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 くたびれたソファと丈の低いテーブルがならび、暗い照明が店を熾き火のように照らす。シミだらけの壁には額に入れられた海の写真が並べられている。素人が撮った手ブレだらけのものばかりだが、俺はこいつを眺めたくてこの店に通っている。俺は海を見たことがない。テレビや雑誌の写真では腐るほど見たが、ナマの海はまだ一度も見たことがなかった。潮の香りは記憶にある。暗い場所で、何日も潮の香りを嗅いでいた記憶だ。あれはきっと、俺の以前の「ホルスター」が海を船で渡った時の記憶だろう。この眼で、海を見たい。いつかきっと、海を見る。
 焼飯をたいらげた俺の前に、餃子の皿が置かれた。見上げると、ウェイトレスの顔があった。たしか、葉子という日本人だ。
「頼んでいない」
 葉子はくすりと笑った。
「椎原さん、すごい勢いで食べているから。おなか、そんなにすいているのかなって思って」
 俺は口の中に残った焼飯を水で流し込み、皿の餃子に箸をつけた。
「いただくよ」
「あっ」
 葉子が小さく驚いたような声をあげた。
「いま、椎原さん笑った」
「まるで、俺がいつも仏頂面してるような言い草だな」
「仏頂面ですよ。あたし椎原さんが笑ったの、はじめてみたもの」

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