ヨコハマ中華街&新山手

[ Chinatown BBS Log / No.499〜No.515 ]


記憶

Handle : “ウィンドマスター”来方 風土   Date : 2000/09/17(Sun) 08:59
Style : バサラ●・マヤカシ・チャクラ◎   Aj/Jender : 23/男
Post : 喫茶WIND マスター


「心の中ね…。いいだろう。じゃあ、今から始め様か」
風土は、榊の願いに間髪入れずに答える。それは、榊本人も驚く程だった。
「準備等はよろしいのですか?」
「無くても出来るし、有った方が、それらしくていいってのなら、何か用意するけど?」
逆に風土の方が、榊に質問する。
「いえ、今は少しでも時間が惜しいですから、直ぐに出来るのなら、それに越した事は在りません」
「じゃ、始め様か。取り敢えずは、眼を閉じてくれるかな」
風土の言葉に、榊はその眼を静かに閉じる。
「いいかな、今からアンタの心の中に入る。でも、人の心ってヤツは中々厄介でね。本人が意識していなくても、不法侵入してくる奴に対しては、自動的に扉を閉ざす」
風土は、榊の額に左手を翳しながら、言葉を続ける。
「そこらへんは、何とかするとして。ま、今はとにかく、リラックスして。久し振りに友人が尋ねて来る様なつもりで、気持ちを楽にしてくれ」
しかし、この、風土の自信は一体何処から来るのか? 並みの術者では、術具を使用しても、成功のおぼつか無い術を、何の準備も無しにしようとは。そして、風土はその顔に不敵な笑みを浮かべると、言い放つ。
「さてと、サイコダイブとしゃれこみますか」

 [ No.499 ]



Handle : リョウヤ   Date : 2000/09/17(Sun) 15:54
Style : イヌ◎、フェイト、カブトワリ●   Aj/Jender : 30over?/male
Post : ブラックハウンド


「寝言もたいがいにしろ!」
 テーブルを激しく叩き、狄勲は吼えた。
「共同戦線だと!? そんなことできるわけねぇだろ!!」
「…………」
 激昂する狄とは対照的に、リョウヤはソファに深深ともたれた姿勢で、狄を静かに見つめる。
「なんでできねぇんだ?」
 タバコをくわえたまま、リョウヤは煙とともにセリフを吐いた。
「オレは、オメェらを逮捕するとは云ってねぇんだぜ?」
「テメェみてぇなよそ者に『仲良くしようぜ』って手を出されて、何の疑いもなく握り返すほど、オレたちがバカだと思ってんのか!? そっちが望むなら、今すぐ蜂の巣にしてやってもいいんだぜ!?」
「…………」
 リョウヤの傍らで、サンドラはハラハラしながら成り行きを見つめるしかなかった。
 彼女は、リョウヤを青面騎手幇の隠れ家まで案内しただけだった。リョウヤはいきなり、その場にいる最も偉い人物に面会を求め、あげくの果てに“紅い髪の女”に関しての共同戦線を申し出たのである。
 よりにもよって、出てきた相手は青面騎手幇のナンバー3。それはまさに、血に飢えた狼たちの真ん中で、最も獰猛な狼の前に身を投げ出すようなものだった。
「オメェの云うことももっともだな」
 云いながら、リョウヤは懐から真新しいポケットロンを取り出し、テーブルの上に置いた。SC−8までセットされている。
「その気になったら、そいつの4番チャンネルを使って連絡しろ」
「…………」
 突然の奇妙な申し出に、狄は呆気にとられてリョウヤとポケットロンを交互に見つめた。
「別に組織ぐるみでなくても、オメェが個人的に協力してくれてもいいんだぜ? そいつをどう扱うかは、オメェに任せる。……サンドラ、行くぞ」
 リョウヤは立ちあがり、サンドラも慌ててそれに続く。
 退出する直前、リョウヤは振り返り、
「事件を一刻も早く解決したかったら、オレに協力しろ。見返りはくれてやる」
 そして彼は、口だけでニヤリと笑った。
「ボスになりたければ、な……」

http://www2.tokai.or.jp/kohbundo [ No.500 ]


紅い髪の女

Handle : シーン   Date : 2000/09/23(Sat) 00:47


「サイコダイブとしゃれこみますか。」
そう言って来方は不敵な笑みを浮かべた。
榊に向けた掌に意識を集中する。
通常、来方を含む大半の術者は人の精神を漠然としたイメージで捕らえているにすぎない。
術者が術を行使する場合、特に今回のように他人の施した術を破る場合はより確かなイメージの元て行う必要がある。
その手段の1つがサイコダイブなのだ。
来方は自分の意識の一部と感覚の一部、(視覚)を切り離し、榊の精神に干渉し始めた。
視界一杯に複雑に絡み合った光る糸のようなものが広がっていく。
それは来方が視覚化した榊の記憶だ。
良く観ると、その一本一本の中を様々な情景がまるで映画のフィルムのように流れていくのが見えた。
「さて・・」
来方は大きく息を吐くと榊から聞いた、紅い髪の女のイメージを思い浮かべながら更に意識を集中した。
「見つけた!」
思わずそう呟く。
複雑に絡み合った光る糸の内の一本に視線を移す。
その光流に微かな乱れがあった。
並のものであるなら見逃してしまうほどの小さな違和感を来方は見逃さなかった。
伸ばした手を糸に添わせ、巧妙につなぎ合わされた箇所を探る。
そして・・・
閉ざされた記憶の扉が開いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゲルニカ・蘭堂。
それが女の名だった。
一連の中華街で起こった事件を調べていく内、榊はナノマシンの開発者であり、千早の技術顧問の1人である彼女の存在を知るに至った。
メディア嫌いの彼女はその美しい容姿と知名度にも関わらず、ほとんど公の場に姿をあらわさなかった。
それ故、彼女に関するデータは一般に公表されているものしか得る事が出来ず、直接会って話を聞くため千早を訪れた彼に、受付の女性は穏やかな微笑を浮かべ、ゲルニカがすでに千早を辞めた事と、その後の事は誰も知らないという事を話した。
しかし、榊は諦めなかった。
彼の勘が彼女と会う必要があると告げていたのだ。
それが事件の謎を解く鍵の1つであると彼は確信していた。
だが、彼女の足取りはまったく掴めなかった。
まるで、霧のようにその姿も痕跡も全て残さず消え去っていた。
そして、彼がその追跡行を諦めかけた時、不意に彼女は彼の前に姿を現した。
アサクサの雑踏の中、彼女はまるで彼のこれまでの調査を知っていたかのように薄い笑みを浮かべ榊をジッと見つめていた。
美しい女だった。
単なる造形上の美ではなく、発散するオーラとでも言おうか。
魅力的という意味ではありえない程に、男女の性別を問わず、魅了せずにはいられない存在だった。
それはまるで、彼が女性を意識するようになって抱いたあるゆる感情が形をなしたようだ。そこにただ、存在するだけで榊はまるで自分の秘密を暴かれているかのような気恥ずかしささえ、憶えた。
体が熱を帯び、あたりの景色が急激に遠のいていく。
そして、体の奥深くからどす黒い衝動が頭をもたげはじめた。
と、その時。
彼の全身を警報にも似た衝撃が駆け巡った。
数々の修羅場をくぐりぬけたもののみがもつ、危機を回避する超感覚。
それが今まさに、深淵の底深く落ちていこうとした彼の正気を保ったのだ。
ほとんど無意識に榊はメンタルな部分を思考から遮断し、探偵としての冷たく理性的な思考のみに、己をゆだねた。
深く、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
「・・・お知り合いですか?」
傍らで、どこか朦朧とした様子の和泉が呟いた。
「ゲルニカ・蘭堂。」
「私たちがここ一ヶ月の間、探し求めていた人物です。」
榊にいつもの、穏やかな微笑が戻っていた。
「?」
冷静な思考が戻るにしたがって、榊はある事に気付いた。
あれ程の美女がいるにも関わらず、通行人の誰1人として彼女を見ていないのだ。
まるで彼女の存在自体に気がついていないかのように、まったく気にとめる様子もなく、それでいて彼女を避けるように人波が別れていく。
“マヤカシの幻術?それとも、何か別の力が働いているのか?”
榊は更に注意深く、相手を観察し、ゆっくりと歩を進めた。
と、その足が数歩進んだところでピタリと止まる。
ゲルニカが、艶やかな笑みを浮かべていた。
それはまるで、妖しくも美しい大輪の華が開花したかのようだ。
「おもしろい男ね・・・」
呟く。
甘い、ハスキーボイス。
雑踏の中、それもかなりの距離を隔てているにも関わらず、榊にはその呟きがはっきりと聞こえた。
「強い意志と忍耐力。・・あなたのような男なら、これから始まる狂宴に最後まで生き残っていられるのかもしれないわね。」
「よろしければ、そのパーティでエスコートしてさしあげますが?」
榊もまた囁くような声で答えた。
「本当に、おもしろい男だわ。」
楽しくて仕方がないという風に、再びゲルニカは笑った。
紅い髪がユラユラと陽炎のように揺れる。
「でも、それを決めるのは多分私じゃないわね。」
「あの人の言葉を借りるなら、“全ての事象がただ1つの結末に繋がっている”のだとしても、ね。」
不意に、榊は悪寒を憶えた。
彼の中で再び警報が鳴り響く。
「言霊って、御存知?」
彼女の声が山彦のように頭の中にこだまする。
「しまった・・・」
弾かれたように、彼女に向かって駆け出そうとしたが、すでに遅かった。
彼の足は一歩も動けなかったのだ。
ドサリ
振り返ってみると和泉が彼の横で倒れていた。
「なかなかの用心深さと、慎重さだったけど・・・」
そして、再び形作られたのは、妖しく美しいアルカイックスマイル。
「私を見つけた時、すぐに走り寄って来るべきだったわね。」
「次に会う時は、もっと情熱的な再会シーンを期待しているわ。」
ありたけの精神力を振り絞り、体を支えようとするが、彼の体はもはや言う事を聞いてくれなかった。
何かを求めるように差し出された己の手。
それを最後に彼の意識は急激に闇の中に落ちていったのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

「思い出しましたよ・・・」
榊は変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、呟いた。
その内にたしかな決意の炎を滾らせながら・・
不安気に主を見守る和泉のすぐ横で、先ほどの光景を共に垣間見たはずの来方は、しかし腑に落ちないといった風で眉をしかめた。
「簡単に事が運びすぎる・・」
誰にともなく、吐き出すように言う。
先ほどの記憶から推測すると、相手はかなり高位の術者だ。
おそらく、その実力は来方を遙かに上回るだろう。
その気さえあれば、もっと巧妙なやり方で榊の記憶を封印する事ができたはずだった。
いや、完全に消し去る事もできたはずだった。
それなら、なぜ?
「いやな気分だ・・・」
暮れ始めた空。
闇紅に染まり始めた空に先ほどの女の姿を重ね見たのか、渋面のまま、来方は再び呟いた。

 [ No.501 ]


咲き誇りし、過去の残影

Handle : “那辺”   Date : 2000/09/23(Sat) 01:32
Style : Ayakashi◎,Fate,Mayakashi●   Aj/Jender : 25(In appearanse)/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


 軽い眩暈に頭を振り遠く高い空を見上げれば、弥勒に映った雲が流れていく。
 微かな緑の香と柔らかな光。自らを焼くはずの光に包まれても何も起こらない。ソレが現実で無いことを彼女に、いやがおうにでも認識させる。
 自らが振るった施術に置いて再現された想定外のまるでシムスティムの如き再現性の高い過去見であり、原風景に過ぎないさ、と。
 視線を流し遥か遠くに見ゆる深い森を見据えると何故かその風景が災厄前、十世紀以降の欧羅巴だと感じた。
 だが、これは……。
 光に蝕まれない自らの体、安寧に満ちた穏やかな光景。自らが羨望と絶望を重ねながら焦がれる回帰の一つの形。

 術とは元来、認識を超自然の現象や超感覚を現実において再現する方程式の如き方法論である。つまり、個体差はあれども行使する個人の器を越えた再現がほぼ不可能であったり、安全係数の設定が極めて難しいのだ。
 故に術者と初めから共同した工程で施術を行うか、術者が鍵として使う要素を深く識りえなければ、容易に霊的代償の複合バックファイア現象が起きえる事を考えると施術への他者の直接的な介入は非常に考えにくい。だが単独の施術にしては階梯を上がるのが速すぎる。
 径を追った故の根本的な誰かの径、過去への原風景への幻視か。まるで誰かにお膳立てされたような舞台じゃないか。口の中で呟き、彼女は丘を行く少女に気付き、その面影から少女の名を呟く。

 フラッシュバック──ホワイトアウト。
 想定を超えた不安定な術の効力が切れたのか、強く強く引き戻される感覚。
 白い白い世界。上も下も右も左も解らない。耳鳴りに似た騒音(ノイズ)が那辺の聴覚を麻痺させる。
 鋭い舌打ち。片膝を“空間”につき、弥勒と手袋を苛立ちげにかなぐり捨てた。
________ココでアンタを逃がしたら、逃がした“肴”が余りにも大きいのさ。
 コレは根幹たる連なりへの径。コレを視ていることすらが、推定を超えぬとはいえ、現事象と起こりえた事件への彼女の深い関与を裏付ける何よりの実証なのだ。片唇がにいと吊りあがる。
 狩猟者たるヒトの血脈が感か。捕食者、上位者としての一族が本能か。
 ざわり、と空間が揺らめく。青白い透き通るような肌、禍禍しい朱の光に色取られた瞳。不自然に研ぎ澄まされた爪が伸び、作り物の牙にかわり鋭い犬歯が口から伸びる。
「逃すか!エヴァンジェリン・フォン・シュティーベル!!」
 暴れ馬に似た不安定な自らのチカラの奔流の手綱を離さぬよう、ほぼ解かぬ人化の法すら解きソレを維持するチカラすら純然たる意志に変え、那辺は消えそうなその少女の幻像を捉え、吼える。のちの代価は覚悟の上。
________何が誰がアンタをそうしたのか、アタシに……視せろ!
 食い込んだ牙の隙間からもれた呟きは、維持の為無意識に組替えた術──強い願──が齎す無色光(ヒカリ)に包まれ、自身の耳に届かなかった。

 色取られるは過ぎ去りモノ。咲き誇りしは哀しみが織り成す過去の残影。

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.502 ]


紅霞

Handle : “指し手”榊 真成   Date : 2000/09/26(Tue) 01:24
Style : KARISMA,FATE◎,KURO-MAKU●   Aj/Jender : 29/♂
Post : 榊探偵事務所


「思い出しましたよ・・・」

榊は変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、呟いた。
その内にたしかな決意の炎を滾らせながら・・・

(そう、私は彼女を知っている。ゲルニカ・蘭堂、彼女のことを)

そしてまた、封印されていたもうひとつの記憶をも。
エヴァンジェリン・フォン・シュティーベル。
LU$Tを巡る数々の糸をその身に纏う、銀の魔女。
ヨコハマの事件にかかわるにあたり、さまざまな人から伝え聞いた情報。それを統合して、やっと掴んだその存在。

(この記憶もまた消えていたことを考えるに、やはり、今回の霧にもかかわりのあるようですね)

榊の心の奥底から、沸き立つものがあった。
もう、長い間忘れていた感情。
冷徹なクロマクとしての地位を築くために、捨て去ったはずの感情。

(・・・燃えて、きましたよ)

そんな榊の傍らで、霊視を終えた来方が呟く。

「簡単に事が運びすぎる・・・」

刹那、榊の心におぞましい可能性が浮かび上がる。
もしも、この記憶もまた創りだされたものだとしたら?
誰かが彼に、二重の術をかけていたのだとしたら?

(・・・いや、それはない)

その目的として考えられるのは、榊を紅い髪の女へと向かわせることだろう。
それならば、初めからそういう記憶を植え付ければいいだけの話だ。
それに、そんなことをしなくとも、もとよりそのつもりなのだから。
さらに記憶を無くすよう仕向ける意味は・・・無い。
なら、何故に“簡単にことが運びすぎる”のか?

「・・・テストのようなものでしょうか」

榊の言葉に来方が視線を向ける。

「彼女の言うところの、狂宴に集う資格をもつ者を選別しているのだとしたら?
そうだとするなら、獣人たちの無差別な襲撃も説明がつく。これもまた、その障害を乗り越えることのできる強者を探しているのだとしたら?
では、何故そのようなことを?
・・・・・・。
・・・強大な術の行使・・・贄は強いほど良い・・・」

榊の口から独り言のような呟きが次々に漏れる。
まるで神官の受ける神託のような呟きが。
知性という名の神から受ける、推理という名の神託が。
ふと、強張っていた顔に微笑が戻る。

「まあ、今は何を言ったところで仮定の域を出ませんね。
来方さん、どうもありがとうございました。とりあえずの行動の指針を手に入れることができましたよ。
それと、Miss.蘭堂に会う為の方法もね」

訝しげな視線に、榊が答える。

「この街を覆う霧の、確信へと迫ること。深く、深く、ね。
そうすれば、彼女のほうから会いに来てくれますよ、必ず。
あ、それから、この部屋は今回の為に私が用意したセーフハウスのひとつです
鍵を渡しておきましょう。ご自由に使ってかまいません。
・・・さて、和泉さん、出かけますよ」

そう言って、“騎士”を伴って出かけようとする榊に、問いかける声。

「何処に行くんだい?」

「美女のエスコートに、ですよ」


数十分後。
BAR 黒蓮。
榊は再びこの店を訪れていた。

「・・・ずいぶんと早い呼び出しだが・・・もう、見つけたのか?」

過去を再現するかのように、目の前には青面騎手幇の・・・いや、ただの元、個人がいる。

「彼女の身元が明らかになりました」

元の顔に、微かに期待の色が浮かぶ。
が、それを打ち消すように、榊の言葉。

「ですが、現在の彼女はその身元から離れているようです。
そして、今の居場所はまだ判明してはいません」

「・・・途中経過を報告する必要はない。結果が出たときのみ、知らせてくれ」

元の顔がもとの無表情に戻り、席を立とうとする。

「私は、過去に彼女と出会ったことがあります」

元の動きが止まる。二人の視線が交錯する。
何も語らない刺すような視線と、穏やかな刺すような視線と。

「お掛け願えますか?」

無言で再び席につく元。
そして、ゆっくりとした言葉が、榊の口から紡がれる。

「初めは、ただ貴方の依頼で探しているだけでした。
だが、現在は違う。私個人の欲求によっても、彼女を求めている。激しく、ね。
彼女をパーティーでエスコートする約束を、思い出してしまったもので。
彼女は必ず見つけ出します。だが、貴方の協力が必要です。
今は、情報が欲しい。どんなことでもいい。一見、彼女を探す役にたちなそうなことでもいい。
話してはくれませんか?
何処で彼女の存在を知ったのか?
何故、青面騎手幇の元でも“小刀”の元でもなくただの元、貴方が彼女を求めているのか?
そして、時間が無いとは何を差すのか?」

元の顔に浮かぶは、微かな怒り。そして、微かな悲しみ。
目の前の男に対してか、ここにはいない誰かに対してか。

「話していただけないというのであれば、調べるだけのことです。
ですが、それは時間のロスにつながり、そして私達の信頼に楔を穿つ」

榊の視線が正面から元を射る。
微笑みに隠された表情から、鍛えられた鋼が見え隠れする。

「貴方が、本当に私のことを信頼してくれているというのなら」

そして、瞬間、時が止まった。

http://www.din.or.jp/~kiyarom/nova/index.html [ No.503 ]


まだ、だいじょうぶ。

Handle : “ツァフキエル” 煌 久遠   Date : 2000/09/29(Fri) 05:05
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female
Post : カフェバー“ツァフキエル” マスター




 静かに――本当に静かに、声が浸透していく。
 知ることを望んだ自分。けれど・・・けれどその先にあったモノを見たとき、いつも
 軽い後悔を覚える。
  知ることは、何よりも強い武器なのだと、誰かは言った。
  知ることは、とても悲しいことなのだと、誰かが囁く。
  知ることは――視ること。自分の世界に取り込んでしまうこと。
 だから「彼女」は、旅立ってしまったのだ・・・・その優しさ故に。繊細さ故に。
 すすり泣きのように響くブランコの音。見えていたもの悲しい景色。
 どんな思いでそれを見つめたのだろう。何を感じて死者の目を通じたのだろう。
 ・・・・わからなかった。
 わかることに、恐れを。
 わからないことに、苛立ちと悲しみを。
 そんな混沌とした感情が、指先を妙に冷たくした。

 「・・・・お茶が、冷めますよ」
 優しい声が、冥い海を見つめていた瞳を現実に引き戻す。
 静かで穏やかな眼差しが、目の前にあった。
 優しく包む温もりと香りが、手元にあった。
 嬉しさに。切なさに。瞳が少しだけ潤み始める。
 少しだけ慌てた様子を見せた主水を、客が来た気配が遮った。
 来客に声を掛け、立ち上がる彼の行動を受けて、そのまま視線は手元のカップに続く。
 綺麗な色に浮かぶ、泣き出しそうな子供のような瞳。
 その表情に、何だか少し悔しくなって、カップを置いて思いっきり顔を手でこする。
 カップに少し赤くなった顔が映って、それを一気に飲み干してしまった。
 ・・・・・大丈夫。
 ・・・・・大丈夫。まだ、あたしは大丈夫。
 ・・・・・約束、したから。
 ・・・・・お友達と、約束、したから――

 「最近巧くタイミング作れないなぁ・・・」
 僅かに聞き覚えのある声に、視線を向ける。
 見知った顔がすぐそばにあったのが「見えた」時、顔に小さな微笑みが浮かんだ。
 まだ自分は探し続けて・・・知ることが許されてるのだと、そう感じた。
 大切な友人達との約束を、守ることができるのだと。
 
 
 それが、嬉しかった。


http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.504 ]


Conditional words : One

Handle : シーン   Date : 2000/09/30(Sat) 12:02
Style :   Aj/Jender :
Post :



▼LU$T企業階層網 リムネットヨコハマ構造物内 PM5:00

(ねぇ、黒人。彼女は今も夢を見るのかしら)
 先ほど見えたアイコンをしてそう言っているのかどうかは別として、鼓膜を通してではなく、脳に直接響く声に黒人は肩を竦めた。
「どうかね、興味あるのか?」
(興味というよりも、存在が近くなったから_______私にとっては)
 黒人の言葉に彼女が笑う。
 ________近く? 自分と一体とはいえ媒体に収められた彼女が呟く言葉に、黒人は一瞬考え込んだ。やがてその言葉がそもそも彼女の存在の在り方をして、御厨が先輩と呼ぶメレディー・ネスティスを指しているのかと気がつくには、たっぷりと4秒はかかった。
「御厨が聞いたら激昂しそうな言葉だな」
(別に__________嘘を言っているわけじゃないわ)
「まぁいい。どの道彼女の欠片を集めるのが俺の役目だ。何も御前の言う彼女を集めるわけじゃない」
 黒人はゆっくりと自らのアイコンを身動ぎさせると、自分が座しているグリッドの上層を見上げる。
 目前には何処で果てるとも知れない薄緑色のキラキラと輝く格子が広がり、それが幾層にも重なっている。この積層のグリッドの最上層部には何れ軌道へと繋がる格子が存在するはずで、その場に存在するにはそれなりに自分の構造に規模や精密さや様々なモノを持つ必要がでてくる。まず人が手に入れることもない黒人が今、精神を収めている高度な義体をしてもそれは叶わないといわれていた。
 ______だが何れ昇らなければならない。
 黒人が御厨に命を受けるよりも遥か以前に、交わした約束が彼にはあった。
 孫娘を対電子戦略艦 DXF102に連れ去られたと嘆く、あの男との約束が彼にはあった。
 そして彼を存在させている社は任務を彼に一つ与えた。
 『彼女』に融合された「盾」を回収せよ・・・手段は問わない。
 黒人は目を閉じて自らの記憶に残る御厨を思い浮かべた。
 クルードにやるか、テクニカルにやるか。
 ぞっとするほど寒気がする笑みと共にノイズを打ち放ち、黒人は目前に広がる映像回線の構造物に映し出された公園に佇む二人に視線を移した。
 黒人はにっこりと笑いながらその二人の後を追う。
 
 やがてその映像は、古い骨董品に囲まれた店内へと程なく移っていった。


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▼LU$T ヨコハマ中華街 関帝廟 PM6:00

 しっとりと冷たい壁に額を押し付けながらキリーは目を閉じた。
 そうしてこの場所で静かに目を閉じると、随分と時間のたった今でも嫌なほどはっきりした形であの女の言葉が蘇ってくる。それは、痛みを感じるほどに明確なビジョンとなって思い出される。

「その女はここで死ぬ必要があったのだ」
 ぞわりと身の毛がよだつような自らの殺気に歯を食いしばる。
 嘘だッ!
「偶然でも事故でもなんでもない。運命だったのだ」
 嘘だッ!!
「なぁ・・・そうだろう? レクセル_______」
 最愛の許婚を大理石の壁に剣で突き上げ、更に壁にうちつけながら女が呟く。
 嘘だッ!!!
 退魔の力を気が狂うほどに滾らせていた右腕が_____彼に最も近く、何よりも彼にとって力の象徴だった右腕が、夥しい血を流しながら冷たい石の床に転がっている。
 急速に遠のき始める自らの意識を呼び戻そうとキリーはあらん限りの力を振り絞り声を荒げ、叫びを上げた。だが、叫んでも目前で壁にうちつけられた彼女の瞳に動きはない。失ったものは決して帰ってのだとまるで女が告げているようだった。何をやろうとも帰ってくる事は無いのだと。

 キリーは目を見開いて、部屋の壁を打ち崩すかのような叫びを上げた。
 あの日以来、絶望の後に残っていたのは、強烈なまでに自己を変容させた負の感情・・・憎しみだった。
「捕獲? いいだろう。死ぬほどの苦しみを味あわせながら捕らえてやる」
 SRの施設に保護された彼に北米トライアンフが姿を現すまではさほど時間はたっていなかったはずだ。長期の入院で底をついていた彼の生活をすくいあげ、慣れた自らの右腕は目覚めると銀色の義体へと姿を変えさせていたのも彼らだ。
 忘れない方がいい記憶もある。そう告げる彼らの言葉は以前の自分であれば激しく抗ったことだろうが、今となってはその考え方をキリーは受け入れていた。
 もし、一連の霧に関わるのが彼女であるならば______銀の魔女と呼ばれるあの女であるならば絡まる糸を精査して社に報告。最終的には女を捕獲せよというのが彼が得た右腕と生き長らえることの出来たことに対する報酬への義務だった。
 トライアンフのエージェントは念を押すように、幾度もベッドに横たわるキリーに告げた。
「LU$Tを取り巻く一連の霧は、人為的なものだろうとは考えている。だが、その霧に術が潜んでいないとは我々は言い切れない。キリー・・・霧を探れ。霧が何の為にLU$Tを覆っているのかその事実を追うんだ」ベッドに横たわり、過去を見る度に自然と瞳が翳るキリーの姿を見ながら、トライアンフのエージェントも同じように表情を僅かながらに翳らせた。

「霧とそれに関わる人物の全てを洗い出すんだ、キリー。お前が背負っている過去を紐解く糸があるはずだ」
 キリーは目を閉じ___________今は薄汚れた茶色い染みとなった、彼の最愛の女性の血が彩る壁に・・・銀に彩られた義手で優しく触れた。


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▼LU$T ヨコハマ中華街 PM5:55

 風土は榊に手渡されたキーをくるくると器用に指で躍らせながら、徐々に人の多くなり始めた中華街の雑踏をゆっくりと歩いていた。
「なんだか引っかかるね」
 誰とも無くつぶやきながら颯爽と歩く彼を、自然と行き交う人々が避けてゆく。
 自然と眉に皺を寄せながら風土は考えていた。
 LU$Tの中華街を中心として三合会の勢力の系が変わり始めているという噂は以前に彼の妻______炎華から幾度か話は聞いていた。【屠夫】ホイ・チェンリェが変死した日を境に、それまで微妙にバランスを保っていた何かのバランスが崩れているかのようだった。
 姿を消して久しい北米のエージェントの姿を幾度も見かけるようになっていたし、そして何よりも・・・。風土は日が暮れ始めるに従い更にその密度を増したように感じる霧に手を触れようと立ち止まり、両手を空に挙げた。
 いぶかしむ人々の視線には目もくれずに風土は目を細めながら自らの身体を霧に包ませるように委ね・・・目をゆっくりと閉じた。
 バサラやマヤカシと人が呼ぶ、遥か過去の時代から脈々と受け継がれてきた感覚を研ぎすさませるように深く呼吸を繰り返す。

 術のような何かを帯びているのは確かだった。それは、目を閉じるまでもなく風土の感覚を幾度も刺激していたからだ。
 だが、その術を帯びた霧からは静かな何かの振動のようなものも感じられる。だが、あまりにも小さく、あまりにも細かな音のような、囁きのような振動というだけでは何も彼の頭の中では答えとなる像が結ばれなかった。
 幾度か試しに術に干渉してみようと試みたこともあった。
 だが何度その術を解きほぐそうとしても、硬く口を閉ざした子供の様に霧は何も語ろうとはしなかった。まるで何かの約束をさせられた子供の様に頑なに風土の術への干渉を受け流すのだった。
「__________頑なに何を閉ざしているんだ?」
 両目を見開き、風土は一昨日辺りから軽い偏頭痛と共に彼を悩ます耳鳴りを和らげようと深呼吸する。
 術を行使する力に何かが覆い被さるような感覚は、彼に耳鳴りという形で思い悩ませていた。霧が姿を現す時間と共にその感覚はいよいよ強くなる。封術を受けていると言うはっきりとした確証があるわけではなかった。
 だがはっきりとした違和感があるのも事実だった。
 俺だけか?
 風土はふと視線を上げた。
 なんか見逃していることって無かったか?
 思わずポケットロンを手に取る。
 ゴードンなら何か意図になるようなことを知っている可能性は無いか?俺に絡まるような何かを。
「いや、それじゃ足りないな」風土はポケットロンで店に居る炎華へと連絡を取る。「なぁ、炎華。ほら・・・・あれ___________」
 風土が苦手にしている自分の記憶を探る時特有の呟きを嗜めながら巧みに炎華が彼から言葉を紡ぎ出して行く。
「_______ビル? ビル・ゼットーの事を言っているの?」
 炎華の声に思わず相槌を打ちながら風土は思い描いていた。
 No.1が変死したのなら、No.2動き始めるはずだ。いや、動き始めるだけじゃなく、誰かの干渉を受けることだってあるだろう。最初の事件に立ち戻ることで見えることが何かあるかもしれない。

「なぁ炎華、すまないが__________」
 風土は糸を手繰り始める。


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▼LU$T 中華街 骨董屋“祥極堂” PM5:05

 煌の姿を認めると皇は足早にテーブルへと近づいてきた。
「皇さん、どうしてここに?」
 思わず煌の口をついて出たといった感じの言葉に皇は笑った。
「待ち合わせなのよ」
 肩を竦めながらくすりと微笑む皇のさり気ない笑顔に煌もつられて微笑む。この所、色々と思い悩むことが多くて忘れかけていたような笑顔だった。なんとすっきりした表情をするのだろうと煌は正直羨ましく感じていた。
 昔からあまり煌は自身の感情のコントロールを意識することが無かった。
 多感なのだと人から言われたこともあるが、というよりもむしろ自分としては自身の肉体とそれに収まる精神の特性なのかもしれないと、受け入れ始めていた。だが、この霧が出始めてから自分の情緒が不安定になっているのは、確かだった。
「お知り合いなのですか?」極 主水の呼びかけに煌は振り返る。「はい、以前に何回か桃花源という店で御一緒したんです」
「桃花源・・・なるほど、そうだったのですか_______」
 桃花源と聞き、極小さく極 主水が溜め息をついたのを皇は見逃さなかったが、その後に彼が言葉をゆっくりとではあるが紡ぎ始めたので敢えて何も言わなかった。
 極 主水はゆっくりとした動作でカップの紅茶に口をつけると、ぽつぽつと語り始めた。
「_____最初、あの公園で煌さん、貴方を見かけた時には正直驚きました。幻影が重なって見えたので」
「幻影?」
「えぇ、幻影です。それも過去のね」一度軽く極 主水は肩を竦めると、カップを両手で包んだ。「私ね、触ったものにまつわる過去を見たりする事がどうやら出来るらしいんですよ。それだけじゃなくて、自然とそういった要素をもつ状況があると過去見の様に風景を見ることもできます。・・・酷く限定的で一方通行なイメージなんですがね」
 然したる事は無いのだと事も無げに告げる極 主水に、煌と皇は一瞬無言で顔を見合わせる。だが、その二人の仕草も指して気にせずに極 主水は言葉を続けた。
「煌さん、貴方が居たあの公園は以前にある女性が・・・死んだ場所です。メレディー・ネスティスと言う名の女性の一つの時間が潰えた場所らしいのです。ですがそれだけなら別に私は貴方に出会った時にそんなに驚きません。驚いたのは、あまりにも彼女の時間が潰えた時の感覚に似た波動を貴方が持っていたことです。煌さん、貴方_______」
 極 主水はそこで一度言葉を切って、目を閉じ頭を振った。
「皇さん・・・でしたね? お預かりしているものがあります。______いや、そう申し上げていいのやら」
 気持ちを切り替えるように目頭を抑え、極 主水は席を立つと店の奥へと消えた。
 
 たっぷりと10分以上時間がたってから極 主水がテーブルへと帰ってくる。その手には茶色い染みがついた蒼い布の切れ端が握られている。
 極 主水は少し表情を曇らせながら椅子へと腰掛け、テーブルの上にその布を置く。
 その動作は極めて遅く、まるで思いモノを持っているかのような仕草だった。
「触れたもの全てに能力が働くとは言いません。ですが、強烈な印象をもつ品物に触れると強制的にこちらが引き込まれることがあるんです」辛そうな表情で彼はカップを手に取ると一気に飲み干した。「私のこういった能力を求めてやってくる方も少なからずいらっしゃいます。特に警察や調査組織に頼られることが多い」
 表情を曇らせながら極 主水はポットから紅茶を煌と皇のカップに注ぎなおす。そして最後に自分のカップへと注ぎ足した。
 その手はカタカタと細かく震えている。

「見なくて済むものは、見るべきではないという祖母の言葉を久しぶりに思い出したました」
 震える手でカップを掴むと極 主水はその蒼い布を見つめながら話し始めた。


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▼LU$T リトル・カルカッタ 時刻不明

 冷たい汗が流れ落ちた。
 座禅を解き、術から身を離したのは時の効果に縛られたからではなった。
 自分が滞在を決めていた建物からそう離れていない場所に、禍々しい気配を感じ始め、単に自らの肉体が正常に反応したためだった。
 いつからこれほどまで気配を読む距離が伸びたのかと訝しみながら、立ち上がる。
 窓を開け、階下の道を眺め、そして辺りを眺めて更に気配を読むと傍らに立てかけてある刀を手に取る。
 珍しく身体が汗をかいていた。
 窓枠を飛び越え、階下へと飛び降りる間も荒王の身体は意思に反して汗をかき、動けないといったような問題はないものの、何か重石をつけたかのように身体の動きに何時ものキレが感じられなかった。
 やがてカルカッタ街ののほぼ中央へと位置する居住ブロックの辺りに来る頃には、荒王の汗は滝の様に流れ、かつてない高揚感とこれまで感じたことの無い感覚が身体の中で鬩ぎあい始めていた。
 荒王が走る路地から程ない場所に佇む朽ちかけた教会らしき建物を見つけた頃にはその感覚は最高潮を迎えていた。
「何処の者か?」
 静かながらも射つけるような声を上げながら、黒い漆喰で半分塗り固められた様になっている扉らしき残骸を鞘で突いて打ち崩し、中へと踏み込んで行く。
 意識や理性よりも根本に位置する何かが、全力でこの場を去るべきだと叫びを上げていたが、荒王は振り返らずに建物の内部に目を凝らした。
 するとその瞬間と同時に部屋の奥から風が吹きつけはじめ、荒王の髪を揺らした。
 その風は血の香りに満たされている。
 荒王は内なる叫びに抗い歩み始めた。
「儀式でも執り行うつもりかよ?」
 思わずそう口を突いて出た言葉に眉を顰め、部屋の奥へ徒歩を進める。
 
 死体は全部でひと目見た視界に10体以上あった。どの遺体も噛み砕かれ、切り裂かれ、果ては両目が抉り出されている。更に部屋をゆっくりと見渡すと、やがて視界のすみに、暗い部屋の中央に佇む二人の男女の姿を認めた。
 彼らもまた部屋を見渡していたるようだった。
「随分とまた派手にやるな」
「_____それだけ急いでいるのだろう」
 男の問いかけに女性が答える。女性は一度部屋に踏み込んできた荒王に視線を向けたが、隣の男は一度も振り返らなかった。
 荒王の片手が自然に腰に帯びた刀の柄にかかる。
 この目の前の惨状を作り出したのかこの二人なのかどうかは別として、少なくとも、荒王が言いようがなく感じている全ての感覚はその二人から発せられているようだった。 荒王に一瞥をくれた長髪の女は黒い外套を揺らして何事か男に呟く。そこではじめて男はちらりと荒王へと視線を移した。
 薄明かりに慣れてきた両目はその黒髪の女性が、蒼いアオザイを着込んだ血だらけの女性を抱えていることを教え、その隣に立つ男は思ったよりも長身であることも教えてくれるようになっていた。

 荒王は一息つくとゆっくりと声を上げた。
「祖は何ぞ?」
 視線を黒髪の女が抱える蒼いドレスの女性へと注ぐ。
「置いてゆけ」
 荒王は声を荒げ、手は既にしっかりと柄にかけていた。
「置いてゆけ!」
 たっぷりと4秒以上の時間がたつ。
 荒王のマヤカシとしての血がこの惨状は儀式なのだと告げていた。
 いわばこの惨劇は神聖な神殿において、必要とされた重要な儀式なのだと。
 ならばその神殿に踏み込んだ我々はどうなのだ?と僅かな疑問を抱く。
 やがて黒髪の女性がにやりと口元を歪めて笑った。


 時を同じくしてそのカルカッタの教会からさほど離れていない街の一角に立つビルの窓から一人の男が仕事の手を休めて、カーテンを引いて目下の教会を見つめていた。
 しばらくその教会を見下ろしていた後、おもむろに窓から離れてデスクにつくとDAKのスクリーンに手を触れた。
 SC-8特有のスクランブル音が部屋に響くと、ようやく相手に回線が繋がったようだった。
 男は画面に映った相手の顔を熱を持って見つめながら喉を鳴らし、必死に声を紡いだ。
「どうしたの?」
「________カルカッタのウォッチャーです」男はかいつまんで自分が知った状況を、モニターを通した目前の女性に告げた。「二つの勢力が干渉したようです。・・・応援をお願いします」
 モニターの女性が僅かながらに顔を顰めると男もつられて視線を僅かにそらせた。


「________神殿が荒らされました」

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.505 ]


Conditional words : Two

Handle : シーン   Date : 2000/09/30(Sat) 12:03
Style :   Aj/Jender :
Post :



▼LU$T Bar黒蓮 時刻不明

「・・・話してはくれませんか? 何処で彼女の存在を知ったのか? 何故、青面騎手幇のユンでも“小刀”のユンでもなくただのユン、貴方が彼女を求めているのか?」
 一度言葉を切り、榊はグラスを手に取った。
「そして、時間が無いとは何を差すのか?」
 ユンの顔に僅かに怒りの表情が浮かび、やがてそれは悲しみに囚われた表情に押し流されてゆく。
 それは榊に対してなのかディックに対してなのか、それともここにはいない誰かに対してなのか窺い知れない表情だった。
 榊はそれには構わずに言葉を続けた。
「話していただけないというのであれば、調べるだけのことです。 ですが、それは時間のロスにつながり、そして私達の信頼に楔を穿つ」

 ユンは榊の視線からしばし己のみを逸らした。だがやがてゆっくりと身体の向きを変えると僅かな微笑みと戸惑いの表情で榊へと視線を合わせた。
「貴方が、本当に私のことを信頼してくれているというのなら」
 そう言葉を続ける榊に口元を少し歪めて目を細めて彼を見つめる。やがてユンはしばし目を閉じると、自分がこれまでディックと共に歩んできた時間へ・・・走馬灯の様に過去の思い出へと両手を伸ばした。
 幾度となく死地を二人で潜ってきた彼にとってディックという存在は特別なものだった。
 彼は今でもはじめてディックと顔を合わせた日のことを覚えていた。

「______榊さん、正直私もその女の事は知らないんだ。ただ【屠夫】に関わりがあるらしいとの情報から割り出しただけだ。無論その紅い髪の女性に関して調査はさせている。だが、まだ足取りはつかめていない。俺の探し方が悪いのか、それすらも自信がない。だから_______」
 ユンは一度視線を逸らすと、軽く溜め息をついた。
「榊さん、貴方に頼んだんだ。 俺がその女を求める理由は、俺たちの流れを乱したからだ。然るべき流れを乱されて、かなり困ったことになっているのは事実だ」
 彼は榊に正直な言葉を紡いでいた。
 実際彼は困っていたのだ。ビル・ゼットーに交わさせられた約束の為に。



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▼LU$T 新山手-車内 PM7:00

「寝言もたいがいにしろ!か・・・・まぁ、最もだな」
 車内で口元を歪めながらサンドラに向かってリョウヤは肩を竦めた。
 テーブルを激しく叩きながら吼えるディックは、思っていた通りの男だった。
 共同戦線を申し出たのは何も強い理由があったわけではない。何よりも正確な位置からスタートを切りたいだけだった。
「・・・・・・・・」
 沈黙して車中のシートに収まり、ハンドルを操作するサンドラとは対照的に、リョウヤはシートの中で足を組み、実にリラックスした姿勢でフロントガラスから街並みを見つめた。
 出来ないというディックの言葉は最もだったが、リョウヤはBHに自分が渡された一連の情報を考査し、どう考えても霧と資料と射て様々な形で残る記録との接点が見えなかった。リョウヤは迷うことなくまずは霧の発生にともない発生した事件の中で、自分が警官として一番隔たりを感じない事件へとクローズアップすることにした。
 偶々その辿った先がディックだったのだ。
 タバコをくわえたまま、リョウヤは煙とともにサンドラに呟いた。
「なぁ、BHの記録でディックやその周りの有力者達の生い立ちなんかに関しての情報はまだないのか?」
「No3のディックには、ユンという腹心がいるのはご存知ですか?」
「あぁ、知っている」リョウヤは傍らのボックスから、ファイルを引き出して叩いた。「紙の上での事ならな」
 サンドラはしばし躊躇った後に、ちらりとリョウヤを見やり呟いた。
「腹違いの兄弟です」
「何がだ?」
「No.2のビルとユンです」
「・・・・資料にはないぞ」
「ビルには今まで検挙暦がありません。司法系列でDNA鑑定を行う機会がなかったんです。今回の事件で容疑者全員の鑑定を行う司法処置の権限を得ることが出来ました。そのお陰でようやくわかったんです。ビル・ゼットーはその方面の知識にも長けた人物です。底まで情報を得るだけでもかなり手間がかかったくらいなんです」
 リョウヤは肩を竦めた。
「じゃあ逆に聞くが、なんだって一番険悪なビルとディックの狭間に・・・それも、ディックの腹心なんだ?」
「ユンを見込んで三合会でもそれなりの地位に一緒に連れてきたのは、ディックです。ビルじゃありません」サンドラはLU$Tでも有名なディックとその腹心ユンの強いつながりをゆっくりとリョウヤに説明して行く。
 リョウヤは一度だけ、サンドラにBHヨコハマ支部のDBへのアクセス権限のキーを渡せと言い放っただけで、後は素直に彼女の説明に耳を傾けた。
 その後、末までサンドラの説明を聞いていたリョウヤは口を開いた。

「俺の言った見返りは_______嫌な形になるかもしれんな」
 そして彼は、煙草を窓から投げ捨てた。
「サンドラ、お前この街にいて何年になる」
 サンドラは暫し間を置いてリョウヤに答えた。
「今年で7年になります。学生の頃から移り住んでいるので」
「何時もこういった事件は多いのか?」
 彼女はその問いかけに寂しそうに肩を竦める。
「フン・・・・」リョウヤはまた新たに煙草を探りながら、脇のウィンドウから流れる街並みに視線を戻した。
 霧が街を徐々に色濃く覆い始めてきていた。
 また何か事件がおきそうだった。
「ボスになりたければ、な・・・・か」
 リョウヤは煙草に火をつけ、上着のポケットに忍ばせたポケットロンの電源を確かめ、ダッシュボードに投げ出した。

「________我ながら嫌な言葉だゼ」


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▼LU$T 中華街 巫術小屋 PM4:10

 薄れ、掻き消えようとするエヴァの幻影に追いすがるようにフラッシュバックする視界に顔を顰めながら尚も那辺は前進を続ける。
 やがて視界一杯に広がっていた光の海の様にまぶしい状態が徐々に揺らぎ、ふと気がつくと、今度は那辺は石造りの家の前にいた。しばらく辺りを見回していると、その脇を先ほどの丘の上にいた少女が笑いながら駆け抜け、扉を開けると中へと入っていった。
 建物をゆっくりと見渡し、那辺はドアの脇にある窓枠から静かに部屋の中を見つめた。
 なぜかそうする必要があるような気がしたからだった。

 部屋の中では、エヴァとその両親が食卓を囲んでいた。
 正直那辺にとっては違和感があった。自分がエヴァという女性に対して抱いていた秦真理から聞いていた人物像とはあまりにも大きくかけ離れているからだった。目の前のエヴァはあまりにも人間的で、あまりにも・・・温かな環境に身を委ねていた。
「しかし、人の子だ。彼女も・・・・例外なく」
 自らも同じように歩んできた遥か過去の温かな時間を同じように思い出しながら、那辺は目を閉じた。

 次に目を開けると那辺の目の前には、戦が繰り広げられていた。
 自らが戦場に赴く際は士気も高揚してか気にはならない悲壮に掻き立てられた悲鳴や、死の苦しみに足掻く声など聞えない。だが、映像としてその戦場の真っ只中に立つ那辺には、吐き気を催すほど、人の意識が混乱し、錯綜し、あまりにも醜い形でぶつかり合っていた。感覚が刃物の様に研ぎ荒まれた那辺にとって、その戦場は苦痛以外の何者でもなかった。
 何度か目を閉じる度に目の前の戦場の情景は移り変わり、それに合わせて場所や時間も移り変わっているようだった。
 やがて那辺はいつまでも果てしなく続くその戦場に、長い黒髪を風に棚引かせて戦姫の様に戦う姿を認めた。
「エヴァ________これはアンタの記憶なのか」
 瞬きするたびに移り変わる情景の中で、エヴァは倒れた兵士に歩みより、声をかけて鼓舞し、自らも戦いに身をおいていた。
 その瞳は驚く程に透き通った表情で一転を見つめており、それは、この戦場に立つ者達が誰もが抱いてやまない勝利と収束の未来をただひたすらに信じて見つめるものだった。
 しかし、那辺が瞬きをするたびにその彼女の表情からは精彩がかけ、表情がなくなり、やがて氷の様に冷たい表情へと移り変わっていった。

 やがて那辺の目の前の情景は、何かの集会の様な広場に移り変わる。
 その目の前では今、犯罪人を裁判にかけ、火炙りにしようと人々の罵声が飛び交っていた。
 ふと那辺は自分の脇にエヴァが甲冑を見にまとったまま立ち尽くしていることに気がついた。
 間近で見ると彼女の瞳から涙が溢れている。
 彼女のその視線の先を追った那辺の視界に、以前に石造りの部屋で食卓を囲んだ母親の姿があることに気がついた。今その瞬間、その母親の身体が炎に包まれる。
 エヴァが傍らで崩れ折れ、広場の喧騒は一層高まり、そこらかしこから罵声や怒号が飛び交った。
「・・・エヴァ? これは魔女裁判なのか?」
 那辺が思わずくず折れたエヴァに声をかけようとした瞬間、頭を殴られたような鈍痛があったかと思うと、目の前の情景が何十倍にも超加速再生した映像の様に移り変わり始めた。
 それは那辺がいくら意識の力で止めようと試みても揺らぐことがなかった。


 やがて、以前に聞いたことのあるような気がする情景が目の前でゆっくりと再生される。
 そこはビルの屋上だった。
「フン、蛇も意外と役にたってくれるナ」
 エヴァが廃ビルの屋上から中華街の惨劇を見おろしていた。
 マントのような時代がかった黒いコート、それと同色の仕立ての良いスーツ。
 それはまるで闇を纏っているかのようで、那辺がつい今さっきまで見ていた甲冑とは大きくかけ離れているものだった。だがそれ以上に髪の色が銀髪へと変わっていた事で最初は誰かわからなかったくらいだった。
 しかし・・・
 彼女から発されているこの寒々とした雰囲気は、何だ?
 着衣と対照的な長く美しい銀髪も、名工の手による女神を思わせる白い美貌も、観る者に暖かな気持ちを微塵も感じさせはしなかった。
 触れれば斬れる刃、魂をも凍てつかせるブリザードがその身体の中で荒れ狂っているかのようだった。
 那辺が垣間見た過去とはかけ離れた雰囲気を放っていた。
 歳の頃は驚く程、当時そのままだった。過去の走馬灯の彼女も、今目の前に立つ彼女も20代くらいに見え、眼下の惨状を無表情に見おろすマリンブルーの瞳には老婆のような老成した光さえうかがわれた。
「まあいい、ヤツにはもうしばらく暴れていてもらおう」
 彼女はそう一人ごちると、ゾッとするような微笑みを浮かべ、口元を静かに歪めた。

「蛮族共はどんな叫び声を上げて死ぬのかナ」
 ブツリと映像が切れるように那辺の施術が解ける。
 だが最後までその言葉は那辺の耳にこだましていた。

http://www.dice-jp.com/plus/china03/ [ No.506 ]


Conditional words : Three

Handle : シーン   Date : 2000/10/02(Mon) 00:55


元は迷っていた。
そして、その迷いは榊にも感じ取る事が出来た。
だから、彼はあえて何も言わなかった。
榊と元。二人の視線がしばし絡み合う。信頼と裏切り、この世界に常に隣り合わせに存在する二つがせめぎ合うかのように。
無限とも思える沈黙の後、最初に口を開いたのは元だった。
「榊さん・・」
微かな迷いを瞳に残したまま、彼はポツリと呟くように言った。
「俺は物心ついたときから、この世界には騙す者と騙される者、二通りの人間しかいないと言われて育ってきた。」
「実際その通りだったし、俺が今までで信頼し、本当に“身内”だと思える人間はたった1人しかいなかったんだよ。」
「それは血の繋がり以上に固い絆だったんだ。」
目を細め、何かを懐かしむように微笑む彼の姿は、まるで大切な宝物を自慢する幼子のように、あどけなく榊の目に映った。
「だけど不思議だ。」
「アンタの言葉を聞いていると、そんな不確かな信頼なんてモノをもう一度信じてみようという気になってくる。」
元の目がジッと榊を見つめた。
「これはアンタが人を騙すのに長けた人間だからか?」
「それとも、アンタが本当に信頼にたる人間だからなのか?」
「・・・」
榊は答えない。
それは言葉にしてしまうとあまりに陳腐で、作り物めいてしまうから・・
そして、その答えを出すのは彼ではない事を良く知っていたからだった。
ただ、変わらぬ穏やかな笑みを浮かべるのみだ。
「許は・・オヤジさんは死ぬ前の2・3週間、良く関帝廟に1人で出かけていた。」
「ガードについていたヤツらを待たせて、良く1人で中に入っていったそうだよ。」
元はそう言って一気にグラスをあおった。
そして、それが答えでもあったかのように、彼は語り始めた。
あの夜の事を。
青面騎手幇の長、許 正烈死んだ夜の事を・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それでは、あなたが狄氏を呼んだ時にはすでに許は死んでいたのですね?」
「そうだ。ミイラのようにカラカラに干からびて死んでいた。」
榊の問いに元は僅かに視線を反らし、答えた。
“嘘だ・・彼は嘘をついている”
榊はそう直感したが、あえて何も言わなかった。
信用する意思を見せた元が何かを隠しているという事は、それは彼自身か、大切な何かに関わる事だと思ったからだ。
それに、どのみち彼を問いつめたところで、何も語りはしないだろう。
それこそ、信頼に楔を穿つことになりかねない。
「何より、おぞましかったのは“ベッドがまだ温かかった”ことだ。」
彼はその時の事を思い出したのか、微かに身震いした。
「オヤジさんは少し前までは変わらぬ状態であそこにいたんだ・・」
「ふむ・・」
榊は腕組をして軽く首を捻った。
「考えられる事はいくつかありますが、今はただの仮定にすぎません。」
「それに、私にとっての問題点はそれがいかにして行われたのか、ではなく。彼女、ゲルニカ・蘭堂が何者で、今どこにいるのか、と言うことですから。」
「それに・・私が会った女性とその女が同一人物なら、そんな奇怪な出来事もなんら不思議ではないような気がしてきます。」
答えて榊は不敵な笑みを浮かべた。
「頼もしいな・・」
元はそう言って、初めてくだけた笑みを榊に向けた。
「とにかく、俺が知っている事はこれで全部だ。」
「だが・・」
そして、僅かに視線を反らす。
「アンタなら、気付いているかもしれないが、隠している事もある。」
「でも、それは必要な事だ。」
「榊さん。」
視線を榊に戻す。
「信頼とは、対等の立場に立って初めて得られるものだと、俺は思っている。」
「俺にも様々なしがらみがあるんだ。それを全てすてて、アンタに全てを委ねる事は俺には出来ない。」
「俺の問題は自分自身で解決する事だ。」
その言葉に榊は軽くため息をつき、頷いた。
初めて、この目の前の男との間に、親しみと見えない何かを得る事が出来たような気がした。
全てを語り終えた元は、ゆっくりと席を立った。
「榊さん、アンタの目には見えないかもしれないが、俺には自身を縛り付ける糸がたくさん絡みついているんだ。」
「執着のように強く、執念のように深く、深く・・ね。」
視線だけを榊に向け、そして口元を歪め、ぎこちなく笑った。
その姿はまるで何かに耐えているかのようだった。

 [ No.507 ]


I see the eye, And the eye sees me.

Handle : “ツァフキエル” 煌 久遠   Date : 2000/10/06(Fri) 04:06
Style : 舞貴人◎ 新生路=新生路●   Aj/Jender : 22,Female
Post : カフェバー“ツァフキエル” マスター


 「見なくて済むものは、見るべきではないという祖母の言葉を久しぶりに思い出したました」
 震える手でカップを掴むと極 主水はその蒼い布を見つめながら話し始めた。
 久遠は、布と、それに染みついている茶色の斑に視線を向ける。
 それが何であるのか、どういう意味を持つのか。
 穏やかな顔に僅かに苦悩の色を見せる目の前の男性の表情がそれを如実に物語っていた。
 「・・・・・・死んじゃった、の?」
 布の材質。おそらくスーツの切れ端なのだろう。それが乾いた血の痕を残し、彼に「預けられて」いた。
 極は哀しそうな瞳を久遠に向けただけで、応えない。
 沈黙が部屋を支配する。その重さを、壁に掛けられた時計の音がさらに際立たせた。
   “――知らなくていいことは、知る必要はないわ”
 窒息しそうな静寂の中で、誰かの声が久遠の耳に届いた。
   “知ってしまえば、その責任を自分が負わなければいけない。知ることは、一種の罪なのよ”
 大切な人の言葉だった。それに返す、自分の声も同じ時間に蘇る――
 「・・・・でも、知らなければ何も始まらないから」
 気まずい沈黙を破った久遠の台詞に、同室にいる二人の視線が向けられる。
 「あたし達はぬるま湯の中で微睡んでいるわけじゃない。ずっとそれが赦されているわけじゃない。
  ガラスの荒野を裸足で駆け抜けるなら、そうして生きていかなきゃいけないなら――」
 震えそうになる声。かつてと同じ言葉で必死に自分を奮い立たせて、彼女は言葉を紡いだ。
 「――自分を傷つけるガラスの唄に、耳を澄ましていかなくちゃいけないの。
  其処に存在する理由を。傷つけなければいけない理由を。――そして、自分が進む理由を」
 静かな空間に、リリック・ソプラノの声が響く。
 「・・・・皇さんも、だからここへ来たんでしょ?」
 不意に矛先を向けられ、一瞬皇は戸惑った。けれど、すぐ目の前にある少女の笑顔に、自然と笑みが浮かぶ。
 「・・・・・・ええ、そうね」
 人が自然に好意を寄せる笑顔。そこには、強い意志が確実に秘められている。
 「指定はありましたが、ここに来たのは私の意志です。ですから――」
 皇が極をまっすぐに見つめる。両者の視線が交錯したその一瞬、何かの流れが起こった感触があった。
 時計の針が時を刻む音を何度か響かせた後、静かに極が息をついた。
 「・・・・・・わかりました」
 テーブルの上に置いてある布を見つめて、彼は静かに手を伸ばす。
 直前、微かに何か囁くような――人の声ではなく、聞き慣れた電子の出すそれに近い――音が聞こえた気がして、
 久遠は後ろを振り返った。
 窓の向こう。この店の面した通りにある、一つのビルの監視カメラ。
 パチリ、と。
 “視線が合った”――気がした。
 普通と違う・・・・そう、とても「特殊な仕様」がしてあるのでなければ、窓から僅かに見える店内の様子と、
 外観しか見えないはずで、中にいる自分達やその会話など把握は出来ないはずなのに・・・・・。
 何故か、こちらを、見ている、気がした。
 “――――――誰?”
 僅かに瞳を細めて、そのカメラの無機質な輝きを覗き込もうとする。
 “アナタハ・・・・・誰ナノ?”
 「――――――――煌さん?」
 問いかけるように飛ばしていた意識が、掛けられた声によって不意に自分自身へと戻る。
 同室の男女が、不思議そうな、心配そうな視線を向けていた。
 「・・・・あ・・・・ ごめんなさい、何でもないです」
 慌ててぺこっと頭を下げる。極はその様子を少し見つめていたが、人を穏やかに包むその笑顔で応えてくれた。
 その笑みが、一瞬、瞼を閉じて顔から消える。何かを聞くように細く薄く瞳を開いて、彼は布に触れた。



                                          わたくしといふ現象は
                                        仮定された有機交流電灯の
                                          ひとつの青い照明です
                                    (あらゆる透明な幽霊の複合体)
                                        風景やみんなといっしょに
                                      せはしくせはしく明滅しながら
                                     いかにもたしかにともりつづける
                                          ひとつの青い照明です
                                 (ひかりはたもち その電灯は失はれ)

                                   ――――――宮沢賢治 “春と修羅”



http://plaza.across.or.jp/~ranal/master_nova/quon_nova.html [ No.508 ]


この声が聴こえるか?

Handle : “那辺”   Date : 2000/10/07(Sat) 05:48
Style : Ayakashi,Fate◎,Mayakashi●   Aj/Jender : 25(In appearanse)/female
Post : B.H.K Hunter/Freelanz


▼LU$T 中華街 巫術小屋 PM4:30

 眠りという行為が、心身の活動を休止して無意識になるのであれば眠っていたのではない。体を制止させていても研ぎ澄まされた五感は絶えず周囲に開かれ、疲労の極限から自らの体が回復するのを座したまま待っていた那辺は、うなだれていた顔を上げた。
 耳から離れぬ"銀の魔女"の言葉にはじかれた自らの"虚ろ"の哄笑が収まらず、行動できる範囲に回復した心体が仰け反った発作と声に揺れる。
「___くっは、本能(ホンネ)に持っていかれるかと思ったよ。彼女も例外なく、元はヒトか」
 泣き笑いにも似た奇妙な笑みに唇の端から白い牙が見え隠れ、胡座をかき両手を後ろについたまま周囲を見渡すと法具が一式、発した霊圧に耐えきれず跡形もなく壊れている。ソレが一人の人間の径を辿った証左なのだと彼女に改めて認識させた。
「少なくともエヴァは母親が火刑になる直前まで、誰かに手ほどきを受けていなかったな……」
 フルネームをいわずぽつり、と呟く術師として当然の疑問。いつ誰が、彼女に手ほどいたのか?
 情景が飛ぶ刹那、絡み合った二つの視線。のちに魔女と称される少女の瞳に宿っていた感情を忘れ去ることが出来ずに、頭をどうしようもなく、振る。ふと頭に当てた手にはめたクロノが視界に入り、確認すると時刻は四時半を示していた。
 舌打ち。想定よりも確実に時間が過ぎている。
 断食、瞑想、簡易結界の布石。想定よりも遙かに自らの階梯が上昇していたのを鑑みると結界で術──というより法といえる規模になった──を使用した痕跡が消しきれるとは思えず、現事象という甘い香りに誘われたモノ達が何時何刻嗅ぎつけてくるか解ったものではない。
 だが施術が切れるとともに意識の狭間で失神しかけ、保険として打った護法が持つ金色の索で、引き戻された状況では致し方ない。
 素早く立ち上がり人化を即座に編成、自らの発する鬼気を抑える。未だ自らの資質を操作しえる事を確認。
 心の中で自らに術の根幹を手ほどきし、幽星界へと導いた"案内人"に感謝を述べると無造作に放り投げた弥勒と白手袋を拾い上げ、アイスボックスから赤い液体の袋を取り出し懐に入れると外に出た。
 霧にけぶる街。歩きながらゆっくりと息を吸い出し、吐き出す。
____渇くな、どうしようもなく。
極度に鋭敏化した感覚は衰えず、その証左はこの霧の中にある。吸い込み、吐き出すたびに街そのものと一体と化すような感覚。
「コレなら、どいつもこいつも感が鋭くなるわけだ。本当に言いつけられたままの子供か、"アンタ"は」
 感とともに吐き出された上位者に対しての言葉。
見慣れた街の中を流れていく。霧に紛れるごとく自然に。追う気配、追われる気配。自らすらも巻き込んで流れていく径と『四方から』の視線、思惑を感じて那辺はSC-8を手に取り、着信したデータを確認し思わず失笑。
──該当データなし。皇サンは"祥極堂"か。先に皇サンだな。
 外部からの手配が流石に早いと感じ、さらに複雑な裏路地を歩きながら違う番号をコール。
「"指し手"のミスタ?アタシとデートといかないかい?」
『構いませんよ、貴女に視て頂きたいものもありますから。それで場所とお時間は?』
「場所は関帝廟でいいかい?アンタの都合のいい時間を後で指定してくれ。おっと、アタシは買い物を済ませてからソッチと合流するよ。……ソレと」
 腹に一物、手に荷物。そんな皮肉がこぼれそうな微笑とともに答えてきた榊に那辺は思わず苦笑して、言葉を区切り弥勒を外す。微妙な口調とその潜む矛先がそれたのを感じたのか、榊の顔の筋肉が微かに動く。

「聴こえるか?視てるなら連絡よこしな、面倒だ」

視ているであろう監視者への威圧、魅了、牽制。
カメラアイを正面から見据えた彼女の言葉と、瞳の奥に赤い光を視た榊はその言葉が自らへと紡がれた者でないことを察知し、さも苦笑じみた感慨を漏らす。
『剛毅なのかどうか解りませんが、相変わらずいい覚悟です。貴女は』
 榊の言葉を聴いて、ほっとけとばかりに那辺は連絡を切った。


 同情、憐憫、感傷。ソレで何かが成せる訳ではない。銀の色彩の背後、おぼろげな燐片に標的を定める。
 自らの所行も含めて唾棄したくなった那辺は、苦虫をかみつぶすと懐にSC-8をしまい"祥極堂"のある方面の公衆DAKを思い浮かべて白いコートを翻し移動しようとした。

 その胸元から赤い髪の女性のフォトが、霧の中にゆったりと木の葉の如く零れ落ちた。

http://page.freett.com/DeepBlueOcean/nahen_nova.htm [ No.509 ]


たわめられたバネ

Handle : ”スサオウ”荒王   Date : 2000/10/08(Sun) 04:00
Style : カタナ◎●チャクラ マヤカシ   Aj/Jender : 三十代後半 /男
Post : FreeRance?


 
 やがて黒髪の女性がにやりと口元を歪めて笑った。
 それは鍵であった。たわめられ圧縮されたバネを解き放つ。
 
 不可解な圧搾された気配。
 粘り着くような不安感。
 神事を行ったにしては当たりに漂う気配の不穏さ。
 それは確かに彼に敵を認識させるに十分であった。
 
 今、目の前に立ちふさがる者。
 それこそが敵であると。
 それだけで彼に根ざした本能が悟るには十分だった。
 
 その男を切り崩すべき壁。
 立ちふさがる物とみなした。
 本能よりも理性よりも彼を彼たらしめている存在そのものが命じる。
 ”斬れ”と。
 
 シュゥン
 
 刀が空気を切り裂き抜き放たれる。
 数メートルもの距離がたったの一歩で縮められる。
 一足の間。
 剣でも拳でも闘うものが持つ。
 自分の武器の射程。
 そんなものが確かに存在する。
 その射程に捉えていた。
 この目の前の二人を。

 風を巻き。風を斬る。
 必殺の一撃。
 
 狙い過たず。
 刀は男の体へと吸い込まれていった。
 命に至る傷。
 それを確信させる。
 だが、あの気配の主がこうも簡単に命を奪われることを許すだろうか?
 その疑念が残る。
 これと同じ光景をどこかで見た。
 あやふやな、記憶とも呼べない感触が脳裏に走る。
 この男を見たことがある?
 それは直感としか呼べない。確証などは無い。
 そもそもこの男について何も思いだせはしないのだから。
 
 深々と突き刺さり役にたたなくなった刀の柄を手放し。拳を握りしめる。
 脇腹に小指を当て。前進のバネをため込む。
 一打必倒。
 その意味と意志を込めて。
 殺意と。鬼気を女に向けて発する。言葉と共に。
「おいてゆかぬなら聞かせて貰おう」
 静かに。だが、そこに殺気にも似た気配をたたえ女の瞳を射抜く。

 魔女の邪眼。それを覗いた者には呪いあれという。
 だが、荒王と言う男は喜んでその呪いに浸るであろう。
 それをこそ敵と信じ。
 切り開くべき障害と呼ぶのだ。
「ここで。何をしておった?」
 言葉に呪をのせて送り込む。強い意志を示すものとして。
 応えずにはいられないように。
 
 この荒れ果てた神殿と。
 この多くの死体。これが何を意味し。何を呼び込むのか。
 そして、清浄な気を発していたはずのこの場所が。
 なぜこのような妙な気配を発するに至ったか。それが知りたい答えだった。
 だが、同時に何かが脳裏に囁く。
 それは何かの息吹にも似た断続的なシグナルだった。
 だが、それはどこから聞こえてくる?
 世界からか?ここからか?
 それとも・・・己の息吹だろうか?

 [ No.510 ]


間奏

Handle : “指し手”榊 真成   Date : 2000/10/11(Wed) 00:46
Style : KARISMA   Aj/Jender : 29/♂
Post : 榊探偵事務所


「私について話しましょう」

唐突に、榊はそう言った。
目の前には、まるで何かに耐えているかのように笑う男がいる。

「・・・私は、人を騙すことに長けた人間です。そのための技術ももっているし、そのための情報を手に入れることもできる。
決して善人なんかじゃない。殺しの依頼も受ければ、人を陥れることもする。
だが、信頼を裏切ることだけは決してしない。
なぜなら、榊真成が口にしたことは必ず守られる。その評判が今の私を支え、護っているのだから。たとえ敵に対しても、あいつとなら交渉を行う価値がある。そう思わせることができるのだから。
だからこそ、私は嘘をつかない。
だからこそ、私は信頼を裏切らない。
・・・非常に、打算的な人間なんですよ、ある意味」

そこまで言うと、一息ついて、グラスを傾ける。

「・・・つまらないことをお話しました。
貴方の信頼に応えるためには、話さなくてはならない。何となく、そんな気がしましてね・・・」

そして、いつもの微笑みを浮かべ、席を立つ。

「貴重な情報をありがとうございました。Miss.蘭堂に一歩近づくことができましたよ。
では、いい結果を期待していてください」


店を出て、懐中時計を取り出して時間を確かめる。

「那辺さんとの約束までまだ少しありますね。食事でもしていきましょうか」

傍らの和泉に語りかける。
無言で頷き、ハンドブックを広げて付近の店の情報を仕入れる。

「ちょっと行ったところに、和食を出す店があります。
評判はなかなかのようです」

「では、そこにしましょうか。美味しい魚が入っていれば良いのですけどね」


しばし後、幸せそうに焼き魚をつつく榊の姿があった。
所詮キャンディとはいえ、なかなかの味。

「うん。やはり、焼き魚には日本酒ですね。そうだ、この仕事が終わったら、秘蔵の一本を開けましょうか」

黒蓮での榊とはまるで別人。ほんの一瞬の、気をゆるせる一時。
焼き魚を食べ終え、一献干す。その表情が、“指し手”のものに戻る。

「ところで、この先どうすべきか。貴方なら、どう思います?」

そう、和泉に語りかける。
一瞬、何を言われたのかわからない和泉。今までは榊の指示に従っていればいいだけだった。それこそが、この身の喜びだった。
だが今、榊は自分に意見を求めている。
緊張、畏れ、歓喜。
ないまぜになった感情の中、言葉を選ぶ。

「元は全てを語ったわけではない、もしくはその言葉に嘘があるのですから、それを探ればいいのではないですか?」

ひとつ頷き、返す榊。

「悪い答ではないですが・・・ぎりぎり及第点といったところでしょうか。
私達の目的は、Miss.蘭堂を探し出すこと。
それと、もう一人のクライアントからの依頼。霧にまつわる全てをまとめ、報告すること。そして、霧に関わるものが彼の権益を侵すなら、それを妨害すること。
元のついた嘘は、許の死に関することです。誰が、彼を殺したか?
私達の依頼には関係ありません」

干された杯に酒を注ぐ和泉。

「今やらなくてはならないことは、何故に霧が出ているのか。その目的を探ることですね。
さまざまな情報からいくつもの可能性を検討し、それをひとつづつ消していく。
そして最後に残るもの。それを求めるのが目的です」

そう言って、杯を干す。

「例えば、霧の発生が結果ではなく、目的だった場合は?
私にはマヤカシの力はありませんので、全て受け売りですがね。
この街は四方の門によって呪術的に閉ざされた街です。霊は街の外に出て行くいことができない。必然、不当な死が大量に発生すれば、怨霊の数が跳ね上がる。
この霧には、悪意が感じられるそうです。・・・私にはわかりませんがね。
こういった場を作ることが目的のひとつであるなら、許を殺したことにも説明がつく。ナンバー1の死による内部抗争。その隙に潰しにかかる他の組織。
そういった際に流れる血が、また新たな怨霊を生んでいく。
・・・その先に何を求めているのかはわかりませんし、そもそも仮定でしかないですがね」

一息つき、“騎士”を正面から見据える。

「目の前にあることのみに目を奪われてはいけません。
その先に何があるか? それを求めなさい。
その上で、それに縛られることのないように勤めなさい」

言葉もなくうなだれる和泉。
やはり、自分は榊の力になるには役者が不足しているのか・・・。
そんな彼女を見て、ふと、榊の表情が和らぐ。

「ですが、元の言葉の裏を探るのは悪い選択肢ではないですよ。
ただ、今回の場合、何故に彼が言葉を濁したかの見当はついていますのでね」

和泉の顔に疑問の表所が浮かぶ。

「許の死によって、狄が動くことは見えているでしょう。彼のような武闘派がこの状況を見過ごすとも思えません。ましてナンバー2のビルは戦闘的ではないですしね。
元は狄の片腕です。彼らの間には確固たる信頼関係があるといって良い。
そして、ビルは・・・元の兄なのですよ。
このことを知っている人間はごく少数でしょうがね。私も“クライアント”の助けがなければ手に入らなかったでしょう。ブラックハウンドからの情報です。
きっと、彼の中でも決着のついてない問題なのでしょう。そんなところに、私のような人間が入り込むことはできませんよ」

「・・・兄弟同士で殺しあう可能性があるということですか?・・・」

「そう、珍しいことでもないでしょう? 臣が主を裏切る。子が親を裏切る。N◎VAではまったく日常の出来事です。儒教の教えが生きてるとはいえ、この街でもそう変わりはないでしょうし。
・・・貴方にも、覚えがあるのでは?」

和泉の心に、過去の思い出が浮かび上がる。
生きるために殺し、生きるために奪った、幼年時代。
生きるために裏切り、そして裏切られつづけたストリートでの日々。
榊に拾われるまで、彼女の心には安らぎは存在しなかった・・・。

「・・・私は。・・・私は、所長を裏切ることはありません。決して!」

榊の眼を正面から見る。
初めて安らぎをくれた人。初めて自分を必要としてくれた人。
救いのない暗闇に包まれた日々の中、差し込んだ光。
その言葉に、榊の顔に、常なら決して浮かぶことのない表情−自然ともれる微笑みと、瞳に浮かぶ優しげな光−が浮かぶ。
そして、その手を和泉の頭にポンと乗せ、軽く抱き寄せ、耳元で呟く。

「・・・ええ、頼りにしていますよ。私のかわいい“騎士”さん」

沸き起こる至福の波に身をゆだねながら、和泉は誓った。

(この人を、誰の手からも傷つけさせはしない。決して)

それこそが、彼女の生きる意味なのだから。

http://www.din.or.jp/~kiyarom/nova/index.html [ No.511 ]


Ignition

Handle : シーン   Date : 2000/10/11(Wed) 20:37


【時間不明:BAR黒蓮近くの路上】

ポケットロンのコール音が鳴った。
奇しくも、リョウヤが狄にしたように、元はこのポケットロンをある人物から手渡されていた。
相手の、神経質そうな細面を思い浮かべ、一瞬顔をしかめる。
「気が変わったか?」
開口一番、その相手、青面騎手幇のナンバー2、ビル・ゼットーはそう言った。
「何度も言うようですが、俺の身内は狄・勲 ただ1人です。」
ポケットロンのモニターを睨むように見る。
「あなたじゃない・・」
ここ数日、何度も繰り返されたやりとりだった。
元は話は終わったとばかりに視線を反らした。
「まて。」
ビルが芝居がかった仕草で片手を上げた。
「今日はオマエに是非教えてやりたい情報があるんだ。」
「情報?」
元が怪訝そうな顔を向ける。
「そうだ、もっともコレは俺にも関係のある事だがな。」
そう言って薄く笑う。
「三合会が青面騎手幇のトップを入れ替えようとしている。」
「?」
「組外の人間を組長に据えようとしているんだよ。」
「そんな事を組の人間が認めるわけがない。」
さすがに語調荒く、元が怒鳴った。
苦笑し、しかしどこか相手の反応に満足したようにビルは続けた。
「次の組長はオヤジさん、許 正烈の血縁らしい・・もっともかなり遠縁で、ほとんど他人といっても良いくらいだがな。」
「どちらにせよ、三合会の大老達が血縁だ、と言えばそれで済む。それが全てだ。」
「・・・」
元は相手の意図を探るようにジッと言葉に聞き入っていた。
「それに、問題はそれだけじゃない。一番重要な事はそいつが、三合会の意思に従順で、彼らにとって、とても扱いやすい人間だという事さ。」
「それは・・・」
元は言葉を選ぶように、一瞬躊躇った。
「三合会全体の、意思なら、それは仕方がない事でしょう・・・我々にどうこう出来る問題じゃない。」
目を伏せ、抑揚のない声でそれだけ言った。
「・・・なあ、小元。本音で話せ。」
ビルは聞き分けのない子供をあやすようにあからさまな猫撫で声を出した。
「“身内は狄だけ”そう言ったのはおまえの方だゼ?」
「知っての通り、オレ達青面騎手幇は三合会の大老達とは折り合いが悪い、保守的・・良く言えば伝統を重んじる彼らに比べ、オレ達はちょっとばかりやりすぎるきらいがあるからな。」
「それでも青面騎手幇という存在を奴らが認めていたのはオヤジさんがいたからだ。“屠夫”許 正烈がいたから奴らもオレ達を黙認していたのさ。」
「だが、その許 正烈が死んだ今、奴らにとって青面騎手幇を大人しくさせる良い機会なんだよ。」
「とにかく・・そんなヤツが組長に納まれば、俺はともかく、狄は一生ナンバー3のままだ・・・いや、それすらも危ういかもしれん。」
困ったものだ、とビルは顔を伏せたが、元は見逃さなかった。
その口元に薄い酷薄そうな笑みが浮かんでいたのを。
「俺に・・どうしろというんです。」
食いしばった歯の間から、絞り出すように元が言葉を漏らす。
「物わかりが良くて助かるよ。」
ビルは嬉しそうに顔を上げた。
「もし、狄が何かの間違いで、次の組長に納まるような事があったとしても・・」
そこで相手の反応を伺うように一度言葉を区切った。
「ヤツの強引なやり方じゃ、大老達に介入する口実を与えるようなモンだ。」
「だが、俺なら?このビル・ゼットーなら、どうだ?」
「あなたがナンバー1になったとしても結果は変わらないんじゃないですか?」
元には相手の提案が半ば予想できただけに、冷たく突き放すように言った。
「いやいや、それがそうでもないのさ。」
その相手の芝居がかった仕草を見、元は確信した。
“話は通っている、ビルは大老達と何らかの取引をしたのだ”と。
「俺はこう見えても組のために何かと奔走しているんだゼ。」
「そしてその努力が認められ、俺が組長に納まるのなら、三合会は全体の意思としてそれを認めると約束してくれたんだ。」
“やはりそうか”と元はため息をついた。
掌に爪が食い込む程固く拳を握りしめる。
「俺は物わかりが良い男だよ、元。そして、もっと上に行く男だ。」
ゆっくりと、まるで仮面を脱ぎ捨てるようにビルは笑った。
それは手中にした得物をいたぶる肉食獣の笑みだ。
「俺が上に行ったら、この組を狄に任せても良い、そう考えているんだゼ?」
「後はオマエが狄を抑えるだけで全て元通りだ。」
「それが最善の選択なんだ。」
「・・・・」
元は答える事が出来なかった。
身じろぎ1つ出来なかった。
様々な思いが、しがらみが先に榊に彼が言ったように、見えない鎖となって彼自身を縛り付けているかのようだ。
「まあ・・いい。」
その様子に、ビルは再び笑い、鷹揚に頷いた。
「良く、考えればいいさ。どのみち、答えは他にはないんだからな・・」
そして、回線を切った。
暗くなった画面を元はいつまでも立ちつくし、見つめ続けていた。


【時間不明:千早アーコロジー最上部、統括専務執務室】

夢を見ていた。
それが夢だと、私にはすぐに解った。
なぜなら、それは帰る事の出来るはずもない時の残滓。
心の奥底に封じ込めた、暖かな、そして胸を締め付ける悲しい思い出だっから・・
夢の中で幼い私は母と食卓を囲み、何か楽しそうに話していた。
母は、そんな私を穏やかな笑みを絶やさず、見つめていた。
母が私の口についたソースを拭う。
仲の良い親子の幸せそうな様子。
そんな当たり前の日常。
自分自身の過去だというのに、私にとってそれはあまりに遠く、まるでお伽噺の中の風景のように映った。
そして私は知っている。
この物語が悲しい結末を迎える事を。
白いヒゲをたくわえた、鷲のような顔をした老人が現れ、私を連れ去る事を。
その時の彼の、祖父、アレクサンダー・マクマソンの言葉を今でもはっきりと憶えている。
彼はこういった。
「“約束通り”孫は連れていく」と。
母はうなだれたように、床を見つめ、静かに頷いた。
優しかった母。
穏やかな笑みをいつも浮かべていた母。
そんな彼女の様子を見ているだけで、私の心はいつも満たされていた。
父がいないという事も何ら苦にならなかった。
しかし。
その時の彼女の顔にはいつもの微笑みはなく、能面のようなあらゆる感情を失った無表情があるだけだった。
まるで、知らない女の人のようだと、私は思った。
そして。
彼女が再び微笑む事は永遠にないのだと、私は感じた。

・・・・・・・・・

微かな浮遊感の後、ゆっくりとまるで水面に浮かび上がるように意識が冴えていく。
目を開くと、隣りに黒い皮のジャンパーを羽織った男が座っていた。
胸の黄金の犬をかたどったエンブレムが鈍く光を放つ。
辺りを見回す。
カウンターのみの、細長い店内。
グレイを基調とした内装が、まるでモノクロームのポートレイトのような錯覚を憶えさせる。
アサクサの“エッジ”たしかそう言う名前のBARだ。
「眠っていたのか?」
隣りの男が強面に不器用な笑みを浮かべ聞いた。
「そうみたいだね。」
私は答える。
「働きすぎだ、ゴードン。少しは休め。」
ぶっきらぼうに言うと手元のグラスを軽く煽った。
私にはそれが彼なりの思いやりだという事を知っていた。
「身内がやり手だと、こっちは風当たりが強くて、自分の能力以上の仕事を期待される。」
「困ったもんだよ。」
曖昧な笑みを浮かべ、私も手にしたグラスに口をつけた。
いつからだろうか?
この店でこうして、この男と飲み、たわいのない話をするのが私の習慣になったのは。
彼は話し上手というわけでも、聞き上手というわけでもなく、どちらかと言えば無愛想で、いっしょに飲む相手としては楽しい相手ではなかったろう。
しかし私たちは不思議とうまが合った。
別の場所で会う事もなかったが、この店を訪れるとほとんどと言って良いほど相手の姿を見つけた。
二人の間にあったもの。
それは友情でも、ましてや愛情などでもなかったろう。
ただ、共に僅かな時間を共有するだけ。
そんな間柄だったが、それだけで二人とも心の中の何か大切なものを保っていられた。
互いに一時、安らかな気持ちでいられたのだった。
だがそんな時も長くは続かなかった。
暖かな夢はいつか覚めるのだ。
あの時のように・・
彼が席を立つ。
グラスの中身は半分以上残っていた。
「今日は早いんだね。これから仕事かい?」
微かな失望を気付かれないように、つとめて軽い口調で聞く。
「ああ、仕事だ。・・またな、ゴードン。」
立ち上がり、そして思い出したように。
「体に気をつけろよ。」
そう付け加えた。
私は苦笑し、片手を上げ、それに答えた。
「君の方こそ、気をつけて。壬生。」
彼はそれには答えず、ただ口元に薄い笑みを浮かべた。
そして、それが彼、壬生源一郎の最後に見た姿だった。

・・・・・・

そして。
再び目覚める。
“これは本当に現実だろうか?”
と、不安がふと頭をよぎった。
見慣れた室内。
私の、千早重工統括専務、ゴードン・マクマソンの執務室。
「お目覚めになったんですね。」
顔を上げると秘書のサヤ・リトリノーヴァが静かに微笑み、こちらを見ていた。
その顔がふと、誰かと重なったような気がして眉をよせる。
「さしでがましいようですが・・すこしはお休みにならないと、専務は働きすぎですわ。」
「企業人というものはとかく働き過ぎるものなんですよ、まるで泳ぐことを辞めてしまうと死んでしまう魚のようにね。」
「しかし・・まいりましたね。」
そして、彼女をジッと見つめ、苦笑する。
「どうなさったんです?」
意味がわからず、形の良いおとがいに指を添え、首をかしげる。
「たった今、古い友人にもそう言われたところなんですよ。」
「“おまえは働きすぎる”と、ね。」
「?」
今度はサヤが苦笑する番だった。

 [ No.512 ]


再動

Handle : “ウィンドマスター”来方 風土   Date : 2000/10/13(Fri) 23:34
Style : バサラ●・マヤカシ・チャクラ◎   Aj/Jender : 23/男
Post : 喫茶WIND マスター


「あんたが、龍大人の…」
「始めまして、来方風土と言います。よろしく」
ビル・ゼットーの前に立つ風土は、そう挨拶すると、カラフルな包装紙に包まれた箱を差し出す。
「つまらない物ですけど、どうーぞ」
ビルは、鼻を摘まれた様な顔をする。
「噂どうり、ふざけた男だな。俺に会いに来るのに、菓子の織り詰めを持って来たヤツは、アンタが始めてだ」
「そうですか、中々いけますよ、それ」
風土の人を食った態度に呆れたのか、ビル・ゼットーは肩をすくめると、本題を切り出す。
「まあいい、上の方からも言われてるしな。知りたい事が在るらしいな、答えてやってもいいが…」
「いいが?」
「一つ質問が在る。アンタは、一体どっちの側に付くんだ?」
その質問に、風土は僅かな間、考える素振りを見せる。
「どっちの側ねぇ… それは勿論、面白い方に」
「面白い方?」
「ええ… 面白い方に、ね」
風土はそう言うと、笑みを浮かべる。その答えに、ビルは呆れた顔をする。
「面白い方にね… まあいい。知りたいのは、オヤジの事だな?」
「ええ…」


「カラカラに干乾びた死体に、関帝廟ね…」
青面騎手幇の事務所から出た風土は、ポケットロンを取り出す。
「後は、蘭堂女史についてだけど… さてと、どうするか」
蘭堂の専門はナノマシンだったはず、そこから何とか手掛りを得る事が出来ないか… 
風土はそう考え、ゴードンに連絡を入れる。
「急で悪いんだけど、至急調べて欲しい物が有るんだ。霧についてね…」

 [ No.513 ]


導かれた理由

Handle : “女”三田茂 皇 樹   Date : 2000/10/14(Sat) 01:00
Style : タタラ● ミストレス トーキー◎   Aj/Jender : 27歳/♀/真紅のオペラクローク&弥勒 短い髪
Post : ダイバ・インフォメーション新聞班長


その布がスーツの切れ端で、血痕が付着していることは容易に分かった。
しかし、これが「M」の導いてきた理由だと考えるには早計かとも考えていた。

「…皇さんも、だからここへ来たんでしょ?」

不意に呼ばれたが、話はしっかりと聞いていた。
私がここに来たのは、ただ呼ばれたからじゃない。
ここにある事、そしてその後ろに有ることを知る為だった。

「指定はありましたが、ここに来たのは私の意志です。ですから…」

そうだ。
私はそこにあることが何であれ、それを調べて報道しなければならない。
改めて自分の「やりたいこと」を確認した皇は、もう一度椅子に腰掛けようとした。

「・・・・・・?」

向いのビルの方をじっと見据えたまま、煌は動かなかった。
「――――――――煌さん?」
声をかけて、煌ははっとした顔を向けた。
「・・・・あ・・・・ ごめんなさい、何でもないです」
多少気にはなったものの、とりあえず気には止めないことにした。

やがて、極が布に触れた。
幽かに金属の振動するような、あのキィィィンと言う音が聞こえた気がした。
手のひらにじっとりと汗が滲む。
あの日、嫌な夢を見た時のように、皇は緊張していた。

 [ No.514 ]


霧の中の男

Handle : シーン   Date : 2000/10/15(Sun) 23:57


暗い部屋だった。
ところ狭しと設置された機械類から漏れるわずかな明かりだけが、唯一の光源だった。
巨木の根のように壁や床を埋め尽くす大小様々なコードやパイプは、部屋の中央に向かって伸びており、その先に5メートルほどの円筒形が鎮座している。
上部と基部以外は透明な容器のようなそれの内部は、薄白色の液体が満たされていた。
液体に漂うように人型の物体がユラユラと揺れている。
人のようだが、その命がとうに尽き果てている事は明確だった。
体のほとんどはボロボロに崩れており、両腕と下半身はほとんどなかった。
かろうじて男性の顔が見分けられるのみだ。
と・・・
僅かな光源に照らし出され、その部屋の大半を占めている人造のそれとは明らかに異なった、自然の手になる柔らかな輪郭が、浮かび上がった。
身長190p程の堂々とした体躯の男性だ。
短く刈りそろえられた限りなくグレイに近い、銀灰色の髪。
彫りの深い、モンゴロイドの顔立ち。その顔は液体の中を漂う男と酷似していた。
40代のようだが、その両目は炯々とした鋭い眼光を発している。
その身を包んだ濃緑色のスーツの胸には鳳の紋章が刺繍されていた。
男は透明な容器の正面に立ち、僅かに口の端を歪め、笑った。
「まったく・・こんなモノが私の変わりになると考えているとは、委員会の老人共もやきがまわったな。」
声音に侮蔑の響きが混じる。
「いくら精巧に複製を作ったところで、私の“力”は私だけのものだというのに・・・」
「なあ・・・兄弟。」
そして、かつて壬生源一郎と呼ばれた男。
日本軍、大災厄史編纂室、室長、壬生はもう一度薄く笑った。

 [ No.515 ]


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