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「あたしはただ、見分けることができるだけよ。ここで働いているのも、このお店に彼らが集まってくるから。あたしは彼たちが好きだから、ここで働いているの。それだけよ」
「燕は切れる男だ。きみの持つ有効性と可能性を活かしきれる男だ。きみは燕の、十分すぎる道具になりえる」
「でも椎原さんは、あたしを連れ去りに来たとは思えない」
 俺は眉をひそめた。確かにそうだ。俺はいま、彼女を連れていこうとは思っていない。燕が狙っているということを、警告代わりに伝えにきたようなものだ。だが、なぜ?
「──海を見たことがないんだ」
 俺は、自分でも予期しない言葉を発していた。
「ここに来れば、写真の海を見ることができた。きみがいなくなれば、ここはなくなるかもしれない。だから俺は……」
「海なら見に行けばいいのに、本物を」
「行けない。俺はこの街から出ることができない。歌舞伎町は大陸の吸血鬼たちに支配されている。戦後の焼け野原を二束三文で買い集め、大地主になったのは奴らだ。ここは奴らの街なんだ」
「おまえだって、もとは中国人なんだろう。ピストル楊さんよ」
 カウンターから、邑守がそう言ってきた。
「ピストル楊っていやあ、台湾の竹連幇じゃ有名な黒道だ。あっちで敵の幹部をはじいて、歌舞伎町に逃げ込んでよ、ここでも何人も殺したそうじゃないか。人間だったときのそんなあんたが、どうして燕白天なんかを怖がるんだよ」

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