の物質世界とは異なる世界・・・言わばカバラで言うアストラル界・原形界のエネルギーを現実の物質世界に在るエネルギーに【変換・移行-シフト-】する事により引き起こされているもので、決してエネルギー保存の法則から外れているわけではない。その為、科学的アプローチにより操作は可能。”等と考えて事があったかね?
 論外だ。 我々はまだスタートラインに立ったばかりだよ」
「同感だ」同じく隣の席に座った北米の司教が重々しく口を開いた。欧州の持つ考え方を、最も実践に移そうとしているのは北米だった。数々のメガコープとの繋がりが在り、今回のLU$Tにおける事件の根本的な部分での関わりがある事は、円卓に座る全員が報告として知っていた。それだけに司教の口は重い。「我々がFCMを通してG.C.I.やジュノー、トラインアンフやLIMNET-Pと共同で、今となっては忌々しい存在になりつつある“霧”の根幹を作り上げたのは確かだ。だが、これは裂けて通れない関門だ。ゲルニカ・蘭堂が起した行動は、神成る術の一つを知ったヒトの行動としては十分に考えられる行動の一つだ。恐らくそのような考えは、陰陽議会の古参から見れば当たり前のような筋書きの一つだとすら感じているに違いない。
 そもそも、今のような霧の事件を引き起こしたのが偶々メガコープではなくて、一連の研究における主任技師の一人の彼女であっただけまだ良かろうと言うものだ」
 北米司教の言葉に繋げるように、彼が呟く。
「マヤカシやバサラがその超感覚や超自然現象を引き起こす為のエネルギーを、アストラル界・原形界から引き出しているという考え方もいいだろう。言わば我々の生きる現実の物質界とは概念的に異なる世界で、我々が古の時代から知る天国や地獄などの異界とも違うというのもOKだ。
 だが、この霧で集団的無意識とも言える目に見えぬ領域を“接続”する? __________ナンセンスだ」
「いや、技術的には充分可能なことだ。・・・いや、最初からそうだとは確かに考えていなかったが、現実、可能だったのだ。
 知っているだろう・・・大統領直属の“特機”はその技術をベースとしたテクノロジーで互いに接続されている」
 北米司教の説明の言葉に、彼は眉を顰めた。
「噂に聞くデヴィア・インプラントか」
「その技術の詳細はわからんがね。少なくともこの霧の礎となっている技術とそうかけ離れていないはずだ」
「では聞こう。北米軍でその技術が正式採用の日の目を見て、大規模導入をされないのはどうしてだ? 資金の問題だとは言わせないぞ。イニシャルのスタートに手間と時間はかかっても、正規軍の実戦配備に参画企業が投入する資金に比べれば、そんなに大きな規模でもない。それは、以前にこの席で見せてもらったレポートにあった筈だ。__________粒子の散布に関するコストが想定以上に押さえ込めると言う記述をだ」
 終わりの語調をやや強めながら彼は欧州と北米の司教を睨みつけながら、吐き捨てるように呟いた。
 だが、彼に向かって北米の司教が半ば眼を閉じるようにかぶりを振り、静かに呟いた。
「__________これは我が国で話題になりながらもアンタッチャブルな問題だ。
 公にはまだあまり明らかにされていないが、私が知る限りデヴィア・インプラントは確かに画期的な新しいニューラル・ブースターのスタイルの一つだ。人が持つ意識レベルの要素から無意識レベルの・・・言わば集団的無意識を、有機的・電子的に接続して限りなく意識の殻を広げるのだから。やりようによっては、一つのトロンに幾つもの人格が接続する事が適う訳だ。ソフトやハードの向上と言うレベルではない。利用するこちらが換わるんだ。“既存”の技術を換えるのではなくて、“我々”がね」司教が傍らのコップの水を飲み干す。
「_____だが、それで終るのなら話は楽だ。問題なのは、人がその新しい感応に耐えられない事があるとわかったことだ。わかるかね? 耐えられないのだよ、我々の脳体が!
 脳波喪失-フラットライン-だ。 グルコース代謝もない、完全な死を迎えるんだ」
 北米の司教が自嘲気味に笑った。
「君が想像している以上に、まだ我が国の議会の殆どは古き良きアメリカが遺伝子に刻まれているようでね。酷く細かなところで人道感が問われるんだ。
 死ぬと判っている技術を投入して、誰が、何のために軍隊を作るのだ? だから、大統領だけが“知る”特機なんだよ。
 忘れないでくれ_________ジョニー・クラレンス」
 彼_______ジョニー・クラレンスが、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「知り合いから聞いた話だ。 アストラル界・原形界からエネルギーを・・・超常能力の源となるエネルギーを得るのはいいが、それは、アヤカシやマヤカシやバサラのそれと大きくは異ならないそうだな? だが、それは計測することもできなければ、俺が知る限り結果を・・・例えば、術の結果としてみるだけに過ぎない。ゲルニカ・蘭堂という女は一体何をやるつもりなんだ? 霧でLU$Tの住人達の集団的無意識を繋ぐのはいい。それで一体何をするつもりなんだ?
 今俺の知るLU$TやN◎VAの住人達が彼女達と対峙して、賢明にこの霧の正体を掴もうとしている。それだけじゃない、ゲルニカ・蘭堂に出会うのも決して遠い話じゃない。
 意識が繋がるのなら、得ている知識や思考や感覚を言わば共有することになるのだろう? 彼女はそれで何をするつもりなんだ?
 俺は、教皇領で生まれた司教の一人でもあるが、過ごしているのはLU$Tだ。あまり器用な生き方はできないぞ」
 クラレンスの言葉に、今度は初めてN◎VAの司教が口を開いた。
「クラレンス、貴方が知るようにアヤカシ・マヤカシ・バサラの感応は、通常の人々からすれば“超えた”能力だ。通常ありえないその感応を与えられた人間がどうなるかは察しがつくだろう。直後に意識が砕け散って狂気に走るか、良くて廃人だ。稀に耐える者がいるかもしれないがね」彼はせせら笑う。「能力が開花して適合するものが現れるのなら、それは奇跡だ」
 せせら笑う司教の声に、円卓を取りまとめる大司教が眉を顰めて天板を強く叩いた。
「クラレンス、憤りもわかるが少し控えてくれ」
「・・・」
 大司教が気を取り直したように円卓を取り囲む各方面の司教達を見回す。
「最初に戻るぞ・・・まず報告を聞こう。聖母の子達は?」
 素直に真教浄化派と言葉にしない大司教にクラレンスが静かに溜め息をつく。だが、大司教はそれを無視することに決めたようだった。
 いまや、真教浄化派の教えは世界最大規模になりつつあるのは確かだ。
 真教の一派から生まれた世界最大の秘密結社となろうとしている彼等は、古から受け継がれてきている【遺産】を人類が利用しないように自分達の管理化に置くことで、抑制しようとしている。活動そのものは全てが明らかになっているわけでもなく、現時点は真教の宗家とも言える教皇領の支配から離れ、その力は計り知れない規模になってしまった。
 珪素のインゴットに刻まれた記録を信じるのなら、元々はユダヤ人がエルサレムを追われた時に真教の過激派が作った結社だったらしい。後に欧州を拠点として潜伏した彼等は、我々による弾圧に晒されながらも、流れが異なる様々な術式や魔術を取り込み、果ては今の世の礎となったテクノロジーまでおも取り込んで着々と成長を続けた。
 今では、自分達の意思に従わない真教の各派を抹殺してでも、自らが掲げる終末論へのアプローチを試み始めている。彼等は呟く。聖母の胎内へと還るのだ、と。
「現在、我々の監視で見る限りは“霧”に関わる場所に彼らの姿はありません。“ケーニッヒ”を中心とした薔薇十字団(RC)の活動もまだ見えません」
「活動が見えないだけなら、嫌な悪夢だ」
「華僑は?」
「そもそもの舞台がLU$Tです。各地から大香主やその意を伝える者達が集まり始めているようです。無論、中華最高陰陽議会も調停役として顔を並べています」
「LU$Tの青面騎手幇のトップが替わるそうです。恐らくその集まりでしょう」
 本当か?
「ともかく」大司教が場を治めるように再度天板を叩いた。「これから我々が成すべき事は、我々の先祖が古の時代にLU$TやN◎VAへ施した術陣に必要以上に迫る族-やから-が出てきた場合に、彼らを“狩る”事だ。例外はない。場合によっては、今回の有事は三合会のものではなく、我々の有事でもあるのだ。異教徒の弾圧に躊躇してはならない」
 大司教が両手を掲げて円卓の中央に浮かぶLU$Tの映像に、重ねる。
「今だこの地は、我等が【父】が降臨するには早いのだ」
 クラレンスは考え込んだ。
 現実の物質界だけではなくアストラル界までもが揺れると言うのなら、電脳界はどうなるのか。
 限りなく物質とアストラルの境界面を行き来するような場所にあるその世界はどうなのか。
 彼、大司教が言うように全ての界へと須く我等の【父】が降りるのであれば・・・いや、今言うようにいまだ降りられない場所だというのもいいだろう。
 揺らぐ大地に浮かぶ我々の世界はどうなると言うのか。
 【父】は降りない?
 クラレンスは、今度ははっきりと溜め息をついて部屋の天井を蔽うステンドグラスの絵画を見つめ、目を閉じた。

 ならば、再び【天使】が降りたらどうすると言うのだ?

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.546 ]


A Girl in the Looking Glas...

Handle : “ツァフキエル”煌 久遠   Date : 2000/12/02(Sat) 02:43
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : Female,22
Post : カフェバー “ツァフキエル”マスター




===========================

放蕩者の所にも、身を噛む理想を引き連れて。
白と紅のあけぼのの光がそっと現れるとき、
復讐の秘術で動く機械仕掛けが働いて
眠りほうけた獣の中に、一人の天使が目を覚ます。

―――――― charles baudelaire

===========================


ぱちん。

 小さな音が響いた気がした。
 目の前にあるのは、ただ暗闇で。
 遙か遠くの足下に、仮初めの永遠を与えられた・・・光と闇で創られた幾何学平面空間が
 ずっと続いていて自分の身体を足下から仄かに照らしている。

ぱちん。

 懐かしかった。
 その光がどうしようもなく懐かしかった。
 手を伸ばそうとして、どうしようもなく『餓(かつ)えて』いることに気がつく。
 その電子の光に。
 与えられていたモノに。
 呼び戻したくはなかった過去を、それを押さえ込んでいた理由を思い出して、
 伸ばされた小さな手が拳をつくる。
 思い出したくなかったのは、その後に与えられた環境があまりにも優しすぎたから。
 ぬるま湯の中で微睡む、心地よさと気怠さと微かな罪悪感をどこかで感じていても。
 壊したくなかったから。今許されている、周囲の優しさに包まれていることを。
 狂いそうに渇いている喉を押さえて、小さく呻いた。

ぱちん。

 「・・・苦しいでしょう?」
 声が響く。薄く開いた瞳に映ったのは、白い素足だった。
 視線を上げていけば、自分と同じ顔を持つ少女の姿が目の前にある。
 「もう限界のはずだものね。いくら過去の街である程度消去したとはいえ――廃棄レベルの
 汚染影響が、身体に出ていないはずはないもの」
 艶やかに、目の前の少女が微笑む。自分には出来ない、けれど何処かで憧れていた微笑み。
 「可哀想な久遠。こんなに苦しんでる。・・・いいのよ、手にしても」
 滑らかに自分に伸ばされる手。同じモノに見えるそれは、ひどく冷たい感触がして、久遠は
 思いきり弾いていた。
 その反応を楽しんでいるかのように、目の前の自分はさらに艶のある微笑みを浮かべる。
 「貴女は、もう戻れないのよ?」
 呟いて。呆然と見つめる久遠の顔を、愛おしげにそっと撫でる。知っていた。彼女は知っていた。
 どう言葉を紡げば、どう接すれば、この脆弱な翼をもぐことが出来るのかを。
 「知ることは罪ではないのよ。そこからどう行動すべきか。それが問題なのだと・・・
 ――お養父さんも、言っていたじゃない」
 ピクンと、瞳が震える。目の前にいる自分の瞳が、さらに妖しい光を湛えているのがわかっている
 のにもかかわらず、まるで乾いた大地に水がしみこむように、その言葉をすんなりと受け止めていた。

ぱちん。

 「貴女は私を拒絶するかもしれない。・・・いえ、しているわね。私は、こんな空間にしか
 今は・・・昔からずっと・・・存在することが出来ない。貴女が私を拒絶しているから。
 ・・・私は――こんなに貴女が大好きなのに」
 遙か足下の、グリッドがせわしなく描く光の軌跡に照らされる自分。
 入っ(In-TRON-RUNNING)ていたときの、「自分の顔」なのだと、今さらながらに気付いた。
 さっきから響いていたのは接続音特有のノイズ。
 目の前の闇が濃くなる。

 「――――――鏡の中の自分は殺せないのよ、久遠――――――」

 その言葉と、最後の微笑みだけが、意識に残った。

ぱちん。


 「――――――――――皇サン、関帝廟へ行ってみないか?」
 知っている友人の声と共に、全ての感覚が自分の中に戻ってきた。
 夢を見ていたのだろうか。・・・白昼夢というには、あまりにも生々しすぎて悪夢に近い夢を。
 けれど、接続(コネクト)していたわけでもない、他に原因が考えられない状況では
 出せる答えは一つだった。
 ・・・・『これからのための答え』と同じように。
 耳に残っている声に潰されそうで、久遠は隣に座っていた極の着物の裾をそっと掴んだ。
 俯いたまま、きゅっと握りしめる。
 どこかに、「自分」を遺しておきたいかのように、振り返った極には見えた。

http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.547 ]


血煙

Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2000/12/04(Mon) 01:23
Style : カタナ◎●チャクラ マヤカシ   Aj/Jender : 三十代後半 /男
Post : FreeRance?


 空中に象が結ばれる。
 同時にその空間にあった空気が押し出される。
 丁度人一人分。
「予測というより予言よな。あの娘ごよ・・・。中央土気。既に汚しおったか。赤の女主人。生命の見守り手よ!」
 小さな竜巻が渦を巻いたその後に。
 そこに姿を現したのは。
 白い装束を血の赤で染め上げた男。
「さて、いつぞやの約束を果たしに来たぞ。緋き娘よ」
 傲然と。そこにある。
 榊の姿も、それを護る和泉の姿も。
 十重二十重に周りを囲む人狼の姿も彼の目には入ってはおるまい。
 ただ。傲然とゲルニカ・蘭堂を見つめる。
 人狼の一人が動いた。
 それに続いて続々と人狼が動く。
 何か本能的な恐怖に突き動かされるように。
 爪が、牙が、その命を奪おうと荒王の体につきささる。
 だが、その体から一滴の血さえ流れでない。
 腕を一度振るえば獣と人の半ばたるものたちは細切れとかしその血を大地に吸わせる。
「貴様等の爪は刃はこの程度かよ」
 口を笑みの形に歪める。
 それは笑みの形をしているだけの修羅の形相。
 その形相の前には地獄の悪鬼も裸足で逃げ帰るだろう。
 体をたわめ両腕で自らをかきいただく。
 自らを護るようなその仕草は一見隙だらけのようにみえる。
 だが、たわめられたバネがはじけるその瞬間のような力強さを感じる。
 誰もがその瞬間うごけなかった。
 そして両腕が開かれる。
 まるで絵を差し替えるように一瞬で。
 鍛え抜かれた両腕は渦を巻き、空気を切り裂き、真空の刃を呼ぶ。
 真空の刃は竜巻と化して辺り一帯を舐める。
 獣も人も建物もみな一様に。
 すべてに平等に。
 血の絨毯が関帝病を染めあげる。
 戦いとは言えない。
 単なる一方的な虐殺。
 それが目の前で展開された。
「さて、雑魚は消えおった。ゆるりと・・・楽しませてくれぬのか?」
 形だけの笑みから。
 人の笑みへと心底たのしそうな表情へと変わる。
「緋の娘ごよ・・・」
 その背にかついだ長大な剣が禍々しい光を反射し辺りを照らし返した。
 紅く紅く。どこまでも・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・紅く

 [ No.548 ]


阿修羅丸

Handle : シーン   Date : 2000/12/07(Thu) 00:52


いかなる進んだ考えを持った人間も・・・

神秘なるものに対する思いを捨て去る事はできない。

トーマス・マン「ファウスト博士」より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは一瞬の出来事だった。
一瞬の殺戮。
突然現れた荒王はまさにその名が示す通り、荒ぶる闘神と化し、榊を取り囲んでいた異形の群達をまたたくまに物言わぬ骸に変えた。
彼の長剣が、拳が、振るわれる度に巨漢の獣人達は次々と弾け飛び、また切り伏せられていった。
「さて、雑魚は消えおった。ゆるりと・・・楽しませてくれぬのか?」
荒王は鬼気とも言える殺気をまとったまま、言い放った。
しかし、ゲルニカには微塵の怯えも動揺した様子も無い。
むしろ、こうした修羅場を目にした事で先ほど榊の言葉で受けた衝撃から立ち直ったようにさえ感じられた。
「あなたはいつも突然現れるのね。」
余裕たっぷりに、芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「でも、これで助かったとは思わない事ね。」
榊にチラと視線を移す。
「では、次は主が相手をするというのか?」
荒王が言い、詰め寄ろうとするが、サンドラは微かに笑みを浮かべ、形の良いおとがいを振った。
「違うわ。」
再び微笑む。
魔性の笑みが、その紅唇を彩った。
「彼よ。」
ゴウ!
その時だった。
一陣の風が廟内を吹き抜けた。
突風は砂塵を巻き上げ、霧を一瞬、灰色に変えた。
その中に、灰色の闇の中に鮮やかな緋色がまるで夜空を彩る花火のように次々と舞った。
微かに鼻をつく異臭、それは確かに人の血の匂いだった。
不吉な予感に、榊が眉をひそめ、和泉が顔をこわばらせた。
そして、それを肯定するかのように風がやみ、視界が戻った廟内にはおびただしい数の死体、無惨に切り裂かれ、ただの肉塊と化した榊の“兵士”達の死体が横たわっていたのだった。
その中央に、男が1人立っていた。
丁度修行僧が着るような黒い着物を着た、巨漢の男だ。
その背丈は長身の荒王よりまだ頭1つ高く、厚手の着衣の上からでも解る隆々たる筋肉は、まるで肉の鎧のようだった。
ただ、顔には鬼の面をかぶっており、その表情を伺い知る事はできない。
黒く長い蓬髪が男の感情を代弁するかのように夜風に揺れた。
「阿修羅丸」
ゲルニカが、まるで愛しい男の名を呼ぶように静かにソレの名を呼んだ。
男は、それに答えるように、手にした長い刀の切っ先をゆっくりと上げた。
その先を榊達の方に向ける。
「おまえ達か?」
「おまえ達が我が渇きを癒す者なのか?」
まるで巨大な石をこすりあわせたような、低く掠れた声でその男は言った。

 [ No.549 ]


VIRTUAL LIGHT

Handle : “那辺”   Date : 2000/12/09(Sat) 04:11
Style : Ayakashi,Fate◎,Mayakashi●   Aj/Jender : 25?/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


 私達は「身体」をどのように知覚し利用しているのだろうか。
 この尤も身近で基本的な事実が、意識される事はきわめて稀である。
 心体であれ、意識であれ、言葉であれ。
 広義的意味での身体は、日常的な行為の中で尤も意識されない部類なのだ。
 明らかに私達の「身体」は、近代以降の文化的社会的枠組みの中に封じこめられ、その多様な可能性は閉じられている。
 状況の整理の仮定で上げられていった不気味な共通項は、ニューラルブースターという一つの機構を照らし、その無意識の中に埋もれた多用な可能性を照らしだすのではないだろうか。 


 微かに“霧の因子”が舞う裏路地の中を、彼女達は再び関帝廟に向かって歩いていた。 但し祥極堂から共に来た皇と煌と、丁度そこを出た所で皇を探しに出ていた趙を同行者に加えていたが。
 関帝廟に向かう目的は、榊と先程目的地をメールで入れたキリーと合流し、情報を交換。
 出来うるなら協力できる体制を打診すること。
 そして、関帝廟こそがクラレンスに打診された調査先であること、那辺の現状までの調査から、まず間違いなく事が進めば、ゲルニカが其処に現れる可能性が高いからだ。
 表むきは────

 縦揺れでも横揺れでもない、物一つ落ちない不可解な、だが激しい直下型の烈震。
 通常ならそういった大規模な術法の発動は、術者でない人間に感じることは不可能なのだが、那辺を含めた祥極堂の面々は、ソレを確かに感じた。
 丁度それは、那辺が皇に関帝廟に向かう事を進めた瞬間だった。
 中華街は、何処の中華街でもそうだが、関帝廟を中心とした龍脈の流れを計算した強固な結界の構成を持っている。
 ソレは彼ら華僑の繁栄を約束するモノであるからだ。
 四門に五行のうち、東の青竜に木、西の白虎に金、南の朱雀に火、北の玄武に水、関帝廟に中央土気(麒麟、この場合関帝)を配し、中央に力を集め、勇武の神であり義将である関帝を奉るコトによって団結力と神の庇護を求め、発展の基点としている。
 ならば、LU$Tを一つの“装置”として見立てた法陣の在りようは、関帝廟に何らかの基幹を置かねば構成すまいと。
 そして先程の烈震は、その法陣が起動した証左だと、哀しそうな目で一同を見つめる極の目の前で、那辺は語った。
 精巧な機構である程、一度動き出してしまえば暴走させずにそれそのものを止める事は難しい。
 また精巧な機構であれば、ある程、最終的なスイッチは誰かが振り下ろさねばならない。
 だからこそ、青面騎手幇の主格であった許が、ゲルニカと共に訪れていたという情報を手に入れていた那辺は、関帝廟に向かい、その基幹に施された法陣そのものを「あらゆる角度から解析」しにいくのだと告げた。
 どうするのかと一同に決断を求めたのだ。

 皇は、自らと親しいモノ達が厄災に巻き込まれる事を避けるが為、彼女に出来うる真実を調査し、報道するという選択を。
 煌は、その厳しい問いかけに極が着物の裾を握り、いやいやと首を振った。
 それに対し那辺は、彼女に決断を求めたのだ。
 このままココにいれば、極を巻き込み、そのリスクは彼が命を失わせるコトになりかねない。
 それに、ネスティスが霧がLU$Tに発生した辺りから、LU$Tのウェブに姿を見せるようになったという状況証拠を示し、この事件をウェブから追う必然性を解いた。
 このまま、泣いたまんま、全てを諦める気かと。
 ゆるく結んだ血の縁が伝えなくとも、伝わる痛みを激しく吐き捨てて。
 極は、過去を紐解くモノとしての、見守る立場から脱却するコトが出来ず、その彼の成してきた所行故の知名度から、彼らに極度に手を貸すことが出来ない。
 ただ哀しそうに煌の姿をみつめる極の姿は、那辺が施術の根幹を解かれた導き手の姿に、余りにも似ていた。


 先程と同じく、ニューロをして追跡が難しい道をなれた足取りで歩く那辺は、懐の振動を感じ、通信端末を取り出した。
 しばらく前に、青面騎手幇の動きを探るように依頼したクロマク──田中虎三郎から手渡された情報端末に彼の姿が映る。
 暗号化された青面騎手幇の動向を情報端末に受信し、差し込んであったクリスを抜き、無造作に情報端末を地面に叩きつけて壊した。
 現在のアドレスでない壊した情報端末を使ったとしても、稼げる時間はせいぜい30分だとうそぶく田中に、上出来とにやりと笑うとそれに対して田中はこういった。
 一枚の小切手よりも二枚の小切手の方が魅力的だと知ってるんでね、と。

 
 ヒトは誰でも自らの心体(カラダ)を何かと契合させたい、同一化したいという願望を持っている。ソレが、理想であれ、目標であれ、神であれ……。
 そして、現状のような化け物が出没し、見えるや未知や極度の恐怖に瀕した人間が求めるモノは何か?
 ソレは、救い。ソレは救済。それは……普遍無意識、集合無意識と心理学上呼ばれる圧倒的な存在への救済を願う、巨大な祈りとなり、昇華となる。
──そこに、あるべき神格が誕生するのだ。
 先程からずっと感じている大きな何かへの同化感と自然と流れ出た“私”という誰かと自らの断片的な記憶の果てにある過去の自らの一人称。自我が解けていく安息感。
 何かを求める女性の、深い深い慟哭。愛しい女性(ひと)を求めるオトコの激しい苦悩と切望。
──くるくると、刳々刳々と。
 獣が内で憤怒の咆哮を上げる。接種するべき血液が足りない。自らを犯すものを何であろうとも喰らい尽くせと。
 血が──足りない。
 蒼い目が、幻覚に、視覚に、脳裏に映る。
──くるくると、刳々刳々と。

 弥勒に増幅された、赤くふるえる視覚の中で夜の闇でこごり、その視の先に人工の光を僅かにうつす関帝の奉られた楼閣が、見えた。

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.550 ]


君の見ていた夢を

Handle : ”デッドコピー”黒人   Date : 2000/12/11(Mon) 03:28
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20代前半/♂
Post : リムネット・ヨコハマ所属電脳情報技師査察官


夢の続きを見れずにいるんだ
               WINO「WILD FLOWER」
-
-
通常勤務者の退避完了のアナウンスが流れるころには墓場にいる人数を増え
ある程度の状況把握もできていた。
「目であり、耳であるためのMMHだ。……だから、計器の計測と同じように
 聞け。……霧の正体はおそらく「ホワイトリンクス」だ」
「なんだよ、それは?」
 ダレカンが目を細める。まるで、何かを探るような目つきで。
「IANUSの統合人格システムをフォローするために作られたナノマシンだった……と思う」
 最後のほうで言葉を濁した意味をその場にいる人間すべてが瞬時に理解した。
 もはや、このプロジェクトに関する資料は「公式には」残っていない。
 少なくともLIMNETのライブラリーにはその資料は無かった。
 俺が知っているのも、まず間違い無く俺の頭の中にいるクローそーのもつメモリーのせいだろう。
 ちりちりという神経の音に彼女の笑い声が重なり、俺の考えを推し進めようとしているのが分かる。
 時間が無いと急き立てる。
「例のデヴィアと根っこは同じ研究だったはずだ。ナノマシンを介してIANUSの
 統合人格をメガプレックスの外でも行なえるようにする。だが、IANUSUへの
 移行と同時にこの計画は抹消された。統合人格そのものがバグの一因ともなっていたからだ」
「じゃ、敵は同じ北米人ですか?」
 うっすらと笑いながら、ノートリアスがつぶやく。
「確かにその可能性は高いな。だが、そこが問題点ではない」
 阿部が煙草に火をつけながら、憮然とした表情で答えている。
 確かにそうだ。問題は……
「つまり、こちらの手の内が読まれている可能性が高い、ということ?」
「当然、そう考えるのが妥当だ。こちらの知っていることは向こうも知っていると考えた方がいい」
 御厨の疑問に阿部が時計を見ながら答えた。時間が迫っているのだろう。
 RayStormがあのグリッドに経つと同時に行動できるほうが望ましい。
「3つのメインフレームの意見は防衛優先が1票、危険が2票よ」
 爪を噛みながら御厨は懸命に平静さを保つようにしているのが分かる。
 きっと今から言う俺の言葉を理解しているのだろう。
 神経の辺りに走るノイズがいやに気に障る。
「お前が決定権を持っているんだ、御厨。覚悟はできているか? 自らの手をも汚す覚悟が。
 汚名を負う覚悟が。穢れる覚悟が。……いまならまだ、やめることが出来る」
 ギリッという音を立てて、彼女の爪の一部が砕けた。
「変更は……無いわ。出撃しなさい、黒人」
「了解した。……ダレカン、あんたに頼みがある」
 クローソーの歓喜の声と共に自分の口元が意識とは関係無くほころんでいくのが分かる。
「ネットコンサートの準備をしてくれ」
 突然の発言にダレカンの挙動がワンテンポ遅れる。
 何を冗談を、と言いかけてから、もう一度俺の顔を睨み付けてから声を押さえて問いただす。
「本気か?」
「冗談でこんなことは言わない。もしも「ホワイトリンクス」の影響でウェブやこのアーコロジーに
 被害が大きいようなら逆に利用してやる。5年前の再現さ。何のためにここに彼女を呼んだと思っていやがる」
 今まで発言もせずにただ立っていた「金字塔」の姿を見る。
「私は構わないわ。それで彼女が取り戻せるなら。夢に続きを見ることが出来るなら」
 上等だ。そうでなければ。それこそが「金字塔」となれた理由だのだから。
 俺もその夢の続きを見たいのだから。
「じゃ、決まりだ。……パーティやろうぜ」 
 サメのような笑いを神経のノイズに乗せて、ダイブを開始した。

 

  

http://www.dice-jp.com/depends [ No.551 ]


舞台

Handle : “ウィンドマスター”来方 風土   Date : 2000/12/12(Tue) 22:05
Style : バサラ●・マヤカシ・チャクラ◎   Aj/Jender : 23/男
Post : 喫茶WIND マスター


中華街メインストリート。右手を見れば、北方を守護する聖獣玄武の姿の彫られた北門。左手には英雄、関羽を祭った“NEO関帝廟”が見える。
その一廓のオープンカフェに、趙端葉の姿は在った。彼女は椅子に腰掛けながら手を付けるでもなく、ただ目の前のコーヒーを掻き混ぜ続けていた。
「何か御悩みですか?」
不意に声が掛けられる。顔を上げれば人懐っこい笑みを浮かべる、二十歳半ばの男が立っていた。
「趙端葉さんですね、始めまして来方風土といいます。ゴードン・マクファーソンの使いで来ました」
そう言いながら、右手差し出す。
「ど、どうも… 始めまして趙端葉です」
突然の事に驚きつつも、差し出された右手を握り返す。
「さて、王美玲さんから預かったデータを頂けますか?」
その言葉に、趙端葉は僅かな途惑いの後、意を決して風土に向き直る。
「実は…」ですか…」
風土は、ストローを咥えながら

「成る程。じゃあ今、“霧”のデータは“議会”の老人達が持っている分けって事か…」
風土は、ストローを咥えながら呟く。
「ええ、千早と私達の目的地は違いますから」
趙端葉は、きっぱりと言いきる。その瞳には強い意思が見て取れた。それに対して風土は、何時もの笑みを浮かべる。
「それでいいと、思うよ」
風土はそう言うと、目の前の空のグラスにストローを戻す。
「えっ」
てっきりデータの事を、追求されると思っていたのだろう、その顔には明らかな驚きの表情が見て取れた。
「俺は、ゴードンの個人的な知り合いで在って、千早の人間って分けじゃないし。それに、データを手に入れても活かす手段がないしね。それなら今は、それを活かせる人が、持ってるのがベストだと思うよ」
風土はそう言うと、立ち上がる。
「これから、どうなされるおつもりなんですか?」
「取り敢えずは、中心に向って見るつもり」
「中心?」
「ええ、中華街の中心、そして事件の中心でも在るだろう関帝廟に。今ならまだ、ゲームの開始にも間に合うだろしね」
そう言いながら、関帝廟へと視線を向ける。その先では徐々に霧が集まり出していた。
「さて、貴方はどうしますか、趙端葉。恐らく今行けば、もれなく“霧”の謎を解くヒントが、手に入ると思いますけど」
趙端葉は諮詢する様に、風土を見つめる。それに対して風土は、何時もの微笑を浮かべるだけで在った。
風土の笑みを見つめながら、その僅かな間に心を決めたのか、趙端葉は風土の目を見つめながら告げる。
「分かりました、私も連れて行って下さい関帝廟へ。“霧”の謎を解く為に」
「オッケー、では、一緒に行くとしますか。さあ、いざ行かん、関帝廟に」

 [ No.552 ]


水面に浮かぶ魚のクルードなやり方

Handle : ”デッドコピー”黒人   Date : 2000/12/22(Fri) 01:21
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20代前半/♂
Post : リムネット・ヨコハマ所属電脳情報技師査察官


「大丈夫。俺は自分のルーツを捨てたわけじゃないんだぜ」って言ってるんだ。今、ここで。この歌で。
                              NORMAN COOK
-
-
-
 御厨は、ここまでのことになると予想していたのだろうか?
 だが、彼女が切ったカードのうちの1枚はもう明らかだ。
「今回のケースは北米のメガ・プレックスにおけるテロ、ないしはクーデターへの貴重なサンプルとなり得る」
 軍にしてみれば、願ったりかなったりのケースだ。そうでなくても最近は「グラスII」にお株を奪われた形なのだから2つ返事でRayStormを貸し出すだろう。
 そうでなければ、戦時下でのフォーメーションである3機による相互バックアップをする必要は無いはずだ。
 他に切ったカードにもよるかもしれないが、恐らくこの1枚は確実に切っている。
 もはや、これは確信に近い。
 だが・・・・・・ここまでのことになると予想していたであろうか?
 そもそもこの現象を人が管理しきれるのか?

 黒人がダイブした海はもはやかつての姿をしていなかった。
 関帝廟を中心とするように刻一刻と光学模様が変化している。
 ナノマシンのもたらすその現象はさながらウェブの底面に曼陀羅を描いているようにも見えた。
 そして、1秒刻みにその形が質感を伴い、共鳴による唸りを微かに上げ始めている。
「ハーモニクス・・・・・・」
 この共鳴現象がさらに進化するとダイレクト・ヴォイスと呼ばれる現象となる。
 それは一定の嗜好性を持ち、あたかも歌に聞こえ、そして、それが神格を持ち始めた証となる。
 これが、黒人がYUKIをも使おうとした正確な理由だ。
 この霧が「囁き」で様々に作用する術陣を歌い上げようというのなら、こちらにも打つ手がある。
 【フレブ ザ フレブ。クロフ ザ クロフ。-パンにはパンを。血には血を。-】
 ・・・歌には歌だ。
「実に好戦的な相手だと思われるだろうな」
(あまり、浸っている余裕は無いわよ)
 冷静にクローソーが声をかける。
「分かっているさ。・・・・・・ダレカン」
 フリップ・フロップをしていつも使っているタップを叩きながら、気難しい男のほうを見る。
「スマンが寄り道だ。これから少し本気で潜る。RayStormの到達予想時刻3分前から右手への振動で俺に時間を知らせてくれ。
 単位は0.25秒で頼む」
 そっけない了承の返事と共にクローソーに声をかける。
「フリップ・フロップしている俺と共にホワイト・リンクスのサンプリングを取って、カウンターエミュレーションに備えてくれ」
(アイ・シー)
 そして、海の中の俺は先ほどから目をつけている奴へと急発進する。
 無防備に分身(エイリアス)を出している奴に。
「霧の影響なのか、無意識にやっているのか」
 後者なら間違い無く天才だ。少なくとも俺はあれが出来た人間を1人しか知らない。
 転移-シフト-だって、たやすいだろう。
 そして、クルードにポケットロンをジャックして、Call。相手が出たと同時に喋り始める。
「なぁ、あんた。悪いことは言わないから今すぐその分身をしまえ。
 自覚が無いならちょっとだけイントロンしろ。そうすれば、今あんたが感じている「空虚感」が無くなる。
 あの「霧」に対して、今のお前はあまりにも無防備過ぎる。
 ・・・・・・それとも・・・・・・「霧」について詳しく知らないのか?」
 それから、俺は自分の名を名乗った。「リムネット・ヨコハマの“デッドコピー”黒人」と。
「悪いが時間が無いんで、クルードな方法を取らせてもらった。
 LU$TのことはLU$Tの住人に任せておきたかったが、こちらにも事情があってな。
 だから手助けは出来ないと思ってくれ。だが、助言は出来る。
 お前が知らないことがあれば、俺の知っている限りは教えるが、どうする?」
 一息ついたところで相手が疑問を投げかけてくる。
 警戒している。当然のことだ。何故そのようなおいしい取引を持ちかけるのか、と思わないほうがおかしい。
 だが……
「俺が今から助けに行く女性は、ここの住人なんでな。帰ってきたとき自分の街が無いのは悲しいだろ?」
 MMHの俺には似合わない台詞が、そのとき口からこぼれた。
 俺にだって失いたくないものはある。
 ただ、それだけだ。

http://www.dice-jp.com/depends [ No.553 ]


And then there were nonE

Handle : “ツァフキエル”煌 久遠   Date : 2000/12/23(Sat) 01:19
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female/ In Web... "Little Six-Wing'z Angel" I-CON
Post : カフェバー “ツァフキエル”マスター




 僅かに霧が霞む中。監視カメラもろくに設置されていないような裏通りだけを選んで
 那辺は進んでいく。皇と趙も黙ってそれに従い、久遠は僅かに遅れがちになる歩みの為に
 少しだけ苛ただしげに手を引かれ、進んでいた。
 那辺がポケットロンで誰かと会話し、それを地面に叩きつけて壊す。
 皇と趙が時折何かを会話して、短い時間でそれを繰り返す。
 久遠には、何故か、それが遠い世界の――自分とは別の世界の物語のように、実感として
 認識できなかった。

 Pi....Pi....Pi....
 耳慣れた電子呼出音が自分の持つバッグから出ているものだと気付くのに、久遠はたっぷりと
 2秒かかった。訝しげな一同の視線の中、慌てたように呼び出しに応じる。
 「なぁ、あんた。悪いことは言わないから今すぐその分身をしまえ。
  自覚が無いならちょっとだけイントロンしろ。そうすれば、今あんたが感じている「空虚感」が無くなる。
  あの「霧」に対して、今のお前はあまりにも無防備過ぎる。
  ・・・・・・それとも・・・・・・「霧」について詳しく知らないのか?」
 知らない男性の声。呼出(Call)元とその言葉から、おそらく自分を「見て」いた誰かからの
 接触だろうというのはすぐに想像ついた。
 「あなたは――――誰?」
 以前、自分とその周囲に向けられた「視線」に対する、自分の中で言った問いを、久遠は口にする。
 「俺はリムネット・ヨコハマの“デッドコピー”黒人だ」
 リムネット。それがどういう意味を持つのかぐらいは、久遠にも理解できた。
 ――――けれど、何故?
 「悪いが時間が無いんで、クルードな方法を取らせてもらった。
  LU$TのことはLU$Tの住人に任せておきたかったが、こちらにも事情があってな。
  だから手助けは出来ないと思ってくれ。だが、助言は出来る。
  お前が知らないことがあれば、俺の知っている限りは教えるが、どうする?」
 「・・・・・どうして、あたしに?」
 「俺が今から助けに行く女性は、ここの住人なんでな。帰ってきたとき自分の街が無いのは悲しいだろ?」
 ・・・・メレディーさん。
 自然と、久遠の中でその名前が浮かぶ。根拠のない答えではあるとわかっていても、少しだけ
 笑みが浮かんだ。
 「わかった・・・ちょっと待ってて」
 ポケットロンを切って、しまう。腕のラチェットを確認すると、いつの間にか接続(コネクション)が
 確立されており、自分が「入っている」ことに気付く。
  ・・・IANUSオプションWaWへの、物理的有線接続も無しに。
  ・・・自覚のない感覚両制御(フリップフロップ)を行っていた。
 何だか、悪い夢を見てるみたいだ―――――そう久遠は感じて、僅かに嘔吐感を覚える。
 「入っていた」場所の記憶だけして、一度接続の強制解除を行う。そのまま入ることは出来たが、
 おそらく自分の感覚として落ち着かないだろうと思ったからだ。
 そして、自分の手を引いてくれていた那辺に少しだけ微笑んで、その小さな手でまた握りしめる。
 「・・・久遠、今から少し潜るから・・・手を、もう少しだけこのままでいてね」
 瞬間、瞳を閉じる。確立し得ないはずの接続が完了し、久遠の目の前には見慣れた電子の海が広がっていた。


 少しだけいつもより迂回ポイントを多くし、そろそろ目指そうと考えたところで目の前に
 見知らぬアイコンが姿を現した。
 「・・・・・・誰?」
 久遠の六枚の翼が震える・・・光の粒子を零し、僅かに威嚇するかのように広げても、相手の大きな眼球の
 アイコンは何も言わず、ただラインへの進行を阻止するように存在している。
 「お願い・・・そこを通して・・・」
 じっと自分を見つめる相手に、僅かに掠れた声で久遠は伝える。眼球は、少し瞳を閉じるような仕草を見せ
 ・・・次の瞬間、その傍らに牙だけのアイコンが現れた。
 (・・・・・・・・・・戦鬼!)
 用意していた命令(コマンド)を行い、僅かにクロックアップした同型戦闘プログラムを久遠も用意する。
 自分への攻撃に対しての、攻性防壁の展開。普段なら防壁を展開して守りを固めるだろう自分の行動に
 僅かに違和感を感じながら、久遠は自らの呼び出した戦鬼――ケルベロスへ攻撃命令を下した。
 (!?)
 ケルベロスが牙へ唸り声を上げながら突進する。明らかに大きなダメージを与えているその状況を久遠は
 呆然と見つめていた。
 自分の方が、相手より早かった・・・プログラム伝達速度に、特に改造は加えていない。ウェイトはほぼ
 同じなはずなのに・・・・自分の方が、行動が早かった。
 呆然と見つめるその先で、ケルベロスは中止命令のないまま攻撃を続ける。相手の戦鬼を喰い裂き、召還元の
 眼球へも攻撃を加える。・・・不意に、相手の姿が消えた。アウトロンしたのだろう、相手戦鬼の姿も
 先程までの進行先への圧迫感も消えていた。おそらくは「からかわれた」だけ・・・後を追う気にもなれなかった。
 ケルベロスが行動を中止して、久遠を見上げる。プログラムと知っていても、ありがとうと呟いてその頭を
 撫でる。近づけた顔に、微かに血の香りをかいだ気がして、久遠は少しだけ微笑んだ。
 「DUST to DUST・・・塵は塵に、か・・・」
 クスクスと、微笑い声がもれる。ケルベロスは、その様子をじっと見つめていた。

 「先程までいた」場所には、すでに相手が待っていた。
 「・・・“ツァフキエル”よ。初めまして――――“デッドコピー”」
 六枚羽の小さな天使が、黒い人形に微笑みかける。おそらくは・・・彼が先程見た<分身>と、同じ微笑みを。
 「・・・心地よい音色ね」
 徐々に「歌」へと近づいてくる共鳴を羽で受け。振り返って、もう一度微笑んだ。
 「もう少しご一緒したいけど、時間がないそうだから。
 ・・・・単刀直入に聞くわ。『霧』の正体を、あなたは――リムネットは知っているの?
 あなた達はこの街で誰を追い、何をするつもりなの?
 メレディー・ネスティスのことをリムネットは・・・あなた達は何処まで掴んでいるのか。どうするつもりなのか」
 そこまで一息に言って、もう一度微笑む。
 「・・・そして、『あなた』は――――なにを、守りたいの?」
 にっこりと、微笑う。先程までの、妖しい艶やかな微笑みは消え。それは少女らしい無垢な笑顔だった。


http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.554 ]


彼女が観た水糸

Handle : シーン   Date : 2000/12/23(Sat) 03:59


「さて、貴方はどうしますか、趙端葉。恐らく今行けば、もれなく“霧”の謎を解くヒントが手に入ると思いますけど」
 私は目の前の男を見つめた。
 王姐-ワンチェ-から幾度となく聞かされた、ゴードンという男の名前を容易くその口から紡ぐ。その彼の口元を見つめた。
 まるであのカタナ・・・荒王と呼ばれたあの男の様な揺らぎのない流れを感じる。自身への揺らぎのない絶対が齎す、これはリズムなのだと身体が言葉もなく考えた。
 目の前の男は、私が探るように見つめていることにも気づいているようで・・・実際はどうなのかをさとらせず、何時もの微笑を浮かべるといった表情で、私を見つめ返すだけだった。
 逆に、その視線に誘われるように、まるで自分自身が彼に見透かされようとしているような気分になって、意識も何もしないうちに私の・・・自然と私の意識が、数日前に自分が辿った時間へと還り始める事となった。

 王姐がディスプレイを指差しながら言った。
「ほら、観て・・・私の言ったとおりになったでしょう?」
 LU$Tで発生した霧は、先週辺りから既にN◎VAにまで達しようとしていた。私がその頃、王姐の要請でLU$Tを訪れた時にはその霧は更に勢いを増しつつあった。無論、留まるところが無いかのように、霧に関わる被害も爆発的に増えていた。
 王姐はいつもの様に、あらかた私がくる前に見当はつけているようだった。
 彼女は言った。
「この霧はナノマシン・・・というよりも精巧に操作プログラムを埋め込まれた広域の存在だから、ナノロボとでも言った方がいいのかしら。恐らく、ほぼ等間隔の粒子密度を形成するようにLU$TとN◎VAに散布されていると見て間違えないわね」
「ねぇ、王姐」私は首を傾げた。「この霧は・・・何を囁き合っているのかしら。ナノマシン同士の通信_____というか、コミュニケーションが存在していることがわかったところまではいいの。そのデータのやりとりを整形しているスクランブラも、ナノマシンを経由するたびにチャネル変換やコード変換がかかっていて解析が出来ないと言うことも良いわ。でも、このロボット達がやろうとしていることは何なの?
 Mr.ゴードンが示唆していたようにFCM規格の【ホワイトリンクス】なんだとしたら、それはなにを示唆していることになるの?」
 立て続けに私がまくし立てた疑問を予想していたかのように、王姐は微笑んだ。
「固有の回線を確立しようっていうんじゃないと思うわ。どちらかと言えば径路として利用しているのかもしれないわね」
「径路?」
「最初は私も、干渉や盗聴が不可能な絶対通信が目的で散布されているのかと思ったの。でもどうやら違うみたいなのよ」
「何故その結論に達したの?」
「それはね、この霧が囁く言葉の欠片を私が見つけたからよ」

 風土の笑みを見つめながら、私は目の前の男の目を見つめながら告げた。
「分かりました、私も連れて行って下さい関帝廟へ。“霧”の謎を解く為に」
「オッケー、では、一緒に行くとしますか。さあ、いざ行かん、関帝廟に」
 だが彼はそう言ったものの全くその場を動こうとしなかった。
「なぁ、趙さん」風土が口元だけを揺らすように笑った。「まだ俺に何か話すことがあるって顔だ」
 私は思わず微笑んだ。
「風土さん。わたし、まず王姐が以前から良く私に話していた皇 樹という方に会おうと思うの」
「王姐・・・王美玲の事だね?」
 私は頷く。
「私、王姐がわざわざ私に彼女の話をLU$Tで話したのには訳があると思うの。でもその理由は今わからない。私、殆ど自分の独断で抜け出して行動しているようなものだから」
 風土は微笑んだままだ。
「小さな頃から一緒にいた王姐との子供の頃からある二人だけの会話なら、きっとこうなるかもしれないと思って・・・感じて行動しているのに過ぎないのよ。
 でも、私間違っているとは思っていないの。王姐が霧が囁く声に気がついたように、私も気づくべき言葉に気づいただけだと思う」
 私はカップをソーサーの上において両手の指先を組み合わせた。
「王姐はね、昔から私にそうやって色々と囁いてきたの・・・私に。________秘密の言葉を」
「そうだろうとは思っていた」風土は肩を僅かに竦めた。「確かに議会が君の身体から読み出したのは核心のレポートだろう。だがそれが【形】を成していない。早すぎる言う以前の問題・・・鍵が足りないんだ。
 何よりも鍵で扉が開いているのなら、議会の長老達はもっと素早く動いているだろうね。こんな風水の角が歪んでいるような状況なら、何よりも彼らがまずやることがある。だかまだ彼等はそれをやっていない」
「王姐が見つけたのは霧が互いに囁きあう言葉。レポートにある内容の殆どは、その霧と同体になる為の言わば必要なデータ。それだけじゃ、皆が一向に解明することが出来なかった圧縮され尽くしたデータの塊のようなものよ。
 王姐はその鍵を【歌】にしたの。音と歌詞に。音や歌詞の記憶なんて山ほど私の中にある。私以外の誰が読んでもわかりはしないわ。
 だって、王姐が父親から教わったその歌や音を知る者は、もう殆どいないのよ。少なくともこの地上には」
「王美玲は霧が囁く言葉の・・・ロゼッタストーンを見つけただけなんだな? そうか、もしかして君たちは_________」
 私は彼の言葉にかぶせるようにして囁いた。
「私が王姐に教わった歌と歌詞を電子的な信号にして干渉させれば、霧が・・・子供達が顔をこちらに向けるわ。霧の言葉がわかれば、後は訪ねればいい・・・電脳の世界で。
 でも私には悔しいけれどそこまでの能力は無いわ。そんな高サイクルで駆けるイントロンなんて私には耐えられない。おまけに電子的な信号にして干渉させる術があっても、その信号を送る径-みち-が無い。
 でも皇さんなら? 王姐がメディアの世界に生きる人の顔と名前をわざわざ覚えるなんてそう無いことよ。
 それに桃花源で会った煌さんなら耐えられるんじゃない? 少なくとも私より遥かに高い確率で」
 風土が左手を首筋にあてる。
「・・・だが、もし霧に尋ねても全てがわからなかったら?」
「そうね、もしかしたら霧が動いている“今”の状況は精査にわかるかもしれない。もしかしたらだけれど、この霧をコントロールしている人がいるなら、その人に直接聞かなければならないかもしれない・・・どうにかして。
 _________でも、きっとそれは私達の役目じゃなわ」
 私の言葉に風土が笑った。
「確かに。そう言う事に適材な人物と俺はちょっと前にあったことがあるよ。人の心を見透かすように物事の真実を探ることに長けた人物を」


--------


 シンジは風土達から少し離れた、店の一角にあるテーブルで溜め息をついた。
『早いじゃないか、思ったよりも』
『さぁ・・・どうかな』
 エヴァが_______豊かな黒い色に姿を戻した髪に手を触れながら笑った。
『ゲルニカが霧を何に使おうとしているのかに関しては、ある程度初期の我々の目的に近いだろう。だが、わざわざ離れただけあって、その先は闇だな。まだ影の部分がある』
『適合者を探すだけにしては、舞台が大げさかもしれない』
 口元をゆがめて声に出さずに笑いながらエヴァがシンジに視線を向けた。
『________実に、術にも凝っている。神託でも貰うつもりかな?』
『観客が多すぎる・・・俺達を含めて。ラドゥが痺れを切らさぬうちに片付けたい。あいつが信じる“神”は一つだ』
 今度はシンジが身体を身動ぎさせてから、苦笑いした。

 二人の声にならない会話に重なり、シンジの視界の隅にあるテーブルでは趙と風土の会話が交わされる。
 趙は風土の台詞を聞くと決心したように視線を上げた。
「風土さん、私これからまず皇さんに会おうと思うんです。あの人に径を作ってもらおうと思うんです」そこまで言った後にその表情が曇る。「でも、なんだか不安なんです。何かまだ引っかかるんです・・・これで終わりじゃないって感じの嫌な感覚が残っているんです。
 風土さん、私を監視してもらえませんか? 私をリトルカルカッタで襲った張本人が、まだ私のことをどこかで見つめているような気がしてならないんです。誰にも気づかれないように・・・私のことを監視してくださいませんか?
 王姐から預かったこの歌を、どうにかして完全な形でそれぞれの人物に手渡したいんです。
 霧の囁きを耳にできるようになって、初めて・・・もしかしたら私達は遅すぎるかも知れないけれど、スタートの舞台に立てるかもしれないんです」
「_______それだけ?」
「ううん、まだあるわ」
 何処までも見透かすような風土の言葉に、趙は応える。
「最後の最後に、どうしても叶えて欲しい願いがあるの。
 王美玲を・・・私の大切な、王美玲の身を護って。
 いつか彼女はゴードンの下から離れようとするかもしれない。でもそうなったらきっと殺されるわ。
 霧の囁く言葉は、知ってはならない言葉だったのよ」

 それから暫くの間、趙が風土に打ち明けた話を聞き、風土も押し黙って腕を組む。
 彼女は言った。
 霧は国家機密レベルの刻印と封が成されたナノマシンによって構成される霧。その霧が囁く鍵となる言葉を・・・ロゼッタストーンを彼女達は見つけた。だがそれは同時に霧のそもそもの産みの親への挑戦だった。
 須く自分達はそれを知ることになるだろう。
 ・・・国家の威信をかけた“静かな”時の流砂の流れに。

 _________その静けさは、最後には自分達を飲み込むのだ。

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.555 ]



Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2001/01/15(Mon) 00:20
Style : カタナ◎●チャクラ マヤカシ   Aj/Jender : 三十代後半?/男
Post : FreeRance?


良い女とは何度も逢瀬を重ねたいと思うが道理よな」
 その声は妙に甘く。誘惑の響きが宿る。
 だが、それに惹きつけられるものはそうはいないだろう。
 心惹かれるには。その声に宿った響きは鋭すぎる。
 視線をゆっくりと動かす。
 新しく表れた獣達の群を。
 どんな獣達よりも獣らしく。鋭き牙を持つ獣へと。
 荒王は見た。
 その男を!
 その男の瞳は輝いていた。
 ただ、”餓え”に。
 そして震える。
 男の声に。
 なんと、なんと、激しく燃える。”餓え”だろう。
 一瞬。
 文字通りの瞬きの間。
 その瞼の裏側に焼き付けられる。
 心が叫ぶ。
 越えよ!
 砕け!
 切り裂け!
 前へ進め。止まることは許さぬ。
「確かに。我に相応しき相手よな」
 満足げな声が口元から漏れる。だが、その瞳はどこか不満げなものが残る。
 すっと一歩前にでる。
 阿修羅丸も同じだけ前へ。
「訂正しておくがよい。主の渇き癒すには我一人あれば十分よ」
 鬼の笑い。
 人の浮かべる笑みがこのような形相となるだろうか?
 闘鬼がここにおりたった。
 一体ではない。
 二体。
 阿修羅丸と荒王。
 仏法の守護者。最強の鬼神。かつての最強の悪魔。阿修羅の名を持つ者。
 あらゆる荒ブル魂達の王を名乗る者。
 この二人がぶつかりあい。そこが人の”在る”場所足り得るか・・・
 答えはすぐにでる。
 
 再び一歩前へと進む。
 共に。
 相手に一歩で斬りかかれる一足の間。
 その中に共に無造作に入り込む。
 風がゆらいだと見えた瞬間。
 二人は交差した。
 荒王の腕は深々と阿修羅丸の肩口にささり、阿修羅丸の脚は見事に荒王の脚の骨を砕く。
 
 轟!
 
 二人を中心に風が渦を巻き、竜巻が生まれる。
 荒王の拳打が阿修羅丸を撃ち腕を引き抜けば、阿修羅丸はその拳打の威力を上乗せした裏拳を荒王にたたきつける。
 その勢いに逆らわず体を浮かせる。威力は殺されるかと思う間も無く次の一撃が叩き込まれる。
 斜め上からうち下ろす下段蹴り。力を逃がすことが出来ず骨さえ砕く蹴りだ。
 空を叩き動けぬ筈の空中で姿勢を変える。
 阿修羅丸の蹴りは石畳を砕くにとどまる。
 瞬隙の遅滞に旋風脚を叩き込む。だが、阿修羅丸はそれを腕で受け跳ね返す。背を見せたその時を狙い正拳を叩き込む。正拳を肩で受け止め。背をぶつけ弾く。脚が岩をうがち盛大に石畳が悲鳴を上げる。
 拳・肩・脚・肘・膝・頭・背・胸・腹・掌・指。
 人体のあらゆる部位が凶器となり互いを傷つける。
 眼はえぐれ。腕は落ち。脚は砕け。五体に無事な所など皆無。
 だが、二体の鬼は生きて。立っている。
 常人ならば何度も命を失うことが出来る。そんな傷だ。
 そして、その傷が二人が交差した一瞬の間に行われたのだ。
「喉を潤せる・・・・。確かに。おまえだけで・・・いやせるだろう。ほんの一時は」
 阿修羅丸の唇に歓喜の色が浮かぶ。
 だが、それに反して荒王の表情には先程まで浮かんでいた闘いに対する歓喜の表情は無い。
 ただただ、静謐な空気を纏っている。
「死を持って渇きを癒すならば・・・・汝が命も代価・・・よな?」
 ゆっくりと手を合わせ、印を組む。
「陣図は成った。この街。我が体内に得たり」
 その言葉が終わった瞬間。爆発的な力が荒王の内に宿った。
「さて、試しは終わり。まずは貴様の命を供物とするとしよう。知らねば成らぬ事がまだあるでな!」
 緋色の刀身を抜き放ち、振るう。
「くくくく、良い言葉だ。後悔せよ!」
 阿修羅丸の拳が反応する。
 真に嵐たるものはこれから吹き荒れる。
 中華街の中心たる関帝廟はこの嵐に耐えきれるのだろうか・・・・
 
 

 [ No.556 ]


月明かりの下、双魚が天使に語る声

Handle : ”デッドコピー”黒人   Date : 2001/01/19(Fri) 01:05
Style : ニューロ=ニューロ◎、ハイランダー●   Aj/Jender : 20代前半/♂
Post : リムネット・ヨコハマ所属電脳情報技師査察官



「忘れるなよ。すべてを語るものなんて、ありやしない……」
                            カウント・ゼロ



(ずいぶんと人気者のようだ)
“ツァフキエル”が来るまでの間にウォッチャーを一人支配下に置き、その義体を調べる。
俺と同じBeyond Seeker。
(その割には、対した抵抗もなかったな……)
だが、そんな疑問を抱いたのも一瞬。
“ツァフキエル”を見てからはもう、そんなことはどうでも良かった。

<<この女は本物だ>>

いろいろなフラグが示しているように、その素養の高さを上げれば切りがない。
だが、最もMMHらしからぬ言葉で言えば、ネスティスの雰囲気を身に纏っていた。
そして、その表現が一番正しいだろう。
まるで幼いころの彼女そのもの。

それが偽者のはずがあるか?

「・・・“ツァフキエル”よ。初めまして――――“デッドコピー”」
俺は黒い人形を微かに震わすことでそれに答える。
「もう少しご一緒したいけど、時間がないそうだから。
 ・・・・単刀直入に聞くわ。『霧』の正体を、あなたは――リムネットは知っているの?
 あなた達はこの街で誰を追い、何をするつもりなの?
 メレディー・ネスティスのことをリムネットは・・・あなた達は何処まで掴んでいるのか。どうするつもりなのか」
まさに彼女そのものだ。次に来る言葉もわかる。
今までその言葉を俺に投げかけたのは、ネスティス、クローソー、そしてネスティスと共に
行方知れずとなっている奴の3人のみ―――。
「・・・そして、『あなた』は――――なにを、守りたいの?」
ハーモニクスの高鳴りと共にその言葉が俺の頭にこだまする。
ホントにクールだ。まったく、どうかしてる。
こんな言葉ですら、今の俺を狂わすには十分だとは。
勤めて冷静に答えることすらままならない。まともにコントロールが出来ない感情がこんなにもヘイトだとは。
「その言葉を俺に語るのは、お前で4人目だ……」
「え?」
あどけない表情で素直にその言葉を聞き返す。その表情すら俺のシナプスを焼く。
「……くだらない感傷さ。気にするな。それより、今はあれだ」
黒い人形が曼陀羅の中心を指す。
その中心がわずかに厚みを増している。
「どえらい輩どもがやりあっているのだろう……。おかげで少し猶予が出来た」
そこで俺は少し間を置き、答え始める。
「質問に答えよう。霧の正体をリムネット……というより「北米」は知っている。
 あれはその昔、北米で開発されていた「ホワイトリンクス」というものだ。
 ナノマシンを媒介にしてIANUSとウェブ、またはIANUS同士をリンクさせ、
 それにより「より高度」な「統合人格」を形成する。主にメガ・プレックスの外で用いること
 想定していたが、その中で使えば、それはそれでより綿密な関係が生まれる。
 ……それが霧の正体だ。多少のバージョンアップはあるだろうが、
 八割方、この説明で正しいはずだ」
“ツァフキエル”はただ、静かに聞いている。
「そして、北米はこの件に関しては何もしない。それはリムネットも同様だ」
「何もしない?」
わずかに怒りの表情を“ツァフキエル”は見せる。
「そうだ。この件に関しては社としては何もしない。リムネットで動いているのは
 俺を含めて数人だし、それも大方はネスティスの回収に力を注いでいる」
その言葉と聞いて、“ツァフキエル”はようやく真剣に人形の目を見詰めた。
「あなた、知っているのね。……彼女がどこに居るのか」
(黒人、「ホワイトリンクス」がエミュレーション領域にそろそろ入るわ)
プリップ・プロップしている俺より早く的確にクローソーが俺に注意を促す。
俺の右手はまだ振動していない。
「さて、うだつのあがらない市井の輩どもにはあんなの羽はまぶしすぎるようだな。 
 物欲しそうにこちらに触手を伸ばしてきていやがる。
 続きが聞きたいなら、リアルスペースでだ。その場合俺は、いま支配下にある義体を使うことにするが……
続き、聞くか?」
満月の明かりに照らし出されたグリッドの世界で、冷たいノイズ混じりの声で俺はわかりきった答えを待った。 

http://www.dice-jp.com/depends [ No.557 ]


▲ Return to NOVA