俺は胸の内で苦笑した。この椎原という「ホルスター」は、よほど感情表現が下手なようだ。俺は話題を変えた。
「前から聞きたかったことがある」
「なんですか」
「なぜこんな店で働いている? きみは日本人だろう」
「椎原さんだって日本人じゃないですか」
「まあ、そうだな」
言葉を濁した。まともな日本人は、こんな深夜営業の外国人向けのレストランには来ない。来たとしても日本人のフリをしているやつか、半々の血を身体に入れたやつぐらいのものだ。葉子もそれはわかっているはずだった。それ以上は言葉を継いではこなかった。
これを区切りに葉子は厨房に戻っていった。俺はあたりを見回した。「海」は台湾人向けの深夜レストランとして営業している。何年か前までは、台湾から出稼ぎにきた女や男たちで繁盛していたが、連中は台湾の景気復興と共に故郷へ引き上げていった。だからいまは閑古鳥が鳴くほどの寂しさだ。台湾人がいなくなって、かわりに集まってきたのは俺の同類たちだった。歌舞伎町で、人の皮を被りつづけている半端な連中が、人間の消えたこの場所を隠れ家のようなものとして通うようになったわけだ。いまここには、お互いを牽制し合うようにして、俺を含めた何人かのバケモノがいる。従業員と葉子だけが人間だった。
携帯が鳴った。一時間前に別れたばかりの黄からだった。
|